掌中の珠のように Honey Days

花影

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サプライズギフト1

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 今日は2月14日。バレンタイン…そして義総の誕生日でもある。
 時刻は既に夜の11時を回っていて、沙耶は自分の部屋で1人、彼の帰りを待っていた。ソファに座る沙耶の膝の上には真っ赤なリボンをかけた包みが乗っていて、彼女はしきりに時計を気にしていた。
「今日はもうお帰りにならないのかしら……」
 義総は数日前からヨーロッパに出張中だった。今日中に帰れるかは微妙だと、昨夜やり取りしたメールで彼はそうぼやき、早く会いたいと締めくくられていた。
「それにしても……」
 彼女が抱えているのは義総の為に編んだセーターだった。クリスマスには幸嗣にも頼まれていた事もあって、2人にそれぞれデザインの異なるマフラーを編んで贈り、随分と喜ばれた。ならば今回はと気合を入れて義総の為に落ち着いた色調のセーターを編んだのだが、昼間、彼宛てに届いた品々を見て今更ながらに躊躇していた。
 届けられたのは沙耶でも知っているような名の知れたブランド物の小物類やスーツといった値の張るような品々ばかり。客間の一室に届いたそれらを保管して、頂いた品と送り主のリストを作成する手伝いをしたのだが、沙耶はただ目を丸くするばかりだった。
 陣頭指揮を執っていた塚原に言わせれば、贈り主を義総と懇意にしている相手だけに留めているので、これでもまだ数は少ないらしい。それでも足の踏み場の無いくらいに置かれた高価な品々を見て沙耶は目を回しそうになった。それらに比べれば自分のプレゼントはなんて粗末なんだろうと、渡すのを思い直していた。
「やっぱりやめよう……」
 沙耶は包みを持って立ち上がるが、顔を上げたところで動きが止まる。
「何を止めるのかな?」
 戸口に少し疲れた表情をした義総が立っていた。足元にかばんを置き、ネクタイを緩め、呆然として立ち尽くす沙耶に近づいてくる。
「ただいま、沙耶」
「……おかえり…なさい」
 義総は沙耶を抱きしめ、額に軽く口づける。1週間ぶりに会えて嬉しいはずなのだが、唐突すぎて実感がわかず、挨拶はぎこちないものとなる。
「驚いたか?」
「はい……」
「頑張って終わらせてきた……と言いたいが、幸嗣が代わってくれた」
「え?」
 そう言えば昨日から彼の姿を見ていない。義総の留守中、代理で外出することも珍しくなかったので気にも留めなかったが、まさか義総の出張先へ行っているとは思わなかった。
『夜を楽しみに待っていて』
 今朝一番で彼から届いた色とりどりのバラの花束に添えられていたメッセージを思い出す。彼らしいサプライズだと沙耶はその実行力に感心した。
「私への誕生日プレゼントだ、と。早く帰って沙耶の顔を見てこいだとさ」
 義総の言葉で会ったら真っ先に言おうと思っていた事を思い出し、沙耶はおずおずと顔をあげる。日付が変わると同時にメールは送ったのだが、それでも言葉でちゃんと伝えたかった。
「あの、お誕生日、おめでとうございます」
 正直、タイミングは完全に外しているが、沙耶は背伸びをすると義総の頬に触れるだけのキスをする。全く予期していなかった義総は驚いて固まるが、沙耶の頬を両手で包み込むように添えると、体を屈めて唇を重ねる。
「……ありがとう」
 抱き締められたまま耳元で囁かられると沙耶は体中の力が抜けていくようだ。手に抱えたままだったセーターの包みが落ちてカサリと音をたてる。
「ところで、気になっていたのだが、その包みは何かな?」
「あ……」
 恥ずかしくて隠してしまおうと思っていたのに、こうなっては手遅れだった。沙耶が拾う前に義総が包みを拾い上げていた。
「あ、あの……」
「私宛てだと期待していいのかな?」
 真っ赤なリボンを触りながら義総が沙耶の顔を覗き込むと、彼女は観念して小さく頷いた。
「開けていいかい?」
「はい……」
 立ったままだった2人はソファに仲良く並んで腰掛ける。義総は逸る気持ちを抑えながら丁寧に包みを開け、中から現れたセーターに息を飲む。
「これを……私に?」
「……粗末なもので…ごめんなさい」
「沙耶?」
 俯いてしまった沙耶に義総は驚いてその顔を覗き込む。
「だって……その……」
 言い難そうにしていると、座ったままの状態でまたもやギュッと抱き締められる。
「あのな、沙耶。このセーターはお前が私の為に編んでくれたのだろう?」
「……はい」
「要は世界に1つしかない物だ。言い換えればどんなに金を積んでも買えない物だ。わかるか?」
 義総は沙耶の頭を撫でながら、言い含めるように優しく言葉を選んでいく。
「はい……」
「自分を卑下するな。あのマフラーは向こうで随分役に立った。友人にうらやましがられるほどにな」
「本当?」
「ああ。このセーターも気に入った。仕事に着て行けないのが残念だが、家でお前と過ごす時に着よう。ありがとう、沙耶。これ以上は無い贈り物だ」
 義総は沙耶の顔を上に向けさせると、優しく口付けた。
「……うれしい」
 しばらく見詰め合ていたが、不意に何かに気づいて義総が体を離した。
「私も渡すものがある。受け取ってくれるか?」
「……義総様?」
 沙耶が首を傾げると、義総は立ち上がって置きっぱなしになっていたかばんを手にソファに戻ってくる。そして中から慎重な手つきでプレゼント包装された箱を取り出し、ローテーブルの上に置く。
「私からバレンタインの贈り物だ。あと5分しかないが、どうにか間に合ったな」
「私に……ですか?」
 沙耶の感覚ではバレンタインに男の人から物を贈られる事に違和感があるが、海外では当たり前のことらしい。海外の生活が長い義総にとっては当然の事で、彼に強く影響を受けて育った幸嗣も、今朝一番にあのメッセージ付きの花束を贈ってくれた。
「わぁ……」
 促されて開けてみると、中は球体の器に入った、真っ赤なバラのプリザーブドフラワーだった。
『永遠に枯れることのない愛を贈る』
 ちょっと気障な気もしたが、沙耶は嬉しくて義総に抱きついた。
「ありがとうございます。大事にします」
「気に入ったか? それは良かった」
 義総は満足げに頷くと、沙耶の顎に手を添えると唇を重ねる。
 時刻はちょうど午前0時を指していた。
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