群青の軌跡

花影

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第1章 ルークの物語

第19話

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 本宮に着くなり拉致されるように引き離された俺達は、それそれに用意されていた正装に着替えさせられてセシーリア様主宰のお茶会に出席した。少しでも奥方様の人となりを知ってもらおうという意図のもと開かれたお茶会には、この国の有力貴族の奥方ばかりが招かれていた。親友のユリウスだけでなく、ブランドル公夫人やソフィア様等、面識のある方もいたのはせめてもの救いだ。
 殿下と奥方様の為であればなんでもして見せると意気込んでいたが、慣れない社交と窮屈な正装で訓練以上の苦行となった。俺は竜騎士だから竜騎士正装でもいいと言い張ったのだが、今回はダメだとユリウスに却下された。いや、絶対面白がっていたに違いない。でも、クリーム色のドレスに身を包んだオリガは可愛いくて、その場で抱きしめたくなるのを必死で我慢していたのはここだけの話だ。
「随分と野蛮です事」
 お茶会では請われるまま奥方様の人となりについて話していたが、オリガが内乱中の逃避行の様子を話すと、夫人の1人が顔を顰めてそう言い放った。ユリウスが捕捉で教えてくれた情報によると、元々グスタフにくみしていたが、殿下の存命を知っていち早く鞍替えした貴族の奥方らしい。苦労らしい苦労などしたことなどない人なのだろう、オリガ達の苦難の旅を野遊び程度のものしか思っていない。しかも彼女に同調する人が少なからずいるのだ。
 腹が立つと同時にあまりの無知さに呆れてしまう。命がかかった状況だったのが分かっているのだろうか? しかしここで声を荒げるわけにもいかない。グッと怒りをこらえていると、オリガが静かに諭すように語りだす。
「当時の私たちの使命は、追ってから逃れ、何が何でも生き延びることでした。例え野蛮と揶揄されようとも、生き延びなければならなかったのです。それは子供のコリンシア様さえもご理解され、旅の間は不満を一切口になされず、更にはそんな状況でも母君をいたわり、私達に感謝して下さったのです」
 反論されると思っていなかった夫人は怒りで顔を歪めていたが、ブランドル公夫人やソフィア様に窘められてたじろいでいた。更にセシーリア様に諭され、自分の発言が不適切だったとようやく認め、謝罪らしい言葉を口にしていた。
 その後は殿下と奥方様の婚礼の様子へと話題を変え、穏やかにお茶会を終えることができた。もっとも、件の夫人は心穏やかとはいかなかったようで、お茶会の終了を告げられると、辞去の挨拶もそこそこに彼女に同調していた人達と共に退出していった。
 その後少し話し合った結果、ああいった本人にとって悪気のない言葉が大げさに伝わり、悪い方向へ広まっていったのではないかと結論付けた。
 その後俺達は本宮南棟にある客間に通された。他国からの来客に用意されているもので、本来なら俺のような一介の竜騎士が宿舎にしていい部屋ではない。しかも世話役としてすっかり顔なじみとなった侍官のサイラスまで付けてくれていた。休暇を1日切り上げてきた俺達へのせめてもの埋め合わせのつもりだったらしい。
 もう俺達は精神的に疲れ切っていた。アジュガで疑似新婚生活を送っていたのもあり、オリガと同室にされていることにさしたる疑問も抱かなかった。本来なら休日最終日となる夜を、国内最上級ともいえる部屋で過ごすことになったのだ。


 お茶会の翌日からオリガは新しい職場である北棟で働き、俺は騎士団での鍛錬に励んだ。その職務の合間に俺達は悪意ある噂の払拭に努め、そうしている間に御一家が帰還される日を迎えた。
 俺は警護の一員として皇家専用の桟橋に降り立った御一家を出迎えた。いい休養となられたのだろう、殿下も奥方様も随分と穏やかな表情をしておられた。その後、馬車に乗り換えられて北棟に向かわれたのだが、こちらには多くの貴族がご一家を出迎えられていた。
 実のところ、フレア様に関する噂の真相を聞こうと貴族の奥方達はこぞってオリガをお茶会に招待していた。仕事がある彼女はそれらを全て丁重に断っていたのだが、それでも無理に誘おうとする輩が後を絶たなかった。
 それを知ったアルメリア様はあきれ果て、他人から聞こうとするから噂に振り回されるのだと言い放ち、自分の目で確かめるよう言われたのだ。その為、国の中枢を担う高官が奥方同伴で御一家を出迎えることになり、外遊から帰還した歴代国主と同等の出迎えの様相となったのだ。
「出迎えありがとう、長く留守にして済まない」
 大げさな出迎えに一瞬顔を顰めつつも殿下は鷹揚に応え、妻子を一同に紹介した。俺が見た限り、フレア様の上品な物腰に集まった一同は即座に魅了されていた。そして流布されていた噂が全くの嘘であることがようやくわかったのではないかと思う。
 そして出迎えられたセシーリア様やアルメリア様と挨拶を終えられた御一家は、これから我が家となる北棟へ入って行かれた。俺も護衛の大役を果たせてホッと一息ついた。しかし、仕事が溜まっていたらしい殿下は、重鎮方に請われて渋々仕事に向かわれていた。
 
 
 翌日は何やら朝から慌ただしかった。重鎮方が朝早くから殿下の執務室に籠っていることから、不測の事態が起きたのだろうと考えていた。まあ、政治的なこととなると俺に出来る事は無い。いつも通りラウルやシュテファンと鍛錬をして過ごしていたのだが、日が暮れるころになって呼び出しを受けた。
 呼びに来た文官に案内された先は殿下の執務室。一緒に呼ばれた部下と共に部屋の中に入った。部屋の主である殿下は当然としてアスター卿がいるのも納得できる。しかし何故かここに奥方様とオリガもいた。首を傾げる間もなく俺はオリガの隣の席を勧められ、俺が席に着き、ラウルとシュテファンが俺達の背後に控えると、殿下は早速本題に入った。
「実はフレアに危害を加えようとする計略が発覚した」
 俺もだが隣に座るオリガも思わず息を飲んでいた。驚きと共にそんな計略を企てた相手に怒りを覚える。そんな俺の様子にかまわず、今度はアスター卿が事件のあらましを語ってくれた。
「リネアリス家の令嬢イヴォンヌとグスタフの孫マルグレーテが共謀し、マリーリア名義でフレア様に異物を混入した化粧品を贈る計画だったようです」
 アスター卿の話によると、昨年殿下が皇都を制圧した直後、ベルクがイヴォンヌと推し進めようとした縁談を驚いたことに彼女はまだ信じていたらしい。当時、奥方様の行方は分からないままだったが、それでもその無事を信じていた殿下は烈火のごとくお怒りになられたと聞く。それなのにまだ信じていたとは、彼女の頭の中は相当おめでたいらしい。
 一方、イヴォンヌと互いの家を行き来するほど仲の良かったマルグレーテは皇都郊外でグスタフの妻である祖母と母親、2人の叔母と共に幽閉の身だった。本来であれば、母親と離縁した父親のニクラスの元へ引き取られるはずだったのだが、祖母が彼女を手元に残すことを強硬に言い張ったために留まることになったらしい。
 リネアリス公夫妻は知らなかったが、2人の交流はグスタフの死亡後も続いていた。そして先日、内乱の集結と殿下のご成婚の知らせを聞き、イヴォンヌはフレア様を排除して殿下をお救いするという独りよがりな正義感に目覚めたらしい。迷惑な話だ。
 で、世間知らずな令嬢2人で考えたのが、先程アスター卿から説明があった内容だ。あまりにも稚拙でお粗末すぎる。で、それに入れ知恵をしたのがグスタフの妻だ。病床にありながら、ワールウェイド公になったマリーリア卿に恨みを募らせている。彼女もついでにおとしめてしまおうとしたのだろう。
「マルグレーテが祖母の治療に通う医師から殺鼠剤を手に入れ、その効果をイヴォンヌの乳姉妹で試しているところを帰宅した夫人が気づいた。止めようともみ合いになり、その薬が夫人とマルグレーテ、イヴォンヌの3人にかかった。夫人とマルグレーテにかかったのは手で、多少痕は残るものの軽傷。だが、イヴォンヌは頬と首、肩の広範囲にかかり、痕は一生治らないだろうという医者の見立てだ」
 気になるイヴォンヌの乳姉妹は背中がただれ、命に別条がないものの彼女も一生傷痕が残ってしまうらしい。何とも言えない苦いものがこみあげてくる。今日は朝から重鎮たちが集まっていたのはこの対応の為だったらしい。
「未遂で終わったものの、リネアリス公は責任を感じて辞任を申し出たが引き留めた。今後は夫人と2人でイヴォンヌの更生に当たってもらうことになる」
「お咎めなしですか?」
 ふと疑問に思ってつい口を挟んでしまった。殿下は俺を手で制すと、一度奥方様に視線を向け、頷き合うと再び俺達に向き直った。
「反逆罪としてもいいが、フレアに意見を求めたところ、まだ若いのだから更生の余地はあると……。自分の犯した罪を反省した上で今回関わった相手に謝罪をしてほしいと言ったのだ」
「更生……できますか?」
「それはリネアリス公夫妻次第だろう」
 今回、一番に謝罪するべき相手は彼女の乳姉妹だ。一生消えない傷を負わされたのだ。心が入れ替わったとしてもすぐには許す気持ちが沸かないかもしれない。後は巻き込んでしまった家族や友人か。確かにリネアリス公夫妻がどのように彼女と接していくかによるだろう。
「謝罪の対象にはお前たちも含まれる」
 突然殿下にそう言われて思わずオリガと顔を見合わせた。
「フレアを貶める噂を増長させていたのもイヴォンヌだった。それを打ち消すために奔走してくれたのだろう? どのくらい先になるかまだ分からないが、謝罪を受けるか否かはその時判断して決めてくれればいい。結果、全員に謝罪を受けてもらえば、最終的にフレアが許すかどうかを決めることになった」
 案外、大変な道のりかもしれない。まあ、殿下と奥方様がそう決められたのなら俺達に異論はない。


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群青本編のダナシアの祝福の章「選んだ道は2」「皇都凱旋」「罪と罰1~3」辺りのお話。あまり詳しく書いてもくどくなるし、完全に外しちゃうと後が困る。結局端折ってあらすじみたいな書き方になっちゃいました。
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