群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

閑話 エドワルド

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予告通り、閑話です。


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 深夜に「女王の行軍」発生の第一報が届いた。場所がワールウェイドの西、第6騎士団の管轄撫である事から、今から向かっても討伐は完了しているだろうと予測はされた。しかし、あの一帯の竜騎士は総動員されたのは間違いない。女王討伐後の事後処理やその後に発生するだろう妖魔への対応も必要となる。
 深夜にもかかわらず集まってもらった国の中枢を担う重鎮達と協議し、第1騎士団からデューク隊を派遣すると決まった。準備が整い次第出立と随分無茶な命令を下したが、デュークは即答で引き受け、未明には皇都を出立した。
 そのデューク隊と入れ違いに皇都へ来たのがティムだった。この厳冬期に、まだ見習いの彼が成熟していない相棒ではなくエアリアルに乗ってフォルビアからたった1人で来たことに驚きを禁じ得ない。逆にそれほど女王の行軍の応対した騎士団の消耗が激しかったのだと理解した。
 その消耗ぶりから着場で手紙を預かってティムには休んでもらうつもりだったのだが、彼は直にアスターへ渡すと言ってきかなかった。ちょうど私を含め主だった竜騎士達とデューク卿の抜けた穴の対応を協議していた最中だったので会議室に来てもらった。
「ワールウェイド領の西で発生した女王の行軍に、ルーク兄さんを連れ去った賊が遭遇。ルーク兄さんはたった1人で女王の足止めを……」
「は?」
 ちょっと待て。女王を1人で足止め? ルークは一体何をやっているんだ! にわかには信じられず、ヒースからの手紙をアスターが読み終わる前に横から奪っていた。
 雷光隊が急行した時には、ルークは瀕死の重傷を負っていたらしい。そんな彼をティムが薬草園へ運び、女王は雷光隊が引き継いで足止めを続けたと書かれている。他にも古の砦を襲撃した賊に繋がる情報や、自殺したと伝えられた男が生存していたことも記載されていた。
 ティムは役目をはたして安堵したのか、私が手紙に目を通し始めるとその場で倒れ込んだ。もう限界だったのだろう。すぐに客間で休ませるように手配をする。そして彼が会議室から連れ出されると、改めて協議が再開される。
「ヒースやリカルドがいるとはいえ、デュークだけでは対処が難しいかもしれないな」
「そうですね」
 対応を確認するために皇都とワールウェイド領間を一々竜騎士を飛ばしていたのでは危険を伴うし時間もかかる。その場で処理できる人材を送るのが最善だろう。
「私が行ってまいりますから、陛下は皇都をお守りください」
 自分で行こうかなとちらりと考えたところへ、アスターが釘をさす様に発言する。やはり無理か。それは自分でもわかっているので、彼に権限を与えてその裁量に任せるのが最善だろう。随従する人員を手早く決めて会議は終了となった。
 会議を終えた私は真っすぐに北棟に向かう。つい先日、ルークがさらわれた事をオリガに伝えると随分と動揺していた。その後は何をしても手に付かない状態の為、フレアは彼女を休ませている。そんな彼女にルークが負傷したことを伝えなければならない。



「ルークの所へ行きたい……」
 オリガに詳細を伝えると、予想通りの答えが返ってきた。そう言いだすことは想定済みだった。既に先程の会合でアスターに同行させる手筈を整えさせている。
 だが、出立は早くても明朝だと伝えると、落胆していた。準備もあるし、ティムの消耗が激しい。そう言い聞かせると、彼女もようやく思い至った様子だった。普段は冷静な彼女にしては珍しい事だが、それだけルークの事が心配なのだろう。
「この時期の移動は非常に体力を消耗します。出立までにちゃんと食事をして十分な睡眠をとりなさい。あちらに着いてからもです。ルークの事が心配かもしれませんが、グルースとバセット先生が付いています。2人を信じて」
 そんな彼女に同席してくれたフレアがさとしてくれた。聞けばここしばらくは良く休めていないらしい。それならなおの事体を休める時間が必要だろう。オリガもそれで納得したので、改めてルークの事を頼み、出立まで良く休んでおくよう言いおいた。そして仕事の続きをするために北棟を後にした。



クオーン……

 南棟に向かう途中、不意に切ない飛竜の泣き声が脳裏に響いた。過去に一度だけ聞いたことがあるその鳴き声を上げているのはエアリアルだ。竜舎からは離れているのだが、どうやらグランシアードが私に助けを求めているらしい。付き従う侍官に断りを入れると、私は竜舎へ向かった。
 すると下層に比べると比較的静かなはずの上層の竜舎には何人もの係員や竜騎士が困惑した様子で集まっていた。奥からはあの切なくなるような鳴き声が聞こえてくる。
「何事か?」
私の姿を見ると、全員慌てた様子でかしこまる。そして竜舎の係官の責任者が困った様子で状況を説明する。
「エアリアルを休ませようとしたのですが、ずっとあのように鳴き続けて世話も一切受け付けないのです」
 この時期にワールウェイドから来て疲れ果てているはずなのに、食事も世話も受け付けずにいるエアリアルに困り果てているらしい。飛竜の事は専門家に任せておけばいいのだが、友人として放って置くことが出来ない。私は野次馬も含めて詰めかけている係員や竜騎士達を下がらせると、1人で奥の竜舎へ向かった。

クオーン……

 あてがわれている室の中でエアリアルが切ない鳴き声を上げており、そんな彼の様子をグランシアードとファルクレインが自分の室から首を出して心配そうにのぞき込んでいる。そんな2頭を労い、エアリアルの室に入る。飛竜は寝藁にうずくまったまま、鳴いていた。
「エアリアル」
 私はそう声をかけて鳴き続ける飛竜の頭をなでる。飛竜からは不安と怒り、悲しみが伝わってくる。きっと、ルークの負傷に加えて因縁のある相手に出会ってしまったことが不安を募らせているのだろう。
「心配するな。お前とアイツを引き裂く者はいない。それに、アイツを助ける為にオリガを迎えに来たのだろう? 向こうに戻るのだからしっかり休め」
 そう言い聞かせながら頭をなでてやる。飛竜も安堵したのか、落ち着いてきたところで水を飲ませ、手ずから食餌を与えた。ブラシをかけてやっているうちに少しずつ体の力が抜けていき、飛竜は寝藁にうずくまって眠ってしまった。
「ゆっくりお休み」
 完全に眠ってしまったのを確認し、エアリアルの室を出る。グランシアードとファルクレインはまだ心配そうにのぞき込んでいた。2頭を労うように頭をなでてやると、ようやく安心したようで自分の室に引っ込んだ。
「後は頼むよ」
 飛竜達に後を任せ、竜舎を離れる。そして改めて残った仕事を片付けるため、自分の執務室へ向かった。



 オリガやティムと共にアスター達増援隊が出立して6日。討伐から帰ると、ワールウェイドから緊急の報告書が届いていた。途中経過は不要だと言っておいたのだが、律義に送ってくるところはアスターらしい。武装を解くのももどかしく、執務室に戻るとすぐにその封を開け素早く目を通す。いくつかの重要な報告の最後にバセット爺さんからの伝言が書かれていた。
「オリガの看病を受けながら鼻の下を伸ばして居ったから、ルークはもう大丈夫じゃろう」
 相変わらずの物言いと、友人が助かった知らせに私は安堵の息を吐いた。


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次はルーク視点の本編に戻ります。
閑話が思った以上に長くなってしまったので、次話はまた短めになるかも。
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