群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

第12話

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 お酒の匂いを漂わせたルークが帰って来たのは深夜になってからだった。起きて待っていようと思ったけど、待つにも何か手慰みは必要で、そのためにはどうしても灯りは必要になる。今のミステルにはそれすら贅沢なので、諦めて早々に寝台へ潜り込んでいた。
「ん……ルーク?」
「起こしてゴメン」
「お帰りなさい」
 物音に気付いて起きると、彼は上半身裸で椅子に座り、酔い覚ましの水を飲んでいた。私は寝台から降りると、彼が脱ぎ捨てた服を拾ってまとめ、用意しておいた薬を手渡す。
「先に飲んでおくと、少しは楽よ」
「ん。ありがと」
 差し出した薬を彼はかなり苦いにもかかわらずそのまま一気に飲み干した。この薬の効能を身をもって知っているからだ。
「ブルーノさんとはお話しできたの?」
「うん。ちょっとだけ。店主がとっておきの酒を出してくれて、それが……美味かった」
 彼はそう言いながら傍らに立つ私を抱きしめる。酔うと、普段以上に接触してくるようになるので、私はその頭をなでてあげる。
「料理も相変わらず美味しくて、ちょっと飲みすぎちゃった」
 儘ならないことが続いてちょっとうっ憤が溜まっていたのだろう。今夜の事はいい気晴らしになっているといいのだけれど。酔って甘えたがりになっている旦那様は「可愛い」と言いながらスリスリと頬ずりをしてくる。無精ひげがちょっと痛い。それでもある程度彼の気が済むまで好きにさせていた。
「疲れたでしょう? そろそろ休みましょう」
 明日もまた忙しい1日が待っている。今日の予定が変わってしまったので、明日はなおさら忙しいはずだった。でも、ルークはまだこうしていたいらしく、渋ってなかなか寝台へ行こうとはしてくれない。エルヴィン殿下のお世話で鍛えた私でもさすがに成人男性を抱え上げることは不可能だった。
「寝台へ行きましょう」
「もうちょっと……」
 困ったことに私を抱きしめる腕の力が一層強くなってしまった。今回の事で思っている以上に凹んでいるのか、もしくはブルーノさんに手厳しい事を言われたのかもしれない。
「ルーク、私は最後まであなたの味方よ」
「うん……」
 しがみつく彼の頭を撫で、つむじに口づけを落とす。私はそうしながら彼が落ち着くのを辛抱強く待ち続けた。



 翌日、思った通りルークは二日酔いだった。それでも責任感の強い彼は投げ出すことなく仕事をこなしていた。午前中は苦手な書類仕事と格闘し、午後からは町の人達からの陳情を辛抱強く聞き続けた。
 その翌日には体調も元に戻り、エアリアルにひと飛びしてもらって香草を育てている郊外の畑まで視察に出かけた。比較的育てやすい品種を選んだおかげで、1年目でも順調に生育している。
 こんな風にミステル滞在中のルークには過密ともいえる予定が組まれていた。ただ、私に気を使ってか、その予定の全てに私を付き合せようとはしなかった。ゆっくりしていてと言われたけれど、何もしないでいるのも落ち着かない。ミステルにいる間は手出しをしないようにするつもりだったけど、少しでもルークの支えになりたくて晩餐を用意しようと思い立った。渋る料理長を辛抱強く説得し、ようやく晩餐の支度を手伝う許可をもらった。
「奥様が厨房に入られるなんて……」
 料理人達に驚かれたけれど、皇都でも、アジュガでも普通にやっている事だ。とにかく私達を知ってもらう努力をするのが今の私に出来る事だった。前掛けをして普通に料理を作っていると、日常的にやっているのだと料理人達も分かってくれたらしく、次第に騒がなくなった。逆に料理長からはルークの好みとか聞かれるようになり、晩餐のメニューは次第に2人で決める様になっていた。
「オリガの晩御飯が食べられるならもっと頑張れる気がする」
 あまり無理はしないで欲しいけれど、それでも美味しそうに食べてくれる姿を見ると嬉しくなる。頑張る旦那様を少しでも支えることが出来ているみたいで嬉しい。とにかく自分で出来ることをしようと思った。



 忙しい日々を送っている間にミステルでの滞在もあと3日となった。この日は初日に訪れた際に約束した通り、孤児院を再訪していた。ただ、遊びに来ただけではなく、年長の子供達を連れて郊外へ1泊の予定で野外活動をしに出掛けることになっていた。
 今回はミステルに滞在してくれているローラント卿とドミニク卿の他にわざわざロベリアから来てくれたティムも助人として加わってくれている。
「すごーい、本物の飛竜だ」
「こんなに近くで見たのは初めてだ」
 参加する子供達は全員で7人。孤児院からは荷馬車に乗ってもらって移動し、天幕などの道具類は飛竜達が先回りして運んでくれていた。野営地に到着し、一仕事終えて寛いでいる飛竜を目の当たりにした子供達は大興奮している。われ先に飛び出していこうとする子供達をどうにか抑え、ルークは一先ず全員を整列させる。
「出発前にも言ったけど、勝手な行動はしない事」
「はーい」
 大人しく返事をする彼等にルークは改めて注意事項を説明し、手伝ってくれる竜騎士達を改めて紹介する。そして最後に飛竜達の傍へみんなを連れて行き、1頭1頭紹介していった。
 飛竜達との挨拶を終えると、持参したお弁当で昼食となった。敷物を敷き、皆思い思いの場所でお弁当を頬張る。薄焼きパンに色々な具材を挟んだものだけれど、子供達は美味しそうに食べていた。
食休みの後、カイ君を筆頭とした男の子4人はルークの先導で近くの沢へ釣りに出かけた。夕食のおかずを釣り上げてくると皆張り切っている。そんな彼等にはティムとローラント卿がお守りとして同行していた。
「じゃあ、私達も始めましょうか」
 女の子3人は私と一緒に野草やキイチゴを採取することになっている。護衛としてドミニク卿が同行し、ザムエルさん達自警団とウォルフさんは野営地の整備をしていた。これも立派な訓練の一環らしい。
「オリガ様、これは?」
「合っているわ。でも、こっちのはちょっと違うかしら」
 それぞれに籠を手渡し、先ずは簡単に見分けられる野草を教えた。それでもなかなか見分けられなくて、それらしいものを見つけるたびに聞いてくる。その内に年下の2人は飽きて来たのか、キイチゴだけを採取している。そして時折こっそりと口の中に放り込んでいるのが見える。
「あまり食べると、ご飯が入らなくなるわよ」
 笑いながら指摘すると、2人は肩をビクつかせる。恐る恐る振り向いた2人の口の周りはキイチゴの果汁で汚れていて、その顔を見た私と年長の女の子レーネはつい笑ってしまう。怒られたわけではないと分かり、安堵した2人も互いの顔を見て笑い出す。私は苦笑しながら手巾で2人の顔を拭った。
「キイチゴが沢山取れたら、ジャムを作りましょう。そうしたら、小さな子達と一緒に食べられるわ」
「はーい」
 いいお返事が返した2人には続けてキイチゴを採ってもらうことにした。一方のレーネは野草に興味を持ったみたいだったので、一緒に採取を続けた。そして日が傾き始めた頃には籠がいっぱいになり、私達は野営地へ戻った。
 自警団の皆さんが頑張って下さった甲斐があって、野営地には立派な天幕がいくつも立てられていた。既に夕食の準備も始められていて、設置された竈からは煙も上がっている。そしてちょうど同じころに釣りに行っていた男の子達もその成果を手に戻って来た。
「見てみて、このでっかいの俺が釣ったんだ」
「僕はこんなに釣ったんだよ」
 魚の入った桶を自慢げに見せてくれる。なかなかの釣果で、これなら全員にいきわたるだろう。魚の処理はルーク達がしてくれるので、私は夕食の準備を始めている自警団員に加わることにした。
 組み立て式のテーブルをいくつも連ねて作られた全員が座れるほどの大きな食卓には、焼いた魚に野菜のスープ、あぶり肉も並べられている。そして摘んだばかりのキイチゴも加わり、屋外とは思えないほど豪華な夕食が出来上がった。全員で席に着き、ダナシア様に感謝の祈りを捧げて賑やかな夕食が始まった。
「騎士様が魚の居そうな場所を教えてくれたからたくさん釣れたんだよ」
 男の子達が釣りの様子を教えてくれる。たくさん釣れたのも、運が味方してくれただけではなく、ルーク達が色々とコツを惜しみなく教えたかららしい。
「ティム兄ちゃんすごいんだ。木の銛で魚を捕まえたんだ」
 更に興奮気味に男の子達が教えてくれる。あの、辛い逃避行の中で私達を支えてくれた彼の技だが、元はと言えばルークから教わったと言っていた。ちょっと見本で子供達に披露したら、すごく尊敬されたらしい。当の本人は照れ臭そうに頬をかいている。
「野草がね、見分けるのがすごく難しいの」
 レーネも一生懸命、自分達の体験を話している。男の子達はあまり興味がない様子だったが、それでも食卓に並んでいるキイチゴは彼女達が採って来たのだ。残った分はジャムを作ると教えると、彼等も喜んでいた。
 夕食が済んでも話は尽きず、焚火を囲んで思い思いに過ごしていた。初めての野外活動にはしゃぎすぎて疲れたのか、子供達は次第に口数も減って来る。明日も予定があるので子供達は早々に休ませる事にした。
 自警団員達の頑張りで天幕は男の子用と女の子用に分けてくれている。お休みの挨拶を済ませるとそれぞれの天幕へ連れて行く。いつもと異なる環境に眠気が少し飛んだのか、どちらの天幕からも賑やかな声が聞こえていたが、ほどなくして静かになった。そっと様子を伺うと、みんな力尽きたように眠っていた。上掛けをかけなおしてそっと天幕の出入り口を閉じた。みんな、いい夢を。



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ルーク達にとってもいい骨休み。
存分に野外活動を楽しんでいます。
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