群青の軌跡

花影

文字の大きさ
上 下
11 / 242
第1章 ルークの物語

第7話

しおりを挟む
 ダミアンさんの足の怪我は思った以上にひどく、完治しても後遺症が残り、竜騎士を続けることは不可能と診断された。それを後から聞いて少し複雑な気分になった。
 エアリアルを返してほしいと思っていたが、別に竜騎士を辞めてもらいたかったわけではない。素質があるのだから、彼なら別の飛竜を乗りこなすことも可能だからだ。
 彼の様子も気になったが、その時の俺には彼にかける言葉もやれることも思いつかなかった。やりきれない想いを抱えながら、俺は体を動かし続けた。
 そして事件の2日後、ゴットフリートはホルスト団長に呼び出しを受けた。事の次第の報告を求められたらしい。新人とはいえ竜騎士が負傷し、引退を余儀なくされたのだ。当然、何かしらの処分は避けられない。
「騎士資格はく奪になるところを、俺様の口添えで保留となった。感謝しろよ」
 戻って来たゴットフリートが恩着せがましくそう言ったことから、保身に走って俺に責任をなすり付けたのだとわかった。処分は追って通達されるらしいのだが、それまでに第3騎士団からも情報が伝われば、団長も少しは考慮してくれると信じたい。
 しかし、その願いもむなしく俺に下された罰は厳しいものだった。ダミアンさんの竜騎士資格はそのままとなり、エアリアルの相棒の変更は行われる事は無かった。そして今まで安いながらももらっていた給与もほとんどが没収されることとなり、仕事もより過酷なものとなった。
 ゴットフリートは自分が楽を出来ればもう偽装する気にもならないらしい。ダミアンさんが加療中でも俺を使いに行かせたおかげで俺が飛び回っているのは周知の事実となっていた。
 寝る暇も食事する暇もない。疲れと空腹で抵抗する気力すら奪われて俺はただ言いなりになって働くしかなかった。そんな俺の姿に気の毒に思ったのか、ゴットフリートの目を盗んで城館の料理人が携帯食を用意してくれたり、使いに出ている間に使用人が雑務を肩代わりしてくれていたおかげでなんとか体を休める時間を確保できた。


 長かった討伐期も終わりを迎えようとしていた頃、再び騒動が起きた。使いから戻ってくるなり使用人が駆け込んできて、ダミアンさんが崖から身を投げたと告げたのだ。
 怪我は良くなっていたはずだが、あの事件以来ダミアンさんは部屋から出てくる事は無く、その姿を見た者は少ない。この日、出先から帰って来たゴットフリートがフラフラと出歩く彼の姿を偶然見つけ、その後をつけて行ったら砦の裏の崖から谷底へ身を投げたらしい。
 領内の自警団が捜索していたが、その姿が確認できないことから川に流されたとみるべきだろう。ともかく、捜索するにも人手が足りないし、シュタールへ報告をしなければならない。帰ったばかりだったが、俺は休む間もなく急ぎの伝文を持って飛び立った。
 その後、シュタールから竜騎士の応援が着て大々的に捜索されたが、結局ダミアンさんの遺体は見つけられなかった。それでも状況からして生存は絶望的。彼の部屋からは遺書らしきものは見つからなかったが、足の怪我以来ふさぎ込んでいたことから、将来に絶望して自ら命を絶ったと結論付けられた。
「お前が……お前がついていながら……」
 後日、クラインさんがダミアンさんの遺品を取りに砦に来た。どうやらここでもゴットフリートが余計なことを言ってくれたらしく、俺の姿を見つけた彼は俺に詰め寄ってきた。その場は彼を送って来た竜騎士に宥められていたが、その後は会うたびに憎しみの籠った視線を向けられることになる。


 ダミアンさんの死亡により、エアリアルはようやく俺の相棒として認められた。ホルスト団長は別の見習いの相棒に仕立て上げようとしたらしいが、今回ばかりは周囲も強く反対したので諦めたらしい。
 本当はシュタールに赴き正式な通達を受け、装具一式が贈られるはずなのだが、いつの間にかゴットフリートが代理で済ませていた。不祥事の原因は俺にあると断定されてしまっていたため、証書となる紙切れ1枚を渡されて終わったらしい。
 ただ、ゼンケル砦で立て続けに不祥事が起きたことを問題視したホルスト団長は、シュタール南砦の竜騎士に砦の管理を任せた。この判断は間違いではなかったのだが、第2騎士団全体でゴットフリートの言い分が信じられていた上に、南砦に配属されている竜騎士はゴットフリートの友人ばかりだったのだ。これが後に最悪の結果をもたらすことになるとはこの時誰もが思っていなかった。
「俺達が鍛えてやるよ」
 俺は南砦に通い、今まで受けられなかった竜騎士の訓練を受けることになったが、その鍛錬も名ばかりで俺は毎回複数相手に不利な試合をさせられていた。最初のうちは彼等の攻撃を避けていられたが、すぐに体力が尽きて全員から容赦なく打ち据えられた。それだけならまだいいが、時には体術の訓練と称して殴る蹴るの暴力も振るわれた。完全に憂さ晴らしの対象だ。更には南砦に届く伝文の使いも押し付けられるようになった。
 南砦に通うことにより、エアリアルと飛んでいる時間が増えたのは嬉しいが、結局俺の負担が増えただけだった。ただ、今回は地図と共にちゃんとした飛行経路を教えてもらえたのは収穫だった。
実際に飛び回ってみた結果、教えてもらった経路よりも俺がそれまで独自に見つけ出した経路の方が早いことが分かった。加えて通常の飛行経路から外れた場所にいくつか休憩できる場所を見つけた俺は、誰にもはばかることなくそこで体を休めるようになっていた。
 人里からも飛行経路からも外れている場所に野生のキイチゴやスグリがたわわに実った茂みをいくつも見つけていた。春を過ぎるころにはそれらを収穫し、高台にある綺麗な湧き水できた小さな泉のそばで休憩するのがお決まりとなっていた。


 その日も午前中に南砦で容赦なく暴力を振るわれ、昼食を食べる間もなく使いを命じられていた。届ける先が複数だったので、最も効率的な経路を割り出し、これ以上余計な仕事を命じられないうちにさっさと南砦を飛び立った。
 順調に伝文の配達が終わり、後は完全に日が落ちる前にゼンケル砦に戻るだけとなった。帰る前に一休みしようとお気に入りの泉のほとりに着いた時にはもう日は傾きかけていた。エアリアルと共に冷たい水で喉を潤し、汚れた手や顔を洗う。そしてシャツをまくって殴られた個所を確認する。先輩達は、一応用心しているのかダミアンさんの様に俺の顔を殴る事は無く、服で隠れる場所を選んで狙ってくる。正規の竜騎士として鍛えているだけあって、その1発1発が重くて堪え、案の定、いくつか痣が出来ていた。俺は常備している薬草をあてて簡易的な治療を施した。
 処置が終わると俺は木陰に座り込んで遅くなったが昼食を摂ることにした。南砦の厨房でもらってきた固くなったパンと干し肉、そして摘んだばかりのキイチゴが今日のメニューだ。
 さて食べようとしたところで、寛いでいたエアリアルが警戒するように体を起こす。何事かと辺りを見渡すと、1頭の黒い飛竜が泉のある高台に向かってきていた。普段誰も来ない場所だからと安心しきっていた俺は大いに焦った。さぼっているのがバレたら絶対に罰が与えられる。慌てて腰を浮かしかけたときに迂闊うかつにもパンと干し肉を落としてしまった。
「お邪魔していいかな?」
 大事な食料を落としてうろたえている間に、黒い飛竜は高台に着地し、その背に乗っていた竜騎士が声をかけてきた。言葉の調子からしてとがめてはいない様子に少し安堵する。
「はい、それは、あの……」
 ここは誰の場所でもない。強いて言うならば国のものだろうか。俺がしどろもどろに答えいる間に、その竜騎士は飛竜の背から降りて騎竜帽を脱いでいた。彼は背が高く、気後れするくらい整った顔立ちをしていた。そして淡い色の髪は邪魔にならないように布をきっちりと巻いてまとめてあった。おれがポカンと眺めている間に、彼は飛竜と共に泉の水で喉を潤し、飛竜に括り付けてあった布袋を外して近寄って来た。
「どうやらここは君の秘密の隠れ家みたいだな。相棒がどうしても水が飲みたいと言うので寄らせてもらった。改めてお邪魔するよ」
 彼はそう言って近くにあった大きな石の上に腰掛けた。別に咎められる訳ではないとようやく理解できた俺は、息を整えてから元の場所に腰掛ける。だが、干し肉もパンも既に砂まみれだ。さすがにこのまま口にするのは躊躇ためらわれ、俺は拾い上げて砂を払うとエアリアルの口に放り込んでやった。相棒はそれを気にせずもぐもぐと口を動かしていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



黒い飛竜の竜騎士はあの方です。
すぐにピンときた方は群青通?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

追放勇者ガイウス

兜坂嵐
ファンタジー
「クズだから」 あまりに端的な理由で追放された勇者。 その勇者の旅路の果ては…?

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...