群青の軌跡

花影

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第2章 オリガの物語

第14話

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回想編、終わりませんでした。(大汗)


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 結局、私が侍女としての仕事を始めたのは10日後だった。本当は熱が下がったらすぐに仕事を始めるつもりだったのだけど、エマさんに止められた。
「今無理をしても、また倒れてしまっては意味がないでしょう? 今回は疲れからくるものだったけど、病気だった場合は他の人にうつしてしまうかもしれない。特に私達がお仕えする女大公様は持病がおありだし、幼い姫様もおられます。気が急いてしまうのかもしれないけれど、今はちゃんと休んで体を治しましょう」
 そうさとされて自分の事しか考えていなかったことに気付かされた。私が恥じ入っていると、「これから勉強していけばいいのよ」とエマさんは優しくほほ笑んだ。
 私が寝込んだことはロベリアにも伝えられたらしく、殿下からお見舞いが届いた時には本当に恐縮してしまった。それを運んできたルークからも別に綺麗な箱に入った砂糖菓子(女性に何を贈っていいのか分からなかったらしく、姫様がお好きな物と同じものを選んだ)に「ゆっくり体を休めてまた元気な姿を見せてほしい」と手紙を添えてくれていた。でも、女性の部屋に入るのは失礼だからと、それらをティムに預けたのは彼らしい配慮かもしれない。
 お礼を言いたかったけど、既に討伐期に入っていてすぐにロベリアに帰ってしまっていた。助けてくれた分も含めて、今度会った時にはちゃんとお礼を言おうと心に決めた。


 ようやく初仕事を迎えた日、他の侍女達に挨拶を済ませると、ティムと共に女大公様の元へ伺うようエマさんに言われた。叔父一家の調査結果を村長さんが領主である女大公様へ報告に来ているらしい。当事者である私達も同席した方が良いだろうと言う女大公様のお心遣いだった。
この館に来た日と同じようにオルティスさんの先導で女大公様が1日の大半を過ごしている居間に向かった。
「女大公様、2人をお連れいたしました」
「おはいり」
 グロリア様の返事があり、オルティスさんに促されて中に入ると、前回同様に奥の安楽椅子に女大公様は座っておられた。前回と異なり、今日は優雅にお茶を飲んでおられた殿下の姿は無い。そして何かと勇気づけてくれたルークも……。代わりにいたのは初めて見る竜騎士らしい人物と村長さんだった。
「体調もういいのかえ?」
「は、はい。ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「体が休息を欲しておったのじゃろう。深く気にするでない」
 私が深々と頭を下げると、女大公様は上品にお笑いになってそうおっしゃって下さった。そして恐れ多くも、私に座って話を聞くようにうながして下さった。女大公様の勧めを固辞できず、私は恐る恐る勧められた席に座り、ティムはその後ろに立った。
「それでは、始めようかの」
 女大公様に促され、村長さんが一礼して報告書を読み上げていく。それによると、殿下の推察通りお金を盗んだのは叔父の弟で間違いなかった。そして詐欺師のもうけ話を真に受けて最初に家のお金を持ち出したのは収穫祭の前日だった。その儲け話を頑なに信じていた男は、すっかりその儲けを当てにして遊び歩くようになり、酒場への付けが溜まっていった。酒場の親父に付けの支払いを迫られ、再び家のお金に手を付けたのは私達が追い出される10日前の事だった。
「両親は弟の仕業と薄々気付いていました。それでもオリガ嬢とティムの所為にして追い出したかったと言っておりました」
「どうして……」
 思わずそう口を挟んでしまうくらい、追い出される理由が思いつかない。そんな私達に村長さんは実に気まずい表情を浮かべた。
「孫娘の幸せを奪われたくなかったと……」
「え?」
 なぜ、そこに従妹が出てくるのだろうと首を傾げると、叔母の義母は私を見初めたという商人の息子に本当は従妹を嫁がせたかったかららしい。しかもその時初めて知ったのだけど、私への縁談は商人の息子だけでなく、村の有力者からもいくつかきていたのだとか。私がいては良縁を望めないと危機感を募らせた彼女は私達を追い出そうと決断したらしい。
「何とも勝手な理由よな」
 女大公様が呆れた様子で感想を述べられる。だが、彼等の身勝手な考えはこれで終わりではなかった。農場を追い出されても行く当てがない私達はどうせすぐに戻ってくるだろうと高をくくっていた。前科があれば縁談も来なくなるだろうし、渋々ながらも迎えてやればその恩で今まで以上にこき使える。そんな打算もあったらしい。
 けれどもルークが私達を保護したことでその全てが狂ってしまった。村に戻った村長から詰め寄られた彼等はとっさに言い繕おうとしたがごまかしきれず、案外あっさりと全てを白状していた。
「して、処分は如何した?」
「不敬罪で騎士団に引き渡すことも考えましたが、殿下のご意向で労役刑となりました」
 休憩所での叔父の弟の行動は不敬としか言いようがなかった。その場で問答無用で処断することも可能だったけれど、それだと私達に対して行った罪がうやむやになる可能性もあったため、殿下はあえて不敬罪とはせずに村長さんへ処分を一任していた。もちろん処分が決定すると速やかに殿下にも伝えられていた。
 男が科せられた労役刑は、冬の間も妖魔の襲撃で壊れた城壁や建物を修理する過酷な仕事で死刑の次に重い刑罰だった。期限は20年とされていたが、怠け者のあの男には耐えられないのではないかとティムは言っていた。
 叔父は弟の証言を信じていた様子だったが、それでも彼の言動も不敬罪に取られてもおかしくはない。私達への虐待もあり、彼は労役5年と決まった。2人の両親は私達への虐待等を主導したことを重く見たが、年齢を考慮して労役は免れた。しかし、賃金の未払い分を払い終わるまでは村八分にすると決められた。
 これにより村長さんに一括して委託していた農場の手伝いをしてくれる労働者の手配や税の納入、収穫物の販売交渉など全部自分達で行わなければならなくなった。農場の管理を一手に引き受けていた叔父も労役で数年は家を空ける。彼等だけであの広い農場を管理するのは難しいかもしれない。
「叔母はどうなりますか?」
 あの家で味方だったのは叔母と一番下の従弟だけだった。叔母自身が私達の所へ来ると後で文句を言われるらしく、末の子にあれこれお使いを頼んで食べ物を分けてくれていた。
「彼女はお咎《とが》めなしです」
 私達への虐待を当初は認めようとしなかった老夫婦に腹を立てた叔母はあの家で行われた私達への仕打ちを全て暴露した。嫁いできた頃は裕福な村長の家の出ということで可愛がられていたらしいのだけれど、故郷の村は役人によって召し上げられ一転して貧しい寒村となった。それにより何の恩恵も期待できなくなったと悟った義父母は叔母につらく当たるようになっていた。これまでのうっ憤を全て晴らすかのように、叔母は誰も口を挟めないほどの勢いでまくしたてていたらしい。
「賃金の支払いを渋る可能性がありますので、お2人へは村から払わせていただきます。そして彼等は村へ返納してもらい、それらが完済したところで村八分の処置は解除しようと考えております」
 村長さんの報告に女大公様は満足そうに頷いておられた。私達にも意見を求められたが、特に言う事は無かった。
「それと、私共から提案なのですが、2人の支度金をこちらで用意させて下さい。同じ村にいながら彼らの不正に気付けませんでした。贖罪の意味も込めて是非ともそうさせてください」
 村長さんは私達にも頭を下げる。どうしようかとティムと顔を見合わせていると、女大公様はあっさりとそれを却下した。
「その必要はない。こちらのティムは既に第3騎士団の見習い候補となっている故、エドワルドから相応の費用を既に受け取っている。滞納されている賃金の肩代わりもするのであろう? そなたの村ではいささか荷が重すぎるのではないのか?」
「確かにわが村だけでは厳しいですが、くだんの商人から是非とも援助したいと申し出がありまして……」
 真相を知った商人が援助を申し出ていたらしい。しかも後から詳しく話を聞いたところによると、息子の方は確かに私の事を好ましいと思ったらしいのだけど、結婚したいとまでは言っていなかったらしい。父親の方が早合点して村長さんに話を持っていき、今回のこの事態になったことを非常に申し訳なく思っているらしい。
「あの……気にしないでいただきたいとお伝えいただけますか?」
 商人は息子の為に良かれとしてしたことだ。まさか私達への虐待の引き金になるなど夢にも思っていなかっただろう。それなのに罪を償うのは何だか違う気がしたのだ。
 結局、女大公様の言葉もあって支度金は受け取らないことに決まった。それでも、何か力になれることがあったらいつでも言ってほしいと申し出てくれたので、それは快く受けたのだった。


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いつも読んでいただきありがとうございます。今年最後の更新です。
何かとままならない1年でした。
来年は元通りと行かないまでも、今年よりは良かったと言える1年にしていきたいと思っております。
来年も頑張ってルークとオリガの物語を綴っていきますので、お付き合い頂けたら幸いです。
それでは皆様、良いお年を。
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