群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第22話

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 歩くことから始まり、衰えた体力と体の機能を回復する鍛錬を地道に繰り返したおかげで、討伐期が終わる前にバセット爺さんから飛竜の騎乗許可が下りた。先ずは近くの砦まで使いに出るティムにお供することから始めることになった。
 オリガに手伝ってもらいながら、久しぶりに騎士服に袖を通す。身が引き締まると同時に嬉しさがこみあげてくる。
「苦しくない?」
「大丈夫だよ」
 療養中に筋肉が落ちて大分痩せてしまった。そこでオリガがゆるくなった騎士服を手直ししてくれていた。身の回りの事はもうとっくに自分で出来るようになっているのだが、今日は手直しの具合を確認するために手伝ってくれていた。
「これを使って」
 着替えが済むと、オリガはそう言って俺に真新しい防寒具を手渡してくれた。こちらに来て編んだものらしい。俺はお礼を言ってそれを受け取り、彼女に口づけて部屋を出た。

グッグッグッ

 竜舎に向かうと、既にティムがエアリアルの装具も整えて待ってくれていた。俺が騎乗するのだと分かると、待ちきれないとばかりに体をゆすっている。もしかしたら俺以上に喜んでいるのかもしれない。
「今日は頼むよ」
 なだめるように頭をなで、相棒が落ち着いたところで着場へと連れ出す。寒さはまだ厳しいが、一緒に飛べる喜びの方が勝っている。装具を改めて確認し、その背にまたがる。今日の俺はティムのお供なので、先に飛び立ったテンペストの後に続く。久しぶりの空に危うく歓喜の雄たけびを上げそうになっていた。やっぱり相棒と飛ぶのは最高だ。



 その日のお使いは無事に終了した。薬草園に戻ってきても興奮は冷めやらず、その日の夜はなかなか寝付けなかったくらいだ。その後も幾度かティムについて飛び回り、騎乗の感覚を取り戻すのに勤めた。
 しかし、どこの砦へ行っても大歓声で迎えられて何だか気恥ずかしい。なんでもダミアンさんが伝えた俺と女王の戦闘の記憶の一部が竜騎士達の間に広まっているらしい。
 既に討伐期も終わりを迎えようとしているため、一時期に比べれば討伐の頻度も下がる。竜騎士も待機していることが多いので、色々と質問攻めにされることも多かった。内心頭を抱えながら、答えられる範囲でその質問に応じていた。
 そして、使いで飛び始めてから10日後、いよいよ討伐の現場に立ち会う機会が訪れた。この日はラウル隊への応援要請があり、ティムもテンペストを妖魔に馴らす為に飛ぶことになった。そこで俺もついていくことにしたのだ。
「気を付けて……」
 先日の使いと違い、今回向かう先は所謂いわゆる戦場だ。軍装を整え、竜舎へ向かう俺をオリガは祈るように手を組んで見送ってくれた。今回は戦闘に加わる予定はないものの、討伐に絶対はない。これで安心してもらえるわけではないのだが、それでも俺は彼女の頬に口づけて「行ってきます」と言って竜舎へ向かった。
 討伐の緊張感は飛竜にも伝わっていて、今日のエアリアルは浮かれることなく俺と出立前の挨拶を交わした。準備も万端に整っている。俺とティムはそれぞれの相棒に跨ると、討伐の現場へ向けて飛竜を飛び立たせた。
「あれかな……」
「そのようです」
 ほどなくして目的の現場に着いた。フォルビアの管轄内にある村の近くで、一部の建物は壊れてしまっている。ラウル達が村から妖魔達を引き離したので、この程度で済んでいると言った方が正しいかもしれない。ちなみに住民は討伐期に入る前に近くの神殿に避難しているので無事だ。
「相変わらず見事です」
 ラウル達の連携にティムが感心して見入っている。何だかいつも以上に気合が入っているようにも見えるのは、俺が見ているからと思うのは自意識過剰だろうか? 彼等だけで殲滅してしまいそうな勢いに、本隊にも仕事を残してやれとつい思ってしまった。
 俺が寝込んでいる間もテンペストを妖魔にならすためにこうして現場に立ち会っていた。ラウル隊が出ている時はシュテファン隊の誰かが、シュテファン隊の時にはラウル隊の誰かが付き添って訓練を重ねてきたおかげで、飛竜だけでなくティム自身にも耐性が付いたようだ。
 あの日、初めて討伐に立ち会った時は顔を青ざめさせていたのが嘘の様だ。彼も着実に成長しているようで俺も嬉しい。オリガに教えたら彼女も喜んでくれるだろうか? それとも更に危険な任務に身を投じることを心配するだろうか?
「お、本隊が到着したな」
 遠巻きに見ている間に南から総督自らが率いる本隊が到着する。ヒース卿にお会いするのは久しぶりで何だか緊張してきた。向こうも俺に気付いて挨拶をしてくるが、妖魔の討伐が先だ。ヒース卿からは「後ほど」と短い伝言があった。俺には暗に「逃げるなよ」と聞こえてちょっと怖くなって身震いした。
 ラウル隊だけで妖魔の数を随分減らしていたのもあり、本隊到着後すぐに討伐は完了していた。何だか、皆、気合が違う。安全を確認したと伝えられ、俺とティムは相棒を地上へ降ろした。
「ルーク!」
 飛竜の背から降りた俺に真っ先に駆け寄ってきたのはヒース卿だ。握手をしようと手を差し出したが、そのままがっしりと抱擁される。男に抱擁されてもなぁ……等と思いながらも、それだけ心配してくれていたのだと思うようにした。
「ご心配をおかけしました。どうにかここまで回復しました」
「本当に一時はどうなるかと思ったぞ」
 後始末もそっちのけで竜騎士達が集まってくる。直接会うのは久しぶりだが、ラウルやシュテファンを通じて俺の身を案じる伝言や手紙を送ってくれていた。既にお礼の手紙は送っているが、この場にいる一人一人に改めてお礼を伝えた。
「ジグムント卿らも心配していた。遠出の許可が下りたら、一度古の砦まで足を延ばして安心させてやれ」
「分かりました」
 俺自身はもう問題ないと思っているのだが、慎重なバセット爺さんはなかなか許可を出してくれない。多分、また俺が無茶をするのではないかと思っているのだろう。強く否定できないけれど……。
 竜騎士達はまだ仕事が残っている。あまり長居しても邪魔になるので、挨拶を終えると俺とティムは薬草園に帰還した。着場に降り立つと、すぐにオリガが飛び出してくる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
 駆け寄って来た彼女を抱きしめる。ああ、心配してくれていたのだと思うと同時に、今後も約束通りきちんと彼女の元へ帰って来ようと改めて決意した。



 春らしい日が続くようになった頃、ようやくバセット爺さんから遠出の許可が下りた。そこで早速、古の砦へ世話になったジグムント卿ら傭兵団員やゲオルグに会いに行く計画を立てた。今の俺では日帰りは難しい。そこでフォルビア城に宿泊する3日がかりの計画となった。
 同行するのはラウルとシュテファン、そしてティムの3人。討伐が落ち着いたので、小隊長の権限を振りかざして強引に決めたらしい。本当はオリガも同行したがったのだけれど、まだ完全に討伐期は済んでいないので薬草園で待っていてもらうことになった。
「体は十分回復しておるから問題なかろう。但し、妖魔に遭遇しても倒そうとは思わぬことじゃ」
「分かっています」
 出立を前にしてバセット爺さんからは念押しの様にそう注意された。もちろん、事前にその辺の打ち合わせを済ませてある。その時は俺とティムが近くの砦へ使いに飛び、ラウルとシュテファンが足止めをすると決めてある。そういった不測の事態に備えての人選でもあった。
「気を付けてね」
「うん、行ってくるよ」
 見送りに来てくれたオリガは心配そうに俺を見上げている。療養中はほとんど一緒に過ごしていたから離れるのが寂しいのもあるけれど、やはりまだ俺が万全に回復しきっていないのが不安なのだろう。
 離れたくない気持ちは俺も一緒だが、だからと言って取りやめるわけにもいかない。俺は彼女の気持ちを落ち着けさせるように抱きしめて口づける。そして「お土産買ってくるよ」と言って相棒の背に跨った。まだ頬を染めている彼女に手を振り、相棒を飛び立たせた。
 天気はあまりよくないが、飛竜の背で感じる風は真冬のものとは異なっている。季節の変わり目を文字通り肌で感じながら進み、予定通り昼にはフォルビア城に到着した。
「おかえりなさい、ルーク卿」
 係員や竜騎士達が着場に整列して俺達を出迎えてくれた。よく見るとフォルビア騎士団を束ねているシュテファンの父親や総督自身も混ざっている。いやいや、国の重鎮並みの歓迎を俺にしてどうするんですかと相棒の背中から降りるなり本気で問いただしてしまった。
「そうは言うが、国の危急を救った英雄なんだ、これくらい当然だろう」
 ヒース卿にこちらも真顔で返されてしまった。俺としては大失敗をして大けがをしてしまったくらいにしか感じておらず、逆に周囲からの熱量に若干引き気味となっている。
「久しぶりの遠出で疲れているだろう。以前の部屋はそのままになっているから自由に使え」
 忙しいのにわざわざ出迎えてくれたヒース卿はそう言って仕事に戻られた。ヒース卿がいなくなったとたんに話を聞きたくてうずうずしていた竜騎士達に囲まれそうになったが、気を利かせたラウルやシュテファンが彼等を押しとどめてくれた。ヒース卿の言う通り疲れを感じていたのは確かっだったので、俺は荷物を手に以前使っていた部屋へ向かった。
「変わってないな」
 半年も経っていないのだが、なんだか懐かしく感じる。旅装を解いて身軽になると、整えられていた寝台に寝転がる。次第に瞼が落ちてきたので、ちょっとだけと思ってそのまま目をつむった。
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