群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

203 動きだした時間5

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「私も同行させてください」
 そう無理を言ってフォルビアに来たエルフレートだったが、エヴィルの国主が来てすぐにベルク糾弾の会議が始まってしまい彼の個人的な用件は果たせずにいた。それでも護衛という名目で部屋の隅に控えて立っていた。
 会議の中で明るみになっていくベルクを筆頭にしたカルネイロ商会の行状に怒りが沸々と沸き起こってくる。それは護衛として立っている他の竜騎士達も同様の様で、怒りを堪えているのか顔をしかめていた。
「それにしてもきりがないの」
 ダーバの隠居が漏らした本音に誰もがうなずいた。そして一先ず全ての資格をはく奪してから、十分時間をかけてその罪状を明るみにすることで意見が一致した。



「エルフレート卿」
 眠ったままのベルクを正神殿に連れて来るまで休憩となり、エヴィルの国主が声をかけて来る。エルフレートは恐縮して頭を下げた。
「お久しぶりでございます。その節はお世話になりました」
「元気そうじゃの」
「はい」
 救出してもらっただけでなくタランテラへの帰還にも尽力してもらった恩人相手に頭が上がらない。感謝の気持ちを伝えたいのだが、なんだか緊張して言葉が出てこなかった。そこへエドワルドが声をかけて来る。
「エルフレート、顏を上げろ。陛下が困っておられる」
 肩を叩かれ、エルフレートが顔を上げると、エドワルドはエヴィルの国主に向き直った。
「先ほどは簡単な挨拶で失礼しました」
「いや、こちらこそお待たせして申し訳なかった。だが、先程も報告した通り海賊団は壊滅したので安心してほしい」
「ありがとうございます」
 エドワルドにしてみれば兄の敵を取ってもらったようなものだろう。
「ふむ、それで船団が出払っているのだが、戻り次第お預かりしている貴国の兵を送ろうかと思っている。皆、回復してきておるし、長旅にももう耐えられるだろうと医師の見立てだ」
「そうですか、ありがとうございます」
 エヴィルに置いてきた仲間の事は気がかりだったので、国主の言葉にほっと胸をなで下ろす。それはエドワルドも同様のようだ。今後も継続して治療が必要になるが、それでも故郷に戻れば回復が早まるかもしれない。
「お、そうそう、忘れるところだった」
 そう言って国主は懐から一通の手紙を取り出し、エルフレートに差し出す。
「ブランカからじゃ」
 ワールウェイド騎士団長を拝命した後、忙しい合間を縫って彼女に近況を伝えるのも兼ねて令状を送ったのは秋の終わりだった。思いがけない所からきた返事に驚いたエルフレートはぎこちなくそれを受け取る。その様子にエドワルドは冷やかすような視線を送っているのだが、当の本人は気付いていない。
「か、彼女は?」
「元気にしておる。今回の討伐も先頭に立って船団を率い、見事その結果を残した。そろそろ帰国する頃合いだろう」
「そうですか」
 エヴィルが海賊討伐に乗り出したと聞き、ブランカの性格なら先頭に立つだろうとは思っていた。それでも無事と聞いてほっと安堵の息を吐く。
「まだしばらくこちらにお世話になるからの。返事があれば預かろう」
「ありがとうございます」
 何だか頭を下げてばかりだが、国主は笑って応じていた。
「では、少し休んでくるか。首座殿が来ておるからの。ちょっと楽しみじゃ」
 ミハイルと一緒にタランテラ入りしたダーバの隠居やガウラの王弟達が、ミハイルが持って来たブレシッド産のワインで飲み明かしたと聞いて内心羨ましかったのだろう。エヴィルの国主はそうおどけて応えると、軽い足取りで部屋を出て行った。
「姫提督とうまくいっているみたいだな」
 思わぬ問いかけにエルフレートは慌てる。実際にまだそんな仲ではない。
「お、恩人です」
「そうなのか?」
 以外そうな反応をしているが、その目を見ればからかう気満々である。エルフレートは身の危険を感じて思わず逃げ腰になっていた。
「エド」
 現れた救世主はエドワルドの妻フレアだった。シュザンナやアリシア、マリーリアと話をしていたのだが一段落したらしい。後ろには彼女達もいる。
「話は終わったのか?」
「ええ。シュザンナ様がエルヴィンに祝福して下さるそうです」
 先ほどまでエルフレートをからかう気満々だったエドワルドだが、嬉しそうに報告するフレアの姿を口元に笑みを浮かべて眺めている。その穏やかな表情は久しく見ることのなかったのだが、本当の幸せを得たおかげだろう。
「そうか」
「後で時間がとれるかどうか分からないから、今のうちにと仰っていただいているのですが、エドも立ち会いますか?」
「もちろん」
 妻の提案にエドワルドはとろけるような笑みを浮かべて応じている。「ああ、これで追及されずに済む」とエルフレートは安堵するが、彼はチラリと視線を向けてくる。「後で聞かせてもらうぞ」とその目は言っていた。
「では、行こうか」
 固まったエルフレートを残し、彼は妻を促《うなが》して他の女性陣と共に部屋を出て行った。



 ベルクの糾弾も終わり、城で私的な晩餐会が開かれることになった。無礼講の席だから出席するよう言われたのだが、絶対に話を蒸し返されると危惧し、あまり長く留守に出来ないからと言い訳してワールウェイドの城に帰ってきた。
 残していた仕事をするからと言って執務室に籠り、そこでようやくブランカからの手紙を開いた。出撃前に書かれたらしいその手紙には彼女らしい几帳面な字が並んでいる。エルフレートの体を気遣う内容に始まり、冬の間の海賊討伐の準備の様子などが書かれていた。
「相変わらずだな」
 短い付き合いだったが、彼女の人となりは良く理解しているつもりだ。例え、帰国するまでは相手が男だと思い込んでいたとしてもだ。エルフレートは仕事そっちのけで友人への手紙を書き上げた。



「エルフレート卿、皇都よりアルメリア姫様とブランドル公ご夫妻がお見えになられました」
「は?」
 手紙を書き上げた頃には深夜になっていた。そこへ侍官に客の来訪を告げられて驚く。慌てて出向くと、そこには本当に喜色満面のアルメリアと彼の両親がいた。
「おや、エルフレート。あなた、フォルビアに行ってきたのでしょう? どんな様子だった?」
 挨拶そっちのけで母親が尋ねて来る。
「ええ、そうですけど、こちらにお見えになるのはサントリナ公ご夫妻だったのでは?」
「彼等は先にフォルビアに向かわれた。我々は彼の補佐だ。後、エヴィルの代表の方にお会いしたい。どなたがお見えになっている?」
 今度は父親が矢次早に質問してくる。ともかく落ち着いて話をしようと応接間に場所を移し、使いのルークが皇都に出立した後の出来事をかいつまんで説明していく。
「そう、無事に終わったのね、良かったわ」
 ベルクの糾弾が終わり、一番安堵していたのはアルメリアだろう。彼等はワールウェイド城で一泊し、明朝フォルビアに向かう予定らしい。
「そうだわ、あなたも来てちょうだい」
「え? 私は戻って来たばかりで……」
 確かに、手紙をことづけに一度戻らねばならない。婚礼の折に行けば主賓のエドワルドは身動きが取れなくなるから変な追及はされないだろうと思っていた。しかし、復興の為の会議は数日続く予定なので、そのままあちらに居れば合間の時間を使ってブランカとの仲を追及してくるに違いない。多分、ただの友人と言っても信じてくれないだろう。
「関係ないわ。エヴィルの陛下にお礼を申し上げたいからあなたも一緒の方がいいのよ」
 言い出したら母親は聞く耳を持たない。結局、エルフレートは皇都から来た一行の案内役として逃げ出してきたばかりのフォルビアに戻る羽目になってしまった。
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