掌中の珠のように Honey Days

花影

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★卒業した日 6

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 杏奈は気が付くと直哉に背後から抱きしめられていた。初めて体をつなげ、揺さぶられているうちに意識を手放したのだが、その後も目を覚ますたびに求められて一体どのくらい時間が経っているのか見当がつかなかった。
 体を清めてくれたらしく、新しいバスローブに身を包んでいる。おぼろげな記憶を思い起こすと、一緒にお風呂に入ったような気もする。他にも口移しで飲み物を飲ませてもらったり、直哉に乞われて恥ずかしい事を言った記憶も蘇る。
 恥ずかしさでいたたまれなくなりベッドを抜け出そうとしたのだが、がっちりと抱き込まれているので身動きが取れない。諦めて体の力を抜くと、クックックッと背後から笑い声が聞こえた。
「直哉さん……」
 と声に出して言ったつもりだったが、実際には声がかすれて言葉にならなかった。直哉は笑いを治めると、彼女を仰向けにしてその顔を覗き込み、「おはよう、杏奈」と言って口づけた。杏奈も返事を返そうとしたが声がかすれて出ない。
「ちょっと待っててね」
 直哉はそう言うと、トランクス一枚の姿でベッドから抜け出す。ああ、自分でと杏奈は体を起こそうとしたが、カクンと力が抜けて起き上がることもできなかった。エッチが激しすぎて足腰が立てなくなると、惚気のろけと共に沙耶から聞いた事があったが、まさか自分が体験する日が来るとは思わなかった。
 杏奈が動けないでいる間に、直哉は飲み物を彼女に飲ませたりしてかいがいしく世話をしてくれる。軽くマッサージもしてくれて体が楽になってきたところで、枕元の時計が目に入る。
「嘘……」
 デジタルで表示された日時はホテルに泊まった翌々日の昼を示していた。
「ゴメンね。ちょっと夢中になりすぎちゃった」
 直哉が極上の笑顔で杏奈に謝るが、反省と言うか後悔はしていない様子。何だか肌艶良くなっている彼が生き生きと世話をしてくれている姿を見ていると、怒る気力も失せていた。



 杏奈はどうにか動けるようになってからシャワーを浴び、ルームサービスで頼んだ食事を摂った。そして前日のうちに届いていたという着替えに袖を通し、2人で迎えの車に乗った。
「あら、お帰りなさい」
 着いた先は高峰家。笑顔で2人を出迎えてくれたのは美弥子だった。その隣には仏頂面の晃一と少し不機嫌そうな直哉の父親がいた。
「あれ? 何で父さんも?」
 直哉が不思議そうに尋ねると、彼の父親は答えの代わりにゴツンと拳骨を返した。
「お前という奴は……」
 更に頭を固められて拳でぐりぐりされる。地味に痛い。慌てて杏奈が止めてくれたおかげで何とか解放された。そしてその後、美弥子が先導して高峰家の応接間に移動し、直哉と杏奈は事件のあらましを聞くこととなった。
「安西は杏奈の事を婚約者だと思っていたらしい」
「え? そうなの?」
 父親の言葉に杏奈は驚いて母親に視線を向けるが、彼女は眉を顰めて首を振った。
「そんなはずないでしょう? 思い込みよ」
 美弥子の話によると、晃一の病院で働くことが決まった安西に彼の両親が杏奈を嫁に迎えられれば自分の病院は安泰だと言い、それを安西は既にその話はまとまっているものだと思い込んでいたらしい。
「でも、そんな風な態度取られたのは今回が初めてだけど?」
「まだ取り調べの最中なんだけど、妄想癖の疑いがあるわ。杏奈が自分に連れない態度をとるのも、恥ずかしがっているからだとか、杏奈が高校を卒業したら結婚するだとか、そんな事ばかり言っているみたい」
「……」
 あまり接点がなかった人だったのだが、そんな風に思われていたと思うと何だか怖くなる。言葉を失う杏奈の手を直哉はそっと握った。
「で、直哉君の車に傷つけた2人だが、やはり安西にそそのかされていた。最初は渋っていたそうだが、閲覧数が増えるぞと言われてやる気になったらしい。安西は否定しているが、そのやり取りの記録は全て残っていた」
 直哉の愛車は現在修理中だ。賠償についてはまだ協議中だが、きっちり払ってもらうと何故か美弥子が息巻いていた。
 それにしても他人の物まで傷をつけてまで閲覧数を欲しがるなんて、本当にどうかしている。以前にも警察沙汰を起こしているらしいので、今回はもっと厳しい刑罰が下るだろう。それでも反省するかは怪しいので、晴れて自由の身になったとしても二度と動画配信などできないように裏から手を回そうと直哉は固く心に誓った。



「それからね、あなた達の結婚式は来月末に決まったからそのつもりでいてね」
「はい?」
 事件に関する話が一段落した後、突然の美弥子の発言に直哉も杏奈も思わず目が点になる。当人達はまだ付き合うと決めただけで結婚どころか次のデートの約束もまだしていない。まあ、肉欲に溺れていたからなのだが……。
 唖然とする当人達をものともせず、美弥子は義総に頼んで系列のホテルの空きを調べてもらい、キャンセルで出来た空きを抑えたのだと得意気に語っている。一方の父親2人は随分と渋い表情を浮かべている。もしかしたら彼等もこの話を今聞いたのかもしれない。
「待ってください、美弥子さん」
 杏奈との結婚が嫌なわけではないが、このまま美弥子のペースで押し切られてしまうわけにはいかない。直哉は慌てて上機嫌でしゃべり続ける美弥子を制止する。
「あら、何か足りなかったかしら?」
「いえ、そうではなくて……」
「ママ、先走りすぎ」
「ハニー、この子達の意思を無視して勝手に決めてはいけないよ」
「あら、何がいけないの?」
 そもそも本人達の意思も確認せずに勝手に話を進めるがおかしいのだが、それを指摘しても美弥子は何が悪いのか分かっていない。とにかく自分が楽しみたいのだ。
「僕らはまだお付き合いをするのが決まっただけです。いずれ結婚するにしても主役は杏奈ですから、彼女の希望を優先するべきではないでしょうか?」
「それだといつになるか分からないじゃない」
「杏奈にとっては一生の事です!」
 直哉がいつになく強気でそう言い返すと、珍しく美弥子は狼狽え、それによりこの場で彼女に味方する者がいないことに気付く。加えて部屋の隅に控えていた高峰家に長年仕えている執事が、「奥様、今回ばかりは私めもご協力いたしかねます」と進言したことにより先走りすぎたことに気付いたのだった。
「しょうがないわね」
 負けず嫌いでもある彼女は自分が折れてあげると言う体裁を取り繕う形で、先走った計画を渋々諦めたのだった。



 その後、杏奈と直哉は順調に交際を重ね、杏奈が大学卒業するとすぐに結婚した。準備期間に余裕が出来たことにより、美弥子は豪華客船を貸し切りにしてしまう力技を発揮し、当初よりも数倍も豪華な結婚式となったのだった。
「さすが美弥子さん……」
「ママが一番楽しんでいるかも」
 主役2人は1人ではしゃいでいる美弥子の姿をあきらめの境地で眺めていたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



楽しい事が大好きな美弥子様。娘の結婚式すら娯楽にしようとする彼女を直哉は全力で阻止。
杏奈の為にもちゃんと段階を踏もうと決意した彼は、結婚までの4年間のお付き合いの間にデートを重ね、改めてプロポーズしました。(もちろん即答でオッケー)
それでも結局、美弥子に介入されて超豪華な結婚式になってしまうのでした。

これにて杏奈と直哉のお話はおしまい。
次のネタが降臨すまで完結とさせていただきます。
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