群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第4話

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「子守りがあんなに大変だったとは思わなかったよ」
 ウォルフが幾分かげっそりとした様子でそう俺に愚痴をこぼしたのは、フォルビアに到着した翌日の昼の事だった。到着したのは深夜。10日間強行軍だったので、簡単に引継ぎを済ませると俺はそのまま寝台に倒れ込んでいた。目が覚めると既に昼で、空腹を満たそうと食堂行くとちょうどウォルフも食事中だったのだ。相席させてもらうと挨拶もそこそこに飛び出したのが先程の愚痴だった。
「大変だったみたいだね」
「子育てをしている世の中の全てのお母さんを尊敬するよ……」
 大げさに聞こえるかもしれないけれど、俺も同感だった。俺もエルヴィン殿下達の相手をしたことがあるからよくわかる。とにかく大人しく座っている事が無いのだ。生真面目な性格も災いし、悪い事をしても遠慮がでてなかなか注意出来なかったのだろう。
「まあ、お疲れ。今日はもういいのだろう?」
「うん……」
 ウォルフはホッとした様子で冷めたお茶を一口飲んだ。元々、陛下の西方地方の視察が終わるまでという約束で彼は子守りを頼まれていた。視察も無事に終わったので、彼もようやくお役御免と言ったところだ。
「午後から出かける。一緒に来てくれ」
 俺は今日と明日は休養し、明後日の朝アジュガに向かう予定になっている。オリガは明日まで仕事なので俺は鍛錬以外にする事は無かった。この空いた時間でウォルフを連れて行きたいところがあるのだ。
「構わないけど、いったいどこへ?」
「君が一番会いたい人の所だ」
「……本当に?」
「うん。許可は出ている」
 俺の意味深な言葉だけでウォルフは全てを察したらしい。その彼が一番会いたがっている相手というのは古の砦に幽閉中のゲオルグの事だ。ウォルフはゲオルグがまだ皇子と呼ばれ、やりたい放題をしていた頃に側仕えをしていた。
 そのゲオルグも内乱を機に改心し、贖罪の為に生涯幽閉の身となることを受け入れた。政治的な理由で限られた者しか彼の居場所は知らされていないのだが、そんな彼にウォルフは年に一度差し入れを送っている。
 今回、ウォルフがフォルビアへ来るにあたり、彼が唯一希望したのがゲオルグとの面会だった。陛下の一存で決められないこともあり、希望が通るか分からなかったが、いくつかの条件付きで許可が下りたのだ。
「分かった。すぐに準備する」
 さっきまでげっそりしていたのが嘘の様にウォルフは急に元気になり、急いで残っていたお茶を飲み干して食器を片付ける。俺はまだ食べ終わっていないんだけど……。
「準備が済んだら俺達の詰め所へ来てくれ」
「分かった」
 こちらから声をかけておいて遅れるのも何だか申し訳ない。上機嫌で食堂を出ていく彼に俺はそう声をかけると、俺も大急ぎで残りの食事を平らげた。
 
 

 フォルビア城の一角にある騎士団棟に俺達の大隊専用の区画があった。単に俺の部屋の近くに他の隊員の部屋を集めただけなのだが、空き部屋の一つを詰め所として使っていた。
 食事を終えた俺がその詰め所に行くとまだウォルフは来ておらず、部下のコンラートとドミニクが装具の手入れをしていた。
「お疲れ様です!」
 コンラートとドミニクはわざわざ立ち上がって俺を迎えてくれる。出かける旨を伝えると、すぐにドミニクがエアリアルの装具を整えに詰め所を出て行った。今日はこのまま彼が俺の外出に同行してくれるらしい。
 それからほどなくして箱を抱えたウォルフが詰め所にやって来た。物珍し気にキョロキョロとしている彼を促して着場へ向かうと、既に飛竜の準備は整えられていた。エアリアルの頭をひとしきりなでて今日の挨拶をする。出かけるとあって今日も彼はご機嫌だった。
 ウォルフの荷物はドミニクが預かって彼の相棒にくくり付けられ、ウォルフ自身はエアリアルに乗せて騎乗帯を装着する。騎竜帽をかぶり、俺もエアリアルに乗ろうとしたところで、着場にオリガが姿を現した。
「ルーク、良かった間に合った」
「オリガ?」
 俺が慌てて彼女に駆け寄ると、彼女は手に持っていた蓋つきの籠を俺に差し出した。
「差し入れよ。あちらで食べてね」
「分かった。ありがとう」
 籠を受け取る時に皇妃様のお計らいだとこっそり教えてくれる。籠の重さからして陛下からの差し入れも入っているはずだ。立場上ゲオルグへの援助を公然とできないお2人の苦肉の策だろう。俺は了承とばかりに彼女の額に口づける。そしてわざわざ持ってきてくれた籠をエアリアルに固定すると、俺はようやく相棒の背にまたがった。
「じゃ、行ってくる」
 見送ってくれる彼女に手を振り、俺は相棒を飛び立たせる。昨日までの強行軍で疲れているのではないかと思ったが、案外平気な様子だ。逆に一緒に飛べるのを喜んでいる。まあ、それは俺も同じだけれど。



 古の砦はフォルビアの南西にある岩山の上にある。建国当初に建てられたものだが、手狭となって長年放置されていた。堅牢なので、非常時に避難場所として使われていたのだが、内乱を機に見直され、現在はジグムント卿率いる傭兵団が駐留の拠点として使用している。
内乱終結後はジグムント卿がゲオルグの身柄を預かることになったため、この砦に身を置いている。幽閉の身ではあるが、砦内の限られた場所なら見張り付きで好きに行動でき、与えられた仕事をしながら基本的な学問を学ぶ生活を送っている。
「おう、よく来たな」
 砦に着くとわざわざジグムント卿が出迎えてくれた。ウォルフの騎乗帯を外して飛竜の背から降ろすと、彼は真っ先に「よろしくお願いします」と頭を下げていた。その間に俺は荷物を降ろし、相棒をドミニクに預けた。
 予め決められていた条件として砦に滞在する時間は限られていた。荷物を抱えた俺達はジグムント卿の案内で着場から砦の奥へ足を踏み入れた。
 砦は大雑把に3つの区画に分かれている。先ずは岩山のふもとから石段が続く前庭に面した来客用の区画。非常時に領民を受け入れたり、春から秋にかけては傭兵目当てに訪れる行商人が滞在したりする。
 次に竜舎と兵舎の区画があり、傭兵達が鍛錬する練武場や装備の手入れをする小さな工房を供えている。そして最奥にあるのが居住区。ゲオルグが自由に過ごすことが出来るのがこの居住区だけとなっている。
 俺達が通されたのは居住区にある小さな部屋。普段はゲオルグが砦に住み込んでいる老神官から読み書きを教わっている場所らしい。よく見ると奥には小さな祭壇も設置されている。
「ウォルフ!」
「ゲオルグ様」
 小部屋の中で既にゲオルグは待っていた。2人は駆け寄ると抱擁を交わす。内乱を平定した直後以来だからおよそ2年ぶりの再会だ。あの時は取り巻きの2人も一緒だったが、今回はさすがに労役を科せられている彼らまでは連れてくることはできなかった。仕方ない事だけれど。
「立ち話も何ですからの、お座りになられてはいかがですかの?」
 ゲオルグに付き添っていた老神官にうながされ、ゲオルグとウォルフは小さな卓を囲んで座った。俺とジグムント卿は運んできた荷物を降ろして壁際に控え、老神官はペンを手に取る。俺とジグムント卿がその場に立ち会い、会話の記録を残すと言うのか今回の面会に付けられた条件だった。
「いつもありがとうな。無理はしてないか?」
「自分にできることはこれだけですから」
 ウォルフが持参した箱の中身は着替えや日用品の類で、毎年頼まれて俺が運んでいたものと一緒だ。一方、オリガが手渡してくれた籠の中には沢山焼き菓子が入っていた。ここではなかなか甘味を口にする機会は無いのだろう。
 籠ごと手渡すと、ゲオルグは嬉しそうにその焼き菓子を口に運んでいたが、この場では1つだけ口にして後は日々の楽しみにちょっとずつ食べると言って片付けていた。多分、籠の重みで焼き菓子だけでないのは気付いたはずだ。
「神官の勉強を始めたんだ」
 この2年ほどの間で読み書きが上達してきたゲオルグは老神官の手ほどきで神官になるための修行も始め、自家栽培したハーブで香油も作っているらしい。幽閉の身なので正神官にはなれないが、ここで国の安寧を祈りたいと言っていた。
 変われば変わるものだ。俺が飛竜レースに出場した年の夏至祭で騒ぎを起こした同一人物とはとても思えない。きっかけがあれば人は変われる。そう実感した。
 一方のウォルフは古書に埋もれる生活の様子を語っていた。上司は偏屈な爺さんだが、彼の事を気に入って現在は後見人を引き受けてくれている。放っておくと寝食を忘れてしまう彼に強引に休みを取らせたのもこの爺さんだ。
「この間は中庭で行き倒れちゃって、ルーク卿に助けられたんだ」
「何やってんだよ」
 先日の行き倒れていた事件をウォルフが明るく白状すると、ゲオルグは大笑いしていた。普段はこんなに話をしたり笑ったりすることが無いのだろう。2人は笑いすぎて腹が痛いと言っていた。
 仲のいい友人同士の何気ないやり取りが交わされている間に時間はあっという間に過ぎ、面会時間は終わりを迎えた。ゲオルグは帰るウォルフと俺を居住区の境まで見送ってくれ、別れ際に自分で作ったと言う香油の瓶が入った箱をウォルフに手渡していた。
「できればあの方にも……」
 それだけでウォルフにも通じたらしく、彼は快く引き受けた。2人は固く握手を交わし、「また会おう」と約束して別れた。


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実はルークの外伝を書こうと思いついた時、当初予定していたのはこの3章のお話だけでした。
言わばメインのお話になるわけで、他の章に比べて話が長くなる予定。
ここで更にぶっちゃけると終章も含めて全6章を予定しております。
ちなみに連載開始から1周年。
これからもよろしくお付き合い頂けたら幸いです。
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