掌中の珠のように Honey Days

花影

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★卒業した日 1

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今回は沙耶の親友、杏奈と幸嗣の親友、直哉のお話。


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 春とは名ばかりの冷たい風が吹く3月上旬、清尚学院高等部の卒業式が行われた。堅苦しい式典も終わり、講堂を出たところで杏奈は部活の後輩に取り囲まれていた。
「先輩、おめでとうございます」
 杏奈は後輩達から可愛い花束やプレゼントを受け取り、ねだられるままに撮影に応じていた。所属していたチアリーディング部で一緒に辛い練習に耐えてきた中でもあり、自然と話は盛り上がっていた。
 ふと、黄色い歓声が上がり、視線を向けると幸嗣が杏奈の親友の沙耶に抱えていた大きなバラの花束を差し出していた。彼女の後ろには数名の男子生徒がいて、どうやら最後に告白しようとしていたところを幸嗣に阻止された形となったらしい。
 沙耶は異性を苦手にしている。一人きりにするべきではなかったのだけど、杏奈ももう一人の親友ジェシカも後輩に取り囲まれて沙耶から意識が離れてしまった隙の出来事だった。
 沙耶を愛してやまない大倉家の男達に後で文句言われるかも……等と内心冷や汗をかきながら幸嗣にエスコートされて車に向かう彼女に小さく手を振った。



「遅いなぁ……」
 卒業生も後輩達も三々五々と帰宅していき、閑散とした学校の敷地を眺めながら杏奈は呟いた。卒業式後は父親が迎えに来てくれて親子デートの予定だったのだが、その迎えが来ない。ベンチに腰掛けて手持無沙汰にしていると何人かの友人にも誘われるが、もう少し待ってみようと思い断っていた。
 高名な外科医である父親は急に仕事が入ることがよくある。今日もそうだろうかと携帯端末を見てみるが、連絡は入っていない。杏奈は仕方なく家に連絡を取ることにした。母親の美弥子は仕事で海外にいるが、家には使用人いるので誰か来てくれるだろう。それまで近くのカフェで待とうかとベンチから立ち上がったところで、一台の車が敷地内に入ってきた。
 誰でも知っているその高級車の運転席から降りてきたのは、神経質そうな若い男性だった。幾度か顔を合わせたことがあるその男性は父、晃一の部下の1人だった。
「安西……さん?」
 杏奈が相手の名前を思い出している間に男は杏奈の傍に来ていた。何だか全身をめ回されているようで恐怖を感じる。
「ああ、杏奈さん、先生は緊急手術が入りましたので来られなくなりました」
 安西が更に何か言いかけたところで、もう1台の車が敷地内に入って来た。安西の車の隣に停まったこちらの車も有名な高級外車で、中からはまたもや若い男性が降りてきた。すぐには誰か気付かなかったが、その男性は杏奈の幼馴染の桜井直哉だった。
 何よりも研究が好きで、普段は身の回りの事に頓着しない彼が髪をきちんと整え、仕立ての良いスーツに身を包んでいたのだ。付き合いの長い彼女だからこそ気付けたともいえる。一方で何か気に入らなかったのか、彼の姿を見た安西が舌打ちしたのが聞こえた。
「直哉さん?」
「ゴメン、遅くなった」
 杏奈の傍に立つ安西に目もくれず、直哉は手に持っていた花束を彼女に差し出した。
「えっと……」
「卒業おめでとう。晃さんに頼まれて来た」
「パパに?」
「連絡来ていない?」
「緊急手術になったのは今聞いたけど……」
 杏奈はもう一度携帯端末を見るが、父親からの連絡は届いていなかった。
「うん、それで他に頼める人がいないからと俺に連絡が来たんだ」
 人の命に係わる事である。仕事が優先となるのは仕方がないしいつもの事だった。でも、今日の卒業式には来てほしかったので、少し寂しい。
「で、彼は?」
 直哉は杏奈の傍にいる安西に視線を向ける。
「パパの病院の人。緊急手術が入ったことを知らせてくれたの」
「そうですか。わざわざお越しいただきありがとうございます。自分が後の事は頼まれています。病院に戻られたら晃さんに心配いらないと伝えて下さい」
 直哉に後の事を頼んでいるのにわざわざ来られないことを知らせに来るのもなんだかおかしい気がする。杏奈が疑問に思っている間に直哉は安西をそう言って追い返していた。
「ねぇ、直哉さん……」
「後で」
 直哉は何か勘付いているらしい。杏奈はその何かを聞こうとしたが、厳しい表情を浮かべている直哉はすぐには答えてくれなかった。不安に思いながらも、こうして彼がいてくれることが心強く感じる。秋に行われた学園祭で再会したときに頼もしさを感じて以来、自覚した淡い気持ちがそうさせているのかもしれない。
「とりあえず行こうか」
 安西が車に戻り、学校の敷地内から出て行ったのを確認すると、直哉はようやく柔らかな笑みを杏奈に向ける。その笑顔に頬が染まるのを感じながら、彼に促されて車の助手席に乗り込んだ。



 晃一が立てていた親子デートの計画によると、先ずは杏奈が好きなブランドを扱っているアパレルショップに寄って制服から新しい服に着替え、ドライブがてら郊外にあるエトワール系列のホテルへ行き、そこのレストランで夕食をとってから帰宅というものだった。
 今日の支払いは晃一……ということで、アパレルショップに着いた杏奈は早春デートコーデを完成させるべく、遠慮なくアイテムを選んでいった。その間、直哉は椅子に座ってその様子を眺めていた。
「これ、似合う?」
「うん、可愛いよ」
「こっちは?」
「それもいいね」
 正直に言うと身の回りに頓着しない直哉にファッションの良し悪しは分からない。けれども、杏奈が可愛いのは偽らざる本音だった。
 ホテルのレストランでの食事を考慮し、杏奈が選んだのはシックなワンピースだった。それに合わせて小物や春物のコートを選び、いつもの彼女よりもちょっぴり背伸びした感じのコーディネートが完成していた。
「どう?」
「良く似合うよ」
 大事な事なので繰り返すが、直哉にファッションの良し悪しはよくわからない。けれども少し大人びた印象を受けて内心ドキリとしたのは確かだ。他に誉め言葉が出てこなかった彼はそう言って彼女の手を取り、店を後にした。


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簡単な人物紹介

高峰 杏奈
沙耶の親友。高峰総合病院院長、高峰晃一の娘。

桜井 直哉
幸嗣の親友。桜井製薬の御曹司で秋までアメリカに留学していた。

高峰 晃一
杏奈の父親。凄腕の外科医でその腕を見込まれて高峰家へ入婿した。実は同性愛者。

高峰 美弥子
杏奈の母親。医師の資格は持っているが、家業は旦那に任せて美容関連の会社を経営している。
綺麗で可愛ければ男性でも女性でも……。

安西
晃一の部下。実家も大きな病院を経営している。
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