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第3章 2人の物語
閑話 ダミアン5
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ダミアンの一代記、やっと終わる。長かった……。でも、後悔はしていない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ダミアン・クライン。此度の謀略に加担した咎により、国外追放に処する」
ルークとの面会を終えて1月ほど経った頃、アスター卿から俺の刑罰が言い渡された。先ずは極刑を免れたことにホッとする。ただ、今すぐ追放されたら同じことだよなぁと微妙な気持ちになる。
「執行は討伐期を終えてからだ。そこまで酷薄な事はしないから心配するな」
微妙な表情を浮かべていたのに気付いたアスター卿がそう捕捉して下さった。とりあえず、今すぐ放り出されるわけではないと知ってようやく安堵できた。そして春までは今まで通り、文官の手伝いをすれば小遣い程度だが給金を出してくれると、書面を認めて約束して下さった。
「知りたいだろうから、伝えられる範囲内で分かっている事を教えておく」
胸を抉ってくるような嫌味を言ってこないので、今日のアスター卿はどうやら機嫌がいいらしい。機嫌を損ねないよう、神妙に頭を下げると、「おや、今日は随分と素直ですね」と言われた。まあ、このくらいはあいさつ程度だ。
アスター卿の話によると、村を占拠していたカスペル達はタルカナと聖域の竜騎士達によって捕縛されたらしい。そしてヤン爺さん達年寄りの中には体を壊している者もいたが、エマとフェリシアを含めて皆、無事だった。今はタルカナの神殿で保護されるらしい。それだけを聞けただけで本当に救われた気持ちになる。
「君が即座に内情を打ち明けてくれたから先手を打ち、カルネイロの残党を全て捕えることが出来た」
何だかこの人に褒められると、全身がむず痒くなってくる。いたたまれない気持ちになっている俺を他所にアスター卿は更にテオ達の近況も教えてくれた。彼の話によると、テオ達はそれぞれ別の場所で労役に勤《いそ》しんでいるらしい。俺と同様、少額だが日当をもらえるらしく、真面目に働いていると言う。教えてもらえたのはそれだけだったが、仲間が元気にしているのが分かって良かった。
「私は明日、皇都へ戻る。もう会うことは無いだろうが、君にダナシア様の加護があらんことを願う」
最後にそう仰ってアスター卿は颯爽と退室していかれた。俺は深々と頭を下げてそんな彼を見送ったのだった。
それからあっという間に冬は過ぎ、フォルビアに討伐期の終了宣言が出されたその翌日、俺は飛竜に乗せられてフォルビアの南の国境に放逐された。そして今現在、杖をつきつつ古い巡礼路を歩いていた。
自然と足が向かったのはあの村がある方角だった。大まかな位置しか分からないが、それでも太陽の位置でなんとなく方角は分かる。ただ、俺の足だとどれくらいかかるやら……。仕事をした報酬にもらった給金があるので路銀には困らないが、この進む先に果たしてこの路銀が役に立つかどうか疑問だ。
疲れた足を休ませるため、道端にあった岩に腰掛けてこれまであったことを思い返していたら思った以上に時間が経っていた。この先に宿がある保証はない。野宿をするのは必須で、夕刻までにその場所を見つけておかなければならない。俺は立ち上がると再び歩き出す。
「!」
しばらく歩いていると、大きな影がよぎる。空を見上げると、飛竜が3頭、旋回していた。ああ俺は、結局許されなかったのだろうか? 秘密裏に俺は処断されるのだろうか? そんな考えが脳裏に浮かぶ。あきらめの境地で俺はその場に立ち尽くした。
ほどなくして飛竜が少し離れた場所に着地する。立派な赤褐色の飛竜から降りた竜騎士が真直ぐ俺に向かって歩いてきた。黒髪の若い男だった。身に付けている装具はタランテラのものとは異なる。もしかしたら仕事を依頼された傭兵なのかもしれない。そんな考えに耽っている間に、男は目の前まで来ていた。
「君がダミアン・クライン?」
「は……い」
答える声が震える。下げていた視線を思い切って上げてみると、黒髪の若い男が胸元に付けている記章が目に入った。上級騎士、神殿騎士団そして聖域。そんな人物が何故……と思考が混乱する。
「君を迎えに来た」
「へ?」
何を言われたのか分からず間抜けな返事をしていた。相手の顔を見ると、彼も少し驚いた様子だった。
「もしかして何も聞いていない?」
「えっと……はい」
俺が答えると、彼は盛大にため息をついた。
「いくら気に食わないからって、ちゃんと説明してやれよ!」
思わずといった様子で彼は北に向かって叫んでいた。俺の視線を感じると、彼はコホンと咳払いをして、改めて自己紹介をしてくれた。
「俺はクーズ山聖域神殿所属の竜騎士を束ねているアレス・ルーンだ。君の身柄を聖域で預かることになって迎えに来た」
「聖域で?」
「ああ、頼みたいこともあるし、その方が色々と都合が良いんだ。その辺は道中に説明するからとにかく一緒に来てくれ」
「わかり……ました」
俺はただうなずくしかできず、促されるまま飛竜の背に跨った。そして目的地に着くまでの間に、本当はタランテラで聞くはずだった事を教えてもらった。
今回の件は既に礎の里に報告され、更には各国国主にも周知されているらしい。カルネイロの残党が関わっているのでタランテラ一国だけでは解決できず、この夏に開催される国主会議で協議される運びとなったらしい。
特に問題になっているのがエマの存在。カルネイロの血を引いていると言うだけで危険視する賢者や国主もいるらしい。更には運び屋としての俺達の力を悪用する輩も出てくるのではないかという懸念もあり、聖域で預かる方向で話を進める事になるらしい。
「そこで相談なんだけど、聖域内には難民が住み着いて出来た村が沢山ある。俺達も全てを把握していないのが現状だ。当代様はそんな彼等にも手を差し伸べたいと仰せになられ、調査を進めている所だ。中には飛竜で行けない村もある。君等にはその手伝いをしてもらいたい」
カルネイロと縁を切り、まっとうな仕事をしたいと思っていた俺達には願ってもない依頼だった。ただ、俺の意見だけで決められる話ではない。エマやヤン爺さん、テオ達、他の人の意見を聞いてからでないと決められない。俺がそう答えると「それは問題ない」と言ってアレス卿は眼下に広がる山の中腹を指さした。そこに村があるのが見え、どうやらそこが目的地らしい。飛竜が高度を下げて村の外れに着陸する。
「ダンさん!」
「ダミアン!」
村の中から見知った人達がわらわらと飛び出してきた。だが、俺の眼中にあるのは1人の女性だ。騎乗用の装具を外してもらうのももどかしい。やっと地上に降り立つと、杖をつくのも忘れて転びそうになりながら彼女に近づいていく。そして、彼女が俺の腕の中に飛び込んできた。その衝撃によろめいてしまったが、どうにか踏ん張って耐えた。
「エマ!」
「ダミアン!」
「会いたかった」
「うん」
「無事でよかった」
「うん」
気丈な彼女が涙ぐんでいる。この1年、ままならない状況下に置かれてどんなに不安だっただろう。俺は彼女が落ち着くまで優しく背中をさすった。
「ママァ……」
子供の声がして顔を上げると、ヤン爺さんが子供を抱っこして近寄って来た。間違いなく娘のフェリシアだ。別れた時はまだヨチヨチ歩きだったのだが、記憶していた姿よりも随分と大きくなっていて、顔つきが一層エマに似ていた。
「フェリシア……」
俺は我が子を抱こうと手を伸ばしたが、思いっきり泣かれてしまった。1年間、監禁状態の異様な雰囲気の中で過ごし、更には人見知りも重なって、見知らぬ特に男性をひどく怖がるらしい。ヤン爺さんから受け取った娘を宥めながらエマが教えてくれた。娘に嫌われるなんて俺の方が泣きたい。
その後、落ち着いて話をするために屋内に移動して詳しい話を聞いた。この村は聖域内で最も北にある村だったが、俺達の新たな拠点となる予定の村はここから更に南に行った先にあるとのことだった。飛竜の発着がしやすいこの場所に一旦集まってもらったらしい。
村で監禁されていたエマやヤン爺さん達は、保護してもらっていたタルカナの神殿から一昨日、タランテラで労役を科せられていたテオ達は昨日解放され、俺が最後の合流となった。
皆、既にアレス卿からの提案を聞かされており、反対する者は誰もいないとのことなので、その場でその提案を受けることに決めた。但し、仕事を請け負うのは国主会議で正式に認められてからになる。それまでは新たに拠点となる村へ移動し、住みやすいように整備をすることになった。
「ようやく着いたな」
タランテラから放り出されてから2カ月後。新たな拠点を目指して陸路移動してきた俺達の目の前に村が見えて来た。俺達が解放されると同時に、今まで使っていた馬も返してもらっていた。飛竜で運ぶには馬の数が多く、そこで俺やテオ達が陸路で移動して連れて行くことになったのだ。
実はその馬の中には俺がルークに貸した愛馬も混ざっていた。あの妖魔の大群の餌食になってしまったと諦めていたのだが、ルークは乗り捨てるときに遠くへ逃げろと指示を与えてくれていたらしい。おかげで討伐完了後にタランテラの兵団が保護してくれたのだ。そしてたまたまその兵団がいる砦へテオが収容され、偶然にも俺の愛馬を見つけてくれたのだ。
聖域内の山道は整備が行き届いていない個所もあり、旅慣れている俺達でも思った以上に苦労した。それもあと少し。ヤン爺さん達と子供がいるエマは一足先に飛竜で移動し、俺達の到着を待ってくれているはずだ。愛馬の首を叩いてもうひと踏ん張りだと励ました。
「お帰り……は変かな? でも、無事でよかった」
村に入ると真っ先にフェリシアを抱っこしたエマが駆け寄って来た。エマと挨拶代わりに口づけ、フェリシアを抱っこしようとするが拒否された。頑張れ、俺。これからは一緒に過ごせるようになるから少しずつ慣れてもらうのだと自分に言い聞かせた。
「特に変わった事は無い?」
馬の世話は村の人達が請け負ってくれたので、エマに新しい俺達の家に案内してもらう。何気なく聞いた質問だったが、前日に大事件が起きていた。何と、エドワルド陛下とタルカナの王子殿下がこの村を訪問し、カルネイロの血を引くエマの人となりを確認しに来たらしい。
緊張したが、ヤン爺さんやアレス卿の助けもあって何とか乗り切ったのだとか。国主会議の場ではアレス卿も含めて3人で証言してもらい、引き続きこの村で過ごせるように進言して下さるらしい。
「そうか……」
そう思って安堵したのもつかの間。新居に着くと中にはヤン爺さんの他に2人の年配の男性が待っていた。その2人は記憶の中よりも随分と老け込んだ俺の父親と実家に長年仕えてくれていた家令だった。再会を喜ぶよりも困惑しかなかった。
「何で、父さんが……」
驚く俺が疑問を投げかけても2人はバツが悪そうに視線を逸らす。代わりにヤン爺さんが1通の書簡を差し出した。
「恐れ多くもエドワルド陛下がお前さんにと託して行かれた」
爺さんの言葉にはどこか呆れた様子がうかがえる。俺は訝しみながらもヤン爺さんから書簡を受け取り、中身をその場で確認する。
「……」
その内容にただ絶句した。俺が死んだのはルークの所為だと思い込むのはまだいいとして(良くないけど)、出世した彼と彼の家族を目の敵にし、国からの依頼に応えるために立ち上げた工房すら邪険にするとは……。しかも町長を罷免されたことに腹を立て、ルークの婚礼の前夜に過失とはいえ火事を起こし、人生で最も晴れとなる日を台無しにするなんて信じられない。
「……以上の事を以てモーリッツ・クラインに国外退去を命じた。ダミアン・クラインは責任を以てその面倒を見る様に。エドワルド・クラウス」
手紙はそう締めくくられていた。俺は思いっきり深いため息をつく。いい年をして何をやっているんだ。俺が再び視線を向けると、父さんは背中を縮める。俺の記憶の中にあるのは仕立てのいい服を着て常に背筋を伸ばした威厳のある姿だ。子供心に怖いとまで思っていたその人が、今ではくたびれた格好をして背中を丸めている。何だか哀れにも思えた。まあ、俺にも原因はある。元より選択肢は無いのだが、俺は父さんを受け入れる覚悟を決めた。
「ただし、仕事をしてもらうからな」
「……労わってはくれんのか?」
「働かざる者食うべからずだ」
俺の返答に父さんは力なく項垂れていた。
国主会議で俺達は聖域の庇護下に置かれることが正式に決まった。こうして聖域内にある無数の村を巡る俺達の新しい生活が始まった。
補足をするならば、父さんは孫に大そう甘かった。人見知りが治まったフェリシアの相手をしている時の父さんはアジュガにいた頃の威厳ある姿はかけらも見当たらない。今日もフェリシアを甘やかしすぎてエマに怒られている。賑やかな光景に自然と笑みがこぼれる。来年はもう1人家族が増えてもっと賑やかになるだろう。俺はようやく本当の幸せを手に入れたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これにてダミアン編終了。
次はサイラス編の予定。
おまけ
34話でルークとオリガが着替えている間の裏話。
一息どうぞと町の人達から賓客方に差し入れ。
アスター「ところで……モーリッツの処遇はいかがいたしますか?」
エド 「そうだな……息子に任せるか」
アレス 「……と、言うことは聖域ですか?」
エド 「そうなるな」
アレス 「仕方ない……貸しですよ」
エド 「頼む」
アレス 「……それにしてもこのミートパイ、美味いですね」
アスター「ルークがよく自慢していたのも頷ける」
アレス 「これを食べに来るだけの価値はあるな」
3人とも所作が綺麗なので傍目にはそうは見えないが、「踊る牡鹿亭」特製のミートパイにかなりがっついている。
これ以降、アレスは本当にこのミートパイ目当てでアジュガに立ち寄る様になったとか…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ダミアン・クライン。此度の謀略に加担した咎により、国外追放に処する」
ルークとの面会を終えて1月ほど経った頃、アスター卿から俺の刑罰が言い渡された。先ずは極刑を免れたことにホッとする。ただ、今すぐ追放されたら同じことだよなぁと微妙な気持ちになる。
「執行は討伐期を終えてからだ。そこまで酷薄な事はしないから心配するな」
微妙な表情を浮かべていたのに気付いたアスター卿がそう捕捉して下さった。とりあえず、今すぐ放り出されるわけではないと知ってようやく安堵できた。そして春までは今まで通り、文官の手伝いをすれば小遣い程度だが給金を出してくれると、書面を認めて約束して下さった。
「知りたいだろうから、伝えられる範囲内で分かっている事を教えておく」
胸を抉ってくるような嫌味を言ってこないので、今日のアスター卿はどうやら機嫌がいいらしい。機嫌を損ねないよう、神妙に頭を下げると、「おや、今日は随分と素直ですね」と言われた。まあ、このくらいはあいさつ程度だ。
アスター卿の話によると、村を占拠していたカスペル達はタルカナと聖域の竜騎士達によって捕縛されたらしい。そしてヤン爺さん達年寄りの中には体を壊している者もいたが、エマとフェリシアを含めて皆、無事だった。今はタルカナの神殿で保護されるらしい。それだけを聞けただけで本当に救われた気持ちになる。
「君が即座に内情を打ち明けてくれたから先手を打ち、カルネイロの残党を全て捕えることが出来た」
何だかこの人に褒められると、全身がむず痒くなってくる。いたたまれない気持ちになっている俺を他所にアスター卿は更にテオ達の近況も教えてくれた。彼の話によると、テオ達はそれぞれ別の場所で労役に勤《いそ》しんでいるらしい。俺と同様、少額だが日当をもらえるらしく、真面目に働いていると言う。教えてもらえたのはそれだけだったが、仲間が元気にしているのが分かって良かった。
「私は明日、皇都へ戻る。もう会うことは無いだろうが、君にダナシア様の加護があらんことを願う」
最後にそう仰ってアスター卿は颯爽と退室していかれた。俺は深々と頭を下げてそんな彼を見送ったのだった。
それからあっという間に冬は過ぎ、フォルビアに討伐期の終了宣言が出されたその翌日、俺は飛竜に乗せられてフォルビアの南の国境に放逐された。そして今現在、杖をつきつつ古い巡礼路を歩いていた。
自然と足が向かったのはあの村がある方角だった。大まかな位置しか分からないが、それでも太陽の位置でなんとなく方角は分かる。ただ、俺の足だとどれくらいかかるやら……。仕事をした報酬にもらった給金があるので路銀には困らないが、この進む先に果たしてこの路銀が役に立つかどうか疑問だ。
疲れた足を休ませるため、道端にあった岩に腰掛けてこれまであったことを思い返していたら思った以上に時間が経っていた。この先に宿がある保証はない。野宿をするのは必須で、夕刻までにその場所を見つけておかなければならない。俺は立ち上がると再び歩き出す。
「!」
しばらく歩いていると、大きな影がよぎる。空を見上げると、飛竜が3頭、旋回していた。ああ俺は、結局許されなかったのだろうか? 秘密裏に俺は処断されるのだろうか? そんな考えが脳裏に浮かぶ。あきらめの境地で俺はその場に立ち尽くした。
ほどなくして飛竜が少し離れた場所に着地する。立派な赤褐色の飛竜から降りた竜騎士が真直ぐ俺に向かって歩いてきた。黒髪の若い男だった。身に付けている装具はタランテラのものとは異なる。もしかしたら仕事を依頼された傭兵なのかもしれない。そんな考えに耽っている間に、男は目の前まで来ていた。
「君がダミアン・クライン?」
「は……い」
答える声が震える。下げていた視線を思い切って上げてみると、黒髪の若い男が胸元に付けている記章が目に入った。上級騎士、神殿騎士団そして聖域。そんな人物が何故……と思考が混乱する。
「君を迎えに来た」
「へ?」
何を言われたのか分からず間抜けな返事をしていた。相手の顔を見ると、彼も少し驚いた様子だった。
「もしかして何も聞いていない?」
「えっと……はい」
俺が答えると、彼は盛大にため息をついた。
「いくら気に食わないからって、ちゃんと説明してやれよ!」
思わずといった様子で彼は北に向かって叫んでいた。俺の視線を感じると、彼はコホンと咳払いをして、改めて自己紹介をしてくれた。
「俺はクーズ山聖域神殿所属の竜騎士を束ねているアレス・ルーンだ。君の身柄を聖域で預かることになって迎えに来た」
「聖域で?」
「ああ、頼みたいこともあるし、その方が色々と都合が良いんだ。その辺は道中に説明するからとにかく一緒に来てくれ」
「わかり……ました」
俺はただうなずくしかできず、促されるまま飛竜の背に跨った。そして目的地に着くまでの間に、本当はタランテラで聞くはずだった事を教えてもらった。
今回の件は既に礎の里に報告され、更には各国国主にも周知されているらしい。カルネイロの残党が関わっているのでタランテラ一国だけでは解決できず、この夏に開催される国主会議で協議される運びとなったらしい。
特に問題になっているのがエマの存在。カルネイロの血を引いていると言うだけで危険視する賢者や国主もいるらしい。更には運び屋としての俺達の力を悪用する輩も出てくるのではないかという懸念もあり、聖域で預かる方向で話を進める事になるらしい。
「そこで相談なんだけど、聖域内には難民が住み着いて出来た村が沢山ある。俺達も全てを把握していないのが現状だ。当代様はそんな彼等にも手を差し伸べたいと仰せになられ、調査を進めている所だ。中には飛竜で行けない村もある。君等にはその手伝いをしてもらいたい」
カルネイロと縁を切り、まっとうな仕事をしたいと思っていた俺達には願ってもない依頼だった。ただ、俺の意見だけで決められる話ではない。エマやヤン爺さん、テオ達、他の人の意見を聞いてからでないと決められない。俺がそう答えると「それは問題ない」と言ってアレス卿は眼下に広がる山の中腹を指さした。そこに村があるのが見え、どうやらそこが目的地らしい。飛竜が高度を下げて村の外れに着陸する。
「ダンさん!」
「ダミアン!」
村の中から見知った人達がわらわらと飛び出してきた。だが、俺の眼中にあるのは1人の女性だ。騎乗用の装具を外してもらうのももどかしい。やっと地上に降り立つと、杖をつくのも忘れて転びそうになりながら彼女に近づいていく。そして、彼女が俺の腕の中に飛び込んできた。その衝撃によろめいてしまったが、どうにか踏ん張って耐えた。
「エマ!」
「ダミアン!」
「会いたかった」
「うん」
「無事でよかった」
「うん」
気丈な彼女が涙ぐんでいる。この1年、ままならない状況下に置かれてどんなに不安だっただろう。俺は彼女が落ち着くまで優しく背中をさすった。
「ママァ……」
子供の声がして顔を上げると、ヤン爺さんが子供を抱っこして近寄って来た。間違いなく娘のフェリシアだ。別れた時はまだヨチヨチ歩きだったのだが、記憶していた姿よりも随分と大きくなっていて、顔つきが一層エマに似ていた。
「フェリシア……」
俺は我が子を抱こうと手を伸ばしたが、思いっきり泣かれてしまった。1年間、監禁状態の異様な雰囲気の中で過ごし、更には人見知りも重なって、見知らぬ特に男性をひどく怖がるらしい。ヤン爺さんから受け取った娘を宥めながらエマが教えてくれた。娘に嫌われるなんて俺の方が泣きたい。
その後、落ち着いて話をするために屋内に移動して詳しい話を聞いた。この村は聖域内で最も北にある村だったが、俺達の新たな拠点となる予定の村はここから更に南に行った先にあるとのことだった。飛竜の発着がしやすいこの場所に一旦集まってもらったらしい。
村で監禁されていたエマやヤン爺さん達は、保護してもらっていたタルカナの神殿から一昨日、タランテラで労役を科せられていたテオ達は昨日解放され、俺が最後の合流となった。
皆、既にアレス卿からの提案を聞かされており、反対する者は誰もいないとのことなので、その場でその提案を受けることに決めた。但し、仕事を請け負うのは国主会議で正式に認められてからになる。それまでは新たに拠点となる村へ移動し、住みやすいように整備をすることになった。
「ようやく着いたな」
タランテラから放り出されてから2カ月後。新たな拠点を目指して陸路移動してきた俺達の目の前に村が見えて来た。俺達が解放されると同時に、今まで使っていた馬も返してもらっていた。飛竜で運ぶには馬の数が多く、そこで俺やテオ達が陸路で移動して連れて行くことになったのだ。
実はその馬の中には俺がルークに貸した愛馬も混ざっていた。あの妖魔の大群の餌食になってしまったと諦めていたのだが、ルークは乗り捨てるときに遠くへ逃げろと指示を与えてくれていたらしい。おかげで討伐完了後にタランテラの兵団が保護してくれたのだ。そしてたまたまその兵団がいる砦へテオが収容され、偶然にも俺の愛馬を見つけてくれたのだ。
聖域内の山道は整備が行き届いていない個所もあり、旅慣れている俺達でも思った以上に苦労した。それもあと少し。ヤン爺さん達と子供がいるエマは一足先に飛竜で移動し、俺達の到着を待ってくれているはずだ。愛馬の首を叩いてもうひと踏ん張りだと励ました。
「お帰り……は変かな? でも、無事でよかった」
村に入ると真っ先にフェリシアを抱っこしたエマが駆け寄って来た。エマと挨拶代わりに口づけ、フェリシアを抱っこしようとするが拒否された。頑張れ、俺。これからは一緒に過ごせるようになるから少しずつ慣れてもらうのだと自分に言い聞かせた。
「特に変わった事は無い?」
馬の世話は村の人達が請け負ってくれたので、エマに新しい俺達の家に案内してもらう。何気なく聞いた質問だったが、前日に大事件が起きていた。何と、エドワルド陛下とタルカナの王子殿下がこの村を訪問し、カルネイロの血を引くエマの人となりを確認しに来たらしい。
緊張したが、ヤン爺さんやアレス卿の助けもあって何とか乗り切ったのだとか。国主会議の場ではアレス卿も含めて3人で証言してもらい、引き続きこの村で過ごせるように進言して下さるらしい。
「そうか……」
そう思って安堵したのもつかの間。新居に着くと中にはヤン爺さんの他に2人の年配の男性が待っていた。その2人は記憶の中よりも随分と老け込んだ俺の父親と実家に長年仕えてくれていた家令だった。再会を喜ぶよりも困惑しかなかった。
「何で、父さんが……」
驚く俺が疑問を投げかけても2人はバツが悪そうに視線を逸らす。代わりにヤン爺さんが1通の書簡を差し出した。
「恐れ多くもエドワルド陛下がお前さんにと託して行かれた」
爺さんの言葉にはどこか呆れた様子がうかがえる。俺は訝しみながらもヤン爺さんから書簡を受け取り、中身をその場で確認する。
「……」
その内容にただ絶句した。俺が死んだのはルークの所為だと思い込むのはまだいいとして(良くないけど)、出世した彼と彼の家族を目の敵にし、国からの依頼に応えるために立ち上げた工房すら邪険にするとは……。しかも町長を罷免されたことに腹を立て、ルークの婚礼の前夜に過失とはいえ火事を起こし、人生で最も晴れとなる日を台無しにするなんて信じられない。
「……以上の事を以てモーリッツ・クラインに国外退去を命じた。ダミアン・クラインは責任を以てその面倒を見る様に。エドワルド・クラウス」
手紙はそう締めくくられていた。俺は思いっきり深いため息をつく。いい年をして何をやっているんだ。俺が再び視線を向けると、父さんは背中を縮める。俺の記憶の中にあるのは仕立てのいい服を着て常に背筋を伸ばした威厳のある姿だ。子供心に怖いとまで思っていたその人が、今ではくたびれた格好をして背中を丸めている。何だか哀れにも思えた。まあ、俺にも原因はある。元より選択肢は無いのだが、俺は父さんを受け入れる覚悟を決めた。
「ただし、仕事をしてもらうからな」
「……労わってはくれんのか?」
「働かざる者食うべからずだ」
俺の返答に父さんは力なく項垂れていた。
国主会議で俺達は聖域の庇護下に置かれることが正式に決まった。こうして聖域内にある無数の村を巡る俺達の新しい生活が始まった。
補足をするならば、父さんは孫に大そう甘かった。人見知りが治まったフェリシアの相手をしている時の父さんはアジュガにいた頃の威厳ある姿はかけらも見当たらない。今日もフェリシアを甘やかしすぎてエマに怒られている。賑やかな光景に自然と笑みがこぼれる。来年はもう1人家族が増えてもっと賑やかになるだろう。俺はようやく本当の幸せを手に入れたのだった。
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これにてダミアン編終了。
次はサイラス編の予定。
おまけ
34話でルークとオリガが着替えている間の裏話。
一息どうぞと町の人達から賓客方に差し入れ。
アスター「ところで……モーリッツの処遇はいかがいたしますか?」
エド 「そうだな……息子に任せるか」
アレス 「……と、言うことは聖域ですか?」
エド 「そうなるな」
アレス 「仕方ない……貸しですよ」
エド 「頼む」
アレス 「……それにしてもこのミートパイ、美味いですね」
アスター「ルークがよく自慢していたのも頷ける」
アレス 「これを食べに来るだけの価値はあるな」
3人とも所作が綺麗なので傍目にはそうは見えないが、「踊る牡鹿亭」特製のミートパイにかなりがっついている。
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だけど、他の生徒は知らないのだ。
スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。
真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。
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