群青の軌跡

花影

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第1章 ルークの物語

第12話

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「ホルストは明日出立することになっている。どうするか心は決まったか?」
 話が一区切りしたところで表情を引き締めたアンドレアス卿に尋ねられる。
「会おうと思います」
 俺は結局ホルスト卿に会うことに決めた。俺への謝罪にはこだわらず、会って話をして自分なりに気持ちにけじめをつけられたらと考えたのだ。そう答えると、アンドレアス卿は一つ頷いてから護衛の1人に声をかけた。
 首を傾げていると、声をかけられた護衛は目深にかぶっていた騎竜帽を脱ぐ。誰かはわからないでいると、アンドレアス卿からホルスト卿だと教えられる。彼と会うのはエアリアルと引き離されてゼンケルへ行くよう命じられて以来だから4年近く経っている。記憶の中では威厳があってものすごく怖い人という印象があったのだが、目の前にいる彼はやつれて少々くたびれた感じがした。
「えっと……」
 どうしていいか困っていると、ホルスト卿は俺の前で膝をついて頭を下げる。そして謝罪してくれたのだが、それはどちらかといえば言い訳に聞こえる。ああ、結局この人は自分が悪いとは思っていないのだと理解した。俺はため息をつくともういいですと彼の言葉を遮った。
「俺への謝罪はもういいです。その代わりエアリアルに謝ってください」
 俺の返答にホルスト卿は怪訝けげんそうな表情を浮かべ、アンドレアス卿は深くため息をついた。何か言いかけたホルスト卿を制し、言われたようにするよう促した。彼は渋々といった様子で俺の相棒に頭を下げたが、飛竜はそっぽを向いたままだ。相棒にも彼の言葉は伝わらなかったらしい。
 その様子にアンドレアス卿は再度ため息をつくと、もう1人の護衛と共に先に帰るよう指示した。ホルスト卿は何か言おうとしていたが、アンドレアス卿は有無を言わさぬ態度で命じたので、彼は渋々自分の相棒の背に跨り飛び立っていった。
「かえって嫌な思いをさせて申し訳ない」
 何故かアンドレアス卿が俺に頭を下げる。彼が悪いわけではないのに何故と首を傾げていると、部下の不始末は上司の責任と言い切った。これまでも幾度か話をしたが、彼の持つ矜持きょうじが邪魔をしたのか、なぜここまで罪が重くなったかを理解させることができなかったらしい。上に立つ者としての自覚と資質がなかったのだろうと言い切った。


 思った以上に長い休憩となった。俺達もそれぞれの飛竜を呼び寄せ、準備を整えると飛竜に跨る。するとアンドレアス卿は思いもしない行先を告げた。
「では、アジュガへ行こう」
 俺に1日家族と過ごす時間をくれるらしい。思わず胸が熱くなり、涙声でお礼を伝えた。ただ、クラインさんの反応が心配だったが、彼は春分節の祭に合わせて開かれる集まりでシュタールに滞在中らしい。どうやら気兼ねなく過ごせるようにわざわざこの日を選んでくれたらしい。
 見習いになる前、ギュンターさんから教わったことを話しているうちに俺達はアジュガに到着した。あらかじめ俺の帰郷は伝えられていたらしく、着場には家族が出迎えてくれた。
「ルーク!」
 父さんにも母さんにも力いっぱい抱きしめられる。家族だけでなく、町の顔なじみがみんな集まっていて俺はフラフラになるまでもみくちゃにされた。その様子を満足そうに見ていたアンドレアス卿は、明後日の朝迎えに来ると告げてシュタールへ帰って行った。
 アンドレアス卿を見送ると、俺は改めて家族に相棒を紹介した。機嫌よくゴロゴロと喉を鳴らして俺に頭を摺り寄せる姿を見て、以前にダミアンさんが連れてきた時とはまるで別の飛竜のようだと口々に言われた。彼には一度も甘えるそぶりを見せなかったらしい。まあ、本当の絆で結ばれていなかったのだからそれも当然なのだが。
 勝手をよく知る竜舎で相棒を休ませ、俺は久しぶりに実家で羽を伸ばした。ゼンケル砦での仕打ちを聞き、俺がよほど飢えていると思っていたのか、毎食、母さんは食べきれないほどの食事を用意したのは今でも笑い話になっている。後はギュンターさんの墓参りに行って相棒を得た報告と家族を守ってくれた感謝を伝えた。
 そしてアジュガに着いた翌々日、約束通りまたもやアンドレアス卿が迎えに来てくれた。実は実家に新品の見習い騎士の制服が届けられていた。俺はそれに袖を通し、エアリアルの装具も準備万端整えて彼を迎えた。
「改めてご子息を我が団で預からせていただきます」
 アンドレアス卿は父さんと母さんに改めて俺を見習いとして預かる旨を伝え、2人は「よろしくお願いします」と頭を下げた。母さんは少しだけ涙ぐんでいたが、俺を優しく抱擁して送り出してくれた。


 こうしてアンドレアス卿の元での1年間の見習い修業が始まった。どんなことをするのかちょっと身構えたが、一般的な座学の他に妖魔に関する知識を学び、そして武術訓練が主な内容だった。かなり厳しい内容だったらしいのだが、ゼンケルにいたときの様に仕事を無茶振りされることもないし、一方的に暴力を振るわれることもない。逆に空いた時間をどう過ごしていいかわからなくなるくらいだった。結局、空き時間のほとんどをエアリアルの傍で過ごしていた。
 第2騎士団は大きく人員の入れ替えがあったらしい。シュタールに来るのが随分久しぶりで元々いた人の顔も定かではなかったが、たまに俺へ嫌味めいたことを言ってくる人がいたので、そういった人がホルスト卿を慕っていた人なのだろう。正直言って何を言われようが何をされようが、あのゼンケルで過ごした3年半を思えば何でもなく思えた。
 そしてあっという間に1年が経った。俺はこの1年間の努力を認められて叙勲される運びとなり、春分節の祭りの前日、集まった先輩竜騎士達の前で俺は真新しい装具を受け取った。そして続けて告げられたアンドレアス卿の言葉に俺は耳を疑った。
「ルーク・ビレア、第3騎士団への移動を命じる。第3騎士団は訓練もかなり厳しいと聞く。だが、君なら難なくこなせるだろう。頑張りなさい」
 告げられた内容が信じられず、ポカンとしていた俺の肩を叩いてそう激励してくれた。今回の件を解決に導いた殿下の手腕は高く評価され、第3騎士団への移動希望者は増えているらしい。そんな中、俺は幸運をつかみ取ったことになる。
「お前が選ばれたのは雑用を任せたかったからだ。勘違いするなよ」
 多くの先輩竜騎士からは祝福してもらえたが、一部からは陰でそんな嫌味を言われた。そのおかげで舞い上がりそうな気持を落ち着けることができた。確かに、叙勲されたばかりの俺が戦力になるはずがない。気に入った人しか寄せ付けないグランシアードが俺になついたから珍しがられて呼ばれたのだと言われ、妙に納得できた。
 叙勲された後、第3騎士団へ赴任するまでの間まとまった休暇をもらえたので報告もかねてアジュガへ里帰りした。いつもの様に着場へエアリアルを降ろしたのだが、そこでクラインさんに難癖をつけられた「仕事をさぼって遊びに来たものに竜舎は使わせない」と。
 竜舎を閉ざされてしまえばエアリアルを休ませることはできない。引き返すしかないのかと途方に暮れていると、父さんと親方衆がうちの倉庫を片付けてエアリアルを休める様にしてくれた。
 エアリアルの姿を見ると死んだ息子を思い出すからそんなことを言い出したのだと思い、礼を尽くそうと後から手土産を持参したところ、渋りながらも滞在は許してくれた。竜舎を使わせてもらったが、エアリアルにとってあまり居心地はよくなかったらしい。結局、彼は倉庫に戻って来てしまった。そこで父さん達は改めて倉庫を完全に竜舎として使えるよう改装してくれた。以来、エアリアルはアジュガに来るたびにこちらで休むようになった。


 3日間の休暇を終えた俺は一度シュタールに戻り、お世話になった人達に移動の挨拶を済ませた。そしてまとめた荷物をエアリアルに括り付け、アンドレアス卿らに見送られてシュタールを発った。
 この年、第3騎士団へ新たに加わったのは俺を含めて3人だった。総督としての執務もある殿下によってアスター卿は騎士団の全権を任されていた。彼の指導の元で俺達は訓練を受けたのだが、噂にたがわずそれは厳しいもので、結局、同期で入団した他の2人は耐えきれずに脱落してしまった。
 俺はそのままアスター卿の下で討伐期を迎えることになった。当初は雑用を命じられるのかと思っていたが、ちゃんと戦力として扱われ、驚きと不安と共に喜びを感じた。アスター卿からはかなり厳しいことを求められることもあったが、俺は歯を食いしばって耐えた。
 無事に討伐期を乗り越え、春を迎えた頃に殿下と話をする機会があった。その時に俺を第3騎士団に呼んでくれたのは殿下だったと知った。クラウス卿としてあの泉のほとりで最初に会ったときに誘ってくれたのはただの社交辞令だと思っていたが、彼はあのころから本気で誘っていたらしい。
 俺とエアリアルの力は類まれだとも言って褒めてくださった。正直、そこまで評価してもらえているとは思ってもいなかったので、本当に驚いた。まあ、俺とエアリアルの絆は特別強固だと自負しているけれどもね。
 色々あったけど、こうして最高の上司に巡り合えたことに俺はダナシア様に感謝している。だから、俺は誓ったんだ。生涯この方に仕えようと。飛竜レースの後に色々勧誘されたこともあったけど、俺が使えるべき人はエドワルド殿下ただ1人と言って全て断ったんだ。
 それは間違いじゃなかった。あの頃思い描いていた未来とは異なるけど、それでも、俺は今幸せだよ。


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これでルークの回想はおしまい。
次話からはルークとオリガのまったりアジュガ滞在記となります。
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