群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第31話

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「ルーク……」
 神殿の中に入っていくと、俺の姿に気付いたオリガがすぐに近づいてくる。深夜ということもあり、彼女も幾分疲れた様子だった。そんな彼女に少し休もうと提案すると、ためらいながらも了承してくれた。
 家までの道を2人で手をつないで歩く。何か、話をしたいと思うのだけど言葉が見つからず、結局何も話をしないまま家に着いた。
「何か、疲れたね」
 2人でお茶を淹れ、居間のソファに並んで腰かけて飲む。その温かさに一つ息をはいた。現場で夢中になって動いている間は冷静でいられたが、こうして静かな時間を過ごしていると、本当なら今頃は……等と言う考えが浮かんできてしまう。
「式は延期だね」
「うん……」
 オリガは小さくうなずいた。そんな彼女の肩に手を回し、そっと抱き寄せる。じわじわと沸き起こってくる悔しい気持ちは彼女も同じはずだ。
「すごく、悔しい」
「うん……」
 オリガは俺の腕の中でまた小さくうなずくとハラハラと涙をこぼし始めた。うぬぼれかもしれないけれど、我慢強い彼女が弱音を吐ける相手は俺しかいないと思っている。だから、俺は彼女を抱きしめてその悲しみと悔しさを受け止め続けた。



 目を覚ますと外はすっかり明るくなっていた。オリガを気が済むまで泣かせ、落ち着いた後も離れがたくて閨を共に過ごした。グレーテル様から同衾禁止を言い渡されていたけど、こんな事態になってしまった俺達の気持ちも察してほしい。まあ、怒られるのは俺だけだろうから、その時はその時と割り切った。
「ん……ルーク……」
 オリガも目が覚めたらしい。こんな時だが、久しぶりに一緒に朝を迎えられて嬉しい。離れがたい気持ちが一層強くなって腕の中に囲いこんでいる彼女をさらに抱きしめた。
「起きなきゃ……」
「嫌だ。もっとこうしている」
「でも……」
 言葉ではそんな俺をたしなめようとしているが、オリガも気持ちは同じらしい。その証拠に俺の腕から全然逃れようとしていない。
「もうちょっとこのまま……」
 2人抱き合って口づけを交わす。誰も呼びに来ないのだから十分人手は足りているのだろう。少々やさぐれた気持ちで勝手にそう解釈してたわむれていると、階下から慌ただしい足音が近づいてくる。気づかないふりして更に続けていると、寝室の扉が叩かれる。
「休んでいる所ごめん、ルーク兄さん助けて欲しいんだ」
 ティムが扉の外から声をかけてくる。それでもすぐに動く気持ちにはなれなかった。
「居ませーん」
「……」
 まるわかりな居留守にティムは絶句し、オリガは俺の腕の中でクスクス笑っている。笑えるようになったのなら大丈夫。そう思いながら笑ってくれたお返しに彼女に口づけた。
「ふざけている場合じゃないんだ」
 扉の外から聞こえるティムの声は随分と必死で、何か想定外の事が起きたのだと察した。俺はオリガと顔を見合わせると、肩をすくめる。そして唇を重ねてから寝台を抜け出した。
 脱ぎ散らかして床に転がっている服は昨夜の消火活動で汚れてボロボロになっているので、この家に置いたままにしてある普段着に着替えた。オリガにはゆっくりしていていいよと言ったけど、一緒に行くつもりらしい。彼女も着替えると言い出したので、支度が済むまで先にティムから話を聞こうと寝室の扉を開けた。
 扉の外には俺の姿を見て幾分ホッとした様子のティムが立っていた。心なしか顔が赤いのは俺達が何をしていたか気づいているからだろう。多感なお年頃だし、からかうのもほどほどにしておいてやろう。
「待たせた」
「本当は、今日はそっとしておくと言う話だったんだけど……」
 どうやらみんなに気を使ってもらっていたらしい。それでもティムが俺に助けを求めてきたと言うことはそれだけ何か大きな事件が起きているのだろう。俺はティムをうながし、階下へ移動する。
「邪魔するつもりはなかったんだ、本当にゴメン」
 長い言い訳をしてからようやくティムは本題に入る。朝方になってウォルフとクラインさんが目を覚まし、早速事情聴収が行われたらしい。しかし、その場に住民達が乱入してきて、クラインさんに詰め寄っているのだとか。火元がクライン邸だったのだから、被害を受けた人は文句の一つでも言いたくなるのは確かだ。ティムはこのまま暴動に発展するのを危惧しているらしい。
「ザムエルやラウル達は?」
「それが……死ななきゃ別にいいだろうと……」
 どうやら止める気はないらしい。むしろ彼等も加わりそうな気配を感じ、俺に救いを求めて来たのだとか。まあ、確かに火傷の程度までは知らないが、けが人相手に乱暴するのも考え物だ。俺が行って収拾がつくのかどうかわからないが、顔は出しておいた方が良いだろう。
「お待たせ」
 そこへ着替えを済ませたオリガが降りて来た。いつもの普段着だがそれでも彼女は可愛い。思わず彼女の手を取って軽く引き寄せ、抱きしめて口づけていた。
「ルーク兄さん……」
 呆れたようにティムが口を挟む。まあ、あまり悠長なことをしている場合ではないのは確かだ。3人で連れ立ってクラインさんがいる神殿へ向かった。
 道すがら何が起こっているかをオリガにも説明すると、優しい彼女は心を痛めていた様子だった。彼女の話だと手と顔に負った火傷は軽傷だが、転んで頭を打っているのでそちらの方が心配らしい。逆にクラインさんを助けたウォルフの方が火傷の程度が重いと言っていた。
 そんな情報交換をしている間に神殿に到着した。ティムの言っていた通り、声を荒げた住民が押し寄せている。暴動を懸念する彼の気持ちも何となく理解した。
「悪いが通してくれないか?」
 少し声を張り上げて言うと、俺に気付いた住民達は慌てて道を開けてくれた。神殿の中も住民が詰めかけていたが、後は任せてほしいと説得して彼等を解散させる。仕事の途中だったティムとも別れ、俺はオリガと連れ立って事情聴収が行われている部屋へ向かった。



「隊長……」
「ルーク、来たのか」
 クラインさんがいる部屋の扉の前にはラウルとシュテファン、そしてザムエルが立っていた。一応、大人数が押しかけないように見張って入るらしい。俺の姿を見て驚く彼等に声をかけようとしたところで室内からはクラインさんをなじる声が聞こえてくる。かなり厳しい事を言われているのだが、それでもクラインさんからは反省の言葉は出てきていない様子だった。
「あんたそれでも町長か!」
「人の幸せを踏みにじっておいて、このひとでなし!」
「……」
 返す言葉がないのか、怪我がひどくて反論できないのか、そもそも彼が悪いわけではないのか……。ともかく負傷者相手に乱暴は良くない。一旦彼等を落ち着かせた方が良いと思うのだが、ラウル達は本当に仲裁するつもりはないらしく動こうとはしない。
「止めないのか?」
「必要ないでしょう」
 端的な答えが返って来た。俺は肩を竦めると、扉を叩いて返事を待たずに扉を開けた。奥の寝台に腰掛けているクラインさんにこの町で一番の古株の親方とそのおかみさんが詰め寄り、そしてその傍らには俺の両親も立っていた。
「おや、ルーク。わざわざ来たのかい?」
「放ってはおけませんから」
 俺達の姿を見て母さんがのんびりとした口調で声をかける。その傍らで父さんは不機嫌そうに腕組みをしていた。思ったほど緊迫した状況ではないので、ちょっとだけ安堵した。
「……わしを笑いにきたのか?」
 ずっと口を閉ざしていたクラインさんが俺を見据え、絞り出すような声で聞いてくる。それを聞いたおかみさんが「あんた、ルークはそんな子じゃないよ」と声を荒げ、そこからまたおかみさんが一方的に詰め寄る。
「いい加減にひがむのはお止め! いい年をしてみっともないね!」
「……わしは僻んでなどおらん。こんな無能者に僻んでなど……」
「それを僻んでいると言うじゃないかい?」
 この町でこのおかみさんに口で勝てる人はいない。またもや黙り込んでしまったクラインさんにおかみさんは容赦ない言葉を浴びせていく。
「無能はあんたの方じゃないか。いつまでも先祖の栄光にしがみついてあんた自身は何をした? 新しく起こした工房の邪魔した上に火事まで起こして町に損害しか与えてないじゃないか。自分の力で大隊長にまでなったルークとは大違いだよ」
 なんか言いすぎじゃないかと止めようとしたが、父さんが無言で俺を制した。その一方で回り出したおかみさんの口はもう止まらない。一緒にいる親方も口を挟むことが出来ないくらい矢継ぎ早に攻め立てていく。
「しかも今度は団長様になるっていうじゃないか。そんなルークが可愛いお嫁さんを迎えて、この町で式を挙げると言うからみんなで精いっぱいお祝いしてあげようと思って準備していたのに! あんたの起こした火事の所為で2人の門出が台無しになっちまったじゃないか!」
 親方とおかみさんはてっきり家が火事に巻き込まれて腹を立てているのだと思い込んでいたのだがそうではなかったらしい。俺達の為を思ってくれているのが何だか嬉しいし、気恥ずかしい。傍らで聞いていたオリガを見ると、彼女の顔もほころんでいた。俺は前に進み出ると、まだ言い足りない様子のおかみさんの肩にそっと触れる。
「ありがとう、もういいよ」
「ルーク、あんた……」
「俺達を祝おうと町中を飾り付けてくれてありがとう。こんなことになってしまったけど、町がちゃんと片付いてみんなが落ち着いたら改めて式を挙げるから。だから、その時にまたお祝いしてほしい」
 おかみさんも親方も先程までの激情が嘘のように静かになり、俺とオリガの顔に視線を向けるので、笑顔で応じた。一方、おかみさんからの集中攻撃を逃れたクラインさんはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いていた。
「ルークもオリガちゃんも本当にいい子だねぇ……」
 どうやら落ち着いてくれたようだ。こんな時に責任がどうこう言っていては前に進むことが出来ない。今は町の復興を第一に考えるべきだろう。とりあえず、今後の事を話し合おうと部屋の外へ出たところで足が止まる。

ゴッゴウ

 飛竜達が一斉に挨拶をしている。一体誰が来たのだろうかと思っていると、相棒から「あの人だよ」と言う答えが返って来た。まさかと思い、部屋の外にいたラウルやシュテファンと顔を見合わせる。
「まさか……」
「着場! どうなっている?」
「すぐに片づけを!」
 俺達竜騎士につられてザムエルも親方もおかみさんも、そしてうちの両親も慌てて神殿の外へ出る。そして俺達は急いで着場へ移動する。そこへは先に到着していた他の隊員やティムが洗って乾かしていたとみられる飛竜の世話に使う道具類を大急ぎで片付けていた。
「来るぞ……」
 町の外れの草地で飛竜達が姿勢を正して北西の空を見つめていた。ただ1頭、テンペストだけは何故か威嚇するように翼を広げている。やがて、10頭余りの飛竜の姿が現れた。その中心にいるのは黒い大柄な飛竜が2頭。この国で最も有名な飛竜とこの大陸で最も名の知られた番の片割れだった。
 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いつも相棒をこき使うからテンペストはパラクインスが嫌い。


パラクインス「来ちゃったw」
テンペスト 「帰れ!」
飛竜達の間でこんなやり取りがあったとか。
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