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第1章 群青の騎士団と謎の佳人
114 宴の夜に2
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マリーリアは信じられない思いで姿見に映る自分の姿を見ていた。今いる部屋は狭い自分の宿舎ではなく、総督府内の客間の一つだった。支度をする前に湯浴みも必要だろうし、着替えをするのは広い部屋の方がいいだろうと言って、エドワルドが手配してくれたのだ。
先ずは午前中から湯浴みを始め、頭の天辺からつま先まで丹念に磨きをかけた。本当は自分ですると言ったのだが、ジーンが手配した侍女が問答無用で爪を磨くのまで手伝ってくれた。顔に香油を塗って肌を整え、化粧を施していく。そして少し短いながらも髪を結い上げ、バラの髪飾りをつけた。そしてあの真紅のドレスに袖を通し、一緒に用意してもらったレースの手袋をして扇子を持つ。最後に真紅のかかとの高い靴を履いた。今までこういった集まりに出ても、竜騎士礼装で済ませていた彼女はここまで着飾った事は無かった。
「どう?」
姿見に見入っているマリーリアに、先に竜騎士礼装に着替えて彼女の支度を侍女と一緒に手伝っていたジーンは満足そうに声をかける。
「なんだか、別人みたい」
マリーリアは信じられない面持ちで自分の姿を眺めていた。そこへ扉を叩く音がする。侍女が扉を開けて応対すると、竜騎士礼装姿のリーガスとルークが立っていた。
「そろそろ時間だが、マリーリア卿の支度は?」
「整ってございます」
リーガスとも面識のある年かさの侍女は、一度部屋の奥に戻って女性2人に迎えが来た事を告げる。ジーンは侍女に礼を言うと、マリーリアの手を引いて2人の前に連れ出って現れた。
「!」
「あの……おかしいですか?」
硬直している2人に、マリーリアは不安になって尋ねる。
「いや……驚いた」
「そうでしょう?」
古参の侍女が半日かけて仕上げた傑作に、ジーンも大層満足げである。
「リーガス、ルーク、何している?遅れるぞ。」
廊下に立ったまま呆然としている2人を見て、同じく竜騎士礼装姿のアスターが声をかけてくる。
「あ……はい」
やっと我に返ったリーガスは自分の妻に、未だ呆然としているルークはマリーリアに手を差し出す。マリーリアはその手を取ってゆっくりと部屋を出て、アスターの前に姿を現した。
「……」
「いかがですか?アスター卿」
部下同様絶句したアスターにジーンが尋ねる。彼女は彼がマリーリアに赤い衣装を勧めたのを聞いていたので、どんな反応をするか試してみたのだ。
「よくお似合いだ。もうじき始まる。お連れしてくれ」
「はい」
最初の衝撃から立ち直ると、アスターはいつもの理性を取り戻して2人に指示を与える。リーガスとジーンは夫婦で出席し、ルークは会場までマリーリアを案内する手はずとなっていた。
「お支度、ありがとうございました。行って来ます」
マリーリアは着替えを手伝ってくれた侍女に軽く会釈をすると、ルークに手を取られて舞踏会の会場となる広間へと向かった。ジーンもリーガスに手を取られて2人仲良くその後に続く。
「まいったな……」
彼らの姿が見えなくなり、誰もいなくなった廊下でアスターはつぶやく。着飾ったマリーリアの姿に目を奪われ、少しの間我を忘れていたのだ。
彼にはエドワルド直々に頼まれた重要な任務があった。主催者として身動きの取れない彼に代わり、会場までフロリエをエスコートするという重大な任務だった。深呼吸して気持ちを落ち着けると、この先にある彼女の為に用意された部屋に彼はようやく足を向けた。
舞踏会の会場となった総督府の大広間はたくさんの人が集まっていた。特に入念に着飾った若い女性の姿が目立つ。エドワルドが長く付き合ってきたエルデネートと別れた事は既に知れわたっており、彼が本気で結婚相手を探していると思われていたからである。招待されている有力者達は、こぞって自分の身内にいる若い女性を着飾らせて同伴させていた。
そんな中に姿を現したマリーリアは会場中の注目を浴びる事となった。困った事に広間の入り口は少し高い位置に設けられており、そこから階段を使って降りていかねばならない。階段の手前で一度立ち止まると、嫌でも人目についてしまう。
「どちらの御令嬢?」
「皇家の方かしら?」
方々でそんなささやきが交わされている。そんな中、来客を告げる係りが高らかと彼女の名を呼び上げる。
「ワールウェイド公ご息女、マリーリア・ジョアン・ディア・ワールウェイド様」
彼女が5大公家の息女と分かり、大きなどよめきが起こる。マリーリアは一同に対し軽く頭を下げ、ルークに手を引かれて階段をゆっくりと降りていく。そして役目を終えたルークは彼女に頭を下げて目立たぬように会場の端へと移動する。
そこへ本日の主催者、エドワルドが姿を現す。皇家の紋章を金糸と銀糸で胸に刺繍された、文官用の丈の長い礼服に身を包み、毛皮をあしらった長衣をその上からまとった姿は貫禄充分であった。
「ロベリア総督、エドワルド・クラウス・ディ・タランテイル様。」
係りがエドワルドの名を告げ終わる前に会場から大きな歓声が起こり、それを押し消してしまう。エドワルドは階段を降りる前に片手を上げて歓声に応える。
「本日は私主催の舞踏会へようこそおいで下さいました。長き冬は去り、ようやく訪れたこの春の良き日を楽しんでいただけたら幸いに思います」
そう、簡単に挨拶をすると階段を降り、真直ぐにマリーリアの下へ向かう。
「一曲目は私と踊って下さい」
エドワルドは丁寧に頭を下げて彼女に踊りを申し込む。マリーリアも拒むことはせずに差し出された彼の手にそっと手を乗せる。手を取り合った2人が広間の中央に進むと音楽が流れだし、2人は軽やかに踊り始めた。
「なかなか似合うじゃないか。見違えたぞ」
「皆さんのおかげです」
2人は軽々とステップを踏みながら会話を交わす。
「竜騎士礼装よりよほど良い」
「お世辞を言われましても何も出ませんが?」
「相変わらずだな」
会場は2人の優雅で流れるようなダンスに釘付けになっている。
「ところでフロリエ嬢は?」
「少し遅らせる様にアスターに指示している。3曲目くらいには来るかな」
「楽しみですか?」
「当たり前だろう?」
エドワルドはさらりと応えた。その様子にマリーリアはクスリと笑うと、後は無言で彼との踊りに集中したのだった。
やがて曲が終わり、2人は深々と頭を下げる。すると会場からは大きな歓声が沸き起こった。エドワルドは続けて踊ろうとはせずに、彼女を伴い主だった有力者に挨拶をして回った。そして給仕からワインを受け取って喉を潤し、彼にとっての本命が会場に姿を現すのを待った。
フロリエはその頃、エドワルドが用意してくれた豪華な客室で姿見の前に置かれた椅子に座り、オリガに髪を結い上げてもらっていた。
「本当にすてきです。フロリエ様」
「……ありがとう」
フロリエの表情は硬かった。刻限が迫るにつれて緊張が高まってくる。着飾ることは嫌いではないが、本当に自分が出ても大丈夫か不安で仕方なかった。昨年夏に招待された夜会でワザとらしく交わされていた悪意のこもった会話も思い出してしまう。
「フロリエ様?」
「……」
彼女の握り締めた手が小刻みに震えている事にオリガは気づいた。ルルーも彼女の膝の上で心配そうに見上げている。
「大丈夫ですよ、フロリエ様。さ、出来ました。姿見をご覧になりますか?」
フロリエが小さくうなずくと、オリガは手を差し出して彼女が立ち上がるのを助けてくれる。彼女は片腕でルルーを抱いて椅子から立ち上がると、全身映る姿見の前に移動し、ルルーに意識を集中させる。そこには見知らぬ貴婦人が立っているようにも見える。先日も着た薄紅色のドレスも、頭を飾る金のティアラも誇らしげに輝いて見えるが、自分の顔だけが何故か貧相に見えて仕方が無かった。
「……」
「お気に召しませんか?」
黙ったままのフロリエにオリガは心配そうに尋ねる。
「いえ……きれいに仕上げてくれてありがとう」
「自信をお持ち下さいませ」
「……」
フロリエの顔は青ざめていた。本当にとんでもない所へ来てしまったような気がする。その不安がルルーにも映り、小竜は不安げに彼女を見上げていた。
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12時に閑話を更新します
先ずは午前中から湯浴みを始め、頭の天辺からつま先まで丹念に磨きをかけた。本当は自分ですると言ったのだが、ジーンが手配した侍女が問答無用で爪を磨くのまで手伝ってくれた。顔に香油を塗って肌を整え、化粧を施していく。そして少し短いながらも髪を結い上げ、バラの髪飾りをつけた。そしてあの真紅のドレスに袖を通し、一緒に用意してもらったレースの手袋をして扇子を持つ。最後に真紅のかかとの高い靴を履いた。今までこういった集まりに出ても、竜騎士礼装で済ませていた彼女はここまで着飾った事は無かった。
「どう?」
姿見に見入っているマリーリアに、先に竜騎士礼装に着替えて彼女の支度を侍女と一緒に手伝っていたジーンは満足そうに声をかける。
「なんだか、別人みたい」
マリーリアは信じられない面持ちで自分の姿を眺めていた。そこへ扉を叩く音がする。侍女が扉を開けて応対すると、竜騎士礼装姿のリーガスとルークが立っていた。
「そろそろ時間だが、マリーリア卿の支度は?」
「整ってございます」
リーガスとも面識のある年かさの侍女は、一度部屋の奥に戻って女性2人に迎えが来た事を告げる。ジーンは侍女に礼を言うと、マリーリアの手を引いて2人の前に連れ出って現れた。
「!」
「あの……おかしいですか?」
硬直している2人に、マリーリアは不安になって尋ねる。
「いや……驚いた」
「そうでしょう?」
古参の侍女が半日かけて仕上げた傑作に、ジーンも大層満足げである。
「リーガス、ルーク、何している?遅れるぞ。」
廊下に立ったまま呆然としている2人を見て、同じく竜騎士礼装姿のアスターが声をかけてくる。
「あ……はい」
やっと我に返ったリーガスは自分の妻に、未だ呆然としているルークはマリーリアに手を差し出す。マリーリアはその手を取ってゆっくりと部屋を出て、アスターの前に姿を現した。
「……」
「いかがですか?アスター卿」
部下同様絶句したアスターにジーンが尋ねる。彼女は彼がマリーリアに赤い衣装を勧めたのを聞いていたので、どんな反応をするか試してみたのだ。
「よくお似合いだ。もうじき始まる。お連れしてくれ」
「はい」
最初の衝撃から立ち直ると、アスターはいつもの理性を取り戻して2人に指示を与える。リーガスとジーンは夫婦で出席し、ルークは会場までマリーリアを案内する手はずとなっていた。
「お支度、ありがとうございました。行って来ます」
マリーリアは着替えを手伝ってくれた侍女に軽く会釈をすると、ルークに手を取られて舞踏会の会場となる広間へと向かった。ジーンもリーガスに手を取られて2人仲良くその後に続く。
「まいったな……」
彼らの姿が見えなくなり、誰もいなくなった廊下でアスターはつぶやく。着飾ったマリーリアの姿に目を奪われ、少しの間我を忘れていたのだ。
彼にはエドワルド直々に頼まれた重要な任務があった。主催者として身動きの取れない彼に代わり、会場までフロリエをエスコートするという重大な任務だった。深呼吸して気持ちを落ち着けると、この先にある彼女の為に用意された部屋に彼はようやく足を向けた。
舞踏会の会場となった総督府の大広間はたくさんの人が集まっていた。特に入念に着飾った若い女性の姿が目立つ。エドワルドが長く付き合ってきたエルデネートと別れた事は既に知れわたっており、彼が本気で結婚相手を探していると思われていたからである。招待されている有力者達は、こぞって自分の身内にいる若い女性を着飾らせて同伴させていた。
そんな中に姿を現したマリーリアは会場中の注目を浴びる事となった。困った事に広間の入り口は少し高い位置に設けられており、そこから階段を使って降りていかねばならない。階段の手前で一度立ち止まると、嫌でも人目についてしまう。
「どちらの御令嬢?」
「皇家の方かしら?」
方々でそんなささやきが交わされている。そんな中、来客を告げる係りが高らかと彼女の名を呼び上げる。
「ワールウェイド公ご息女、マリーリア・ジョアン・ディア・ワールウェイド様」
彼女が5大公家の息女と分かり、大きなどよめきが起こる。マリーリアは一同に対し軽く頭を下げ、ルークに手を引かれて階段をゆっくりと降りていく。そして役目を終えたルークは彼女に頭を下げて目立たぬように会場の端へと移動する。
そこへ本日の主催者、エドワルドが姿を現す。皇家の紋章を金糸と銀糸で胸に刺繍された、文官用の丈の長い礼服に身を包み、毛皮をあしらった長衣をその上からまとった姿は貫禄充分であった。
「ロベリア総督、エドワルド・クラウス・ディ・タランテイル様。」
係りがエドワルドの名を告げ終わる前に会場から大きな歓声が起こり、それを押し消してしまう。エドワルドは階段を降りる前に片手を上げて歓声に応える。
「本日は私主催の舞踏会へようこそおいで下さいました。長き冬は去り、ようやく訪れたこの春の良き日を楽しんでいただけたら幸いに思います」
そう、簡単に挨拶をすると階段を降り、真直ぐにマリーリアの下へ向かう。
「一曲目は私と踊って下さい」
エドワルドは丁寧に頭を下げて彼女に踊りを申し込む。マリーリアも拒むことはせずに差し出された彼の手にそっと手を乗せる。手を取り合った2人が広間の中央に進むと音楽が流れだし、2人は軽やかに踊り始めた。
「なかなか似合うじゃないか。見違えたぞ」
「皆さんのおかげです」
2人は軽々とステップを踏みながら会話を交わす。
「竜騎士礼装よりよほど良い」
「お世辞を言われましても何も出ませんが?」
「相変わらずだな」
会場は2人の優雅で流れるようなダンスに釘付けになっている。
「ところでフロリエ嬢は?」
「少し遅らせる様にアスターに指示している。3曲目くらいには来るかな」
「楽しみですか?」
「当たり前だろう?」
エドワルドはさらりと応えた。その様子にマリーリアはクスリと笑うと、後は無言で彼との踊りに集中したのだった。
やがて曲が終わり、2人は深々と頭を下げる。すると会場からは大きな歓声が沸き起こった。エドワルドは続けて踊ろうとはせずに、彼女を伴い主だった有力者に挨拶をして回った。そして給仕からワインを受け取って喉を潤し、彼にとっての本命が会場に姿を現すのを待った。
フロリエはその頃、エドワルドが用意してくれた豪華な客室で姿見の前に置かれた椅子に座り、オリガに髪を結い上げてもらっていた。
「本当にすてきです。フロリエ様」
「……ありがとう」
フロリエの表情は硬かった。刻限が迫るにつれて緊張が高まってくる。着飾ることは嫌いではないが、本当に自分が出ても大丈夫か不安で仕方なかった。昨年夏に招待された夜会でワザとらしく交わされていた悪意のこもった会話も思い出してしまう。
「フロリエ様?」
「……」
彼女の握り締めた手が小刻みに震えている事にオリガは気づいた。ルルーも彼女の膝の上で心配そうに見上げている。
「大丈夫ですよ、フロリエ様。さ、出来ました。姿見をご覧になりますか?」
フロリエが小さくうなずくと、オリガは手を差し出して彼女が立ち上がるのを助けてくれる。彼女は片腕でルルーを抱いて椅子から立ち上がると、全身映る姿見の前に移動し、ルルーに意識を集中させる。そこには見知らぬ貴婦人が立っているようにも見える。先日も着た薄紅色のドレスも、頭を飾る金のティアラも誇らしげに輝いて見えるが、自分の顔だけが何故か貧相に見えて仕方が無かった。
「……」
「お気に召しませんか?」
黙ったままのフロリエにオリガは心配そうに尋ねる。
「いえ……きれいに仕上げてくれてありがとう」
「自信をお持ち下さいませ」
「……」
フロリエの顔は青ざめていた。本当にとんでもない所へ来てしまったような気がする。その不安がルルーにも映り、小竜は不安げに彼女を見上げていた。
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