群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

閑話 ダミアン3

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結局、終わらなかった……。


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 俺とエマは晴れて夫婦となったわけだが、甘い時間を過ごす余裕は与えられなかった。この時期に珍しく運び屋の依頼が入り、俺はテオと共にその仕事を受けることとなったのだ。
 呼び出されたのは村からほど近いタルカナとタランテラの国境付近。そこには10人ほどの武装した男達がいて、彼等を人目に付かないようにワールウェイド領まで道案内をするというものだった。
 こういった依頼は別段珍しいものではなかった。特に気にすることなく俺とテオは道案内を始めたのだが、半日ほど行動を共にしてその違和感に気付いた。男達は不気味なくらい無表情で、己の意思というものを感じなかった。指揮官らしき男の言いなりに行動し、まるであやつり人形の様だった。
「なんか、やばくないか?」
「あんたもそう思うか?」
 途中で休憩をとったわけだが、指揮官の命令で緩慢な動作で携帯食と水を取り、その後は何をするでもなくただ突っ立っている。本当に不気味としか言いようがなかった。
 それでも仕事を引き受けた以上、途中で投げ出すのは俺達の矜持が許さない。気味の悪さを感じながらも、依頼通り指定された場所まで彼等を案内した。手渡されたのは破格の報酬で、恐らく口止め料も含まれている。
 普段であればその金で飲みに行ったり買い物したりして羽を伸ばすのだろうがそんな気にもなれなかった。俺達は荷物を纏めるとすぐに村へ引き返した。
村に帰った俺は、仕事の報告と銘打ってすぐにヤン爺さんと話し合いの席を設けた。
「なあ爺さん、カルネイロと手を切らないか?」
 俺の提案に爺さんはすぐには返事をしなかった。この村はカルネイロからの依頼で成り立っている。それを切るとなると住民達を路頭に迷わせる結果になる。それでもここ最近のカルネイロは常軌を逸しているように感じる。爺さんもそれが分かっているからこそすぐには返答できないでいるのだろう。
「ダミアン、お前さんに言っておかなければならないことがある」
 しばしの無言の後、ヤン爺さんから告げられたのは俺の想像のはるか上をいくものだった。俺の伴侶、エマはヤン爺さんの子供ではなく、カルネイロの先代当主の娘だと告げられたのだ。
 カルネイロ出身の賢者ベルクは商会の運営にも関わるようになり、やがて当時の当主と対立するようになった。そして20年ほど前、ベルクはとうとう強硬策に出て、対立していた当主とそれに従う親族達を忙殺したのだ。もちろん表向きは事故や病死に見せかけての凶行だったらしい。
 エマは当主と愛人の間に生まれた子供だった。ベルクの暴虐を予期していた当主は最愛の2人を逃がす為、国外にいる親族の元へ連れて行く様ヤン爺さんに依頼したらしい。しかし、ベルクの魔の手はその親族にも及んでいて、送り届けることが出来なかったらしい。
 ヤン爺さんは悩んだ挙句、2人を村に迎え入れた。しかし、母親の方は長旅と慣れない環境での生活に加えて心労も重なり、ほどなくして病にかかって亡くなられてしまった。そして残されたエマをヤン爺さんは娘として育てることにしたらしい。
「この事をエマは?」
「わしの実子ではないことは知っておるが、他の事は伏せてある」
 こんなこともあってヤン爺さんもカルネイロと距離を置くことを考えたらしいのだが、ベルクの代理人が来て、エマの事を見逃す代わりにこれまで通り仕事を引き受けるよう強要してきたらしい。暗に断れば村ごと潰すと脅されればうなずかざるを得なかったのだ。
「そんな……」
 ベルクのやり口に怒りを覚える。だが、逆らったところで俺達に勝ち目がないのは明白だった。俺は悔しい気持ちを抱えながら引き下がるしかなかった。
 その後も葛藤しながらカルネイロからの依頼に応える日々が続いた。そんな中、タランテラで政変が起こったことを知った。首謀はカルネイロと親密な関係にあったワールウェイド公だ。俺達はその片棒を担がされたと確信した。



 打開策を見いだせないまま時間だけが過ぎていく。しかし翌年の夏、突然事態が動いた。
「カルネイロが壊滅した!」
 タルカナへ出稼ぎに行っていたテオとベックが急遽帰還してその知らせを持ち帰って来た。俄《にわ》かには信じられなかったが国から正式な発表があったらしい。それによると、ベルクは賢者でありながらタランテラで禁止薬物を大量生産しようと目論んでいたらしい。
 事態を重く見た当代様の御下命により、大陸各地にある店や拠点、親族や配下の家に至るまで徹底的に捜索され、禁止薬物の製造以外にも次々と不正が明らかとなった。臨時の国主会議が開かれ、後継者と目していた甥と共にベルクは流刑の判決が下ったらしい。
「俺達はどうなるんだ?」
 当然村の中は騒然となった。不本意だったとはいえ俺達は間違いなくその不正に関与している。急遽、出稼ぎに出ていた男達も呼び戻し、今後どうするかを話し合ったが、結論はなかなか出なかった。結局、村を出ていくか村に残るかは個人の判断にゆだねることになった。そして若者を中心におよそ半数の村人が村から出ていくことになった。その中には共に仕事をこなしてきたテオやニールも含まれていた。
「良かったのか?」
 村を去っていく仲間達を見送りながら傍らに立つエマを振り返る。ヤン爺さんを始め古参の住民達は村に残ることを選択した。当代様を中心に各国が団結して事に当たっている事から、完全に逃れるのは難しい。それならばその責任は自分達が負おうとヤン爺さん達は考えているのだろう。そんな爺さん達を見捨てることは出来ないとエマは残る事を決めた。当然、俺もだ。だが、本心を言えば彼女には安全な場所にいて欲しい気持ちもある。
「私が逃げる訳にはいかないでしょ?」
「ん?」
 エマの言葉に俺は思わず聞き返した。
「私の所為で父さん達はカルネイロから離れられなくなったんだから、私まで逃げるわけにはいかないじゃない」
「エマ……」
 彼女は自分がカルネイロの血を引いている事を知っていた。昔、爺さん達が話をしていたのを聞いていた上に、俺とヤン爺さんが話していたのも聞こえていたらしい。俺に言うかどうかは随分迷ったが、怖くて言い出せなかったと白状した。
「エマにも怖いものがあるのか」
「当たり前でしょう? 私を何だと思っているのよ」
 エマに強く小突かれてちょっとよろける。倒れそうになるのを支えてくれながら逆に俺は逃げないのかと聞かれた。
「それこそ愚問だろう。俺は君が何者でも共にあると決めた。それにここ何年かは俺が中心になって仕事をしてきたんだ。爺さん達ばかりに責任を負わせられないよ」
 詭弁かもしれない。それでも杖をついて歩く俺の姿は目立ちすぎてごまかしようがない。その辺も考えて俺も村に残ると決めたのだ。
 そんな会話を交わしている間に去っていく仲間達の姿は見えなくなっていた。俺達は手を取り合うと村の中へ戻って行った。
 だが、冬になる前に何事もなかったようにテオとニールが帰って来たのは驚いた。ただ単に仲間達を目的地に送っていくだけのつもりだったらしい。そんな事一言も言ってなかったじゃないか。俺の感傷を返せ。少し恨めしく思いながらも、残ったみんなで力を合わせて冬を越す準備に勤しんだのだった。



 その後は怖いくらいに平穏に過ごした。変わった事と言えば俺達の間に娘のフェリシアが誕生したぐらいだろうか。だが、2度目の冬を乗り切り、春を迎えて間もない頃にその平穏は突然崩れた。村に見覚えのある男が手勢を引き連れて現れたのだ。
「エミーリエ様、お迎えに上がりました」
 来たのはカルネイロの仕事の窓口になっていたカスペルという男だった。てっきり2年前のカルネイロ粛清の折に囚われていたのだと思っていたが、逃げ延びていたらしい。なんでも密輸品の需要は無くなる事は無いらしく、取引のある貴族や高位神官に匿われていたらしい。
 彼によるとタランテラにはベルクが残した遺産があるので、それを元にカルネイロを復興させて栄誉栄華を取り戻そうというものだった。だが、自分がその象徴となるのは役不足。そこでエマの存在を思い出し、こうして迎えに来たのだと芝居がかった口上を述べたのだ。ちなみにエミーリアというのがエマの本名らしいのだが、この時まで彼女も知らなかったと言っていた。
 誰がどう見ても傀儡にする気満々だ。ベルクの遺産とやらも本当に存在するかも怪しいし、そうそううまくいくとは限らない。計画の全てが他力本願なのだ。こちらは従う義理は無いので丁重にお断りしてお帰り頂こうと思ったのだが、向こうは力づくで村を占拠してしまった。フェリシアやヤン爺さんらを人質にされてしまえば、俺達は抵抗できなかった。
 そして俺とテオとベックとニールはそのベルクの遺産とやらを探しにタランテラへ向かわされることになった。監視役としてカスペルの参謀を務めているシャークという男と彼等が雇ったと言う傭兵も同行する。
「気を付けて」
「君も」
 寛大なところを見せようと思ったのか、出立前にエマとフェリシアに会うことが出来た。ずっとぐずっている娘をあやしながら会話を交わす。
「どんなことがあっても逃げて」
 エマは彼等にとって必要とされているが、俺はそうとは限らない。必要無くなれば消される可能性もあった。それがよくわかっている彼女は声を殺して泣いていた。俺はそんな彼女をただ抱きしめるしかなかった。やがて出立の時間となり、俺達はそれぞれの馬にまたがって村を後にした。



 先ずは手分けして情報を集めることになった。ベルクの遺産についてはなかなか情報が集まらなかった。逆に多く集まったのは「大陸最速」「救国の英雄」などと称え、雷光の騎士と呼ばれるまでになっているルークの噂だった。現陛下の覚えもめでたく、大隊長にまで昇進した彼が率いる隊は「雷光隊」という通り名までついていた。自分の現状と比べ、何だかみじめになってくる。
 一方、シャークは旧カルネイロ商会の伝手を使ってタランテラの貴族から協力を得ていた。彼等からの情報を踏まえ、ベルクの遺産はおそらくワールウェイド領にある薬草園だろうと見当をつけた。そして同時に先のワールウェイド公グスタフの孫であるゲオルグ皇子がフォルビアで幽閉されている情報も得ていた。
「ゲオルグ殿下をお助けし、長年の忠臣を蔑ろにする非道なエドワルド陛下を排除して新たな国主になって頂こう」
 話はいつの間にか国家転覆にまで大きくなっていた。思い止まらせようと口を挟もうにも血統主義を重んじる彼等は俺の言葉に耳を傾ける事は無かった。それどころか、計画を立てる間もなく早く実行に移せとせっついてくる有様だった。彼等としては一日でも早く自分の立場を良くしたいのだろうが、出すのは口ばかりで何も協力はしてくれない。シャークは彼等をなだめるのに専念してしまい、結局俺一人で計略を練るしかなかった。



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ダミアンに肩入れしすぎかなぁ……。でも、書きたいものを書くしかないと割り切りました。
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