群青の軌跡

花影

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第2章 オリガの物語

第4話

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「うぉりゃぁぁ!」
 雄たけびと共に男は斬りかかったが、ルークはスッと体の向きを変えただけでそれを避けた。男はバランスを崩して前のめりになったが、何とか踏みとどまった。
「この野郎……」
 男は長剣を構え直すとまた斬りかかっていくが、繰り出される斬撃をルークはどれもわずかな動きで避けていく。その様子に見物人からは「当たってないぞ」とか「避けてばかりじゃないか」とヤジが飛ぶ。そのヤジに触発されて男は一層激しく長剣を振り回すが、ルークは片手で彼の腕をつかむと、相手の勢いを利用して投げ飛ばした。
「う……」
「立て」
 地面に体を打ち付けられてうめいている男に、ルークは鋭く命じる。普段の穏やかな彼からは想像できないほどの威圧を放っている。
「俺を倒すんだろう?」
 ルークの挑発に男は立ち上がって長剣を握りなおす。そして再び斬りかかるが、ルークはまたもや彼を地面に転がした。そんなことを2度ほど繰り返すと、疲労と体の痛みで男は立ち上がれなくなっていた。
「どうした? もうおしまいか?」
「……馬鹿にするな!」
 自棄をおこした男は手にしていた長剣をルークに投げつける。一瞬、悲鳴を上げそうになったが、ルークは冷静に手にしていた試合用の長剣でそれを叩き落とした。もしルークが普通に避けていれば、見物人に当たっていたかもしれない。その見物人の中には女性もいるし、荒事には無縁の文官や侍官もいて、けが人が出ていた可能性があった。
「お前、これ真剣だろう?」
 ルークは叩き落した長剣を拾うと、ゆっくりと男に近づく。彼の発言に男に対して罵詈雑言が浴びせられる。そんな中、彼は倒れ込んでいる男の目の前に拾った長剣を突き立てた。
「ひぃぃぃ!」
 男は顔を青ざめさせて後ずさる。どこにそんな力が残っていたのか、ものすごい勢いで逃げていくのだが、見物していた他の竜騎士に捕まって、再びルークの前に連れ出された。
「で、もうおしまいか?」
 ルークに詰め寄られ、男は絞り出すような声でようやく「参りました」と言って負けを認めた。
「お前、隊長を殺す気だったのか!」
 ただ、これで納まらないのがラウルとシュテファンだった。試合に真剣を持ち出したことがよほど腹立たしかったのか、負けを認めた男に詰め寄った。
「……思い知らせてやろうとしただけだ」
 返ってきた答えは子供じみたものだった。ルークとの試合の機会を与えられ、自分の主張が正しいと思い込んだ男はルークに身の程を思い知らせてやるつもりだったと白状した。痛い思いをすれば、優れた血統を受け継ぐ自分に逆らう気が起きないと安直に考えていたらしい。ただ、格の違いを思い知らされたのは男の方だったけれど。


 ラウルとシュテファンによって男が連れ出され、これでおしまいと思ったけど、アスター卿と視線を合わせたルークは一度頷くと、見学している竜騎士達を見渡して口を開く。
「何でも、俺を倒せば昇進できるという噂があると聞いた。試してみるか?」
 ドムス家のご嫡男の所業に白けていた場内は、ルークの挑発に沸き立った。そして腕に覚えがあるらしい若い竜騎士達が我も我もと名乗り出てくる。その中でも体格のいい若者が他の希望者を押しのけ、勝手に名乗りを上げてルークの前に出てくる。ほんの少し、ルークが顔をしかめている所を見ると、彼の態度は非常に気に入らなかった様子。
 近くに座るヒース卿の解説によると、フォルビアまで押しかけて来た竜騎士の1人だった。「鍛錬よりも勝負させろ」と最後までうるさかったし、鍛錬で最初に脱落して口ほどにもなかったからよく覚えていたらしい。
 そんな話を聞いているうちに試合は始まった。見るからに力押しの挑戦者は試合用の大剣でルークに斬りかかった。また避けるのかなと思っていたら、彼は手にしていた長剣でその攻撃を受けた。
 体格から言えばルークの方が不利なのだけど、挑戦者がいくら押し込もうとしてもびくともしない。逆に徐々に押し返し、挑戦者が後ろへバランスを崩したところで再び間合いを詰め、長剣で胴を払った。
「ばかな……」
 男は自分が負けたのが信じられない様子だったが、「これは何かの間違いだ!」と叫び、大剣を握りなおすともう一度斬りかかる。それを予期していたらしいルークは大剣を弾き飛ばし、もう一度胴を払う。
「礼儀を身に付けてから挑んで来い」
 残念ながら相手はルークの言葉を聞くどころではなかった。「痛い、痛い」と子供の様に叫んで転げまわっている。周囲は呆れながらも、暴れる男を数人がかりで下がらせた。
 その後も次から次へと若い竜騎士がルークへ挑んだが、敵う者はおらず全員が地面に転がる結果となった。負けた挑戦者を一々下がらせる暇もなく、練武場には10名以上倒れ込んでいる状態だった。
「他は?」
 それだけ動いても息一つ乱していないルークは次の挑戦者は誰かと周囲を見渡す。しかし、ほんの少し前までやる気満々だった若い竜騎士達は彼に視線を向けられると、「ひぃっ」と息を飲んで皆首を振った。


「そのくらいにしておけ、ルーク」
 そこへ向かいの建物の2階で見ていたはずの殿下が練武場に姿を現した。マリーリア卿に手を引かれた奥方様もご一緒だった。ルークは気づいていたみたいで、驚いた様子もなく敬礼して迎える。しかし、ルークに叩きのめされた若い竜騎士達は、慌てた様子で痛みに耐えながらその場にひざまずいていた。
「また、腕を上げたようだな」
「まだまだです」
「試してみるか?」
「ご容赦ください」
「オリガにお前の活躍する姿をもっと見せてやれ」
「殿下がお相手だと無様な姿を見せるだけです」
「介抱してもらえばいい」
「……」
 跪いている若い竜騎士達など眼中にない様子で殿下はルークに話しかける。先に練武場の外へ連れ出されたドムス家のご嫡男や体格のいい挑戦者も連れてこられても2人の雑談は終わらない。えっと……こんな場所で私達を冷やかすのはやめてほしいです、殿下。
 一方、若い竜騎士達は完全に無視された形となり、どうしたらいいのか分からない様子で視線をさまよわせていた。
「エド、いつまでもこのままでは彼等も気の毒です」
 助け船を出したのは奥方様だった。お声がかけられると、殿下も仕方がないと言った様子で跪いた若い竜騎士達に向き直る。
「これで彼が実力を伴っていることはよくわかっただろう。他者を僻んでいる暇があれば己を鍛えよ」
 殿下のお言葉に若い竜騎士達はその場で項垂れた。そんな彼らの前に、今まで一歩下がって控えていた奥方様が進み出られる。
「一つ、公正であれ。一つ、鍛錬をおこたることなかれ。……竜騎士の心得はダナシア様が残されたお言葉から生まれたと古い文献には残っています」
 練武場は一瞬ざわついたけれど、奥方様が口を開くと途端に静まり返った。
「あなた方は確かに飛竜に選ばれるだけの資質をお持ちですが、残念なことにその力には輝きがありません。飛竜に選ばれただけでは竜騎士とは言えないのです。日々の鍛錬によりその力を磨き上げ、そして正しく使えるようになって初めて竜騎士となり得るのです」
 おそらくそう言った認識を彼等は持ち合わせていなくて、そして日々の鍛錬に必要性を強く感じていなかったのでしょう。跪いた若い竜騎士達は言葉を発することなく項垂うなだれている。
「ルーク卿、あなたの力は眩しいくらいに輝いています。日頃の鍛錬を怠らない、あなたの姿は正に竜騎士と言えるでしょう」
「恐れ入ります」
 奥方様の発言に周囲がどよめく中、ルークは淡々とした態度で頭を下げていた。そんな彼に殿下も居住まいを正して向き直る。先程まで彼と軽口を交わしていた時とは異なり、国の主に相応しい威厳をかもし出している。
「ルーク・ディ・ビレア。本日は見事であった。これからも我が国の竜騎士の模範となるよう努めよ」
かしこまりました」
 殿下の言葉にルークは深々と頭を下げて、この試合は終了となった。


「お疲れ様、ルーク」
「ありがとう」
 戻ってきたルークに気配り上手なサイラス侍官が用意してくれたハーブ水を差し出すと、彼は喉を鳴らして飲み干し、更に3杯お替りしていた。吹き出す汗を乾いた布でふき取り、彼はようやく一息ついたといった様子だった。
 既に殿下と奥方様、そして観戦していた高貴な方々は練武場を後にしていた。ルークに叩きのめされた若い竜騎士達も先輩達に叱責されながら連れ出され、集まっていた観客も解散が命じられて練武場にいるのは私達と後片付けをしている数人の侍官や見習い竜騎士だけとなっていた。
「けがはない?」
「うん。大丈夫」
 試合中は近寄りがたい雰囲気だったけど、今は私にいつもの柔和な笑みを向けてくれている。私はここでようやく、試合中はずっと握りしめたままだった上着を彼に返した。
「この後はどうするの?」
「エアリアルの様子を見に行こうかな。その後は……また鍛錬かな」
「竜騎士の模範と言っていただいたものね」
「まあ……動き足りないのもあるけど」
「そうなの?」
「準備運動が済んだ程度かな」
 さらりと返って来た言葉にちょっと驚いたけど、ルークが言うとなんとなく納得できる。けれど、私達の会話を近くで聞いていた見習い竜騎士達はギョッとした表情で彼を見ていた。
「オリガは? 北棟に戻る?」
「ええ。奥方様から伝言を頂いて午後のお茶をご一緒することになったから……」
「じゃあ、先に送っていくよ」
「いいの?」
「もちろん」
 彼はそう言って頬に口づける。昨日の事があったから、彼が一緒にいてくれるのは心強い。私は「ありがとう」と言って差し出された彼の手を取った。
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