群青の軌跡

花影

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第2章 オリガの物語

第7話

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オリガの過去編。
今回はちょっと短め。


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 私達の故郷は祖父が村長を勤め、一族を中心とした小さな村だった。豊かな土地だったのが幸いし、贅沢とまではいかないまでも比較的裕福な生活を送ることが出来ていた。しかし10年前、突然役人が来て騎馬兵団の拠点を築くから村を明け渡す様に命じられた。役人相手では歯向かうこともできず、祖父は泣く泣く先祖伝来の地を明け渡した。
 代わりに用意されていたのはフォルビア北部の荒れ地。そこを一から開墾することになり、私達の生活は大きく変わってしまった。しかもその時、住民の半数以上が村から離れて行ってしまったと後に父から聞いた。
 祖父と父が中心となって諦めずに開墾を続けた結果、私が成人するころには収穫が軌道に乗り始めていた。ようやく楽ができると祖父が隠居を決めたその年、今までの無理が祟り病に倒れてしまった。
 例年、冬の討伐期はいつも近くの小神殿へ避難して過ごしていた。しかし、この年は祖父が長旅に耐えられないからと祖父母と両親は村に残り、私とティムは他の住人と共に避難先へ向かうことになった。
 両親も祖父母もいない寂しさはあったが、私もティムも例年通り受け入れてもらった神殿で雑用をこなしながら基本的な学問を学ばせてもらって過ごしていた。
「オリガ、大変なことになった」
 冬の終わりころ、同じ村の住人が私達が滞在している部屋に駆け込んできた。そして知らされた内容に頭の中が真っ白になる。村が妖魔に襲われたのだ。
「村が……妖魔に? お父さんは? お母さんは?」
 その時点では詳しい情報は得られなかったけれど、後になって村は壊滅し、両親も祖父母も亡くなったと知らされた。神殿で鎮魂の議が行われたけど、この時はまだ実感がわかなかった。だけど春になり、村に戻ってその惨状を見て途方に暮れた。
 家があった場所は瓦礫の山となり、祖父や父がコツコツと開墾した畑は土が抉れ、見るも無残な姿となっていた。もう誰にも村を再建する気力はなく、それぞれが伝手を頼りに出ていくしかなかった。
 私と弟はフォルビア南部に嫁いだ叔母を頼ることにした。神殿への移動に使っていた驢馬ろばと荷車、そして僅かばかりの身の回りの品が私達の全財産だった。神殿で教えてもらった地理を頼りに旅をしてようやく目的の村に着いた。
 叔母の嫁ぎ先は彼女の夫と義両親、3人の子供と義弟で農場を営んでいた。小麦だけでなく家畜も多く育てており、人手はいくらあっても足りないから助かると言われて歓迎された。私達は農場の離れのあばら家を貸してもらい、村での生活が始まった。
 家畜の扱いになれているティムは家畜の世話を任され、私は叔母の家の家事全般を任された。仕事はきつかったけど、その時の私はただ住む場所を失いたくない一心で懸命にこなしていた。
 季節は廻り、私達が叔母一家の農場で世話になり始めて半年経った。畑の収穫も済み、冬に備え始めた頃、事件は起きた。
「あんた、貯めておいたお金無くなっているのだけど知らないかい?」
 1日の仕事が終わり、部屋へ戻ろうとしたところを血相を変えた叔母さんに引き留められた。春に新しい家畜を買うために貯めていたお金が無くなっていて、それで真っ先に私達が疑われたのだ。
「そんなお金がある事も知りませんでした」
 そう答えたのだけど、叔父さんも叔父さんのご両親も信じてはくれなかった。私達は物置に押し込められ、部屋の中を隅々まで捜索された。当然、何も出てこなかったのだけど、私達への疑いは晴れなかった。
「冬の間もこのままここにいてもらっては困る」
 叔父さんの両親にそう言われ、私達は農場から追い出されることになってしまった。今まで世話になっていた小神殿へ今から向かっても着く前に冬になる。せめて春まで待ってやってほしいと伯母さんが口添えしてくれたおかげで渋々ながらも認めてもらい、すぐに追い出されずに済んだ。
 でもその後は段々と寒くなっていく中、「家に入れるとまた何をされるか分からない」などと言われ、外で水を使う仕事ばかりを任された。洗濯や洗い物はもちろん、食事の下ごしらえさえも外でさせられた。
 それから数日後、叔母さんの義弟に話があると呼び止められた。外だと寒いからと納屋へ連れていかれ、そこでいきなり襲われた。
「このままここに居たけりゃ、大人しくしてろよ」
 私を押し倒し、彼は私の体をべたべたと障る。気持ち悪さに逃れようとするけれど、「弟がどうなってもいいのか?」と脅されればもう抵抗できなかった。服を裂かれ、男がのしかかって来たが、ドカッと音がして急に体が軽くなる。
「姉ちゃんに触んな!」
 ティムが異変に気付いて来てくれ、男を蹴り飛ばしていた。この騒ぎに他の家人も駆け付けたけれど、信じられないことに「オリガが誘ってきたんだ」という義弟の言葉を信じてしまっていた。私達の訴えは聞いてもらえず、逆に義弟を蹴り飛ばしたティムが責められた。特に義弟を溺愛していた義母は激怒し、私達にすぐさま出ていくよう言い渡した。
 行く当てがないと再度訴えたが、正神殿へ行けばいいと大まかな位置を教えられただけで私達はその日のうちに農場を追い出された。来た時と同じように驢馬が引く荷車に僅かな身の回りの品を積んで行き交う人のない街道をトボトボと歩いていく。
「ごめんよ姉ちゃん」
 おもむろにティムが謝ってくる。彼は私を助けてくれたのだから謝る必要はない。そう伝えたのだけれど、自分があの男を蹴飛ばしたからこんなことになったと悔しそうにしている。
「これで良かったのよ」
 いずれにせよ春になれば出ていかなければならなかった。今回穏便に済んだとしても、冬の間中私はあの男の言いなりにさせられていたかもしれない。一瞬襲ってきた体の震えは寒さだけじゃなかった。
先行きが見えない不安と共に私達は自由を得た。そう自分に言い聞かせると、その後は風が吹きすさぶ寂れた街道を黙々と歩き続けた。


 どのくらい歩き続けただろうか? 辺りが暗くなり始めた頃、荷車の車輪が前日の雨でできたぬかるみにはまって抜け出せなくなってしまった。ティムと2人がかりで押しても荷車はびくともしない。暗くなり嵌めた街道の真ん中で私達は途方に暮れた。
「何かお困りですか?」
 バサリと羽音が聞こえたと思ったら、すぐ近くに飛竜が降りていた。その背中から騎士が降りてきて途方に暮れていた私達に声をかけてきた。
「えっと……あの……」
「すげぇ……本物の飛竜だ」
 襲われかけたこともあって男の人が怖くなっていた私は言いよどんでしまった。一方、竜騎士に強いあこがれを持つティムは目を輝かせている。その間に飛竜の背から降りた竜騎士は帽子を外し、私達の傍までやって来た。
「第3騎士団所属のルーク・ビレアです。どうされましたか?」
これがルークとの初めての出会い。当時の私達にとって竜騎士は敬うべき存在。こんな間近で対面したことがなくて、どう対応していいのか迷っている間にティムが手早く事情を説明していた。話を聞いた彼は道の真ん中で立ち往生している荷車を検分し始める。
「車輪がはまったのか?」
 荷車の状態を把握すると、確認するように尋ねてくる。言葉にならなくて頷くと、「ちょっと待ってて」と言って彼は飛竜の元へ戻っていった。
 このまま見捨てられてしまうのかと思っていたら、飛竜の傍らで何かを作業を始めた。好奇心旺盛なティムは止める間もなくその傍に寄って行く。邪険に追い払われるかと思ったら、何か楽しそうに話をしていた。
「飛竜で移動させてくれるって」
 先に戻って来たティムが嬉々として報告し、荷車から驢馬を外す。その間に戻ってきた彼は荷車にロープを渡して吊り上げる準備をしていく。辺りは既に暗くなっていたけれど、明かりもないのに全く支障がない様子で準備を進めていく様子を私はただ唖然として眺めていた。
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