群青の軌跡

花影

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第1章 ルークの物語

第4話

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「何だよ、それ……」
 あまりにも非常識な話に俺もだが、一緒に話を聞いていたラウルもシュテファンも絶句する。俺に敵意を向けられるのは仕方がないと思うが、今回の事はそれとは全く関係ない事だろう! しかもよその町(シュタールはアジュガを含む皇家直轄地の総督府で第2騎士団の本拠地。)の金貸しを紹介するって、それが町長のすることなのか?
「隊長、これは速やかに是正を求めるべきです」
「あの金具は画期的で、装着の手間と時間を半減してくれます。今回、他国からの竜騎士方も興味を示され、ぜひ譲ってほしいとまで言われたんですよ」
 既に俺と同じ装具を使用しているラウルとシュテファンが熱く語る。2人が言う通り、俺達の装具は国の内外の竜騎士達から注目の的だった。何人かは譲ってほしいとまで言ってきたが、数が無いからと言って丁重に断った。数が揃えられるようになれば輸出も可能だろうし、専用の工房を立ち上げるなら国の内外から弟子入り希望者が集まるかもしれない。
「そ、そうかい?」
 竜騎士達の熱いお墨付きに根っからの職人である兄さんは嬉しそうにしている。工房の設立成功のためにも一肌脱ぐべきだろう。殿下からいただいたラグラス捕縛の報酬があるので、当面の資金として使ってもらおう。
 しかし、今後の事を考えると、どうにかしてクラインさんに工房の有用性を分かってもらい、援助にこぎつけなければならない。だが、俺達が何を言ったところで聞く耳は持ってくれないだろう。手っ取り早いのは殿下に動いていただくことだが、私情も絡むことから後で何を言われるかわからない。俺だけ言われるなら構わないが、殿下の名声に傷がつくのは避けたい。後、取れる手段としてはシュタールの総督に直談判ぐらいだろうか……。
「ルーク?」
 色々考えこんでいたせいで黙り込んでしまった俺を心配したのだろう、オリガが声をかけてくる。俺は我に返ると、「ゴメン」と一言謝り、自分の荷物から報奨金が入った巾着を取り出した。
「兄さん、どうにか援助をしてもらえないか交渉してみるから、それまでこれを使ってくれないか?」
「え?」
 巾着を受け取った兄さんは、その重さにギョッとする。
「ラグラスを捕えた報奨金だよ」
「いやいやいやいや、これは俺が使っちゃだめだろう」
「そうだよ、ルーク。オリガさんとの将来の為に残しておきなさい」
 兄さんは慌てて巾着の口を閉めると俺に返そうと差し出し、母さんも父さんも真剣な表情で俺に向き直る。
「これは、オリガとも話し合ったんだけど」
 俺が一度傍らのオリガに視線を向けると、視線の合った彼女は微笑みながら頷いた。
「俺はまだしばらくフォルビアだし、オリガは奥方様付の侍女として皇都に行くから俺達の結婚はもう少し先になる。だから、それまで預かっててくれないか?
 さっきの話では当面は大丈夫なんだろう? ただ、援助をもらえるにしても時間がかかるから、何かあったときの為に持っていてよ」
 言葉は悪いが、金策に悩んでいる暇があったら金具作れよと内心では言っているのだが、兄さんに伝わるだろうか? 俺の言葉に虚を突かれた兄さんは固まっていたが、リーザに肩を叩かれて我に返る。
「いいのか? 本当に?」
「もちろん。今後のこの国に必要な投資だよ」
「分かった、しばらく預かる。倍にして返すからな」
 詐欺師が言いそうなセリフだが、相手が兄さんならこのお金は戻ってこなくても惜しくはない。あの男……ラグラスは害悪でしかなかったが、ここで初めて役に立つのではないだろうか。
「無理しなくていいよ」
「信じてないな? 見てろよ」
 お、兄さんがやる気になった。これでもう工房の方は心配ないだろう。俺達のやり取りを見ていたホッとみんなの肩の力が抜けるのを感じる。予定外に小難しい話となってしまったが、それもここまでだ。せっかく家族が顔をそろえたんだ。後は楽しい話だけをしようと、話題を変えることにした。
 その後はオリガがコリン様やエルヴィン様の愛らしいご様子を語り、みんなでほっこりした気持ちになって賑やかな夕食を終えた。母さんは泊まるように言っていたが、シュテファンと明朝フォルビアに戻るラウルは俺たち家族に気を使ってくれて今夜宿泊する宿屋に引き上げていった。
 台所では女性4人が後片付けをしている。オリガは母さんに休んでいるよう言われていたが、働き者の彼女はじっとしていられなかったらしい。まだ飲み足りない俺と父さんと兄さんの3人は席に居座っていたが、邪魔になるからと追い立てられるように居間に移動した。



 台所からは女性陣の楽し気な会話が聞こえてくる。それに耳を傾けながら、俺達はちびちびと杯を傾ける。やがて片づけは済んだのか、皿を洗う水音は途絶えた。それでも賑やかな会話は途絶える事は無かったので、あちらはあちらでお茶を飲みながら一服しているのだろう。
「いい娘じゃないか」
 不意に父さんがポツリと言う。夕食の席では会話のほとんどを母さんに任せていたらしいので、率直な感想を聞けたのは嬉しい。
「そうだろう?」
 俺は鼻高々で自分の杯に残っていた酒を飲み干す。だが、男ばかりではこれ以上会話が続かない。ただ、またそれぞれのペースで杯を傾けた。
「あれ、クルト、寝ちゃった?」
 女性陣の一服が住んだらしく、居間にリーザが顔を出す。しかし、クルト兄さんはソファーに埋もれて既に寝ていた。工房設立に奔走する日々が続いて疲れていたのだろう。いつもより早く寝落ちしていた。
「このまま寝かせておいてやりな」
「そうね。このままだと明日は仕事にならないだろうし」
「クルトの部屋が空いているから、リーザも泊っていきな」
 当初はリーザと兄さんは家に帰り、オリガはカミラの部屋に泊めてラウルとシュテファンを兄さんが使っていた部屋に泊まらせる予定だったらしい。夜道を女性1人で帰すのは危険だ。俺が兄さんを背負って送って行ってもいいが、もうずいぶん飲んでいるので足元が怪しい。それが一番無難だろう。リーザも迷った様子だったが、母さんの勧めに従うことにした。
「私達は休むけど、アンタ達もほどほどで寝なさいよ」
 寝ている兄さんに毛布を掛けた母さんはそう言い残すと、女性陣を引き連れて居間を出て行った。オリガにおやすみなさいの挨拶もできなかった。



 その後も2人で飲んでいたが、気付けば父さんもソファーに埋もれて眠っていた。俺は母さんが用意しておいてくれた毛布を父さんにかけると、中身が残り少なくなった酒瓶を手に裏口から外に出た。降るような星空の下、俺は大きく伸びをすると、エアリアル専用の竜舎を覗く。
 既に彼はぐっすりと眠っている。俺は中に入ると、その傍らに座り込んだ。ここへ着いてからは任せきりになっていたので、申し訳ないと思いながら相棒の頭を撫でてやる。彼は一度眠そうに目を開けたが、撫で続けてやるとそのまま眠ってしまった。
「ふう……」
 こうして一人でいると、自分のふがいなさを思い起こされて情けなくなってくる。瓶に直接口をつけて中身を煽るようにして飲むと深く息を吐いた。
「ルーク」
 声を掛けられ、驚いて顔を上げると手燭を手にしたオリガが立っていた。
「オリガ……どうした? 眠れないのか?」
「うん……。お水を頂こうと思って降りてきたら、裏口が閉まる音が聞こえて……。居間にルークの姿が無かったから、もしかしてエアリアルのところかと思ったの」
「そうか……」
 手燭を入り口近くにある台に置いた彼女は、傍に寄ってくると俺の頭を抱きしめた。頭に当たる柔らかい感触に思わず「うおっ」と声が出る。
「オリガ?」
「何だか、元気がないから……」
 全く彼女には敵わない。俺は息を吐いて肩の力を抜くと、彼女の背中に手を回す。その体制のまましばらくの間彼女の柔らかい感触と臭いを堪能する。
「色々と見苦しいところ見せちゃったね」
 本当は夕餉の席では楽しい事だけを話して終わるつもりだった。なのに俺の失言からクラインさんとの確執を浮き彫りにしてしまい、途中オリガや部下達に気を使わせてしまったのだ。本当に、俺って駄目だなぁ……。
「ルークが1人で抱え込むことは無いと思うの。お母さまも心配しておられたわ」
「そう……か……」
 情けなさと悔しさがこみあげてきて、俺は絞り出すように返事をすると、オリガの背に回す手に力を込めた。彼女は俺の頭を優しくなで、頭に口づけを落としてくれた。
 しばらくその体勢でなだめてもらい、ようやく気持ちを落ち着けた俺は彼女の背中に回した腕の力を緩めた。すると彼女も俺から体を離し、顔を覗き込んでくる。
「ごめん……」
 もう一度謝っておこうと口を開きかけると、オリガに両の頬を摘ままれる。
「オリぐぁ(オリガ)……いひゃい(痛い)……」
「ルークは悪くないって言っているでしょ? これ以上謝ったら怒るわよ」
 彼女はそう言って摘まんでいる指に力を込める。俺が頷くと満足したのかようやく放し、頬にくちづけた。
 アジュガは高地にあるので初夏のこの時期でも夜間は冷える。俺はオリガを引き寄せ、胡坐をかいている膝の上に彼女を座らせた。
「寒くないか?」
「大丈夫」
 風邪を引かないように彼女を抱きしめて体を密着させる。そのまましばらく彼女の温もりを確かめる様に抱きしめていたが、意を決して口を開く。
「ねぇオリガ、俺の話、長くなるけど聞いてくれる?」
 彼女は不思議そうに俺の顔を見上げたが、一呼吸おいてから頷いた。今度は俺が彼女を抱きしめ、そのつむじに口づけてから昔話を始めた。
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