群青の軌跡

花影

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第2章 オリガの物語

第11話

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「そなたのご両親の部屋からオリガ嬢が出てきたのを目撃したのはいつか?」
「それはだなぁ……」
 殿下に問われて叔父の弟は言いよどみながらも10日程前だったと答えた。その答えを聞いた村長さんは「おや?」といった表情を浮かべ、何かを言いかけたところへ今度は村長さんが質問をされる。
「村長、詐欺師はいつ頃村へ立ち寄ったかは覚えているか?」
「えっと……収穫祭の頃でしょうか。私も話を持ち掛けられたのですが、曖昧な儲け話よりも村の益になることに金を使いたいと思いまして、お断りした次第です」
 急に話を振られて村長さんは戸惑いながらもそう答えた。甘い誘惑に乗ることなく、村の事を第一に考えているみたいで、村長さんの誠実な人柄がよく伝わってくる。
「どんな内容だったかは覚えているか?」
「貴族に人気のある流紋ヤマネコと同じ模様の犬を繁殖させてその毛皮で儲けるという内容でした」
 実はこの詐欺師が連れていた犬の模様は染料で描かれていた。恐れ多くも殿下が出資している牧場にも姿を現したらしいのだが、牧場の責任者がすぐに気付いて御用となったらしい。
 取り調べの過程でフォルビアでも金をだまし取っていたことが分かり、フォルビアにもすぐに伝えられていた。ルークが追加の情報をフォルビア城へ運んだ帰りに立ち往生している私達を見つけて保護してくれたと後から教えてもらった。
「他に話を持ち掛けられた者はいたのか?」
「そうですね……調査では比較的裕福な家の者が声をかけられた様です」
「その収穫祭があったのはいつだ?」
「一月ほど前です」
 村長の答えに叔父の弟はしまったという表情を浮かべた。その様子を一瞥すると殿下はご自身の考えを述べられた。
「金をだまし取るのが目的なのだから、富裕層を狙うのは当然の事だ。主張によるとこの2人が金を渡したという話だが、そもそも詐欺師が狙うには無理がある。加えて捕えた詐欺師の調書に記された被害者の中に若い女性も未成年の子供もいなかったと記憶している。目撃した日にちが違うことだし、2人が詐欺師に金を渡した事実はないと言える」
 殿下がそう結論付けようとしたところで、叔父の弟が「お待ちくだせぇ」と声を上げる。
「ちょっとばかり記憶違いをしておりました。あの女を見たのは収穫祭の前日です」
 彼は厚かましくも証言を訂正する。よりによって収穫祭の前日の夕方だと言い出したのだ。私は勇気を振り絞り、震える声で発言を求めた。すると殿下は思いのほか優しい声で「どうぞ」と言って発言をうながしてくれた。
「その時間は……収穫祭のご馳走の下ごしらえをしておりました。……叔母も一緒です。それに……従姉妹達が当日着ていく服を見せ……に来たので、よく覚えています」
 言葉を選んだが、従妹達は晴れ着を用意できなかった私に見せびらかしに来ていた。叔母の義母にはみすぼらしい格好では連れていけないと言われ、私は収穫祭の日も家で片づけをしていた。
「こう言っているが、反論はあるか?」
「……家内に確認してみます」
 叔父が力なく答えるが、その弟はまだあきらめていないらしく、「日にちはあやふやだが見たのは事実だ!」と言い張っていた。
「では、仮にそれが事実だとしたら、その状況をもっと詳しく説明してもらおう」
 そう言って殿下は地面に母屋の間取りを書かせる。老夫婦の部屋は1階の一番奥。玄関から入ると居間を通り抜け、その奥の中廊下の右手奥になる。その手前に階段があるため、寝室へ至る廊下は少し狭くなっている。廊下の左手には台所への扉、向かいには食堂への扉があり、台所と食堂は中でつながっている。
 描かれた間取りを使いながら、殿下は叔父の弟に目撃した状況を事細かく質問していく。彼の主張によると、出先から戻った男は居間から廊下に出たところで老夫婦の部屋から出てきた私を見たと言う。不審に思ったけどすぐに私が台所へ行ってしまったから声を掛けられなかったと言い張った。
「そうなると、そなたの目の前を通って行ったことになる。それでも声を掛けられなかったのか? 少しでも不振に思ったのなら、その時に他の家族も呼んで彼女を追求すればよかったのではないか?」
 中廊下の幅は大の大人が両手を広げた程度だった。書かれた間取りを見ながら殿下が質問すると、「酔っていたし、他の家族はいなかった」と男は答えた。
「ふむ。見かけたのは夕方だったのだろう? 随分と早い時間から飲んでいたみたいだな」
 殿下の率直な感想にここまで黙って話を聞いていた自警団員が思わずといった様子で口を挟む。
「お前、飲みに出てそんなに早く帰った事なかっただろう? お前が来るとなかなか帰らないから酒場の親父が店じまいが遅くなると言っていたぞ」
「いや、その、出かける前だ。出かける前に見かけたんだ」
 自警団員の指摘に男は慌てて訂正する。コロコロと証言を変えていく男に誰もが不審な目を向けていた。
「出かける前と言ったが、玄関に向かわずになぜ中廊下へ?」
「わ、忘れ物を取りに部屋に戻ろうと……」
「何を?」
「金でさぁ」
 男がそう答えたところでまた先程の自警団員が口を挟む。
「お前がちゃんと代金を払ったのを見たことないぞ。だいぶ付けが溜まっていると酒場の親父も言っていた」
「う、うるせぇ、黙っていろ!」
 ムキになってそう言い放っていたが、殿下に「まあ、落ち着けと」言われて憮然とした表情を浮かべている。
「それで状況を整理すると、飲みに出ようとして金を忘れたのに気付いて部屋に戻ろうと中廊下に出たところで奥の部屋からオリガが出てくるのを見た。これで間違いないな?」
「へぇ」
「不審に思ったが、彼女は呼び止める間もなくそなたの目の前を通り過ぎて台所へ逃げて行ったと……」
「その通りです」
「ただ、これだと酒場へ出かける前に酔っていたことになるが?」
「い、家でも飲んでいたんだ。物足りないから酒場で飲みなおそうと……」
「目の前を通る彼女を呼び止められないほど酔っていたのにか?」
「それは……」
 次々と殿下から繰り出される質問に、言い繕うのが難しくなってきたのか男はついに口ごもる。
「私は総督として数々の訴えを裁いてきたが、君の証言は信憑性に欠けて証拠としては不十分と言わざるを得ない。村長はどう思うか?」
「私も殿下のご意見に賛成です」
 殿下が下した結論に村長さんも同意すると、私達が犯人ではないと断言して下さった。しかし、それで引き下がる叔父達ではなかった。
「お待ちください。そう結論付けるのは早計ではありませんか?」
「そ、そうだ! まだ証拠がある。盗んだのはこいつらで間違いない」
 なおもそう言い張る2人を殿下は冷ややかに見返していた。
「その証拠とやらもオリガとティムが出て行った後に置くことは可能だろう。そもそもそれは本当にその金が入っていた巾着なのか? オリガがただ忘れて行ったものかもしれないとは思わなかったのか?」
「お袋に確認した。間違いない。そもそもあんな小綺麗なもの、この女が持っているはずはない」
 自信満々に叔父は言い返し、蔑みのこもった視線を私に向ける。
「ならばまた疑問が残る。それだけ質のいいものを忘れていくだろうか? 盗みを働くほど金に困っているなら、売って金に換えてしまうのではないか?
 それだけではない。先ほども言ったが、詐欺師の供述では2人に該当するような被害者は存在していない。もし仮に2人が金を盗んだとしたら、お前達が言い張っているあやふやな投資に使わずにもっと実用的な物に使うのではないだろうか? 無くなったと分かった直後に調べたのなら、何らかの痕跡はもっと残っていたはずだぞ」
 殿下に視線を向けられて私は恥ずかしくてうつむいた。この時、ルークが渡してくれた防寒着を着ていたが、服も靴も買い替える余裕がなくて擦り切れていた。せめてティムにはと古着を何着か購入したが、それもあまり程度のいいものではない。叔父達が言う通りそのお金を盗んでいたのならば、自分達に新しい服を買っていたし、お腹いっぱい食べていただろう。
「殿下のご指摘の通り、彼等の証言はあまりにも不自然な点が多すぎます。2人とこうして直接会うのは初めてなのですが、彼等が主張していた人となりと全く異なるのです」
 村長さんは困惑気味に叔父とその弟に視線を向ける。
「村長までこの盗人をかばうんですか!」
「庇っているのではない、客観的な感想を述べただけだ」
 自分達の味方だと思っていたらしい村長にもそう言われ、叔父達は剣呑な視線を向ける。
「そなたたちの証言は最初から2人を犯人と決めつけた上で後から辻褄を合わせようとしているように思える」
「決めつけて何が悪いんですか? 春に家畜を殖やすための金を盗まれたんですよ? よそ者のこいつらが盗んだに決まっているじゃないですか」
 叔父のこの発言に殿下だけじゃなく、叔父とその弟以外全員が険しい表情を浮かべていた。


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会話で話を進めていくの難しい……。
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