群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第8話

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「どういうことですか!」
「承服できません!」
 詰め所に集まった部下達に隊長職を返上した経緯を話すと、案の定ラウルとシュテファンに詰め寄られた。2人とも目が座っていてちょっと怖い。思わず仰け反りそうになるがどうにか耐えた。
「この案件が解決するまでの一時的な措置だ」
「それでもです」
 熱量が上がったラウルが俺の机に手をついて更に間を詰めてくる。間近に彼の顔が迫ってきているのだが、相変わらずいい男だ。彼が結婚を急いだのも、婚約者がいると言っても言い寄る女性が後を絶たなかったからだ。
「聞いていますか? 隊長!」
 現実逃避していたのがバレていたようだ。気を取り直し、一旦席に戻る様にうながす。ラウルもシュテファンも熱くなりすぎたと思ったのか、大人しく指示に従った。
「正直に言って今回の事、俺も腹を立てている。出来ることなら自分の手で解決したいが、疑惑を持たれている以上関わるのは無理だ」
「……疑惑を向けられること自体がおかしいと思うのですが?」
 怒りを抑えているのか、唸る様にシュテファンが口を挟む。ラウルも口こそ挟まなかったが、その表情から同意見の様だ。一見、大人しくしているように見える他の隊員も全員が怒りをこらえている様子だった。
「もちろんだ。俺もアジュガも密輸に関わるようなことはしていないと断言できる。ただ、金具の出どころが説明できない限りはこの疑惑は残ったままだ。そちらの方はロベリアから派遣される人員が調べてくれるだろう」
「捕えた密輸団から話を聞けるでしょうか?」
 現状、今の俺達が持っている情報はギルベルト卿とウルリヒ卿から伝えられた内容だけだ。嘘、偽りはないにしても、全てではないだろう。受け入れてくれる第6騎士団がどこまで自由を許してくれるかは分からないが、直接話を聞ければ新しい発見があるかもしれない。
「交渉次第だろう。方法は任せるから、先入観無しの情報を手に入れたい。シュテファン隊は北部に駐留して連絡網の役割を果たしてくれ」
「……分かりました」
 渋々と言った様子でシュテファンは了承する。単に派遣されるのがラウル隊に決まったのが不満なのではなくて、俺が隊長職を返上したのをまだ納得しきれていないのだろう。
 「鉄腕のアイスラー」を父親に持つラウルやドムス家の嫡男であるアルノーがいれば、俺ほど風当たりが強くはならないはずだ。ほぼ同格でありながらラウル隊の派遣を決めたのも、その辺りの知名度を考慮しての事だ。
 一方のシュテファンはフォルビア出身ということもあってフォルビアの騎士団からの信頼も篤い。彼であれば俺が不在でもフォルビアの竜騎士達を纏めることは難しくないだろう。要は適材適所なのだ。
「隊長はどうされるのですか?」
 不安気に質問してきたのはアルノーだ。他の若い竜騎士達も一様に不安気な視線を向けている。
「事態が好転するまでジグムント卿の下にいる。この案件に俺は一切かかわらないからそのつもりでいてくれ」
 途中経過が気にならないと言えば嘘だ。だが、中途半端に話を聞いてしまうと己の性格上どうしても首を突っ込みたくなるので、情報を遮断するためにフォルビア城を出ると決めていた。ただ、気になる事もある。
「ヒース卿やリーガス卿とも話をした結果、カルネイロの残党が関わっている可能性があると意見が一致している」
 夏にアレス卿からカルネイロの残党がタランテラに向かっていると言う情報がもたらされていた。ロベリアと協力して警戒に当たっているのだが、今のところそれらしい動きは見当たらない。今回、密輸団が摘発されたと聞き、もしやという思いがあった。金の為なら何でもしていたあの商会は、当然密輸も行っていたからだ。
「一筋縄とはいかないと思う。十分注意して行動してほしい」
 カルネイロと聞いて皆、神妙に頷いている。どうやら平静を取り戻してくれたみたいだ。
「ラウル達は客人達が自団に戻る時に同道してくれ。シュテファンは準備出来次第待機。俺は明日にでも移動するから、その後はそれぞれの隊長の指示に従うように」
「……分かりました」
 ラウルやシュテファンは悔しさをにじませながら返答した。他の隊員も同様だ。俺は解散を言い渡すと自室に戻った。先ずは今回の経緯をしたためたオリガ宛ての手紙を書き上げ、それから荷物を纏める。元々大した私物を置いていないので荷造りに大した時間はかからなかった。そして荷造りを終えると、俺は翌日に備えて早めに寝台へ潜り込んだ。
 翌早朝、荷物を積んだエアリアルを伴い城の着場に向かうと、部下達だけでなく城に駐留するフォルビアの竜騎士全員が見送りに来ていた。律義な彼等に思わず苦笑する。
「大げさだな」
「我々はまだ、貴方様が疑われていることに納得できていません」
 代表して答えたのは旧フォルビア騎士団を率いているシュテファンの父親だ。あの後ヒース卿から話を聞いてわざわざ全員を集めたのだろう。
「仕方ないさ。俺はあちらで下手に首を突っ込まない様大人しくしている。後の事は任せた」
「お任せください」
 事件の事はともかく、討伐に関しても技量は既に申し分なく上達している。俺は後事を彼等に託すと、相棒の背に跨った。本当は何人かが同道を申し出てくれたのだが、自分の職務を優先するように諭して丁重に断った。まあ、それは建前で本当は1人で飛びたかっただけだが……。
「敬礼!」
 出立する俺と相棒をその場にいる全員が敬礼して送ってくれた。隊長の権限を失って城を去るのだから左遷と同義であるはずなのだが、いいのだろうか? 気恥ずかしい思いをしながらも俺はフォルビア城を後にした。



 久々の単独での行動が楽しくて、つい遠回りして古の砦へ向かった。駐留する傭兵団は朝の鍛錬が終わったところで、到着した俺をジグムント卿が出迎えてくれた。
「しかし、君が隊長の権限を返上すると聞いた時には本当に驚いたぞ」
「犯人と決めつけられて、腹が立ったんでつい……」
「それでどうしてそうなるのかが疑問だが、まあ、俺達としては最高の助人が来てくれて非常に助かる」
 団員達がエアリアルを引き受けてくれたので、荷物を抱え、自ら案内してくれるジグムント卿の後に続く。一旦兵舎に立ち寄って簡単な手続きを済ませ、居住区へ足を踏み入れた。
「ルーク卿」
 呼び止められて振り向くと、神官服に身を包んだゲオルグが立っていた。討伐期の準備もあって直接会うのは久しぶりだ。普通に挨拶をしようとしたのだが、神官服の頭巾からはみ出ている白髪を目の辺りにして言葉を失った。
「ああ、気を使わせてしまいましたね」
「いや、大丈夫だ」
 もうこういった反応に慣れてしまったのだろう。冗談めかしながらなるだけ白髪が目立たない様、頭巾の中へ納めた。
「立ち話もなんだ。荷物を片付けてからゆっくりしたらどうだ?」
 ジグムント卿が気を利かせて声をかけてくれたおかげで我に返り、俺もまだ修養が足りないと反省した。ゲオルグに後でうかがうと約束し、ジグムント卿に部屋への案内を再開してもらった。
 用意してもらった部屋はゲオルグの部屋のすぐ隣だった。「あまり綺麗じゃねぇが勘弁してくれ」とジグムント卿は言うけれど、必要最低限の家具は揃っているし、掃除も行き届いている。昨夜、俺が逗留することになったと連絡が来てすぐにゲオルグが掃除をしておいてくれたらしい。自分の自由時間を削ってしてくれたはずなので、後で礼を言っておこうと思った。
「まあ、今日はゆっくりしていてくれ。夕食の時に明日の計画を伝えるから、それに遅れないで来てくれ」
「分かりました」
 砦を管理する立場だから忙しいのだろう。ジグムント卿は連絡事項を伝えると、すぐに兵舎へと戻っていった。その後姿を見送ると、俺は持参した荷物を広げた。
 元々、持参した荷物は少なく、片づけはすぐに終わった。今日は自由に過ごしてもいいと言ってもらえたので、約束通りゲオルの作業室へ向かった。
「意外と早いな。ちょっと待っててもらえるか?」
 ゲオルグは香油を作る作業の真最中だった。これから討伐期に入ればいくらでも必要になってくる。砦で安く仕入れた油を彼が加工し、その手間賃をもらって生計を立てていた。少ないながらも自力で収入を得られるようになったのが自信につながったようで、その姿は今までにないくらい生き生きとしている。
 勧められた椅子に座って待っていると、ほどなく作業が終わったようで、小さな机を挟んだ向かいに彼は座った。
「ふぅ……やっと終わった」
 やれやれと言った様子で彼は頭巾を外す。白髪があらわとなり、俺はその姿を改めて見て絶句する。彼は未来に禍根を残さぬよう、婚姻をしない誓いを立てていた。しかし、今回のカルネイロの残党の話を聞き、それでも不十分だと思ったらしい。
 性的欲求は抑えるのが難しい。もし、女性を送り込まれたらあらがえないだろうと危惧したらしい。もちろん、何もないかもしれないが、自身の決意を揺るぎないものとするために神殿に伝わると言う劇薬を飲んだのだ。男性の機能を失う薬は毒と言っても過言ではないらしい。その副作用により、彼はいちじるしく視力が低下し、髪の色が抜け落ちていた。
「後悔はしてない。これが俺なりのあの方への忠誠だ。除籍された後だけど、これでようやく皇子と呼ばれていた頃の責任を果たしたような気がする」
 胸を張る彼からは並々ならぬ決意を感じた。その決意に対し。俺は騎士の礼をとって敬意を示した。


 その後はゲオルグが淹れてくれた特製のハーブティーを頂きながら、今回の経緯を改めて説明した。その潔さは俺らしいと呆れつつも褒めて……多分褒めてくれた。
 そこへ突如、慌ただしい足音と共に作業室の扉が開かれる。もしかしてもう妖魔が出たのかと身構えると、そこには息を切らしたティムが立っていた。
「ルーク兄さん! 一体どういうことか説明してください!」
 ……ちょっと失念していたが、ここにも説明責任を果たさなければならない相手がいた。

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