群青の空の下で(修正版)

花影

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第3章 ダナシアの祝福

51 姫提督の挑戦2

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「ほらほら、そんな恰好で近寄ったらせっかくのブランカの衣装が台無しになるわ。着替えて来なさい」
 夫人に声をかけられてようやく固まったままの2人は我に返った。食堂に飛び込んで来た時の勢いはどこへやら。すっかり母親のペースに飲まれてしまったエルフレートは手を離すとブランカに短く詫びを言い、着替えてくると言って食堂を出てった。
「ブランカ様もお座りになって」
「はい、あの、でも……」
 突っ立ったままエルフレートの後ろ姿を見送っていたブランカは夫人の言葉で我に返ると、ぎこちない仕草で再び席についた。そんな彼女に控えて居た家令が新しい飲み物を用意する。それを口にしながら気持ちを落ち着けていると、大急ぎで衣服を改めたエルフレートが戻って来た。
「母上、ご説明頂けますか?」
「そう慌てずに席に着きなさい」
 夫人は詰め寄ろうとする息子を制し、ブランカの隣に座るように指示する。結局、母親に逆らえない彼は、家令が引いた椅子に大人しく座った。そして運ばれて来た食前酒を行儀が悪いと思いながらも一気に煽る。
「で、どういうおつもりなんですか?」
「全く、せっかちなんだから……。その話は後で。食事が冷めてしまうから先にいただきましょう」
 息子の追及を軽く受け流し、マイペースな夫人は運ばれてきた料理に手を付ける。現時点での追及は無駄と察したのか、エルフレートは傍らのブランカと顔を見合わせる。そして湯気の立つ料理に手を付けた。



「もう話して頂けますよね?」
 微妙な空気の中食事が済み、お茶が運ばれてくる。ブランカと視線を交わすとエルフレートが口火を切った。
「本当にせっかちなんだから。ブランカ様に嫌われてよ」
「そうさせているのは母上でしょう?」
 母子の会話に割り込まないようにしているブランカはエルフレートの反論に小さくうなずいた。
「察しが悪いわねぇ。話し合う時間がとれないみたいだから、作ってあげただけじゃない」
「母上」
 気遣いは嬉しいが、こちらの都合も考慮してほしい。いきなり呼びつけられ、仕事を放りだして駆けつけたのだ。今頃は大混乱になっているに違いない。
「ブランカ様は明日帰られるのでしょう? そして次に会えるのは早くても来年なのでしょう? 今夜中に少しでも話が出来たら、その間の時間を無駄に費やさなくても済むはずです。仕事の方はその後でも出来るのだし、部下もいるのだからうまく使えば1日分くらいすぐに取り返せるでしょう?」
「……」
 仕事は確かに大事だが、優先順位をはき違えてはいけないと言っているのだろう。大貴族ブランドル家を長く切り盛りしてきた夫人だからこそ言えるのかもしれない。
「話を進めるなり、思い出を作るなり朝まで好きに使いなさいな」
 言い返せないでいる息子を尻目に、夫人は席を立つと食堂を後にする。給仕をしていた家令も彼女に付き従って出て行ったので、エルフレートとブランカは2人取り残された形となった。
「……」
「……どうする?」
 静寂が支配する中、2人は戸惑いながら視線を交わす。夫人が2人の為に強引に作り出した時間である。無駄にせずに有効に使いたいのだが、恋愛初心者の2人はなかなか思考がまとまらない。
「……とりあえず、着替えたいな」
「……ああ、そうだね」
 崩してしまうのはもったいない気もするが、着慣れないドレスを着てブランカは疲れているのだろう。エルフレートは立ち上がると彼女に手を差し出した。
「とりあえず部屋まで送る。その、着替えが済んだ頃また行ってもいいか?」
「うん……でも……」
「何だ?」
「エルフレートの部屋も見てみたい」
 大胆な発言にエルフレートは目を丸くする。つい興味を抱いて出てしまった言葉にブランカ自身も大いに狼狽えた。
「あ、その、深い意味は無くて、その、もっと君の事を知りたいと言うか、何ていうか……」
「……散らかっているがいいか?」
「うん」
 ブランカは頬を染めてうなずくと、差し出されていた手をとった。そして2人はそのままエルフレートの部屋に向かった。



 明け方に雨は止み、帳の隙間から差し込んできた朝日で2人は目を覚ました。昨夜はエルフレートの部屋に場所を移し、夜遅くまで頭を突き合わせて意見を交換した。
 夫人の口ぶりから判断すると、タランテラ側はこの婚礼に反対していないとみていいだろう。エルフレートの後任を任せられる人物が現れれば騎士団を辞すことも可能だろうが、時間はかかりそうだ。
 問題はエヴィル側。まだあちらには結婚の意向を伝えてはいない。どんな反応をされるかがまだわからず、こちらの対策はブランカが帰国してその反応を見てからになりそうだ。
 来年は国主会議が開かれる。今回のカルネイロに関する報告も成されることからエドワルドも出席の意向を固めていると聞いていた。ならば、エルフレートは何が何でもそれに同行してエヴィルに立ち寄る時間を設けようと画策していた。それが無理なら休暇をもぎ取ってでもエヴィルに行き、ブランカの両親に結婚の申し込みをしようと決意を固めた。
「まいったな、帰したくない」
「気持ちは同じだよ」
 密室に2人きり。朝にはまた離れ離れになる恋人達の気持ちは昂り、肌を合わせ、体を重ねるのは自然の成り行きだった。寝台で抱き合ったままこうして朝を迎えたわけだが、刻一刻とその時間が迫っていた。
「必ず、来年エヴィルに行くから待っていてくれ」
「ああ。楽しみに待ってる」
 朝日の差し込む寝台の中、2人は改めてそう約束を交わすと名残を惜しむように唇を重ねた。
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