群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

閑話 ティム&シュテファン

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●ティム


 ラウル卿を先頭に雷光隊の5人と俺は全力で飛ばす飛竜の背中に必死にしがみついて目的の場所へ向かった。近づくにつれて禍々しい気配は段々と強くなってくる。そしてルーク兄さんと別れた場所に差し掛かったところで、耳をつんざくような咆哮が轟いた。伝わってくる気配だけでもわかる。何者かが女王と戦っているのだ。その相手がルーク兄さんであることは間違いない。
 霧で視界が悪いのがもどかしい。早く、早くと誰もが相棒を急かして進み、やがて霧の合間から怒り狂う女王の姿が現れた。その目の前には人が倒れていて、浅く積もった雪の上に血痕がいくつも散っている。
 考えるよりも体が先に動いていた。それは雷光隊の人達も同じで、全員弓を手に取ると矢をつがえ、女王めがけて矢を放った。当たらなくてもいい。女王の気を逸らせる為に矢を放ち続けた。
 女王は少しわずらわしそうに矢を払うが、それでも目の前に倒れているルーク兄さんへの攻撃を止めようとしない。ラウルさんは相棒を強引に女王に突っ込ませ、その飛んできたそのままの勢いを利用して女王の顔を飛竜の両足で蹴らせた。

ギャオォォォォォ!

 シュテファンさんがそれに続き、他の雷光隊の3人が執拗に矢を放つ。女王の意識が完全に雷光隊へ移ったのを見計らい、俺はエアリアルをルーク兄さんの傍に降ろした。
「ルーク……兄さん……」
 血まみれの彼は意識がなかった。応急処置はしたいが、女王が暴れまわっているこの場所では危険だ。自分の長衣で包んで抱え上げるとエアリアルに託し、その背に跨るとこの場から離脱する。
 ふと、視界の端に村が映る。門の傍らにある見張り台に人が立っていて手招きする様に手を振っている。その合間に襲ってくる妖魔に矢を放って応戦していた。既にドミニク卿が彼等に気付いてその手助けをしている。
 あの村の中でなら応急処置も可能だろう。エアリアルに行こうと促すと、否定的な答えが返ってくる。ルーク兄さんの命もかかっているし、あの村以上の場所はない。強く命令すると、渋々といった様子で村に降り立った。
「こちらへ」
 村の中には他に覆面の男達がいた。ルーク兄さんをさらった仲間みたいだが、敵意は感じない。女王の出現で一時休戦でもしたのかもしれない。不安なのかエアリアルは落ち着かない様子で抱えているルーク兄さんをなかなか放そうとしなかった。
「警戒するのは分かるが、一刻を争うのは分かるだろう?」
 見張り台で手を振っていた人物がエアリアルに話しかけるが、飛竜は敵意を隠そうともしない。人懐っこく、穏やかな性格の飛竜がここまで忌避きひ感を露にするとは珍しい。けれどもこのままではルーク兄さんの命が危うい。
「エアリアル、時間がない」
 俺の説得にようやく飛竜は折れてルーク兄さんを離してくれた。意識のない彼を覆面の男達が簡易の担架に乗せて近くの家の中に運び込む。暖炉に火の気が残っていたのか家の中は暖かい。奥の寝台にルーク兄さんを寝かせ、巻き付けていた長衣を剥がし、女王の攻撃を受けてボロボロになった装具を外した。
 全身至る所に傷やあざがある。特にひどい右肩と右足の傷は香油で清めて止血を施し、骨折している左腕には添え木を当てて固定する。手慣れた様子で覆面の男達は手早く作業を終えていた。
 苦し気なルーク兄さんに水を飲ませ、シーツと毛布で体を包む。更にはエアリアルの装具の中にあった金具付きの防水布で包み、再び担架に乗せて外へ出る。

グッグッグッ

 外で待たせていたエアリアルは随分不機嫌だった。彼をなだめながらルーク兄さんを前足で抱えてもらい、落下防止に防水布の金具と飛竜の装具の金具をつなげる。ついでに少しでも身軽になる様に係員が補充してくれた弓矢などの武具を外しておく。俺が見る限り見張り台にいる男はかなりの腕の持ち主だ。増援が来るまで有効活用してもらおう。
 準備が整い、俺はすぐにエアリアルに跨る。そして飛竜を飛び立たせる。村の外では怒り狂う女王にラウル卿とシュテファン卿が対峙し、他の妖魔達が逃げ出さないように他の3人が牽制していた。
「離脱します」
 飛竜を通じてそう宣言すると、飛竜に行先を告げる。目指すは俺が知る限りこの国で最も腕のいい医者が揃っている場所だ。目指すはワールウェイド領の薬草園。グルースさんだけでなく、現在は現役を退いたバセット爺さんもいる。
「行こう、エアリアル」
 エアリアルの速度がグンと上がる。俺はその速さに備え、飛竜の背中にしがみついた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

●シュテファン


 怒り狂う女王に我々は一斉に矢を射かけたが、それでも倒れ伏す隊長に狙いを定めたままだった。業を煮やしたラウルが飛竜に女王の顔面を蹴らせるという荒業を繰り出した。

ギャオォォォォ!

 続けて自分も飛竜を突っ込ませたが、相棒の蹴りは僅かに逸れて女王の頭を小突く形となった。更に続けて他の3人が矢を射かけたおかげで、ようやく女王の意識を自分達へ向けさせることに成功する。
こうして我々が女王を引き付けている間にティムがピクリとも動かない隊長を保護し、近くの村へ移動した。
「女王は俺とシュテファンが対峙する。3人は他の妖魔を牽制しろ」
 妖魔の数を考えたら無茶な要求なのは分かっている。それでもこれだけの数の妖魔をこれ以上先に進ませるわけにはいかなかった。この先にはまだ村もあるし、比較的大きな町もある。そこへ至る街道や橋が壊れてしまうと、復旧に時間がかかってしまう。隊長が単独で女王に挑むというとんでもない無茶をしたのも、その辺を憂慮しての事だろう。倒れられてしまった隊長に変わり、部下の俺達がその仕事を引き継ぐのだ。
「分かりました」
 ラウルの指示に従いアルノー達が散開する。そんな指示を与えている間も女王は俺達を狙ってくるので、その攻撃をかわしつつ左右に分かれた。ラウルに向かって行けば自分が、自分に向かってくればラウルが攻撃を仕掛ける。この辺の阿吽の呼吸はこの3年ほどの間につちかったものだ。
「離脱します!」
 我々が女王と相対している間に隊長の応急処置が終わったらしい。エアリアルに跨ったティムがそう宣言して離れていく。隊長の容体は気になるが、彼等が向かったのはワールウェイド領の薬草園。あそこには国内屈指の医者が揃っている。任せておけば大丈夫だろう。これで心置きなく暴れられる。
だが、たった2人で女王を倒すことは無理だ。今はとにかく本隊が到着するまで時間を稼ぐしかない。
「最初に到着するのはどこですかね?」
「まあ、第6は無理だろう」
「ヒース卿が来てくれるとありがたいですよね」
「難しいだろうなぁ……リカルド殿も仕事が早いからワールウェイドが先に来るんじゃないか?」
 順に攻撃を繰り出しながらラウルとそんな会話を交わす。決して余裕があるわけではない。過去に巣の掃討で女王とも対峙したことはあるが、こうして気を紛らわさないと女王の圧力に屈してしまいそうだった。

ゴッゴウ

 覆面の男達がいる村の防備に手を貸しているドミニクの相棒が南の空に向かって挨拶をする。待ちに待った援軍が到着したのだ。だが、ホッとしている暇はない。援軍がここへ到着するまで、自分達は怒らせてしまった女王の攻撃を躱し続けなければならない。
 到着したのはヒース卿率いるフォルビアとワールウェイドの先鋒隊だった。その数はおよそ10騎。内乱前では実現不可能な編成は、ラウルと自分の予想をはるかに超えていた。
「後は我々が引き受ける。雷光隊は少し休め」
 ヒース卿の申し出をありがたく受けることになり、飛竜を休ませる為に自然と集まったのは近くの村だった。5人の覆面の男達がせわしなく動き、見張り台には近づいてくる妖魔に備えて弓を構えた男が立っている。近づいてくる妖魔に対して矢を放っているのだが、どれもがその弱点を正確に射抜いていた。かなりの腕の持ち主の様だ。覆面の男達と共にいると言うことは彼も古の砦を襲った賊の関係者だろう。それだけの腕があれば兵団でも相応の地位に就けたはずで、何だかもったいないと思えてならなかった。
「さて、そろそろ行くか」
 ヒース卿を中心に上級の竜騎士5人が女王と対峙している。危なげない戦いはしているが、それでもなかなか攻撃は通らない様子だった。十分休んだとは言い難いが、それでも本隊到着までもうひと踏ん張りだ。相棒にお伺いを立てると問題ないと答えが返ってきた。先ずはラウルが相棒を飛び立たせ、自分も気合を入れなおすと女王と対峙するべくそれに続いた。
 やがて、南からフォルビアとワールウェイド合同の本隊が到着。それから少し遅れて西からオイゲン卿率いる第6騎士団も到着した。その後も北からも東からも援軍が到着し、巣一つ分の妖魔は次々と駆逐されていった。
 そして、最後に残った女王もヒース卿が繰り出した槍が止めとなって息絶えた。完全に無に帰ると、その場にいた竜騎士達全員から雄叫びが上がった。



 既に日は暮れていた。一時休息のため、仮の本陣に設えられた村に戻ると、村の防備に徹していたドミニクが小走りに駆け寄って来た。
「お疲れ様です。彼がどうしても話を聞いて頂きたいと言っていますが……」
 ドミニクの視線の先には先程見事な弓の腕前を披露した男が立っていた。しかし自分達は隊長が運び込まれた薬草園へ向かうつもりだったため、どうしたものかと思案する。
「一息入れながら聞ける範囲で聞いてみればいいのではないか?」
 横からそう口を挟んできたのはヒース卿だ。終始女王と対峙し続けた彼も随分と疲労の色がにじみ出ている。自分も一息入れるからついて来いと半ば強制的に自分達と男をヒース卿に用意された天幕に連れて行く。
「ご配慮に感謝します」
 男は足が悪いらしく、杖をついて歩いていた。ヒース卿はそんな彼の為にわざわざ座りやすい椅子を用意させた。その配慮に感謝し、驚いたことに彼は騎士の礼をとった。
「自分は第2騎士団所属の元竜騎士、ダミアン・クラインであります」
 そのまま名乗った彼の名で更に驚き、思わずラウルと顔を見合わせた。


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次はオリガ視点だけど本編に戻る予定。またちょっと話が前後しますけどご容赦を。
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