群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第3話

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 酒席の帰りにウォルフと会った2日後の早朝、練武場で鍛錬をしていると、先日よりも血色が良くなった彼が俺を訪ねてきた。皇都にいる時はたいていこの時間帯に俺達が鍛錬をしているので、今日もいるだろうと見当を付けて来たらしい。
「ウォルフか、久しいな」
「へ、陛下!?」
 今朝は夜明けとともに皇都を出立されたアレス卿を見送られた陛下が俺達の鍛錬に飛び入りで参加されていた。もっとも、俺達が皇都にいる間はよくある事なのだが、そのことを知らなかったウォルフは驚いてその場でひざまずいた。
かしこまらなくていい。ルークに用があるのだろう?」
 そうお声をかけられるが、無理な話だろう。ともかくこのままでは話ができない。俺は部下達に一旦休憩を言い渡し、ウォルフも遠慮せず加わるよう促した。
「で、決まったのか?」
「ああ。迷惑になるだろうが、自分もアジュガに同行させて欲しい」
「迷惑ではないよ。歓迎する」
 吹き出す汗を拭いつつ、オリガが沢山作って持たせてくれたハーブ水で喉を潤す。既にオリガにも話して了承を得ているし、ラウルもシュテファンも快諾してくれている。
「ただ、俺達は明後日から陛下の視察に同行するから、それが済み次第部下の誰かを迎えに行かせる」
 アルノーとコンラート、そして昨年配下に加わったドミニクとローラントはもう一歩も動けない様子で練武場の床に座り込んでいる。そんな彼等に上司であるはずのラウルとシュテファンがハーブ水を配っていた。
「でも、それじゃ迷惑に……」
 予想通りの反応が返ってきた。今回の視察は国の西方地域へ10日程の予定で組まれていた。竜騎士のみで編成し、護衛は俺達雷光隊の他に第1騎士団の1小隊が同行し、更に現地では案内役として第6騎士団員が加わる予定になっている。
 一方で皇妃様はお子様方を連れて自領であるフォルビアへ向かわれることになっている。もちろんオリガも同行する。リーガス卿はアレス卿を送って先にロベリアに戻られたので、こちらはヒース卿が率いるフォルビアの竜騎士が護衛を勤める。ちなみにアスター卿は今回皇都で留守役なのだが、昨年冬に生まれた娘が可愛すぎて傍から離れたくないらしい。
 西方地域の視察が終われば、陛下は皇妃様がおられるフォルビアに直行し、数日だがご家族と過ごされることになっている。そして視察が終われば休暇に入る俺はオリガを連れてアジュガに向かうのが元々立てていた予定だった。
 ウォルフはわざわざ迎えに来てもらうことを気にしていたが、視察が終わった時点で何かしらの報告を一旦皇都へ持ち帰ることになる。それは俺の部下の誰かが運ぶことになるだろうから、わざわざ立ち寄ると言うほどの事でもないのだ。
「それでも……」
 丁寧に説明したがそれでもウォルフは迷っていた。遠慮の塊のようなこの男をどう説得しようか思案していると、優雅な仕草で器に注いだハーブ水を飲みつつ、俺達の話に耳を傾けていた陛下が口を開いた。
「ならば、ウォルフもフォルビアに行くか?」
「え?」
 突然のご提案にウォルフは驚いた様子で顔を上げる。
「エルヴィン達に付ける予定だった侍官の1人が急遽同行出来なくなったのだが、代わりがなかなか見つからないのだ。私がフォルビアに着くまででいいから手伝ってもらえると助かる」
「自分で務まりますでしょうか?」
 ウォルフは随分と恐縮しているが、陛下が彼に頼みたいのは子守りだ。2歳になられたエルヴィン殿下はとにかく好奇心旺盛。船でフォルビアへ向かわれることになっているのだが、興味を惹かれれば自分から川へ飛び込んでしまうのではないかと言うくらいお元気だ。
 そしてその殿下お1人ならまだしも、他にフロックス家の3兄弟にリーガス卿の長男も加わる。それぞれの乳母やお付きの侍女もいるが、やはり人手は多いに越した事は無い。そんな説明を受け、ウォルフもようやく納得出来たらしい。
「そういうことでしたら、微力ならがお手伝いさせてただ来ます」
「ありがとう、助かる。詳細はまた追って知らせる」
 話がまとまったところで、侍官が陛下を呼びに来た。朝議の時間が迫っているらしい。陛下は休憩用の椅子から立ち上がると、俺達に鍛錬に付き合った礼を言われて練武場を後にされる。俺もウォルフも部下達も立ち上がり、頭を下げてそのお姿を見送ったのだった。
 そして2日後、皇家専用の桟橋で出立する皇妃様御一行を見送った陛下と俺達は、視察先の西方地域へと向かった。



 タランテラ皇国の始まりがロベリアと言うこともあり、そこから現在の皇都に至るフォルビアやシュタールを含む国の東側に対し、西方地域は開発が遅れていた。陛下の姉君がガウラに嫁いだ時に街道は整備されたものの、グスタフが自分の領地であるワールウェイド領の利権を最優先していた為、それより西は遅々として進まない状態だった。
 今回の視察はそれらの現状を陛下が自分の目で確かめるために計画されていた。ご自身が現役の竜騎士であることの利点を最大限に活用し、時間が許す限り西方地域を見て回る予定となっていた。
「それにしても相変わらず見事な手際だな」
 野営地の設営準備をしている俺達を陛下は感心しながら眺めている。本来ならば砦や神殿に宿泊するのだが、より多くの場所を視察するために予定を組んだため、3日目の今日は野営することになっていた。
 あらかじめ第6騎士団により準備は進められていたが、予定よりも早い到着となってしまったためにまだ設営が終わっていなかった。終わるまで待つつもりでいたのだけれど、あまりの手際の悪さに黙って見ていられず、俺達も設営に加わっていた。
 陛下は冗談めかして手伝おうかとおっしゃるが、さすがに御遠慮頂きたい。先に張られていた天幕に椅子とテーブルを持ち込み、飲み物を用意してお待ち頂くことにした。風通しを良くするために出入り口を開け放っていたので、俺達が動き回る様子を所在なさげに見学しておられた。
「噂には聞いておりましたが、いやはや雷光隊はすごいですな」
 今回、案内係を買って出てくれた第6騎士団長が感心した様子で相槌を打っておられていた。ちなみに引退されて第1騎士団、団長補佐に就かれたブロワディ卿の旧友らしく、俺の事も彼からあれこれ聞いていたらしい。
 第3騎士団では毎年春になると討伐があった場所の調査を行う。何日もかけて野営しながら行うのでみんな慣れたものだ。第6騎士団では違うのだろうか? そんな疑問を抱きながらもせっせと手を動かし続けた。
 その後は大きなトラブルもなく順調に視察は進んでいった。陛下にすり寄ろうとする輩は後を絶たなかったが、まあ、それは予想の範囲内だ。陛下も慣れたもので適当にあしらい、あまりにもしつこい者には一喝して遠ざけていた。おかげでこれまでとは違うのだとはっきりと認識させることはできたのではないだろうか?
 西方地域の最後の視察地として立ち寄ったのはドムス領だった。夏至祭の飛竜レースで2位帰着を果たしたアルノーは凱旋帰郷となる。
「おかえりなさい、若様」
「おめでとうございます」
「あ、陛下、ようこそドムス領へ」
 彼の父親ヘンリックが領主となって2年。領民が陛下そっちのけでアルノーを迎えるところを見てもどれだけ慕われているかが良くわかる。とってつけたような挨拶に陛下も気分を害した様子はなく、苦笑しておられた。
「申し訳ありません、陛下」
「それだけ慕われているということだ。気にしなくていい」
 恐縮するアルノーに陛下は鷹揚に頷かれた。その間にもアルノーは領民……特に子供達に囲まれてもみくちゃにされている。
「そのまま子供達の相手をしてやれ」
 俺がそう声をかけると当人の返事よりも子供達の歓声が上がってどこかへ連れていかれていた。微笑ましい光景に陛下も俺達も自然と笑みがこぼれていた。
「挨拶が遅くなって申し訳ありません、陛下。ようこそお越しくださいました」
 そこへ領民に押しのけられていたヘンリックが前に進み出る。領主になられて2年。自信がついてきたのか貫禄も感じられるようになっていた。
「ご苦労。早速で悪いが案内を頼む」
「畏まりました」
 着いた早々だが、陛下の希望で領内の視察に移る。毛を取るための家畜は山に放牧されていて見ることは叶わなかったが、それでも工房で織物が出来上がる工程を興味深く見させてもらった。
 工房の視察後には試作品を見せてもらった。今までにない軽さと柔らかさに驚いた。陛下も同様で、その感触を確かめている。
「陛下、まだ試作段階で申し訳ないのですが、こちらを皇妃様にお使い頂きたく存じます」
 ヘンリックはそう言って木箱を差し出した。陛下が受け取って木箱を開けると、中にはショールが入っていた。贈り物の類は受け取らないようにしておられる陛下だが、珍しく迷っておられた。
「こちらはまだ試作品です。実際に使って頂き、観想を頂けましたら今後の改良に繋がると考えております」
 ヘンリックの言葉に陛下は少し迷ってからそのショールを受け取ることにされた。何よりも皇妃様への贈り物というのが心に響いたのだろう。
「分かった。それでは改良を重ねてより良いものが出来た暁には真っ先に購入させてもらおう」
 陛下はそう言うと木箱を納めた。皇妃様にいいお土産が出来たのでどことなく嬉しそうにしている。確かにあの軽さと柔らかさは他にはない。これが完成した暁には俺もオリガの為に是非とも購入しよう。あぁ、母さんにも使ってほしいから2枚必要だな。あれが更に改良されたらどんな風に仕上がるのだろう? 何だかとても楽しみだ。
 その後少し休憩をとってから俺達はドムスを出立した。このまま休暇に入るアルノーはまだ子供達に囲まれていたが、みんなで並んで見送ってくれた。
 2年前、ヘンリックを領主に据える英断を下された陛下も平和な光景に安堵の表情を浮かべておられた。こうして有意義な視察を終えた俺達は愛する人達が待つフォルビアへ向かって飛び立った。

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