群青の空の下で(修正版)

花影

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第3章 ダナシアの祝福

23 罪と罰2

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「昨日、帰宅した妻がもう一度話をしようと娘の部屋に行った所、娘の側にはあの子の乳姉妹が半裸で拘束されていました。側にはマルグレーテがおりまして、彼女が手に入れて来た薬品の効果を試していたらしく、むき出しにされた乳姉妹の背中は既に爛れ、娘が持っている瓶の中身を垂らされて苦しそうにもがいていたそうです。あまりの光景に妻が慌てて止めに入り、更にそれを阻止しようとしたマルグレーテと3人で揉みあっているうちに薬品がその3人に……」
 リネアリス公が膝の上で握りしめている拳にポタリと涙が落ちる。
「奥様とお嬢様方、そしてその乳姉妹は今、どのように?」
 勤めて冷静に尋ねたつもりだったが、フレアの声は震えていた。
「妻とマルグレーテは腕にかかりましたが、幸い対処が速かったので多少の痕は残るものの大事には至りませんでした。乳姉妹は背中の広範囲にわたって爛れており、重度の火傷を負っておりました。一命は取り留めましたが、痕はもう消えないだろうと治療に当たった医師が申しておりました」
 リネアリス公はここで一旦言葉を切ると、深く息をはきだした。
「娘は頬から首、肩にかけて薬品を被りました。応急処置はすぐに施されましたが、治っても元通りにはならないでしょう。企てたことをそのまま自分がこうむる形であの子は罰が当たったのです。半狂乱で手が付けられなかったので、今は薬で眠らせております。そして薬品の入手に協力したマルグレーテは治療後、我が家で身柄を拘束しております」
 イヴォンヌは、おそくに出来たこともあって両親や兄姉に盛大に甘やかされて育っていた。家庭教師も使用人も少しでも厳しい事を言えば辞めさせられてしまうので、世間で言うところの一般常識が欠如していたのだ。子供の教育は家庭教師に丸投げしていた夫妻は、今回の事で初めて娘が常識に疎い事に気付いたのだった。
「そうですか……」
 エドワルドもフレアも深いため息をついた。
「今回の事、一つ間違えれば奥方様だけでなく、姫様や若様にも危険に曝す所でした。本当に申し訳ございません、全ては私共の責任でございます」
 リネアリス公は床に膝をつくと、その場で深々と頭を下げる。そして懐から何かの包みを取り出すと、それをエドワルドの前に置いた。それはリネアリス家の紋が入った当主の証だった。
「娘がしでかした事を思えば、これだけで全てが許される訳ではありませんが、私自身のけじめとして大公位を返上致したく存じます」
 エドワルドは渋い表情で差し出された証に視線を落とす。大公位の返還は妥当に思えるが、令嬢の罪は重すぎてこれだけでは済まない。噂を流した程度だけであれば、公表をせずに令嬢自身への罰だけで済ませる事も可能だったが、皇家の人間に危害を加えようと画策したとなると、生半可な罰で済ませる訳にはいかない。
 問題はそれだけでは無い。今、当主の交代が行われれば、2日後に定めた選定会議がまた延期となってしまう。ベルク失脚に伴う礎の里の大掃除もあって、即位式は初秋を予定しているが、それでも次代の国主は皇都に戻り次第決めておくよう各国の賓客方からは釘を刺されている。これ以上遅くなるのは好ましくなかった。
「フレア、君の意見は?」
 エドワルドは傍らの妻に視線を向ける。刑罰を決めるのは、リネアリス家からの正式な報告書が上がってからになるが、それでも狙われた当の本人の意見も参考にしたいと考えたのだ。
「私は……謝罪をして頂きとうございます」
「謝罪?」
 思わぬ返答にエドワルドは首を傾かしげ、リネアリス公も思わず顔を上げる。
「上辺だけの謝罪では無く、ご令嬢本人が心から反省して謝罪して頂ければと思います。私にだけではなく、怪我をさせてしまったお母様や乳姉妹、そして、噂を打ち消そうと奔走して下さったセシーリア様やアルメリア様等、関わった皆様に心から謝罪して赦して頂くのです。もちろん、怪我をさせた乳姉妹には相応の賠償が必要になりますが……」
 一見、楽なようにも思えるが、フレアの求める水準を満たすにはそうすぐには無理だろう。先ずは令嬢自身の考えを変えなければならない。周囲の尽力しだいになるが、もし今回の事を逆恨みするようであれば、それはなおの事困難になる。そしてイヴォンヌが改心し、己の行いを反省出来る様になったとしても、今度は被害者がすぐに許すとは限らない。特に怪我をさせられた乳姉妹には会う事すら拒まれる可能性があるのだ。
「罰を与えるだけなら簡単ですが、ご令嬢には己の犯した罪を自覚して頂きたいと思います。きれいごとばかりで政が務まるわけではありませんし、それで改心するとも限りませんが、それでもやり直す機会を作りたいと思います。もちろん、関わったマルグレーテにもです」
 フレアの脳裏には最後まで己の行為を顧みなかったラグラスの姿と、犯した罪に押しつぶされそうになりながらも、けじめをつけて新たな生活を始めたゲオルグの姿が蘇っていた。フレアはまだ若い令嬢の可能性を信じたいに違いない。
「分かった、検討しよう。それからこれは返上しなくてもいい」
 フレアの考えを理解したエドワルドは、大きくうなずくと当主の証をリネアリス公に返した。彼は後光でも差して見えたのか、それを受け取ると床に擦り付けるほど頭を下げた。稚拙な計画とはいえ、反逆罪とみなされば一族全てに極刑が言い渡されることもあり得る。そしてそれはエドワルドの胸一つで決まると言っても過言ではないのだが、温情あるフレアの意見を取り入れてやり直す機会が与えられるかもしれないのだ。
「本当に……本当に……申し訳ありませんでした」
 思えば1年前はグスタフにそそのかされて彼女を排除するたくらみに自分も加担していたのだ。それなのにまるでダナシアのような慈悲深さを示すフレアの姿にリネアリス公は思わず涙を流した。
 結局、この件は公表される事は無く、内々に処分が行われた。リネアリス公は即位式の後に病気療養を理由に引退し、その地位はエドワルドの助言に従って長女の婿に譲られた。そして移り住んだ領内の別荘で、妻と共に末の娘の再教育を自ら行う事となった。
 そしてマルグレーテは父親のニクラスに引き取られ、ワールウェイド領の片田舎の修道院で常識を学びながら更生させることとなった。



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