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第2章 タランテラの悪夢
209 群青の空の下で4
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正神殿に祝福の鐘の音が響き渡る。その祭壇の前に礼装を身に纏ったエドワルドが立っているのだが、これから行われる晴れやかな儀式とは裏腹に彼は少々不機嫌だった。
昨夜はミハイルと杯を酌み交わし、滅多に飲めない極上のワインを口にして上機嫌で眠りについたのだが、今朝はオルティスによって早々に叩き起こされた。起き抜けに湯あみを勧められ、その間に用意されていたのがこの礼装である。
正神殿についてみると、生花で彩られた祭壇には主宰となる賢者とシュザンナ、そしてその補助として何故か皇都から大神殿の神官長が来ていた。会場には皇都から来ていた面々や各国の賓客、そして近隣の貴族や各騎士団長までもが揃っていた。加えて神殿の外には今日の婚礼を聞きつけた近隣の住民が祝福に押し寄せていたのだ。
確かに婚礼を了承した。だが、自分が知らない間に準備が進められ、ここまで大掛かりに行われるとは思ってはいなかったのだ。有り難いが、自分達の意志を無視されたようで少し拗ねていたのだ。
「殿下、あまり嫌そうな顔をしておられますと、フレア様との婚姻事態が本意ではないと思われますよ」
もうじき花嫁が入場する。エドワルドの傍らに立つ介添え役のアスターが苦笑して忠告する。無論、計画してくれた賓客の手前、嫌そうにはしていないのだが、長年付き従って来た副官にはお見通しの様だ。
「……」
「いらっしゃいますよ」
やがてダナシアを称える音楽が流れてくる。正面の扉が開け放たれ、父親に手を引かれた花嫁が入場してきた。レースと真珠をふんだんに使い、清楚な印象の花嫁衣装はフレアに良く似合っていた。見事な刺繍が施された引き裾が広がる様は息をのむほど美しい。
実はこの衣装はロベリアの仕立屋が用意したものだった。1年前に婚礼衣装を依頼された直後に内乱が起こっても、彼女は一家の無事を願って衣装を作り続けた。引き裾の刺繍はフレアが無事に帰ってくると信じ、一冬かけて施したものだった。その結果、彼女の最高傑作ともいえる婚礼衣装が出来上がっていた。この出来栄えに誰もが感嘆し、今日の佳き日に身に纏う事になったのだ。
あの大粒の真珠をあしらったティアラを身に付けたフレアの肩には白い絹のリボンを首に巻いたルルーが大人しく乗っている。そして静々と歩くその後ろには白いドレスに身を包んだコリンシアとエルヴィンを抱いたオリガが続く。
ゆっくりと花嫁がエドワルドの元へ近づいてくる。目の前まで来ると、ヴェール越しでもその顔が晴れやかなのが見て取れる。それを見てしまえばエドワルドの先程まで燻っていた不満もどこかに吹き飛んでいく。
「エドワルド殿、これからも娘を頼むよ」
「フレア様、殿下とどうか末永くお幸せに」
型通りの言葉だが、だからこそ、その思いが強く伝わる。エドワルドもフレアもうなずくと、ミハイルはフレアの手をエドワルドに委ねた。2人はそっと手を重ねると、進行役の賢者が待つ祭壇へと進み出た。
「幾多の苦難を超えて結ばれる2人にダナシア様の限りない祝福を賜らんことを願わん」
礎の里から来た賢者によって取り仕切られ、大母補によって祝福される。組紐の代わりにお揃いの腕輪を互いの腕に着ければ感慨も一層深くなる。
「誓いの口づけを」
賢者に促され、ヴェールをめくると早くも彼女の目が潤んでいる。その頬に手を添えてそっと誓いの口づけを交わせば参列者からは惜しみない拍手が沸き起こった。
最後は子供達も呼ばれ、コリンシアは両親と抱擁を交わし、エルヴィンは両親からその額に口づけられて家族となった喜びを分かち合う。格調高いだけでなく、心のこもった儀式は参列した誰もが記憶に残るものとなった。
婚儀を終えたばかりの2人が神殿を出ると集まった領民に大歓声で迎えられた。祝福の花びらが舞い、一同が見守る中、儀礼用の装具を付けて待機しているグランシアードのもとへ歩んでいく。2人が飛竜に騎乗して飛び立つと、子供達を乗せたファルクレインとエアリアルもそれに続く。その後からはオニキスやジーンクレイ、更にはフィルカンサスやパラクインスも続く。
「見てごらん」
エドワルドはフレアの手を取ってグランシアードの瘤に触れさせる。眼下には2人を一目見ようと集まった人々。彼方にはフォルビアの街を従えた城の姿が見え、その背景は雲一つない青空だった。その空の色は深さを増していき、稀有な色へと変化していく。
「まあ……なんて綺麗」
出会った年はルルーがおらず、稀有な空が顕現しても見る事が叶わなかった。昨年は晴れてもこの色が現れる事は無く、フレアはようやくこの空の色を目にする事が叶ったのだ。
「君に誓おう。来年も再来年もずっとこの空を皆と笑って見上げられるようにしていくと」
「エド……」
エドワルドの宣誓にフレアが振り向くと、彼は彼女の顎に手を添えて口づけた。
2人の門出を祝福するかのような群青の空の下、壮麗な飛竜が舞う光景は人々に長く語り継がれた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
何か企んでいた気はしていたが、ここまで本格的に婚礼を上げる事になるとは思っておらず、してやられた感満載で不機嫌だったエドワルド。しかし、婚礼衣装に身に包んだフレアの美しさにそれもどこかに消し去った模様。もう新妻にメロメロです。
ちなみにエルヴィンは白いレースのベビードレスを着用。ポヤポヤの髪は帽子で隠れていました。
これにて第2章完結です。
いつも読んでいただきありがとうございます。
お気に入り登録、応援、評価嬉しいです。皆様のおかげでここまでこぎつけました。
なろう版ではこの後エピローグへと続け、後日譚的な話を番外編として乗せていたのですが、それらの番外編を第3章としてまとめる予定。もう少しお付き合いくださいませ。
昨夜はミハイルと杯を酌み交わし、滅多に飲めない極上のワインを口にして上機嫌で眠りについたのだが、今朝はオルティスによって早々に叩き起こされた。起き抜けに湯あみを勧められ、その間に用意されていたのがこの礼装である。
正神殿についてみると、生花で彩られた祭壇には主宰となる賢者とシュザンナ、そしてその補助として何故か皇都から大神殿の神官長が来ていた。会場には皇都から来ていた面々や各国の賓客、そして近隣の貴族や各騎士団長までもが揃っていた。加えて神殿の外には今日の婚礼を聞きつけた近隣の住民が祝福に押し寄せていたのだ。
確かに婚礼を了承した。だが、自分が知らない間に準備が進められ、ここまで大掛かりに行われるとは思ってはいなかったのだ。有り難いが、自分達の意志を無視されたようで少し拗ねていたのだ。
「殿下、あまり嫌そうな顔をしておられますと、フレア様との婚姻事態が本意ではないと思われますよ」
もうじき花嫁が入場する。エドワルドの傍らに立つ介添え役のアスターが苦笑して忠告する。無論、計画してくれた賓客の手前、嫌そうにはしていないのだが、長年付き従って来た副官にはお見通しの様だ。
「……」
「いらっしゃいますよ」
やがてダナシアを称える音楽が流れてくる。正面の扉が開け放たれ、父親に手を引かれた花嫁が入場してきた。レースと真珠をふんだんに使い、清楚な印象の花嫁衣装はフレアに良く似合っていた。見事な刺繍が施された引き裾が広がる様は息をのむほど美しい。
実はこの衣装はロベリアの仕立屋が用意したものだった。1年前に婚礼衣装を依頼された直後に内乱が起こっても、彼女は一家の無事を願って衣装を作り続けた。引き裾の刺繍はフレアが無事に帰ってくると信じ、一冬かけて施したものだった。その結果、彼女の最高傑作ともいえる婚礼衣装が出来上がっていた。この出来栄えに誰もが感嘆し、今日の佳き日に身に纏う事になったのだ。
あの大粒の真珠をあしらったティアラを身に付けたフレアの肩には白い絹のリボンを首に巻いたルルーが大人しく乗っている。そして静々と歩くその後ろには白いドレスに身を包んだコリンシアとエルヴィンを抱いたオリガが続く。
ゆっくりと花嫁がエドワルドの元へ近づいてくる。目の前まで来ると、ヴェール越しでもその顔が晴れやかなのが見て取れる。それを見てしまえばエドワルドの先程まで燻っていた不満もどこかに吹き飛んでいく。
「エドワルド殿、これからも娘を頼むよ」
「フレア様、殿下とどうか末永くお幸せに」
型通りの言葉だが、だからこそ、その思いが強く伝わる。エドワルドもフレアもうなずくと、ミハイルはフレアの手をエドワルドに委ねた。2人はそっと手を重ねると、進行役の賢者が待つ祭壇へと進み出た。
「幾多の苦難を超えて結ばれる2人にダナシア様の限りない祝福を賜らんことを願わん」
礎の里から来た賢者によって取り仕切られ、大母補によって祝福される。組紐の代わりにお揃いの腕輪を互いの腕に着ければ感慨も一層深くなる。
「誓いの口づけを」
賢者に促され、ヴェールをめくると早くも彼女の目が潤んでいる。その頬に手を添えてそっと誓いの口づけを交わせば参列者からは惜しみない拍手が沸き起こった。
最後は子供達も呼ばれ、コリンシアは両親と抱擁を交わし、エルヴィンは両親からその額に口づけられて家族となった喜びを分かち合う。格調高いだけでなく、心のこもった儀式は参列した誰もが記憶に残るものとなった。
婚儀を終えたばかりの2人が神殿を出ると集まった領民に大歓声で迎えられた。祝福の花びらが舞い、一同が見守る中、儀礼用の装具を付けて待機しているグランシアードのもとへ歩んでいく。2人が飛竜に騎乗して飛び立つと、子供達を乗せたファルクレインとエアリアルもそれに続く。その後からはオニキスやジーンクレイ、更にはフィルカンサスやパラクインスも続く。
「見てごらん」
エドワルドはフレアの手を取ってグランシアードの瘤に触れさせる。眼下には2人を一目見ようと集まった人々。彼方にはフォルビアの街を従えた城の姿が見え、その背景は雲一つない青空だった。その空の色は深さを増していき、稀有な色へと変化していく。
「まあ……なんて綺麗」
出会った年はルルーがおらず、稀有な空が顕現しても見る事が叶わなかった。昨年は晴れてもこの色が現れる事は無く、フレアはようやくこの空の色を目にする事が叶ったのだ。
「君に誓おう。来年も再来年もずっとこの空を皆と笑って見上げられるようにしていくと」
「エド……」
エドワルドの宣誓にフレアが振り向くと、彼は彼女の顎に手を添えて口づけた。
2人の門出を祝福するかのような群青の空の下、壮麗な飛竜が舞う光景は人々に長く語り継がれた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
何か企んでいた気はしていたが、ここまで本格的に婚礼を上げる事になるとは思っておらず、してやられた感満載で不機嫌だったエドワルド。しかし、婚礼衣装に身に包んだフレアの美しさにそれもどこかに消し去った模様。もう新妻にメロメロです。
ちなみにエルヴィンは白いレースのベビードレスを着用。ポヤポヤの髪は帽子で隠れていました。
これにて第2章完結です。
いつも読んでいただきありがとうございます。
お気に入り登録、応援、評価嬉しいです。皆様のおかげでここまでこぎつけました。
なろう版ではこの後エピローグへと続け、後日譚的な話を番外編として乗せていたのですが、それらの番外編を第3章としてまとめる予定。もう少しお付き合いくださいませ。
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