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第1章 ルークの物語
第2話
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すれ違う顔なじみに冷やかされつつ、ようやく実家にたどり着いた。いつもなら家に入る前にエアリアルの世話をするのだが、今日はオリガを伴っているのもあってラウルが代わりに引き受けてくれている。討伐期以外で他人に任せることはほとんどないので少々落ち着かないが、小隊長という立場と共に慣れていくしかないのだろう。あとでまた様子を見に行ってみよう。
「ただいま」
「お帰り、ルーク」
玄関の扉を開けると、居間にいた父さんが出迎え、続いて台所から母さんとカミラが出てくる。更に一呼吸おいて裏口から共にエアリアルの世話をしていてくれたらしいクルト兄さんがラウルと一緒に入ってきて家族が勢ぞろいする。
「紹介するよ、彼女がオリガ。いつか、結婚したいと思っている」
俺がオリガを紹介すると、彼女は緊張した面持ちで上品に頭を下げる。一方の俺の家族たちは、それはもう遠慮なく我先にと自己紹介をしていく。握手を求めた父さんと兄さんは彼女の手が外れてしまうのではないかと激しく振り回し、妹のカミラは彼女に抱き着いた。そして母さんは彼女を抱きしめ、危うく窒息させそうになっていた。
「母さん、そのくらいで……」
慌てて俺が止めるとようやく母さんも気づき、抱きしめる腕の力を抜いてくれる。「あらあらゴメンねぇ」と呑気に謝る母にオリガは「大丈夫です」と返していたが、どう見てもふらついているので俺は慌ててその体を支えた。
「ごめんよ、オリガ」
「大丈夫よ、ルーク。皆さん歓迎して下さって嬉しいわ」
オリガはそう言ってフワリとした笑顔を向ける。うん、可愛い。ずっと見ていたいが、兄さんの咳払いで我に返り、彼女から視線を外した。
「俺も紹介したい人がいるんだ」
兄さんはそう言って台所へ声をかける。まだ台所に人の気配を感じていたので、誰か近所の人が手伝いに来ているのだろうと思っていたのだが、現れたのは幼馴染だった。
「あれ、リーザ?」
「お久しぶり」
快活に挨拶をしてきたリーザは俺の1つ上。その面倒見の良さとさばさばとした性格から、俺より下の連中からは姉御と呼ばれて慕われている。そんな彼女がクルト兄さんに肩を抱かれている。これは恋愛ごとに疎い俺にも分かる。うん、なるほど、これから「姉御」ではなく「義姉さん」と呼ぶことになるのか。
「リーザと一緒になることにしたんだ」
「よろしくね」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
俺とオリガが祝いを言うと、兄さんは照れ臭そうに頭をかいた。その傍らでリーザは幸せそうに頬を染めている。なかなか貴重な場面だ。
「さぁさ、そのくらいにしてご飯にしましょう。ラウル君もシュテファン君も食べて行っておくれ」
互いの紹介が一段落したところで母さんが声をかける。我が家で彼女の方針に異論を唱えることができる猛者はいない。家族だけにしてくれようと気を使う予定だったラウルとシュテファンもさすがに逆らえず、促されるまま食堂に足を向けていた。
移動した食堂の食卓には所狭しと料理が並べられている。そのおいしそうなにおいに思わずお腹が鳴っていた。皆に笑われながら席に着き、先ずはエールで乾杯して賑やかな食事が始まった。
この町にも内乱終結の一報は届いていたが、事務的な内容だった上に背びれ尾びれが山ほど着いた噂も伝わり、情報が錯綜していた。家族のみんなもその詳細を知りたいはずなのだが、先ずはオリガの体験を聞きたがった。
「ペラルゴ村にたどり着くまでの3日間が一番大変でした。あの村の方々のご厚意で旅に必要な品々を揃えて頂けたおかげで、フォルビアを脱出することが出来ました」
俺は大体のいきさつを既に聞いていたのでそれほどでもなかったが、家族もラウルとシュテファンもその壮絶な内容に衝撃を受けて絶句していた。女性と子供ばかりで長旅に耐え、聖域までたどり着けたのは正に奇跡だ。
「本当に、本当に苦労したんだねぇ……」
彼女の話を聞いて母さんは涙ぐんでいる。目尻に浮かんだ涙を拭うと、隣に座る彼女の肩を抱いていた。
「状況をよくご理解しておられた姫様は、どんなにつらくてもわがままを仰らずに頑張っておられました。奥方様もご自身の事よりも私たちの事を気遣って下さったので、乗り切ることができました」
俺がテーブルの下でそっと彼女の手を握ると、彼女と目が合う。互いに頷き合い、話題を変えることにする。彼女達の苦難が分かってもらえばそれでいいし、他にも聞いてほしいことは山の様にある。彼女は聖域でのつつましい暮らしぶりを語ってからタランテラに戻ってくることになった経緯へ話を変えていく。
「現状を鑑みれば、安全な聖域で全てが終わるのを待つのが良かったのかもしれません。ですが、ラグラスの卑怯な要求を聞いて居ても立ってもいられなくなり、私達はルイス卿に無理を言ってタランテラへ送ってきてもらいました。そしてお館の跡地で皆様と再会することが出来ました」
こう言ってオリガが自分の話を締めくくると、家族はようやく安堵の息を漏らす。落ち着いたところでカミラからは俺とオリガの再会の様子を追及されそうになったが、ティムから聞いた殿下と奥方様の再会の様子を語って躱しておいた。
オリガから話を引き継いだ俺達は内乱終結のあらましを代わる代わる語って聞かせた。
「隊長は真っ先に突入し、瞬く間に砦を制圧したんですよ」
「暗闇にもかかわらず、隊長が逃亡したラグラスを発見し、捕縛しました」
「エアリアルのおかげだよ。それに、奴は用水路に落ちて動けなくなっていた。どうやら足を踏み外したらしい」
ラウルとシュテファンは俺の手柄を誇らしげに語ってくれるが、少々誇張が過ぎることがあるので適度に口を挟む。まあ、両親ともに嬉しそうにしているので良しとしておこう。
「ねぇ、兄さん、殿下と奥方様のご婚礼があったのでしょう?どうだった?」
カミラが興味津々といった様子で聞いてくる。何しろ殿下と奥方様は大恋愛の末に結ばれたのだ。やはりこういった恋物語に興味があるのだろう。
「急に決まったとはいえ、里からいらした賢者様が主宰して大母補様が祝福。そして各国の国主級の方々が立ち会って下さったんだ。壮観だったぞ」
「すごいのは分かるけど、もっとわかりやすく教えてよ」
どうやら、俺の説明では伝わらなかったらしい。抗議してくるカミラをなだめ、横から助け舟を出してくれたのはオリガだった。
「私は奥方様のお支度のお手伝いをさせていただいたのですが、ご衣装はとても素晴らしいものでございました。昨年、ロベリアの仕立屋に依頼していたものでしたが、内乱中も殿下や奥方様、姫様のご無事を祈って制作をつづけられたそうです。一面に銀糸で花の刺繍が施され、縫い付けられた数多の真珠が美しさを一層際立たせていました。殿下が結納の品として贈られた大きな真珠をはめ込まれたティアラを身に付けた奥方様は本当にお幸せそうにしておられました。礼装された殿下と並び立つ姿は、本当に絵画の様で……」
フレア様に心酔しているオリガの賛辞はだんだんと熱を帯びてくる。放っておけばいつまでも熱く語るので、家族が引く前に横から口を挟んだ。
「お式の後、フォルビア城へ移動するタイミングで群青の空が顕現したんだ。その空を各国を代表する飛竜と共に飛べたのは生涯の誇りだよ」
あの光景は今でも胸の奥に焼き付いている。あの時の感動と興奮は生涯忘れる事は無いだろう。
「ただいま」
「お帰り、ルーク」
玄関の扉を開けると、居間にいた父さんが出迎え、続いて台所から母さんとカミラが出てくる。更に一呼吸おいて裏口から共にエアリアルの世話をしていてくれたらしいクルト兄さんがラウルと一緒に入ってきて家族が勢ぞろいする。
「紹介するよ、彼女がオリガ。いつか、結婚したいと思っている」
俺がオリガを紹介すると、彼女は緊張した面持ちで上品に頭を下げる。一方の俺の家族たちは、それはもう遠慮なく我先にと自己紹介をしていく。握手を求めた父さんと兄さんは彼女の手が外れてしまうのではないかと激しく振り回し、妹のカミラは彼女に抱き着いた。そして母さんは彼女を抱きしめ、危うく窒息させそうになっていた。
「母さん、そのくらいで……」
慌てて俺が止めるとようやく母さんも気づき、抱きしめる腕の力を抜いてくれる。「あらあらゴメンねぇ」と呑気に謝る母にオリガは「大丈夫です」と返していたが、どう見てもふらついているので俺は慌ててその体を支えた。
「ごめんよ、オリガ」
「大丈夫よ、ルーク。皆さん歓迎して下さって嬉しいわ」
オリガはそう言ってフワリとした笑顔を向ける。うん、可愛い。ずっと見ていたいが、兄さんの咳払いで我に返り、彼女から視線を外した。
「俺も紹介したい人がいるんだ」
兄さんはそう言って台所へ声をかける。まだ台所に人の気配を感じていたので、誰か近所の人が手伝いに来ているのだろうと思っていたのだが、現れたのは幼馴染だった。
「あれ、リーザ?」
「お久しぶり」
快活に挨拶をしてきたリーザは俺の1つ上。その面倒見の良さとさばさばとした性格から、俺より下の連中からは姉御と呼ばれて慕われている。そんな彼女がクルト兄さんに肩を抱かれている。これは恋愛ごとに疎い俺にも分かる。うん、なるほど、これから「姉御」ではなく「義姉さん」と呼ぶことになるのか。
「リーザと一緒になることにしたんだ」
「よろしくね」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
俺とオリガが祝いを言うと、兄さんは照れ臭そうに頭をかいた。その傍らでリーザは幸せそうに頬を染めている。なかなか貴重な場面だ。
「さぁさ、そのくらいにしてご飯にしましょう。ラウル君もシュテファン君も食べて行っておくれ」
互いの紹介が一段落したところで母さんが声をかける。我が家で彼女の方針に異論を唱えることができる猛者はいない。家族だけにしてくれようと気を使う予定だったラウルとシュテファンもさすがに逆らえず、促されるまま食堂に足を向けていた。
移動した食堂の食卓には所狭しと料理が並べられている。そのおいしそうなにおいに思わずお腹が鳴っていた。皆に笑われながら席に着き、先ずはエールで乾杯して賑やかな食事が始まった。
この町にも内乱終結の一報は届いていたが、事務的な内容だった上に背びれ尾びれが山ほど着いた噂も伝わり、情報が錯綜していた。家族のみんなもその詳細を知りたいはずなのだが、先ずはオリガの体験を聞きたがった。
「ペラルゴ村にたどり着くまでの3日間が一番大変でした。あの村の方々のご厚意で旅に必要な品々を揃えて頂けたおかげで、フォルビアを脱出することが出来ました」
俺は大体のいきさつを既に聞いていたのでそれほどでもなかったが、家族もラウルとシュテファンもその壮絶な内容に衝撃を受けて絶句していた。女性と子供ばかりで長旅に耐え、聖域までたどり着けたのは正に奇跡だ。
「本当に、本当に苦労したんだねぇ……」
彼女の話を聞いて母さんは涙ぐんでいる。目尻に浮かんだ涙を拭うと、隣に座る彼女の肩を抱いていた。
「状況をよくご理解しておられた姫様は、どんなにつらくてもわがままを仰らずに頑張っておられました。奥方様もご自身の事よりも私たちの事を気遣って下さったので、乗り切ることができました」
俺がテーブルの下でそっと彼女の手を握ると、彼女と目が合う。互いに頷き合い、話題を変えることにする。彼女達の苦難が分かってもらえばそれでいいし、他にも聞いてほしいことは山の様にある。彼女は聖域でのつつましい暮らしぶりを語ってからタランテラに戻ってくることになった経緯へ話を変えていく。
「現状を鑑みれば、安全な聖域で全てが終わるのを待つのが良かったのかもしれません。ですが、ラグラスの卑怯な要求を聞いて居ても立ってもいられなくなり、私達はルイス卿に無理を言ってタランテラへ送ってきてもらいました。そしてお館の跡地で皆様と再会することが出来ました」
こう言ってオリガが自分の話を締めくくると、家族はようやく安堵の息を漏らす。落ち着いたところでカミラからは俺とオリガの再会の様子を追及されそうになったが、ティムから聞いた殿下と奥方様の再会の様子を語って躱しておいた。
オリガから話を引き継いだ俺達は内乱終結のあらましを代わる代わる語って聞かせた。
「隊長は真っ先に突入し、瞬く間に砦を制圧したんですよ」
「暗闇にもかかわらず、隊長が逃亡したラグラスを発見し、捕縛しました」
「エアリアルのおかげだよ。それに、奴は用水路に落ちて動けなくなっていた。どうやら足を踏み外したらしい」
ラウルとシュテファンは俺の手柄を誇らしげに語ってくれるが、少々誇張が過ぎることがあるので適度に口を挟む。まあ、両親ともに嬉しそうにしているので良しとしておこう。
「ねぇ、兄さん、殿下と奥方様のご婚礼があったのでしょう?どうだった?」
カミラが興味津々といった様子で聞いてくる。何しろ殿下と奥方様は大恋愛の末に結ばれたのだ。やはりこういった恋物語に興味があるのだろう。
「急に決まったとはいえ、里からいらした賢者様が主宰して大母補様が祝福。そして各国の国主級の方々が立ち会って下さったんだ。壮観だったぞ」
「すごいのは分かるけど、もっとわかりやすく教えてよ」
どうやら、俺の説明では伝わらなかったらしい。抗議してくるカミラをなだめ、横から助け舟を出してくれたのはオリガだった。
「私は奥方様のお支度のお手伝いをさせていただいたのですが、ご衣装はとても素晴らしいものでございました。昨年、ロベリアの仕立屋に依頼していたものでしたが、内乱中も殿下や奥方様、姫様のご無事を祈って制作をつづけられたそうです。一面に銀糸で花の刺繍が施され、縫い付けられた数多の真珠が美しさを一層際立たせていました。殿下が結納の品として贈られた大きな真珠をはめ込まれたティアラを身に付けた奥方様は本当にお幸せそうにしておられました。礼装された殿下と並び立つ姿は、本当に絵画の様で……」
フレア様に心酔しているオリガの賛辞はだんだんと熱を帯びてくる。放っておけばいつまでも熱く語るので、家族が引く前に横から口を挟んだ。
「お式の後、フォルビア城へ移動するタイミングで群青の空が顕現したんだ。その空を各国を代表する飛竜と共に飛べたのは生涯の誇りだよ」
あの光景は今でも胸の奥に焼き付いている。あの時の感動と興奮は生涯忘れる事は無いだろう。
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