群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

閑話 ダミアン1

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今回はダミアンのお話。
需要があるかどうかわからないけど、ルーク視点では書けなかった裏事情を補完する為に書いてみました。



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 討伐期が明けて間もない頃、国外追放を言い渡されていた俺はフォルビアの南の国境に置き去りにされた。朝、突然に言い渡されて、必要最低限の荷物を持たされると、飛竜に乗せられて移動……まさにポイッといった感じで放逐されたのだ。心の準備なんてあったもんじゃない。
「まあ……文句を言える立場じゃないか……」
 詳しい現在地は分からないが、とりあえず向かうのは南だ。野垂れ死ぬにしても最後まであがいてみようとそう決意し、俺は杖を手に歩き出した。



「クライン家を貴族として認めさせる」
 これが父の悲願だった。古くから我が家に居る家令によると、昔はそれほど執着していなかったらしいのだが、出て行った母親(顔も覚えていない)に劣等感を植え付けられたらしい。そしてその悲願の為に俺は育てられたようなものだった。
 家庭教師を招いて幼い頃から勉強漬けの毎日を送り、成長して竜騎士の資質があると分かってからはそれに武術が加わった。唯一の息抜きは自室の窓から広場の光景を見る事だった。
 一番に目を奪われたのは、自分と同じくらいの子供達が自由に走り回っている様子だった。とりわけ蜂蜜色の髪の子は見た目の外見も相まってよく目に留まった。小さな子をおぶっていたり、時には老人の手を引いて歩いていたりもした。とにかく町の子供達の中心には常に彼がいたのだ。次の町長は俺なのに……と悔しい気持ちを始めて抱いた。
「喜べ、ダミアン。ギュンター叔父上が直々にご指導して下さるぞ」
 転機が訪れたのは10歳の時だった。竜騎士を引退してアジュガに住み着いた父の大叔父が竜騎士になるための指導をして下さることになったのだ。喜び勇んでギュンター叔父上のお住まいにうかがうと、そこにはあの蜂蜜色の髪の子供もいたのだ。
「ルーク・ビレアです」
 そう挨拶してきた彼と握手を交わしながら、絶対にこいつにだけは負けたくないと強く思った。そして、勉強の合間に叔父上の下で竜騎士の心得を学ぶ日々が続いた。そして……。
「叔父上、何故ダミアンではなく、ビレアの子せがれなんだ!」
 第2騎士団に見習い候補として推挙されたのはルークだった。納得がいかない父が叔父上に迫り、ごり押しで俺も見習い候補としてシュタールに向かうことが決まった。見習い候補になれたのは嬉しかったが、結局はルークに負けたのだと言う気持ちがその喜びを半減させていた。
 叔父上が認めた通り当時からルークには非凡な才能があり、このままではまた負けてしまうという焦燥感に駆り立てられた。幸いにして当時のホルスト団長には目をかけていただけたので、ここぞとばかりに偽りの悪評を吹き込んだ。
 当時の俺には罪悪感などなかった。ただ、父に刷り込まれた「町民に劣ってはならない」という絶対的使命を遂行する手段でしかなかったのだ。不思議とホルスト団長はその嘘を信じ込んだ。そして飛竜が相棒を選ぶ場に、まだ早いと言う理由をつけて彼を連れて行かなかったのだ。
 団長が俺にあてがってくれたのは小柄な飛竜だった。見栄えのする大地や炎の力を持つ飛竜ではなかったのが残念だったが、それでもこれでようやくルークに先んじることが出来たのだ。しかし、その喜びはつかの間だった。飛竜と共にシュタールに帰ると、あろうことか飛竜はルークを相棒に選んだのだ。
 またしても……と歯噛みしていると、ホルスト団長は何かの間違いだと言って飛竜は俺の相棒と決められた。そしてしばらく離しておけば飛竜も大人しく従うだろうと、ルークをゼンケルの砦に配属した。
 しかし、飛竜がそう簡単に相棒を変えられるはずもなく、結局俺もゼンケルへの移動を余儀なくされた。何もかもうまくいかなくて自棄になっていた。ゴッドフリードがルークを虐待しているのを真似、苛立ちをぶつけるように俺もそれに加わっていた。飛竜が言うことを聞かないのだから仕方がない。役目も全て彼に押し付け、2人で遊んで暮らす様になっていた。
 それが最悪の結果を招いた。冬の最中に2人で狩りに出かけ、妖魔に遭遇して足を怪我した。ここでゴッドフリードの本性が発覚し、奴はそんな俺を囮にして逃げようとしていた。そこへ駆けつけてくれたのは散々俺達が虐待してきたルークだった。ゴッドフリードはさっさと自分の飛竜で逃げたが、ルークは危険を冒してまで動けない自分を助けようとしてくれたのだ。
 妖魔は結局、第3騎士団の竜騎士達が倒してくれた。命は助かったが、怪我が治っても足は思うように動かせなくなっていた。竜騎士への道はこれで閉ざされてしまい、部屋に引きこもる日々は続いた。
そんな中、唐突にゴッドフリードが部屋を訪れた。謝罪をするのかと思ったら、彼の口から出てきたのは更にルークから搾取すると言う悪だくみの誘いだった。
「もうあんたの誘いには乗らない」
 そうきっぱりと断ると、ゴッドフリードは訳が分からない様子だった。俺が重ねて囮にして逃げようとしたことを言い募ると、「俺様を守るためだ。当然だろう」と言い放った。
 悪びれない発言にかっとなった俺はゴッドフリードに詰め寄る。そして今回の件の詳細と今までこの砦で行われて来た不正の数々をホルスト団長、そして皇都へ訴え出ると言うと、逆に首を絞められた。
 意識が遠のき朦朧とする中、どこかに運ばれているのは分かった。そして突然の浮遊感の後、全身を強くたたきつけられた。続いて襲ってきた全身の痛みに耐えきれなくなり、このまま死ぬのかと思いながら意識を手放した。



「気が付いたか? 辛いだろうがもう少しの辛抱だ」
 気が付くと見知らぬ初老の男性が顔を覗きこんでいた。馬橇ばそりでの移動中で、積まれた荷物に埋もれる様に寝かされていた。厳重に毛布で包まれていたのだがそれでも寒く、そして振動が体中に響いた。うめき声しか上げられない俺をその人は励まし続けてくれた。
 次に目を覚ました時には民家の寝台に寝かせられていた。やはり体中が痛く、身じろぎするのも辛かった。傍らには若い女性がいて、危険な状態だったらしい俺を励ましながら看病してくれた。その甲斐があって俺は回復し、ようやくここに至る経緯を聞くことが出来た。
 看病してくれた若い女性はエマと名乗った。俺を助けてくれた初老の男性の娘らしい。そして彼等は運び屋を生業としていた。運送業だろうかと聞いてみると、人手も物でも例え法に触れるような物でも依頼されれば目的地に運ぶのが仕事だと説明してくれた。
 彼女の話だと、仕事の最中に通りかかった崖の下で俺が倒れていたらしい。仕事中は一般人に関わらないのが鉄則だが、このままでは死んでしまう。見過ごすことが出来ずに助けてくれたらしい。ただ、重症の俺を連れての長旅は不可能と判断し、確保した休憩場所に俺とエマを置いて仲間は先に出発していた。仕事を終えたら迎えに来てくれるらしい。
「帰る場所があるなら連絡しておくけど?」
 エマはそう言ってくれたが、すぐには答えられなかった。ゴッドフリードに首を絞められた記憶がよみがえる。おぼろげな記憶しか残っていないが、奴は俺の体を崖の下へと投げ落とした。本気で俺を殺そうとしたのだ。今更ながら身震いした。
 エマの話では助けられてから5日は経っている。ゴッドフリードの事だ、ホルスト団長には既に自分の都合のいいように報告し、変に彼の事を信頼している団長は全てを鵜呑みにして信じるはずだ。そうなるともう他者が何を言っても聞いてはくれないだろう。
 もうすでに竜騎士への道は断たれ、父の望みも果たせなくなった。そんな俺をあの父は受け入れてくれるだろうか? いや、烈火のごとく怒るに違いない。それらを考えると、もう全てがどうでも良くなっていた。
 エマは何か事情があるのだと察してくれたらしく、根掘り葉掘り聞き出そうとまではしてこなかった。とりあえず体を治すのに専念しようと言ってくれたが、俺は素直にうなずくことが出来なかった。
「死んでしまいたい……」
 思わず口から出た言葉にエマの平手が頬を打った。まさか叩かれるとは思わず、驚いて見上げた彼女はものすごい形相で俺をにらんでいた。
「何があったか知らないけど、軽々しく死ぬなんて言わないでちょうだい」
 そう言い放つと、彼女は部屋を飛び出していった。俺は叩かれた頬に手を当てたまま呆然とその姿を見送るしかなかった。



 エマと言葉を交わさないまま3日。仕事を終えた運び屋の一団が戻って来た。思ったよりも人員は少なく、エマの父親も含めて3人だけだった。
「ダミアン・クラインです。助けて下さってありがとうございます」
「わしはヤンじゃ。この一団の頭をしておる」
 エマとの話が進まなかったのもあり、改めてヤン爺さんからどうしたいのか聞かれた。この3日間、色々考えてはみたが、やはり戻りたいと言う気持ちにはなれなかった。色々と話しているうちにこれまでの事をぽつりぽつりと話していた。
「戻りたくないと言うのであれば無理強いはせん。じゃが、このままわしらに付いてくると言うなら、それなりの仕事をしてもらうことになるが、良いか?」
 ヤン爺さんの提案に俺は躊躇ちゅうちょしつつも同意した。こうして俺も運び屋の一員に加わることになった。しかし、俺の体調を考慮し、もう数日様子を見てから移動することになった。
 だが、思った以上にそれは過酷だった。動けるようになると、「働かざる者食うべからず」そんな事を言われて次々と仕事を押し付けられた。橇を引く馬を操るのは、問題ない。しかし、食事の支度や洗濯といった家事になるとまるっきり何をしていいのか分からなかった。
「あんた本当にいい所の坊ちゃんなんだね」
 あれ以来、口をほとんど聞かなかったエマからそんな風に酷評された。まあ、無理もないか。芋の皮をむくだけで指を切るし、干し肉を炙ろうとしただけで焦がしてしまった。水くみをしようにも杖をつかないと歩けないので一度に運べる量はたかが知れている。薪割もなかなかコツをつかむことが出来ず、早々に役立たずに認定されていた。
「まあ、人生は長いんじゃ。のんびり覚えていけばいいんじゃよ」
「お父さん、またそんな事を言って!」
 ヤン爺さんとエマ親娘のやり取りを他の団員がまた始まったと笑いながら見ている。こういった口喧嘩はいつもの事らしい。だが、俺の目には新鮮に映る。思えば父親と口喧嘩どころか何かを言い返すことなど全くなかった。父の言うことが全て正しいと教えられて育ったのだから当然かもしれない。こんなことしてエマは大丈夫なのだろうか? そんな風にハラハラしながら父娘のやり取りを聞いていた。
 法に触れるものも扱うことがあるためか、彼等はいつ妖魔が出てもおかしくない区域を選んで移動していた。俺は「頼むから出ないでくれ」と内心びくびくしながら馬を操っていたが、その願いも空しく移動3日目に妖魔と遭遇した。
「右手、来るよ!」
「これでもくらえ!」
 驚いたことに、彼等は臆することなく妖魔と応戦する。手慣れたもので、エマの指令に従い他の3人が香油を塗り込めた矢を放っていく。十分効果があるらしく、ひるんでいるすきに逃げると言うのがいつもの戦法らしい。
 一方、俺はと言うと……。
「ほら、速度落ちてる! 追いつかれちまうよ!」
「はいぃぃぃ!」
 橇を引いている馬を走らせるだけで精いっぱいだった。
「あんた、竜騎士だったんだろう? 情けないねぇ」
「……」
 呆れるエマの言葉に俺は何も言い返せなかった。


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2話の予定だけど終わるかなぁ……。
今回も思ったよりも文字数増えちゃったし。
ま、結局は書きたいことを書くだけなのですが……。
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