群青の軌跡

花影

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第1章 ルークの物語

第6話

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 討伐期が始まる前にどうにか使いにも慣れてきた。経験は大事だと、改めて実感していた頃、1頭の年老いた飛竜がゼンケル領にやってきた。それは、俺達の師匠ともいうべきギュンターさんの相棒だった。騎士はおらず、たった1頭ではるばるアジュガから来たらしい。
 ともかく長旅で疲れているだろう飛竜をねぎらい、世話をしていると、彼の装具に手紙が付けられていた。1通は俺宛で、ただ一言「元気か?」と書かれていた。もう1通はダミアンさん宛てで、封筒はかなり厚みがあった。
 そういえば、この砦に移ってからは、両親からは荷物と共に手紙が届くことがあっても、忙しすぎてこちらからは手紙を書いていない。今夜はいくら眠くても、ギュンターさんと家族に手紙を書こうと決意し、とりあえず届いた手紙を届けに城館へ向かった。
 今日はその気分ではなかったらしく、珍しくゴットフリートもダミアンさんも外出せずに部屋にいた。城館でうろうろしていると、暇なのだろうと邪推されて仕事を増やされるので、俺は手紙を届けるとすぐさま作業の続きをしに竜舎へ戻った。
「ルーク! お前、密告しやがったな!」
 粗方作業も終わり、道具を片付けているとダミアンさんが足音も荒く竜舎に現れ、いきなり俺の胸倉をつかんだ。何を言われているのかわからないでいると、彼は俺を蹴り倒して馬乗りになり、動けない俺を何度も殴りつけた。拳が頬に食い込み、一瞬意識が飛ぶ。

グガァァァ!

 体が軽くなったのに気付き、目を開けるとエアリアルが目の前にいた。その体越しに尻餅をつき、腹部を押さえたダミアンさんの姿が見える。この状況から俺に馬乗りになっていた彼を飛竜が突き飛ばしたのだと分かった。怒る飛竜はなおも翼を広げてダミアンさんを威嚇し、襲い掛かろうとしている。
「エア……リアル……やめ……」
 飛竜が人間に危害を加えるなんて前代未聞だ。処分されてしまう可能性もある。俺は痛む体を無理やり起こすと、飛竜を制した。エアリアルは俺に顔を向けると、クウクウクウと心配そうに頭を寄せてくる。俺が感謝を込めてその頭をなでると、心地よさげにゴロゴロと喉を鳴らす。
「くそっ!」
 その様子を見ていたダミアンさんは悔しげにそう吐き捨てると、よろよろと立ち上がって竜舎を出て行った。俺はその姿を見送ると、ようやく緊張を解いて寄り添う飛竜に体を預けた。ほっとしたとたん、体中に痛みが襲う。俺は少しだけと自分に言い訳をし、意識を手放す様に目を閉じた。
 日頃の疲れもあってか思った以上に長く寝てしまい、気づいた時には辺りは既に暗くなっていた。傍らにはエアリアルが寄り添い、柔らかい寝藁に横になっていたことから、飛竜が自分の室に連れてきてくれたらしい。体を起こすと、エアリアルが頭を摺り寄せてくる。殴られたところはまだ痛むが、それでもよく寝たおかげか体は動かせる。

クウクウクウ……

「助けてくれてありがとうな、エアリアル」
 甘えた声を出す飛竜の頭を感謝を込めてひとしきりなでると、俺は立ち上がった。長時間寝てしまったので今夜は徹夜で作業しないと仕事が終わらない。腕や足を問題なく動かせるのを確認すると、俺はもう一度エアリアルの頭を撫でて作業に戻った。
 翌朝、ギュンターさんの相棒がアジュガに帰っていった。俺は作業の合間に書いたギュンターさん宛てと家族宛ての手紙を託したが、ダミアンさんからは何も託されなかった。城館で働く使用人の話だと、前日から部屋に籠って出てこないらしい。俺も積極的に顔を合わせたいとは思わなかったので、特に気にせず日常の仕事に戻った。何しろやることが多すぎる。他人にかまっている余裕がなかったのだ。


 それからほどなくしてゼンケル領にも初雪が降り、本格的な討伐期に入った。自分が竜騎士になってからはこの近隣に妖魔が出たことは無いから心配ないとゴットフリートが自信満々で言っていた。その根拠のない自信は一体どこから来るのやら……。
 その日、使いを終えて帰って来た俺を城館の使用人が出迎えた。ゴットフリートに仕える古参の使用人は俺がエアリアルの背から降りるなり、すがるように訴えてきた。
「旦那様とお客人が出かけられたままお戻りにならないのです」
「は?」
 詳細を聞くと、あれからずっとふさぎ込んでいるダミアンさんを元気づけようと、ゴットフリートは狩りに誘ったらしい。気乗りしない彼を無理に連れ出したのが昼前で、今は既に日が落ちている。今までも2人で出かけて遅くなったこともあったが、討伐期に入っているのもあって心配なのだという。しかも今日はダミアンさんが飛竜を使うのを拒んだため、騎馬で出かけているので不安なのだろう。
「分かった。ちょっと見てくる」
 俺は脱ぎかけた外套を着直し、再びエアリアルの背に跨《またが》ろうとする。しかしその時、ちょっとだけ気になったのでゴットフリートの相棒ギースバッハも室から出して連れていくことにした。仮といえども相棒なのでもしかしたら居場所がわかるかもしれないと、淡い期待を抱いての事だ。ギースバッハに見栄えのいい豪華な専用の装具を付けてやり、改めてエアリアルの背に跨った俺は、小雪のちらつく空に飛び立った。
 この俺の判断は正解だったらしく、迷いなく南に向かった飛竜の後を追う。隣接しているロベリアとの境界を超えたところで2人を見つけることができた。但し、3頭の青銅オオカミが迫っていたので、安心出来るような状況ではなかったが……。
 今の俺であればためらうことなく青銅狼に突っ込んでいくことができるが、当時は初めて間近に遭遇する妖魔に恐怖心を覚え、エアリアルの背で硬直していた。ただ、ギースバッハは訓練を受けているだけあり、臆することなく相棒の元へはせ参じて妖魔どもを威嚇した。
「でかした!」
 ゴットフリートはそう言って飛竜をねぎらうと、さっさと相棒に飛び乗りそのまま1人で逃げて行った。取り残されたダミアンさんと俺があっけにとられている間に青銅狼は体勢を立て直していた。エアリアルに警告されてようやく我に返った俺は、恐怖心を無理やり抑え込むと飛竜を降下させた。
「掴まってください!」
 見よう見まねでギースバッハがやったようにもう一度妖魔たちを追い払うと、俺はダミアンさんに手を差し出した。しかし、座り込んだままの彼は力なく首を振る。見ると、彼は右足を負傷していた。
 俺達がした牽制では十分ではなく、既に妖魔は今にも襲い掛かろうと身構えている。俺はエアリアルの背から飛び降りると、彼の元に駆け寄った。
「バカ、来るんじゃねぇ!」
「放っておけるわけないでしょう!」
 俺は負けじと言い返して彼を背負う。だが、妖魔はもう間近に迫っていた。

ドスッ

 もうだめだと諦めて目をつむったが、いつまでもその衝撃は来なかった。恐る恐る目を開けると、目の前に迫っていた青銅狼は槍に貫かれて霧散していた。
「大丈夫か?」
 声を掛けられ顔を上げると、見慣れない飛竜に跨った大柄の竜騎士がちょうど飛竜の背から降りてきたところだった。地面に突き刺さった槍を片手で軽々と引き抜いたところを見ると、彼が上空からこれを投げて俺達の危急を救ってくれたのだとようやく理解した。だが、妖魔はこれ1頭だけではなかった。
「あの、気を付けてください、他にも……」
 俺がそう声をかけると、槍を肩に担いだ彼は向こうを見ろとばかりに顎をしゃくった。つられてそちらへ視線を向けると、もう1人の竜騎士が残る2頭を翻弄していた。攻撃を躱しながら長剣で切りつけ、動きが鈍くなったところで止めを刺していく。俺達がただ逃げることしか考えられなかったその妖魔をたった2人で倒してしまったのだ。
「すごい……」
 その無駄のない動きは正に熟練の竜騎士のもので、実戦経験のない俺も俺に背負われたままのダミアンさんもただ呆然と呟いていた。
 この時出会ったのが、当時第3騎士団で小隊長に抜擢されたばかりのリーガス卿とその配下となったケビン卿だった。境界付近での討伐で、討ち漏らした妖魔を追って北上してきたらしい。ダミアンさんの足の怪我の応急処置を済ませると、念のためと言ってゼンケル領まで同道してくれた。
 砦では魔物が出たと大騒ぎになっていたが、リーガス卿が事のあらましを説明してどうにか落ち着いた。怪我をしたダミアンさんの為に医者が手配され、今後の為に見回りの強化をすることとなった。
 ちなみにリーガス卿に応対したのは古参の使用人と自警団長だった。ゴットフリートは逃げ帰ってそのまま部屋に籠って震えていたらしい。それを聞いた俺は同じ竜騎士と呼ばれていてもこうも差があるんだとつくづく思った。


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捕捉

この時ルーク17歳。ちなみにホルスト団長は40歳でゴットフリートは31歳の設定。
エドワルドがロベリア総督と第33騎士団長に就任した最初の年の出来事。
それまで第3騎士団も貴族が優遇される風潮があったが、エドワルドに全権を託されたアスターにより改革を断行。元傭兵ということでそれまであまり厚遇されていなかったリーガスを小隊長に抜擢したのもその一環。
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