群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

閑話 シュテファン

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単にシュテファンの婚約者を出したかっただけのお話。



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 秋が深まる頃、演習で皇都を離れた機会を利用し、俺はコンラートと新たな部下となったエーミールを伴って一時帰郷した。
 フォルビア東部、領内でも比較的大きな砦に隣接する小さな村が俺の故郷になる。実家のヴェルナー家は代々竜騎士を輩出し、この小さなヴェルナー村とヴェルナー砦の管理を任されて来た。
「シュテファン兄様!」
 慣れ親しんだ着場に相棒を着地させ、荷物を降ろしていると、1人の少女が駆け寄ってくる。少女の名前はフリーダ、11歳。実は妹ではなく、やむを得ない事情により親同士が決めた婚約者だった。
「ただいま、フリーダ。母さんはいるかな?」
「冬のお支度の視察に出掛けています」
 父さんがフォルビア騎士団の団長に抜擢されたため、現在は古参の使用人達と共に母さんが村と砦を守っている。いずれ受け継ぐためにもその仕事を手伝い覚えていかなければならないのだが、雷光隊に所属してからはそれも難しい状況が続いている。更には先日の褒賞で俺まで領地をたまわってしまった。どうしたものかと頭を悩ませ、家族に報告と相談する為に帰郷したのだ。
「それじゃ、戻るまで部屋で休ませてもらおうかな」
「兄様、兄様、お土産は?」
「後で渡すよ」
「絶対ですよ」
 こうしてまとわりついてくるのもお土産目当てなのは分かっているのだが、それでもその姿が可愛くてついつい色々買ってきてしまう。母さんからはその度に怒られるのだが、彼女が喜ぶ姿が見たいので、こればかりはやめられそうになかった。
 視察で出ていても、飛竜の姿は確認しているはずだ。母さんが戻ってくる前に衣服を改めておきたい。後をコンラートとエーミールに任せ、まとわりついてくるフリーダと共に自分の部屋へ移動する。
「兄様、ありがとう!」
 自分の部屋で荷物を解き、くっついてきたフリーダにお土産を渡した。今回は皇都の市であがなってきた装身具だ。早速、包みを開けて目を輝かせている姿に、悩んだかいがあったと安堵した。そんな彼女もお土産をもらって満足したのか、上機嫌で部屋を出ていく。
「あんた、またあの子に買ってきたの?」
 入れ違いに今度は母さんが部屋に入って来た。帰ってすぐに来たらしく、外出着のままだった。
「お早いお帰りで」
「それは私の台詞よ」
「ちょっとご相談がありまして」
「分かったわ。夕食の後にでも話をしましょう」
 母さんはそう言って部屋を出て行こうとするが、何か思い出したのか立ち止まって振り返る。
「そういえば、私にはないの?」
「えっと……」
 母さんが俺に向かって手を出してくる。俺は荷物の中からブレシッド産のワインを1本その手に握らせた。そのラベルを見て母さんはニンマリする。どうやらお気に召していただけたようだ。「また後で」そう言い残して上機嫌で部屋を出て行った。



「それで、相談したいことって何?」
 夕食後、母さんと吞んでいると、おもむろに本題を切り出してきた。既に夜も更け、フリーダも就寝している。呑んでいるのは土産で持ってきたワインではなく、母さん秘蔵の蒸留酒だ。
「今回、褒賞で領地を賜ったんだけど、どうしたものかと思ってね」
「領地って、あんたが? ルーク卿じゃなく?」
「隊長もだし、ラウルも賜った」
 母さんにとっても予想外だったらしく、驚いている。彼女が驚くなんてめったにない。希少な場面に遭遇出来たことになる。
「一応、父さんにも聞いてみたけど、こういったことは母さんの方が適任だろうと言われた」
 ルーク卿はアジュガの他にミステル領、ラウルはフォルビアの北西にあるアルント領、俺はフォルビアの東にあるカロッサ領を賜っていた。いずれも先の内乱でグスタフに付いた結果、取り潰しとなった貴族が有していた領地だった。
 今回の演習はそれぞれが賜った領地の視察を兼ねて3手に分かれていた。それぞれの視察終了後、アジュガで集合してから皇都に帰還する手筈となっている。ヴェルナーに来る前にフォルビア城で父さんにも会って話をしてきたが、面倒を嫌ったのか母さんに丸投げしていた。
「あんたは領地云々よりも別の事が気になっているんじゃないかい?」
「……」
 さすが母さん、鋭いご指摘。俺は返事の代わりに黙って酒杯をあおった。
「領地を賜ったことで色んなお誘いがかかっているところかしら?」
「……仰る通りです」
 雷光隊の一員として名を知られるようになってから、少なくない数の縁談や女性からのあからさまなお誘いが増えていた。正直に言うと鬱陶しい。だから婚約者がいると言って断り続けていた。ラウルが結婚を急いだのも同様の理由からだ。
 だが今回、領地を賜ったことで過激さを増し、雷光隊の宿舎に忍びこもうとする強者まで現れる有様だった。そんな中、俺の婚約者は何者かという詮索が始まっている。皇都でフリーダの事を知っているのは雷光隊と国の上層部くらいなのだが、彼女に行き着くのも時間の問題だろう。
「あんた自身はあの子の事どう思っているの? もしかして気になる娘でもできた?」
「そんな不誠実な事はしませんよ」
 からかってくる母さんをたしなめ、真顔で向き直る。それでようやく母さんも本気で話を聞いてくれる態勢になる。
「この年齢であの子に恋愛感情を抱いていたら犯罪ですよ。今はまだ大事な家族という気持ちが強いです。それでもフリーダが望まない限りは破棄しないと決めたのは父さんと母さんでしょう?」
「それはそうだけど……」
 母さんが口ごもる。そもそも俺とフリーダが婚約したのは内乱が起こる前だ。父さんとフリーダの父親は親友と言っていい間柄だった。父さんが早くに結婚したのに対し、フォルビアの文官として働いていた小父さんは長く独り身を続けていた。そんな小父さんにヘデラ夫妻は自分の縁戚の娘を強引にあてがい、自分達の陣営へ無理やり引き込んだ。そして夫妻が私腹を肥やすための不正を手伝わせたのだ。
 唯一の救いは奥さんとなった人が良識のある人だったことだろうか。強引にさせられた婚姻だったが、夫婦仲は良好だったようだ。ほどなくして娘のフリーダが生まれた。どうやらこの時の祝いの席で、俺の嫁にという話が出たらしい。2人とも酔っていたらしいから詳細は定かではないが……。
 だが、その幸せも長くは続かなかった。ヘデラ夫妻から要求される不正の内容は益々ひどくなり、苦悩している様子だったと父さんは言っていた。
 女大公グロリア様が亡くなられ、ヘデラ夫妻は権力を失った。小父さんは奥さんと共に関わった不正の証拠の全てを新たにフォルビアの実権を握られることになった陛下に提出する決意をする。当然、夫婦共に厳しい処罰が下るのは覚悟の上だ。
 問題は残されるフリーダの事だった。小父さんは迷った末に父さんに相談し、結果、うちで預かることになったのだ。当初は養女にする予定だった。しかし、ここで俺の嫁にするという口約束を思い出し、フリーダと俺の婚約が決まってしまった。この時俺は20歳、フリーダは7歳。俺がこの事実を知ったのは内乱が終結した後だった。
 しかし、その約束をした翌日に内乱が起きた。その結果、ラグラスが権力を握り、小父さんはまたもや悪者に利用される羽目になった。重ねられる悪行の数々に疲弊し、ラグラスが失脚する頃には病に倒れていた。そして、ほどなく息を引き取り、その後を追うようにして奥さんも亡くなった。
 そのため、俺とフリーダの婚約は解消される事は無く、今に至る。彼女が幼いこともあり、父さんと母さんが話し合って彼女が成人してから改めてその意思を確認することに決まった。それまでは母さんの下で、不自由なく過ごすことになったのだ。
「そうねぇ……皇妃様のお申し出を受けましょうかね」
 過去を振り返っていると、徐に母さんが口を開く。え、皇妃様? 俺、何も聞いていないんですが……。
「夏にフォルビアへ来られる度に、あの子は姫様のお話し相手を勤めているのは知っているでしょ?」
「いえ、初耳です」
「あら、そうだったかしら? まあ、それはいいとして、あの子を姫様のご学友にと誘われているのよ。私が言うのもなんだけど、キッチリ指導したかいがあって、将来フォルビア公になられる姫様にも引けを取らないほど優秀よ。ただ、そうなると皇都へ行かないといけなくなるでしょ? だから返事は保留にしていたの」
 フリーダが姫様の学友に誘われていたとは知らなかった。だが、そうなると皇家に庇護していただけることになる。俺の婚約者だと周囲に知られても、下手に手出しをされる心配は無くなるかもしれない。まあ、欲にかられた連中が思いがけないことをしでかすことを幾度も見て来たから、安心はできないけれど。
「こちらの事情を含めて承諾の手紙を書くわ。あんたはそれを皇妃様に届けて頂戴」
 母さんの決断は早かった。確かにそれが考え得る最良の手立てかもしれない。それに、あの子の未来が広がるなら申し分は無かった。
「分かりました」
 俺は承諾すると、杯に残っていた酒を飲み干した。明日はアジュガに向けて出立する。そのためにはこれ以上の夜更かしは禁物だった。この夜はこれでお開きとなり、俺は部屋に引き上げた。



「兄様、またね!」
 翌朝、母さんが書き上げた手紙を受け取った俺は、フリーダに見送られてヴェルナーを飛び立った。予定通りアジュガで皆と合流し、皇都へ帰還する。直接皇妃様へお届けするのは難しかったため、オリガさんに頼んで手紙を渡してもらった。するとすぐに皇妃様に呼び出された。
「フリーダをすぐに連れて来て頂戴」
 皇妃様のこの一言で俺はヴェルナーへ引き返すことになった。陛下とご相談した結果、一刻でも早い方が良いだろうと言う結論に達したらしい。その行動の速さに驚きつつも、俺は再びコンラートとエーミールを連れてヴェルナーへ向かった。
「こうなると思っていたわ」
 予感はしていたのか、母さんはフリーダへの説明と旅の支度を済ませていた。おかげで着いた翌日には皇都へ向かうことになったのだ。
「兄様、私、きっといい女になるからね」
 一体、母さんはフリーダに何と言ったのだろうか? 疑問に思いつつも曖昧な返事をしていると、睨まれた。
「私は、今はまだ子供かもしれないけれど、きっといい女になってシュテファン兄様に相応しいお嫁さんになるの」
 フリーダの言葉には明確な意志が感じ取れる。こんな風に彼女の考えを聞いたのは初めてかもしれない。何だかそんな彼女が大人びて見えてドキリとする。
「大人になるまでには、兄様には女として意識してもらえるように頑張るから覚悟してね」
 なかなかの宣戦布告だ。俺は苦笑しながらも受けて立つ。
「分かった、分かった。楽しみに待っているよ」
「もう……本気にしていないんだから」
 そうやって頬を膨らませている所はまだまだ子供だ。だが、彼女が大人になっていく姿を見るのは楽しみだ。もしかしたら、そう遠くないうちに白旗を上げることになりそうだ。いや、こう考えること自体が降参している証かもしれない。
 遠くない未来に思いを馳せながら、俺達は新天地となる皇都へ向かったのだった。



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この2人の後日譚はまた後で。さて、どうなりますか。

3章はこれにて終了。
4章の練り直しに時間が欲しいので、申し訳ありませんが、少し休養をいただきます。
再開は4月23日を予定しています。
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