群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第35話

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 彼女は光り輝いて見えた。着ている婚礼衣装は、裾の丈もスカートのふくらみが抑えてあり、細やかな模様の入ったベールは背中までで抑えられ、一般的な貴族が着るような引き裾も付けていない。それでも銀糸でほどこされている緻密な刺繍が窓から差し込む午後の光を受けてキラキラと輝いている。いや、それだけではない。諦めかけた式が開かれることになり、オリガの晴れやかな笑顔が光輝いて見えるのだ。俺はその美しさに目を奪われて呆然とその姿を眺めていた。
「こら、ルーク。しっかりしなさい」
 後ろからリーナ義姉さんにかなり強めに小突かれ、ちょっとよろける。それで我に返り、俺はオリガの手を取り、その甲に口づけた。
「綺麗だ……」
「ありがとう……」
 彼女のはにかんだ笑みが素敵すぎてその場で思わず抱きしめてしまいそうになる。そんな俺達の様子を、リーナ義姉さんを始めとしたオリガの着替えを手伝った女性陣がニヤニヤと眺めているのに気付いた。
「それにしてもルークにこんなにきれいなお嫁さんが来てくれるなんて……。ダナシア様は苦労した分、ちゃんとご褒美を用意して下さるんだねぇ……」
 母さん1人が涙ぐんでいる。えっと、式はこれからなんだけど……。
「お母さん、これからもよろしくお願いします」
 オリガがそんな母さんに頭を下げた。母さんも手巾で涙を拭いながら「こちらもよろしくねぇ」と言って頭を下げていた。
「そろそろ行こうか?」
 陛下を始めとした高貴な方々が待っておられる。俺は改めてオリガに手を差し出した。その手に彼女の手が重ねられると、俺は彼女を導くようにゆっくりと歩き出した。
 家の外には馬が用意されていた。花で飾り立てられたその馬は3年前に俺がクルト兄さんに贈った馬だった。騎士団から払い下げられただけあって訓練が行き届いており、俺達の姿を見ようと集まった人達の歓声にも動じることがない。ちなみに町の人達からシュネルと呼ばれているこの馬は、こういった慶事や祭りによくかり出されているらしい。
 集まってくれた人たちに手を振りながらゆっくりとその馬に近づくと、用意された踏み台を利用してオリガをその馬に乗せた。アジュガでの習わしをちゃんと聞いてくれたグレーテル様がこだわり抜いて下さったおかげで、オリガの婚礼衣装は乗馬に支障がない様に仕立てられていた。彼女も馬上で難なく腰を落ち着けたので、俺は馬を操りながらその傍らを歩き出した。
「おめでとう、ルーク、オリガさん」
「オリガさん、きれい……」
 住民達の祝福を受けながら先導役のティムに従って俺達はゆっくりと歩を進め、その後から俺の家族が付き従っていた。
 真っすぐに広場には向かわず、遠回りして神殿の前を通る。そこには火災の折に怪我をしてあまり動けない人たちが待ってくれていて、傷が痛むのにもかかわらず俺達を目一杯祝福してくれた。
 それに応じながら今度は進路を広場に向ける。すると今朝の惨状が嘘のように広場は片付けられていて、その中央には儀礼用の装具をつけたエアリアルが待っていた。装具には沢山の花で飾られ、相棒の頭にはちょこんと花冠が乗せられている。そして飛竜の手前には正装を纏った雷光隊が整列し、俺達を敬礼して迎えてくれた。
「ルーク、おめでとう!」
「オリガさん、素敵!」
 俺達が姿を現すと、広場に集まった住民達から大歓声が沸き起こる。この後、エアリアルは広場から飛び立つので、安全のための配慮か広場の外周に沿って立っている。もう、全員が集まっているのではないかと思うくらいの混雑ぶりだ。
 これでは奥にいる人は良く見えないだろう。少し時間はかかってしまうが、俺はオリガと広場をぐるりと一周回ることにした。その場で提案すると、ティムもオリガも家族のみんなもこころよく承諾してくれる。時間の短縮のため、シュネルに相乗りすることに決めた。鞍が少し邪魔だったが、それでもオリガの後ろ側にどうにかまたがった。
 シュネルは驚くことなく俺も乗せて指示に従ってくれた。横乗りしているオリガの姿が集まってくれているみんなからよく見える様に、左回りに速歩で進ませる。住民達が歓声と拍手を贈ってくれている中、広場を一周する。途中、エアリアルから早く飛ぼうよと催促され、俺はそれを苦笑しながらなだめていた。
「敬礼」
 元の位置に戻り、今度は馬をエアリアルの方へ進めていくと、ラウルの号令に従って雷光隊が改めて敬礼する。彼等は進路の右側に立ち、ティムや俺の家族は左側に並んで立っている。その前を悠々と馬を進め、エアリアルの傍まで行くと俺はその背中から降り、オリガを優しく抱き下ろした。
 すかさずドミニクが馬を連れてエアリアルから離し、控えていた自警団員に預けた。賢いシュネルはそれに大人しく従い、広場から出ていく。それを見届けたところで俺は一同に対して敬礼で返し、隣のオリガは淑女の礼をとった。するとさらに盛大な拍手が起こり、それはしばらくやむ事は無かった。
「行こうか」
 エアリアルの前にもきちんと踏み台が用意されていた。それを利用してオリガを相棒の背に乗せて騎乗帯をつけて固定する。俺もその後ろに跨ると、その台も速やかに撤去される。騎乗帯をつけている間に雷光隊と俺の家族は着場の方へ移動していた。
 本来であれば町中で飛竜が飛び立つことは禁じられている。但し、非常時や特別な許可があればそれは特例で許されていた。火事に見舞われたと言う大義名分があるため、陛下が特例で押し切ってこの様な演出になったらしい。
 着場の方も準備が整ったらしく合図が送られて来た。俺はオリガと顔を見合わせると、集まってくれた人達に改めて手を振ってから相棒を飛び立たせた。



 湖にはすぐ着いた。しかし、街中を練り歩くのに少し時間がかかってしまい、湖に着いた時には日は大きく傾いていた。夕日に照らされる湖畔の景色を幾度も見てきたが、今日は特別な光景が広がっている。
 婚礼の儀式の為に湖を背にして簡易の祭壇が設けられ、そこに至るまでの道が綺麗に整えられていた。そして古びた山小屋の傍らにはいつにもまして立派な天幕が立てられ、その周囲にはいくつもかがり火が灯されていた。俺達の到着を知ったらしく、天幕の中からは先に到着していた参列者達が出て来た。
 天幕からは少し離れた場所に飛竜を降ろし、オリガを相棒の背中から抱き下ろす。雷光隊の面々も次々と到着し、同乗して連れてきてくれた俺の家族を降ろしてくれていた。乗り手を降ろした飛竜達は装具を外してもらうと、先着した飛竜達がくつろいでいる岩場の方へ移動していった。
 母さん達女性陣は空の旅が楽しかったらしく、やや興奮気味で景色が素晴らしかったと口々に言っている。一方、父さんと兄さんは少し顔色を悪くしている。そういえば、高い所は苦手にしていた。ちなみに1歳になる甥っ子は、今日は町の人達に預かってもらって曾祖父さんと一緒にお留守番をしている。
「オリガ、ルーク!」
 俺達の到着を待ち構えていたらしい姫様が駆け寄ってくる。その後ろからはイリスさんの姿が見える。昼間は砦でエルヴィン殿下のお守りをしていたが、誰かが迎えに行ったのだろう。ちなみにアジュガでの式は俺の家族が中心だからと参加を遠慮していたが、このような事態となった今はその遠慮も無用なものとなっていた。思いがけずに奥さんと会えて心なしかラウルの表情が緩んでいる。
「オリガ、おめでとう」
「ありがとうございます。姫様」
 駆け寄って来た姫様はオリガの前に来るとこの辺りの花で作った花冠を差し出した。オリガは笑顔で礼を言うと、その場で身をかがめる。すると姫様は彼女の頭の上にその花冠を乗せた。うん、清楚な彼女に良く似合う。
「ルークも、おめでとう」
「ありがとうございます、姫様」
 姫様は俺には小さな花束を差し出した。俺が身をかがめると、左の胸に付けてくれる。姫様が手ずからつけて下さると、何だかどの記章よりも誇らしい気持ちになる。お礼を言うと、姫様ははにかんだ笑みを浮かべていた。
 そんなやり取りをしている間に、飛竜の背から降りた家族達は簡易の祭壇が設置されている会場の方へ移動していた。既に祭壇の前には式を取り仕切ってくださるアジュガ神殿の神官様が控えており、他の参列者の方々も移動が済んでいた。
 祭壇に向かって右手には俺の家族や親方衆とそのおかみさん達。そしてザムエルにウォルフの姿もある。怪我の具合は心配だが、どうやら大丈夫そうだ。左手には陛下を始めとした高貴な方々が立っておられた。
「行こうか?」
「はい」
 準備は整ったようだ。俺はオリガの手を引いてゆっくりと歩き出す。すると、先導する姫様がその透き通る声でダナシア賛歌を歌い出す。やがて後ろから付き添うイリスもそれに続き、やがて参列者全員の合唱となる。恐れ多いことに陛下も皇妃様も歌っておられる。その背後に控えている護衛の竜騎士に抱きかかえられたエルヴィン殿下は状況が分かっておられない様子だったが、楽しそうに手を叩いて喜んでいた。
 夕暮れの花畑の中、俺はオリガと手を繋いでゆっくりと祭壇へ向かって歩く。参列者全員で歌うダナシア賛歌が終わり、先導するという大役を果たした姫様は愛らしいしぐさで淑女の礼をして両親の元へ戻っていった。
「これよりルーク・ディ・ビレアとオリガ・ディア・バウワーの婚礼の議を執り行う」
 神官の宣言によって儀式は始まった。互いに宣誓し、結婚証明書に署名をする。そして俺達が選んだ組紐が銀の盆に乗せられて運ばれて来た。群青の地色に金糸と互いの瞳の色の糸が細く編み込まれている。
「度重なる苦難を乗り越えて結ばれる2人にダナシア様の末長いお恵みがあらんことを希う」
 祝福の言葉と共に、俺の左手に重ねられたオリガの右手をその組紐で複雑に結び付けていく。今まで幾度か婚礼の場に参列してきたが、傍目で見て思っていた以上にがっちりと結び付けられていた。
 2本の組紐が結び付けられ、神官にうながされて誓いの口づけとなる。少し緊張したが自由に動かせる右手で彼女の頬に手を添え、唇を重ねる。婚姻が成立したと神官が宣言すると、見届けた参列者から大きな拍手が沸き起こった。

 こうして俺達は思い出深いこの場所で永遠の愛を誓い合った。



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やっと、ここまでたどり着きました。
当初の構想段階とはちょっと異なりましたけど、まあ、丸く収まったので万事オッケーということで……。
1月中にはどうにか3章の本編は終わりそう。その後に閑話をいくつか入れて4章へ……といった流れになっております。あくまで予定ですが……。
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