群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第11話

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 体内時計ではまだ昼に早い時間に次の村に着いた。やはり避難対象となっているらしく人の気配は無い。この3年の間に叩き込んだフォルビアの地理と進んだ距離から推測すると、今日は西ではなく北へ進路が変わっている。あくまで俺の推測だが、これだけ西に進んだ場所にもう村は無いのと、最も危険な第1警戒区域に入ってしまうことから判断したことだ。おそらく城壁からある程度の距離を保った状態で北上しているのだろう。
 荷車が止まり、降りるよう声をかけられる。朝方よりもまだましだが、外はまだ雪が降っていて寒い。毛布もかぶり、男が指示した家の中に入った。この家も昨夜泊った家と同じように、台所と寝室からなる構造をしていた。
「出立するときにはまたお声をおかけいたします」
 相変わらず顔を隠したままの男はそう言って扉を閉めた。気配からのみの判断だが、昨夜から応対している男で間違いなかった。他の男達は必要以上に俺に接しようとはしないので、もしかしたら入れ替わっている可能性もある。
 それでも極寒期の移動は馬も人も体力を消耗する。がむしゃらに進まず、こうして休みを入れながら移動することから察するに先は長いのかもしれない。行先は見当がつかないが、早く解決しなければ討伐にも影響が出てしまう恐れがあった。
 家の中は暖炉に十分な薪がくべられていて暖かく、俺はまとっていた毛布や長衣を外す。装具は迷ったが、明確な出立時間が分からないので外すのを止めた。家の中を検分してみたが昨夜の家同様窓という窓には外側から板が打ち付けられている。まあ、予想通りだ。
 そして台所の食卓には具沢山のスープが用意されていた。味見をしてみると少し薄味だったがまだ温かい。毒を入れられている様子もなかったので、あっという間に完食した。荷車が着いてすぐにこれだけの準備が整えられているということは、先行して準備をする係がいるのかもしれない。
「エアリアルも休憩してきていいんだよ」
 休憩が必要なのは飛竜も同じだ。律義な彼はまだ上空で待機している。彼に一度戻ってこの場所を教えて来るようにうながすと、了承したらしい飛竜の気配が遠ざかっていく。少し心細いが、それでも飛竜が体調管理の方が重要だ。俺は寝台に座って壁にもたれ、そのまま少し仮眠をとった。



 昼を過ぎた頃に再び出立し、午後にも休憩を挟んで俺を乗せた荷車は先を急ぐように田舎道を進んだ。そして夜が更けるころにこの日の宿となる村に到着した。降りる様に促され、外に出ると、やはり村の中に人の気配はなかった。
「今夜はこちらでお休みいただきます。明朝、出立の折にまたお声をかけさせていただきます」
 男はそう言うと、近くの家の中に入るよう促した。俺が中に入ると、扉は昨夜同様に固く閉ざされる。俺はすかさず、午後からまた俺の後を追ってきてくれていた相棒に戻る様に伝える。名残惜しそうにしばらく上空を回っていたが、再度少し強めに戻れと伝えると、諦めたのかその気配が遠ざかっていく。心が痛むが、飛竜の為にも野外ではなく安全な場所で休んでもらいたかった。
「夕べの様にはいきそうにないな……」
 今夜泊る家は台所と寝室が一緒になっていて、寝台は一つしかなかった。寝具を回収したりするだろうから下手にマットを触らない方が良いだろう。今夜の書付をどこに隠すか頭を悩ませながら、防寒用に巻き付けていた毛布を外し、軍装を解いた。
 今夜は夕餉の他に体が拭ける様に清潔な布とお湯を張った盥、更には着替えまで用意されている。根菜のスープとチーズをのせた薄焼きパンの夕餉を済ませると、お湯が冷めないうちにありがたく使わせてもらった。
 幾分スッキリしたところで、下着だけを変えて元の服を身に付ける。やはり軍装の方が防寒に優れているので手放せないのだ。

勘違いされている。扱いは悪くない。ルーク

 昨夜作った皮の切れ端に苦労しながらもそれだけの文章を書きつける。問題はこれをどこに隠すかだが、床板に隙間を見つけた。今は昼間でも暗く、ましてや窓も外側から完全に板でふさがれている。燭台に火をともしても寝台の陰となって分かりづらい場所なので、竜騎士の資質が無い限りは見つけるのが困難なはずだ。仲間には改めて相棒から伝えてもらえばいい。
 寝るにはまだ少し早い。道具が揃っていないが、それでも出来る範囲で入念に装備の手入れをする。隠し持っているナイフはまだ取り上げられていない。数を確認し、手入れを済ませると、また元の様に装備の中に隠した。そして凝り固まってしまった体をほぐしてから寝台に潜り込んだ。



 そんな好待遇の移動が3日続いた。休憩を挟みながらの為、1日の行程はそれほど長くはないが、それでも俺の予測ではフォルビアの北、ワールウェイド領の南西まで来ていた。
 前夜は村ではなく、常駐する神官がいない準神殿での宿泊となった。こんなところも利用出来るところから推察しても、やはり背後には大きな組織が関わっている事をうかがわせる。
 パンとスープといういつもと変わらない朝食を済ませ、呼びに来た男に促されて外に出ると、今日はいつもの荷馬車ではなく馬が用意されていた。フード付きの長衣と温石を渡され、これといった説明もなく馬に乗る様に言われた。
 相変わらず皆顔を隠しているので気配のみでの判別になるが、同伴する男たちの顔ぶれが一度変わっている。前の男達に比べ、更に言葉数が少なくなったような気もする。
「よろしくな」
 指定された馬に軽く挨拶を済ませてから鞍に跨《またが》る。騎士団や騎馬兵団で扱っている馬ほど調教されてはいないらしく、幾分か気性が荒い所がありそうだ。そんな仮の相棒を宥めつつ、先導する男の後についていく。
 俺を中心にして5騎の騎馬が取り囲む。しばらくはそのまま街道を進んでいたが、やがて雪深い山の中へと道をそれた。道と言っても地元の猟師が通るような、獣道と言っても過言ではない細い道だった。荷馬車から騎馬に変わったのも頷ける。
男達は慣れた様子で馬を駆るが、俺もそれに遅れずについていくので少しばかり驚いていた。まあ、竜騎士たる者、このくらいは出来て当たり前なんだけど……。
 点在する猟師の休憩所らしい小屋で休息をとりながら山道を更に2日進んだ。ワールウェイド領の西側に連なる山地にいるのだろう。おおよその感覚だがアルノーの故郷ドムス領の近くにいると推測している。
「疲れたな……」
 この日の宿も猟師の休憩所らしい山小屋だ。一部屋しかないので、当然男達も一緒に雑魚寝するしかない。気は休まらないし、十分に休めないので疲労はかなり蓄積していた。それでも音を上げるわけにはいかなかった。ここは正念場だと自分自身に言い聞かせ、少しでも疲れをとろうと与えられた毛布に包まった。
 翌日も夜明け前に出立となった。フード付きの長衣をかぶり、ひたすら山道を進んでいく。ただ、今日は下山する予定らしく、下る道が多い。雪が積もっているので、気を付けてやらなければ馬が足を痛める。細心の注意を払いながら馬を先に進めた。
 やがて獣道のような山道から整備された街道に出る。そのまましばらく進んだ先に村が見えた。相変わらず人が生活をしている気配がないことからここの住民も避難中なのだろう。
「こちらで休息して下さい」
 一団のまとめ役らしい男が一軒の家に入る様に促す。俺は馬から降りると、大人しく指示に従った。最初の夜に泊ったような台所と寝室が仕切られている田舎家だ。暖炉には火が炊かれ、食卓に昼食の支度もしてある。山小屋に泊っている間は携帯食しか出なかったので、こういった温かい食事はありがたかった。
 だが、食事に飛びつく前に羽織っていた長衣と軍装を解いて楽な服装になる。山小屋では男達も一緒だったので、軍装を解くことができず、色々ときつかった。特に匂いが……。昼の休憩だからあまり時間は無いだろうが、せめて昼食は楽な服装でとりたかった。
 体が楽になったところで食卓に付く。毒は……心配なさそう。ありがたく感謝を込めて久しぶりのまともな食事を平らげた。すぐに軍装を纏うか迷ったが、もうちょっとこのまま楽な格好で居たくて寝台に座り、壁にもたれて仮眠した。



 にわかに外が騒がしくなって俺は目を覚ました。出立の準備が整ったのかと思い、急いで軍装を纏った。だが、今までになく騒がしい。よく耳を澄まして聞いてみると、何やら偉そうに命令している男の声とそれを制止している声が入り混じっている。どうやらもめているようだ。その声は段々俺がいる家に近づいて来て、いきなり扉が開け放たれた。
「お迎えに上がりましたぞ、ゲオルグ殿下。気の利かない者どもにこのようなむさくるしい場所に押しこめられてさぞやお疲れでございましょう。おもてなしの準備を整えてございますので、このスヴェン・ディ・ドムスの屋敷に参りましょう。そして国主として立つ準備を進めましょうぞ!」
 そう元気良く入ってきたのは小太りのおっさんだった。ドムス……ということはアルノーの親戚か? いや、更迭された先代の方の縁戚かもしれない。小物感があふれ出ているので首謀者ではなさそうだが、それでも今回の一件に深くかかわっていそうだ。
「残念だが、俺では貴公の期待には応えられないな」
「な……な……何で貴様が……」
 どうやら相手は俺を知っていたらしく、顔を見て固まっていた。どうやら潮時の様だ。残念ながら今日はまだエアリアルの気配を感じないが、どうにかなるだろう。
「何でと言われても、招待してくれたのはそちらだが?」
 皮肉を込めて言い返すと、スヴェンと名乗ったおっさんは何かをわめきながら外へ駆け出していく。扉にカギはかけられなかったので、俺はゆっくりとその後を追う。現在、この村の中に感じる気配は10余り。各個撃破すれば独力でもこの場にいる男達を制圧するのは可能だ。
 外に出ると、スヴェンと覆面の男達がもめている。そこへ馬に跨った男が現れた。フードをかぶっていて容貌はまだ分からないが、竜騎士に匹敵する気配を感じる。強敵だ……と思うと同時に誰だかは思い出せないが覚えがある気配だった。
「勝手に動くなと言ったはずだ」
 男はスヴェンに冷たく言い放つ。なかなかの威圧感だが、スヴェンは臆することなく男に詰め寄った。
「偉そうに言っておいて人違いではないか!」
 スヴェンが俺を指さすと、つられて男が俺の顔を見る。少し距離が離れていたが、それでもフードに隠れていた顔が判別できた。
「何故、ルークがここにいる?」
「……それは俺の台詞です、ダミアンさん」
 そこにいたのは、7年前、ゼンケルで自殺したと伝えられたダミアンさんだった。


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思わぬ再会!
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