群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

145 彼等の絆2

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 捕えた盗賊達を取り調べた報告書に目を通しながら、ルイスは深くため息をついた。
 前日の討伐の後、部下が帰路の途中で見つけた怪しい一隊は、ラグラスの手下と聖域から逃げた盗賊、そしてベルクが雇ったらしい傭兵といった寄せ集めの集団だった。積雪の少ない聖域の東側を通って来たらしい彼等は、明らかに疲れ切っていた。更には竜騎士が多くいる事に驚き、動揺を隠せなかった彼等は、ルイス達ブレシッド公国の竜騎士達によってあっけなく捕えられたのだった。
 そして彼等を率いていた男達を一晩かけてじっくりと尋問した報告書が今、ルイスとアリシアの下に届けられた。それを目にしながら、完全に彼女達の存在を隠しきれなかった悔しさが沸き起こってくる。
「ここには大人数を置けませんから、早いうちにブレシッドへ移しましょう」
 同様に報告書へ目を通したアリシアは、その手配をさっさと済ませてしまう。彼等の襲撃計画を知ったレイドから知らせが来て、その知らせはミハエルにも既に使いを送っている。返答はまだだが、ブレシッド領内だったら他公国の承認は必要ない。自給自足を旨とするこの村には、招かれざる客を食わせるだけの余剰の食料は無く、さっさとその身柄を移してしまう必要があった。
「彼等には計画が成功したと思い込ませないとね」
「そうなると、まだタランテラ側に知らせない方が良いか……」
 一番知られたくない相手にフレア達の存在を知られたのだから、もう隠す必要は無い。だが、計画が順調だと思い込ませるためにも、ベルクにつけ入る隙を与えない為にも彼女達の存在を公表するのはまだ控えた方が良さそうだ。
「仕方ないわね」
「フレアは何て言ってる?」
「お任せしますと言っていたけど、少し寂しそうだったわね。オリガもそう。もう少しわがまま言ってもいいのに……」
 ため息交じりにアリシアが零すと、ルイスは肩をすくめる。
「言った所でどうにもならないのが分かっているからだろう。審理はいつ行われるんだ?」
「タランテラの討伐期が終わって、その事後処理が済んでからになるわ。予定では春の終わり。準備に手間取れば初夏になる可能性もあるわね」
「そんなにかかるのか……」
「仕方ないでしょう。その頃なら産まれた赤子を動かしても大丈夫なはず。あの子達を安全な場所に移した後なら、何の心配も無くベルクを糾弾できるわ。今後どうするかタランテラと協議できるのはその後ね」
「……」
 長く交流が途絶えていた国への輿入れとなる。すんなり話がまとまればいいが、結納金や持参金と言った金に纏わる話も出てくるだろうし、互いのプライドもある。それに国力が衰えているタランテラの現状ではすぐに花嫁を迎えられない可能性もある。
 滞りなく準備が整えば輿入れは秋にも可能だろうが、話がこじれれば一体いつになるのか見当もつかない。それは彼女達にはあまりにも酷な話ではないだろうか。
「母上、もう少しどうにかならないですか?」
「あの子達の安全が最優先よ。これ以上の策は思いつかないわ」
「……」
 ルイスはため息をつく。本当に余計な事をしてくれたと、ラグラスやベルクを呪わずにはいられなかった。
「とにかく、今はアレス達が有力な証拠集めに専念できるように、貴方はここを守るのが役目ですからね。あの子達の事を思うのなら、しっかり働きなさい」
「勿論です」
 母親の叱咤激励にルイスは神妙にうなずいた。



 その日の朝議は、他界したと知らせがあったロイス神官長への黙とうから始まった。エドワルドの執務室に集まった重鎮達は皆、神妙な面持ちで祈りを捧げる。誰もが好印象を抱いていた神官長を悼み、いつもより少し長い時間黙とうしていた。
「報告を聞こう」
 この時期は大抵、前日に行われた討伐の報告から始まる。冬が深まるにつれて日々激化する討伐は冬至も間近とあってその頻度も増え、規模も拡大している。一隊のみに任せられる小規模なものは稀となり、複数の大隊で出撃し、アスターかブロワディのどちらかがその全体を指揮する為に毎日の様に同行していた。
「昨夜は南の境界付近で青銅狼の群れが2つ出現しました。第2騎士団と連携できたので、被害は最小限に留められました」
 昨夜はブロワディが出撃していたが、戦闘で腰を痛めてしまい、立って歩くのも辛そうにしている。しかも突出したがる小隊がいて、それを抑えるのに随分と苦労したらしい。何でも手柄をたてれば出世が出来ると一部で噂が独り歩きしていると聞く。
「何故、そんな噂が?」
「指揮官不足の現状から、今が出世の好機だとは前々から言われております。その話がどんどん膨らんだものと思われます」
「危険だな」
「ええ。我々が出撃する折はまだ抑えが効くのですが、1大隊のみで出撃する折は制御が難しくなっていると、各大隊長が苦慮しております」
 現在の大隊長の内、半数以上がこの秋までは小隊長を務めていた。今まで同格だった仲間が出世できたのなら自分にも……と野心が芽生えるものなのだろう。
「討伐の折は上司に従う様に改めて徹底させろ」
「かしこまりました」
 エドワルドの命令ならば効力は折り紙つきである。ブロワディは感謝して頭を下げた。
その後も討伐に関連する報告が続く。妖魔に壊された砦や橋等の修復の計画に予算、残念ながら命を落とした兵士に対する補償など、財務に関する報告は後が経たない。まとめて報告書で済ませばいいのだが、今年は予算に限りがあって、どうしても他部署の承認も必要となってくる。それらを一通り聞いて採択し、主だった議題は終了する。
「昨日、大神殿の神官長殿からご報告があって、遅くなったがマルモアの神官長の更迭が決定した。前々から神殿側が調べていた報告書と我々が提出した証拠で充分有罪と認められたそうだ。代理は大神殿から派遣され、当面は大神殿の監督下に置かれるそうだ」
 高位の神官が不祥事を起こした場合、その罪は礎の里の賢者達によって行われるのが慣例である。しかし、里から遠く離れた国ではそれもなかなか難しく、その代替としてその国にある大神殿が主体となり、各正神殿の神官長を集めた会議で裁きを決する事も認められていた。今回は後者の方法がとられ、マルモア正神殿の神官長は更迭となった。
 今回の事を礎の里に報告し、新たな神官長が任命されるのは春になってからになっている。
「では、カーマインは?」
「このままこちらで預かる事になる。ただ、カーマインを始めとした雌竜の記述にいくつか不備があるので、もう少し調査するという報告を頂いた」
 マルモアと聞いてやはり気になるのはカーマインの事である。最終的に下された決定にアスターは安堵の息を吐き、他の重鎮達も満足そうに頷いている。彼等は全員、不遇を被ってきた騎手とその相棒を気にかけていた。そして産卵を控えて神経質になっているカーマインに配慮し、現在、上級の室への立ち入りは制限されていた。
「それはようございました。念のため、警備は継続いたします」
「そうしてくれ。卵が産まれ、その卵から孵った雛を神殿に預けるまでは油断しない方が良いだろう」
「かしこまりました」
 ブロワディも了承し、これでこの朝の朝議は終了した。忙しい重鎮達はエドワルドに頭を下げると次々と執務室を後にしていった。

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