群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

第6話

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 親方衆やザムエルさんの議論を口を挟まず聞いていたルークは、一通り意見が出た頃合いを見計らい口を開いた。
「アジュガとミステルの今後について、考えている計画があるんだけど聞いてもらえるかな?」
 思い思いに意見を口にしていた一同はとたんに静まり返り、ルークの方に向き直る。彼はミステルの地図を取り出すと、会議室のテーブルに広げた。
「アジュガにミステルから人が集まるのは仕事がないからだ。昨秋、視察をしてきたけど、土地は広いが作物を育てるにはあまり向かない様子だった。後、目立つのが立派な砦かな。前の領主が国から出る補助金を目当てに作ったらしい。ただ、専属の係員がいない状態だ」
 ミステルの現状をルークは簡単に説明する。特に際立った産業がないため、先の領主は補助金だけでまかないきれず、グスタフに加担した。その結果地位を失い、今もなお労役に従事している。
私達は同じ二の舞を踏むわけにはいかない。視察の結果を踏まえ、アジュガへ来る前にサイラスやガブリエラの意見も聞いたうえでルークはいくつかの改善策を考えていた。
「先ずは専属の係員の育成。本宮から指導役を派遣してもらえることになっていて、既にミステルに着いているはずだ。アジュガからも希望者がいれば連れて行く」
「人を育てるところから始めますか? 時間がかかりますぞ」
 最年長の親方に気の長い話だと指摘されたが、ルークはそれに臆することなく説明を続ける。
「分かっている。だけど、何もしないよりはましだと思う。職権乱用になるかもしれないけど、雷光隊は来てくれるはずだから彼等の力も借りて係員を育成していきたい」
 前の領主の時は領民を雇って係官の代わりをさせていたらしいのだが、正しい知識が無いのでお粗末なものだったらしい。それもあってか、立派な砦がありながらミステルにわざわざ立ち寄ろうとする竜騎士は少なかったらしい。
「あと、領民達には干し草の作成だけでなく、飛竜達が好む香草を集めて栽培するように通達している。これで竜騎士が少しでも立ち寄ってくれるようになれば、ミステルも少しは変わってくると思う」
 砦に竜騎士が立ち寄ってくれるのであれば、目立った特産品が無くてもその町や村に多少なりとも経済的な恩恵が得られる。ティムのブラッシングに惚れこんでしまったパラクインスの例は極端だけど、ミステルを飛竜が立ち寄りたくなる砦にするのがルークの目指す未来像だった。このルークの考えには親方衆も納得された様子でうなずいておられた。
「あと、職人希望の若者は素質があれば受け入れたい」
「いや、それは難しいですぞ」
「あ奴ら、本当に何も知らないんですぞ」
 親方衆は職人の受け入れは断固拒否するつもりの様だった。それでも口々に反対意見を言ってくる彼等を宥め、最後まで話を聞いてほしいと彼等を説得する。確かに、軽い気持ちで来てもらってすぐに出来るものでもない。だが、ルークにはまだ考えがあった。
「当面はミステルの神殿に協力を仰ぎ、素質がありそうな若者を紹介してもらおうと考えている。いずれはミステルに学校を作り、そこで学んだ子の中から職人を希望する子供を受け入れていこうと思っている。もちろん文官や神官、商人、そして竜騎士。いろんな分野へ進める道を身分に関係なく選べるようにしていきたい」
「未来の話はともかく、神殿から紹介された若いもんを誰が面倒を見るんじゃ?」
「まだ決めていません。経験豊富な職人が一番ですけど」
 ルークの本音としては親方衆の誰かに受け入れてもらいたいのだと思う。けれども、基礎から教えるとなると相当の手間と時間がかかるので強要できるものではない。今日の雰囲気から察するとそれは難しいかもしれない。
「俺としては是非とも実現してほしい」
 そんな中、ルークに賛成したのはクルトさんだった。
「皆さんの協力で何とか維持できているけど、まだまだ人手不足だ。やる気があるのならば受け入れたい」
「だとしても、それを誰が教えるのかが問題じゃろう」
 結局はそれが一番の問題だった。誰もが口を閉ざし、会議室は静寂に包まれる。ルークもこれまでかと天を仰いでいた。
「少人数であればわしが引き受けよう」
 徐に口を開いたのはお父さんだった。誰もが驚いた様子で振り返る。
「ルークがしようとしている事が、この町にとっていい事か悪い事かはまだわからん。だが、新しい事を始めようとするには何よりも実績が必要だろう。神殿から紹介してもらう若者の数を2人か3人とし、わしの工房で基礎を教える。それを踏まえてから計画を進めるなり練り直しをしてもいいのではないか?」
「父さん……」
 思いがけない申し出にルークも返す言葉が見つからない。親方衆もお父さんの意見を聞いて何か思うことがあるのか思案している。
「クルトも自分の工房を構えたし、ルークは竜騎士だ。ワシも工房の事も含めて今後どうするか色々考えてきた。ワシが出来ることは職人の仕事だけだが、それで町の役に立つなら喜んで協力しよう」
「ありがとう」
「しかし、そうなると、よそ者がうろつくことになる」
「お主はまたそういうことを言う。来るのは神殿から紹介された者だけだ。それに流入して来た者が皆悪い事をしているわけではないだろう?」
 まだ納得できない様子の親方に別の親方が諭《さと》す。まだ起こってもいないことを議論しても仕方ないのだけれど、懸念するのは致し方ないのかもしれない。
「分かった。この件に関してはもう一度計画を練り直してみる。俺はとにかく現状を変えるきっかけを作りたい。後日またミステルへ視察に行って、もっといい方法は無いか探してみるつもりだ。アジュガへの人の流入はすぐには抑えられないとは思うけど、皆も辛抱して欲しい」
「ルークがそう言うのなら仕方ないのぉ」
 先ほどまで一番「よそ者が……」と言っていた親方もルークが頭を下げると引き下がってくれた。そして納得できたかどうかは分からないけれど、渋々ながらも協力を約束してくれた。
「後は自警団かな」
「まあ、時間はかかりますよ」
 前の領主の頃から、町の治安維持も討伐期の防衛も派遣してもらう兵団に頼り切っていたため、ミステルの自警団の質はあまり良くないらしい。アジュガと異なり、砦としての機能は残っているので、駐留する兵士に町の警備をしてもらっている状態だった。
 逆にアジュガの現兵団は自警団だった頃からルークを筆頭に竜騎士達の指導を仰ぎ、国の兵団にも劣らない精度を誇っていると聞いている。ルークとしてはアジュガ同様、町の治安は自前の兵で維持したいと考えていた。
昨秋からザムエルさんの配下をミステルへ派遣して自警団を鍛えているらしいのだけど、訓練が厳しいのかすぐに逃げ出してしまうらしい。その辺りもミステルへ行ったら確認する必要があるのだとか。
「俺も同行して確認します」
 兵団長としての責任からか、ミステルへはザムエルさんも同行することが決まった。アジュガの方は古株の隊長がいるので彼に任せておけば安心らしい。



「最後に我が家の私的な発表になるけど、カミラとウォルフの結婚が決まった」
 会議の最後にルークがカミラさんとウォルフさんの婚約を発表した。しばしの静寂の後、割れんばかりの拍手と共に喝采が沸き起こる。
「そうか、そうか、良かったのう」
「いつ一緒になるのかやきもきしとったぞ」
「カミラちゃんを幸せにしてやるんじゃぞ」
 どうやらカミラさんとウォルフさんの仲は知られていたらしく、ウォルフさんはみんなにもみくちゃにされて祝福されていた。バンバンと肩や背中を容赦なく叩かれ、手荒な祝福に彼は少しだけ顔を歪《ゆが》めていた。
「ほどほどにしてやってくれよ」
 ルークがそう言って祝福の輪からウォルフさんを救い出す。「ありがとう」とルークに礼を言う彼は少し気の毒になるくらいやつれていた。
「婚礼は秋に予定している。俺はさっきも言ったようにミステルへ視察に行ったりしてアジュガにずっといられるわけじゃない。婚礼の準備はリーナ義姉さんが中心になって進めていくから、手伝ってもらえると助かる」
「任せておけ」
「これでまたうまい酒が飲めるの」
「お前、酒を飲んでも手伝いはせんのじゃろう」
「若いもんに任せておけばいい」
 先ほどまで渋い表情で会議に参加していた親方衆も、慶事に表情を綻ばせていた。単にお酒が飲めるのを楽しみにしている様子に「仕方ないな」とルークは肩をすくめていた。



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カミラとウォルフの仲は周囲にはバレバレ。それなのになかなかいい話が出てこないから逆に周りの方がじれったく思っていたり。でも、単に宴会が待ち遠しいだけだったかもしれない。
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