群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

第7話

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設定集の後に「作者のための人名覚え書き」も同時投稿しております。
お時間がありましたら見てみてください。



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 会議の翌日から領主館への引っ越し作業が始まった。本当は私達だけで何日かかけてする予定だったのだけど、ザムエルさんの号令で手が空いている兵団員や休暇も兼ねてこの町に滞在しているローラント卿やドミニク卿まで来てくれた。
「力仕事は我々にお任せを」
 みんな張り切ってそう言ってくれるのだけれど、そもそも持ち出す物はそれほど多くない。何しろ既に贅を凝らした調度品が揃っているので、家具を持っていったとしてもそれだけが妙に浮いてしまう。その為、持っていくのは滞在中に使う着替えや雑貨類など、細々としたものばかりだった。
「そんなに張り切らなくてもいいんだが……」
「のんびりしていたら日が暮れてしまう。何としても今日中に終わらせるぞ」
「おぉー」
「いや、だから、そんなに急がなくても……」
 ルークはそう言ってなだめていたが、せっかくだから荷物をまとめている間に掃除を手伝ってもらうことにした。私達が出た後はカミラさんとウォルフさんが住んでくれることになっている。せっかくだからなかなか動かすことが出来ない家具の後ろなど、普段は出来ない掃除をしておきたい。そう言うと、男性陣は張り切って作業にかかってくれた。
「やっぱりオリガは頼りになるなぁ」
 男性陣の熱気に途方に暮れた様子だったルークはそう言って苦笑する。
「図々しいだけよ」
「そんなことないよ」
 2人でそんな会話をしながら荷造りを再開する。元より持ち出す物は少なかったので、ほどなくして荷造りは完了し、男性陣がそれらを領主館に運び入れてくれて私達の引っ越しは終了した。今度は近いうちにウォルフさんとカミラさんが引っ越す。そのお手伝いも頼むと、頼もしい彼等はこころよく引き受けてくれたのだった。



 領主館への引っ越しが済んだものの、落ち着く間もなく今度はミステルへ視察に向かうことになった。アジュガの為にもミステルの問題を早く解決したいのもあるし、ゆっくりしようにもやるべきことをやっておかないと落ち着かない。それはルークだけでなく私も一緒だった。
 戻ってきてもやることは沢山ある。カミラさんとウォルフさんの引っ越しを済ませ、2人の婚礼の準備を進める。ルークとは時間が出来れば例年通り湖畔の花畑へ行ってみたいとも話している。それらの事を存分に楽しむためにも、ミステルの問題には早く目途を付けておきたい。
 そう言った個人的な思惑もあって引っ越しの3日後、私達はアジュガを出立した。隣領のミステルには昼までにつけばいいと話を通していたので、出立したのは日が高くなってからとなった。ローラント卿とドミニク卿も当然と言った様子で同道してくれている。休暇で来ているはずなのに何だか申し訳ない気がする。
「オリガ、見えて来たよ」
 お昼前、ミステルの町が見えて来た。ルークが言っていた通り、領主館を兼ねた立派な砦が目を引き、それに寄り添うように町はあった。やがて町が近づいてくると、その様子も良くわかるようになってきた。高い城壁で囲まれていて、規模はアジュガより少し大きい程度だけど、立っている建物は比較的背の低いものばかりで、どことなく寂れた印象を受けた。
「ようこそお越しくださいました」
 アジュガよりも広い着場に降り立つと、文官らしい人が私達を出迎えてくれた。ルークがそっと教えてくれた話によると、ミステルの管理を任せている文官のアヒムさんらしい。その後ろには昨日のうちに先行してミステルに来ていたザムエルさんとウォルフさんの姿もある。更には駐留する兵団の責任者らしい人と町の有力者らしい人の姿もあった。仰々しい出迎えはルークが領主と言うだけでなく、団長と同格の地位を持っているかららしい。
「ギード爺さん、あんた何でここにいるんだ?」
 居並ぶ出迎えの人達の顔を見渡していたルークが驚いた様子で年配の男性の傍に寄る。よく見ると、本宮でもよく見かけた竜舎の係員のお爺さんだった。確か、本宮の竜舎の主とまで言われている人じゃなかったかしら……。
「おお、ルーク。何でってお主が指導役の派遣を要請したからじゃろうが」
「いやいやいや、確かに要請したけど、来てくれる人は別の人だっただろう?」
「あぁ、あ奴はな、怪我をしてのう。ワシは代わりじゃ」
「代わりって、あんたが出張るような仕事じゃないだろう?」
 心なしかルークは青ざめている。背後に控えているローラント卿とドミニク卿に至っては直立不動となって2人のやり取りを見守っている。
「誰が来るかで随分もめてのう、結局くじ引きになったんじゃ」
「くじ引きって……」
 やはり皆さん、ミステルへ来るのに抵抗があったのでしょうか。
「決まった後も他の者に狡いと言われてなぁ。1人じゃ大変だろうからと言って無理やりついて来ようとするんじゃ。宥めるのに苦労したぞ」
「はぁ……」
「最後はアスター卿が仲裁してくれてのう、ようやく落ち着いたんじゃ」
 気難しい方だと思っていたけど、ルーク相手ににこやかに話す姿はどこにでもいる好々爺の様だ。この様子から見てもルークは随分と気に入られているのが良くわかる。それにしても係員の皆さんがミステルに来たがっていた事には驚きだった。
「何でそこまでして……」
「お前さんがやろうとしている事は、ワシらにも利があるんじゃ。新しく入ってくる者の多くは係員の仕事じゃからと言って甘く見ているんじゃ。大事な飛竜のお世話をするんじゃから、それじゃあ困る。このミステルでその基本を学べるようになれば、ワシらも大助かりなんじゃ。じゃから、何としてもこの試みは成功させねばならんのじゃ」
 ギードさんの力説にこの場にいた誰もが聞き入っていた。逆にルークは気恥ずかしいのか顔が赤くなっている。
「とりあえず、依頼の事は任せておけ。あ奴らを立派な係員に育ててやるから安心せい」
 竜舎への入り口付近には10人ほどの若者が背筋を伸ばして立っていた。
「ありがとう。恩に着ます」
 胸を張るギードさんにルークは深々と頭を下げるが、「領主が軽々しく頭を下げるな」と逆に怒られていた。



「部屋をご用意いたしておりますので、ご案内いたします」
 ギードさんとの話が終わったのを見計らい、文官のアヒムさんがそう口上を述べて私達を屋内へ案内する。予定より少し早く着いたので、昼食の準備が整うまで少し休憩することとなった。私がいるから気を使って頂いているみたいだけれど、それほど長距離を移動してきたわけではないのでさほど疲れを感じてはいない。ただ、衣服を改めておきたかったので、その心遣いは感謝するしかなかった。
「また、ここか……」
 通された部屋にルークはがっくりと肩を落とす。昨秋、視察に来た時も通された部屋だったらしいのだけど、ここは所謂いわゆる城主の部屋。アジュガの領主館よりもいっそう煌びやかな部屋だった。
「なんか……落ち着かないね」
 私達は部屋の中央に立ち尽くす。壁にも天井にもそして調度品にも金箔があしらわれた装飾が施されていて目がチカチカする。この部屋で落ち着くことは不可能かもしれない。
「だめだ……やっぱり替えてもらおう」
 昨秋、滞在した時は、竜舎の近くが良いからと言って宿舎で寝起きしていたらしい。今回は私が一緒なので宿舎は無理かもしれないけれど、数日滞在するのだからもう少し落ち着いた部屋で過ごしたい。
すぐにアヒムさんを呼んで部屋を替えて欲しいと頼むと、予測していたのか同じ階層にある客間に通される。そこも白を基調とした豪華な部屋だったが、城主の部屋に比べるとまだ落ち着けるかもしれない。先の領主の折には特別な客が来た時に使っていた部屋らしい。
「警備に差し支えますので、もう変更は出来ないんですが……」
 部屋の豪華さに気圧されていると、アヒムさんが申し訳なさそうにそう言ってくる。
「あ、ああ、分かった。ありがとう」
 我に返ったルークはお礼を言ってアヒムさんを下がらせた。部屋の移動に少し時間がかかってしまったので、予定していた昼食の時間が迫っている。私は大急ぎで旅装を解くと、ルークに手伝ってもらいながら衣服を改めた。



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今回のルークの要請は、係員たちの間で誰が行くかで熾烈な争奪戦が勃発。
引退間近の係官が選ばれ、ミステルに骨をうずめる覚悟をしていたのだけど、怪我をしてしまい断念。
その後も熾烈な争いが起き、結局くじ引きで決定。
竜舎の主と言われ、エドワルドやアスターですら頭が上がらないギード爺さんが見事に当たりを引き当てた。
ちなみにギード爺さんは「群青の空の下で」第2章45話、朗報と凶報3に出て来た竜舎を束ねる係官と同一人物。気難しい人だけど、ルークの事はお気に入り。
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