群青の軌跡

花影

文字の大きさ
上 下
124 / 233
第4章 夫婦の物語

閑話 カイ3

しおりを挟む
結局、終わらなかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「まあ、とりあえず食え」
 気が付いたらもう日が暮れていた。雨はまだ降っていたが、雷はもう鳴っていなかった。ひとしきり泣いて疲れきっていた俺に兄ちゃんは食事を差し出した。干し肉と野草を煮込んだスープとパンという当人曰く簡単なものだったけれど、十分にお腹を満たすことが出来た。
 それにしても兄ちゃんは御領主様なのに、俺なんかの為にこんなこともして不思議な人だ。こんな風に接してくれる大人は今までいなかった。だから、信じていたのに陰であんなことを言われていて辛かった。思い出すと余計に腹がって来た。改めて話をしようと兄ちゃんが行って来たけど、ふてくされて俺はそっぽを向いた。
「良いから聞きなさい」
 今までにないくらい強い口調でそう言うと、兄ちゃんは俺の目の前に座り込んだ。
「昨夜の話、聞いたと言っていたが、全部聞こえたわけではないのだろう?」
 返事をするのも悔しかったので、俺は渋々うなずいた。
「話の内容を全て説明するからよく聞きなさい」
 そう言って兄ちゃんは前の晩に話していた内容を教えてくれた。俺に竜騎士の能力がある事。見習い候補として騎士団へ預けられる年齢になっているけど、すぐには難しい事を言われた。
「俺が孤児だからだろう?」
「それは関係ない。飛竜を友として妖魔に立ち向かう能力がある者に対し、身分だけを理由にその道が閉ざされることはない。だが、竜騎士となるためには多くを学ぶ必要がある。指導してくれる先輩の言葉を素直に受け入れ、それを自分のものにしていく。これは竜騎士に限らず、どの職業に就くにも大事な事だ。今のお前は欠点を指摘されてそれを素直に受け入れることが出来るか?」
「それは……」
 出来ると言いかけて俺は口をつぐんだ。
「お前にそれを指摘したところですぐに直せるものではない。だから折を見て話をして、1年様子を見て待とうと話をしていたんだ。これが、昨夜の話の内容だ」
「……」
 嘘だと決めつけたかったが、じっと俺を見ている兄ちゃんの目を見ていたら俺は何も言えなかった。
「まだ信じられないか? そもそもお前の前歴が気に入らなかったら、あんな勝負まてしてお前を孤児院へ連れて行かないよ」
「でも……」
「まあ、俺が言ったことをちゃんと理解するにしても時間が必要だろう。とりあえず今日はもう休め」
 兄ちゃんはそう言うと、小屋の隅にいつの間にか作っていた寝床を指さした。吊るしてある俺の服で仕切り、毛布が何枚か用意されている。布を体に巻き付けたままの俺はのろのろとその寝床へ潜り込んだ。色々と言われたことが頭の中をぐるぐると渦巻いている。考えすぎて何だか疲れてしまい、結局、そのまま眠ってしまっていた。



 朝になって目が覚めると、既に雨はやんでいた。俺が起きだすと兄ちゃんは昨日いた場所に同じ体勢で座っていた。もしかして寝てないのかな? のそのそと寝床から出ると、兄ちゃんの方から「おはよう」と声をかけられた。なんか気まずくて目を逸らし、小さな声で挨拶を返した。
 兄ちゃんはそんな俺に着替える様に言って背嚢はいのうから固焼きのパンと干し肉を取り出した。昨日もあの背嚢から色んなものを取り出していた。何だか魔法の様だと思いながら、まだ少し湿り気のある服に袖を通した。
 口の中の水分を奪われるような朝食を済ませ、小屋の中を片付けると孤児院へ向けて出立となった。何だか気が重い。どんな顔をして帰ればいいんだろうと思いながら、昨日の雨でぬかるんだ道を歩いていく。やがて一昨日魚釣りをした沢に着いた。
「やっぱり増水しているな」
 昨日までと異なり、水かさを増した沢は濁った水がものすごい勢いで流れている。渡ろうとしても足を取られてあっという間に急流に飲み込まれてしまいそうだ。
 どうしよう。このままでは帰れない。孤児院へ帰ると思うと気が重かったはずなのに、帰れないと思うと急に心細くなってくる。元はと言えば自分が勘違いをして勝手な行動をしたからだ。自分の行動を悔やんでいると、不意に兄ちゃんが俺の頭にポンと手を置いた。
「ちょっと遠回りをしよう」
 兄ちゃんは空を見上げていた。木々の間から飛竜の姿が見える。竜騎士と相棒の飛竜とは不思議な絆で結ばれていると前に聞いたことがある。相棒と何か話をしていたのかもしれない。
「遠回りって?」
「森を反対側へ抜ける。そうすれば飛竜も降りられる場所がある。そこから飛竜で移動して町へ帰る」
 飛竜に乗れると聞いて少し気分が上向いた。すると兄ちゃんは髪の毛がボサボサになるまで俺の頭をなでまわす。
「少しは機嫌が良くなったか?」
「そういう訳じゃ……」
 心の内まで読まれているようで、認めるのが何だか悔しい。その葛藤まで見透かされているのか、もう一度頭をなでられる。
「まあ、いい。道が険しくなるからその覚悟はしておけ」
 そう言うともう一度俺の頭をポンと叩いて兄ちゃんは歩き出す。俺も慌ててその後を追いかけた。



 道が険しいと言われたが、もうこれは獣道と言っていいかもしれない。上空を飛んでいる飛竜から方角を教えてもらいながら進む兄ちゃんの後を追うのはなかなか大変だった。途中何度も絡み合う木の根っこに足を取られて転びそうになっていた。
 俺の歩調に合わせ、何度も休憩を取りながら厳しい道を歩いていく。そして最後に難関が待っていた。自分の数倍の高さがある斜面が行く手を阻んでいた。木が生えているからそれを足掛かりに出来るからまだ楽な方だと兄ちゃんは言う。訓練ではもっと険しい崖を登ったこともあるらしい。
 時折、上空から荷物が入った袋が落とされる。中身は食べ物や水が入った革袋が多い。今回はロープも入っていた。斜面の下で一度休憩をすると、いよいよこの斜面に挑むことになった。先ずは兄ちゃんが足がかりを作りながら登っていく。そしてある程度登ったところでしっかりとした木の枝にロープを括り付け、そのロープをたどって俺が登っていく。
「ゆっくりでいいからな。疲れたら休憩してもいいぞ」
 俺がたどり着くまで兄ちゃんはそう言って俺に声をかけ続けてくれる。俺は必死にロープをつかみ、足を動かし続けた。それを幾度か繰り返し、ようやく頂上まであと一歩のところまでたどり着いた。ロープを握り続けた手もいつになく動かし続けた足も痛い。それでも最後の力を振り絞って頂上へ足をかけた。しかし着いたと思って気が緩んだのがいけなかったらしく、その足を滑らせてしまった。
「カイ!」
 滑り落ちそうになる俺の腕を兄ちゃんがつかむ。その兄ちゃんの足元も崩れて一緒になって斜面を滑り落ちた。
「うわぁぁぁぁ!」
 怖くて俺は必死に兄ちゃんにしがみついた。でも、兄ちゃんはこんな時でも冷静で、俺を片手で抱えたままもう片方の手で立ち木に手をかけて滑り落ちるのを防いでくれた。
「大丈夫だ。心配いらない」
 兄ちゃんがそう言ってくれると不思議と気持ちが落ち着いてくる。少し余裕を取り戻せた俺は辺りを見渡し、そこでようやく状況を把握した。俺達は斜面の中腹まで滑り落ちていた。
「一息休んだらまた頑張るか」
「うん……」
 ほとんど登り切っていたのに、また自分の所為で迷惑をかけてしまった。俺はうつむくしかなかった。
「俺も配慮が足りなかったから気にするな」
 兄ちゃんはそう言うと、俺の頭をまた軽くポンポンと叩いた。
 その場で少し休憩した俺達は再び斜面を登り始めた。今度はさっきより時間をかけて慎重に登っていく。そしてようやく頂上にたどり着いた。同じへまをしないように、今度は頂上に登り切ってから大きく安堵の息を吐いた。
 そこからまた緩やかな斜面を歩いていくと、次第に生えている木がまばらになっていく。やがて開けた場所に出ると、そこには兄ちゃんの相棒が待っていた。他にも兄ちゃんの部下の竜騎士が待ち構えていて、兄ちゃんを敬礼で迎えていた。
「エアリアル、待たせてゴメンよ」
 兄ちゃんは真っ先に相棒の傍へ行ってその頭をなでていた。疲れていたし、勝手な事をしたから竜騎士達から怒られるんじゃないかと思って俺は近づくことが出来なかった。
「無事でよかったよ」
 そんな俺に声をかけてくれたのは兄ちゃんの義弟だという竜騎士だった。どう返していいか分からないでいると、兄ちゃんと同じように頭をポンポンと叩かれた。
「ほら、ルーク兄さんが呼んでいるよ」
 その竜騎士の兄ちゃんに促されて俺も相棒の傍に居る兄ちゃんに恐る恐る近づく。するといきなり飛竜が俺に顔を近づけてくる。
「飛ぶ前に挨拶をしよう」
 兄ちゃんに促されて俺は恐る恐る飛竜の頭に降れた。すると、いろんな感情が一気に俺の中へ押し寄せてくる。一番多いのは心配と安堵。そして憤り。これは俺に対してではなくて、表現が難しいのだけど、俺達がずっと放置されて来たことにどうやら怒っているらしい。
 こんな風に心配された事なんてない。知らずに涙があふれてくる。そんな俺を兄ちゃんは抱きしめてまた頭をポンポンと叩いてくる。
「……ごめんなさい」
「うん。分かってくれればいい」
 自然と出て来た謝罪の言葉に兄ちゃんはうなずきながら何度も俺の頭をなでた。そして俺が落ち着くまでそのまま待っていてくれた。



 生まれて初めての空の旅は、生涯忘れられない思い出となった。飛竜が飛び立つ瞬間の浮遊感は何とも言えない感じがしたけど、不思議と飛行する高さに恐怖を感じなかった。雨上がりの澄んだ空気の中、見渡す限りの田園風景は本当にきれいで、景色に見とれている間に目的地に着いていた。
 飛竜は町から少し離れた場所に降りた。兄ちゃんの話によると、特別な場合を除き、飛竜は町中へ降ろしてはいけないらしい。いろんな決まりごとがあるので、見習いになったらそう言った事も勉強するのだと教えてくれた。
 町はずれには馬が用意されていて、それに乗って孤児院へ移動した。飛竜に比べると振動が凄くてお尻が痛くなった。乗馬もそのうち覚えることになるらしい。
「カイ兄ちゃん!」
 孤児院へ着くなりチビ共にもみくちゃにされた。ああ、心配かけたんだなぁ……と思っていたら、今度は奥様に抱きしめられる。
「ごめんなさい」
 小さな声で謝ると、奥様は謝らなくていいと言ってくれた。チビ共の前だから我慢しようと思っていたのに、奥様の優しさにやっぱり我慢が出来なくて涙が出てきてしまった。そんな俺を奥様はまた抱きしめてくれる。
 気にかけてもらえる。それが幸せな事なんだと俺はこの時初めて知った。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...