終わりよければ総て良し

花影

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本編

第4話

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お待たせしてすみません。


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「従兄様、降ろして」
「だめ。大人しくしてて」

ファラの懇願をラシードは無視した。彼女は今、彼に抱えられて離れに向かっていた。所謂お姫様抱っこされた状態なので、恥ずかしくてしょうがない。
帝国兵によりアルマースの私兵が無力化しても1人わめき続けるザイドはラシードへ報告に来た兵士が白刃を突きつけて黙らせた。他愛もなくそれで白目をむいた彼が連れ出されたのと入れ違いに解放された家族が戻り、安堵したところでファラは足の痛みに気付いた。
履きなれない踵の高い靴で走り回っただけでなく、ザイドに見事な蹴りまでお見舞いしたのだ。当然ともいえる結果だろう。

「従兄様は居なくて大丈夫なの?」
「任せておけば問題ない。それに、帰ってきたら説明するって言ったでしょ?」
「そうだけど……」

ラシードは後始末を部下に丸投げしていた。彼等もジャルディードの面々も生暖かい目で見送っていたので構わないのだろうけれど、この恥ずかしい状況から脱したいファラは無駄な抵抗を続けていた。

「お帰りなさいませ、主様」

そんなやりとりを続けているうちに離れについてしまった。先ぶれを出していたらしく、離れの召使が総出で2人を出迎えた。

「ただいま。先にファラの治療を」

ここで降ろしてもらえるのかと思ったが甘かった。ラシードはそのまま中に入っていき、ファラが使っている客間へ連れて行く。

「着替えてくるからここで待ってて」

ラシードはファラを椅子に降ろすととろけるような笑みを浮かべて彼女の額に口づけた。そして控える召使い達に指示を与えると、自分も着替えるために部屋を出て行った。



他人に傅かれるのに慣れていないファラが抵抗する間もなく、有能な召使い達によってあっというまに体は湯で清められていた。そしてゆったりとした部屋着に袖を通し、足の治療が終わったところで同じくゆったりとした部屋着姿のラシードが戻ってきた。さすがにこの状況で女装をするつもりはないらしい。

「足、大丈夫?」
「うん……」

異性として意識してしまったからか、何だか気恥ずかしい。召使いが淹れてくれたお茶を飲んで内心の動揺を抑えようと努めた。

「色々、黙っててごめんね」

召使いを全て下がらせて部屋に2人きりになると、ラシードは真っ先に頭を下げた。モヤモヤとした気持ちはあるが、事情を聞いてみないと分からない。ファラはゆるゆると首を振ると従兄を見上げる。

「説明してください、従兄様」
「うん。そうだね」

ラシードは表情を引き締め、居住まいを正した。自然とファラも姿勢を正し、従兄に向き直る。

「私の本名はアブドゥル・ラシード・アル・カウン。父は先の皇帝ファイサル3世だ」

ファラの記憶では先帝の皇子は亡くなったと聞いている。慕っていた従兄がその皇子様だった事実にファラは思わず息をのむ。

「父は正妃様との間に4人の皇女を儲けたが、跡継ぎとなる皇子には恵まれなかった。父は正妃様の事を愛していたし、弟がいたのでそれでもかまわないと思っていたらしい。
だが、周囲がそれを黙っておらず、結局父は側妃を迎えることになってしまった。野心のある貴族はこぞって縁戚の令嬢を差し出し、令嬢達もあの手この手で父に迫った。だが、それに辟易した父は側妃選びを止めてしまい、正妃様の元へ通い続けた」

ラシードはここで言葉を切ると、お茶を飲んで一息つく。ファラは無言で空になった茶器に新しいお茶を注いだ。彼は礼を言ってもう一口お茶を飲む。

「ありがとう、美味しいよ」

いつもの優しい笑みに添えられた言葉が嬉しくてファラは顔をほころばせたが、まだ話の途中なので再び表情を引き締める。

「私の母は元々、父の正妃様の側仕えをしていた。箏の名手だった母は正妃様だけでなく父にも気に入られ、特に側妃の問題で宮廷が荒れていた頃には母の演奏がお2人の慰めになっていたらしい。
正妃様のお計らいにより、箏の奏でる曲だけでなく、母の存在そのものが父の癒しとなるのにそう時間はかからなかった。そして2人が褥を共にするようになって半年ほどで母は懐妊した。
貴族としては下流の出だったが、陛下の強い意志と正妃様の後ろ盾を得て母は側妃となった。反対する者は多かったが、生まれてきたのが皇子だったことで周囲を納得させた。その皇子が私だ」

ラシードはここで大きく息を吐く。ファラが見上げると安心させるように頷いて再び口を開く。

「私の誕生は正妃様も大変喜んでくださり、母と一緒になって面倒を見てくださった。皇太子としての勉強はもちろん、芸術に造詣が深かったあの方は幼い私にありとあらゆる芸術を体験させて下さった。もちろん母からは箏も習った。
その幸せに陰りが見え始めたのは私が10歳の時だった。父が病に倒れ、あっけなくこの世を去った。周囲は子供の私に帝位はまだ早いと判断し、私が成人を迎えるまで一時的に叔父が帝位を継ぐことが決まった。
やがて12歳になると、同じ年頃の友人を作るために正妃様の計らいで私は帝都の大学に進んだ。1人でも多くの味方を得るのが目的だった。身分の上下に関わらず多くの友人を得たが、中でも親友ともいえる間柄になったのは君の兄上達だな。おかげで私は心強い味方を得ることが出来た。
母の為に正妃様の為にも一層勉学に励んだのだが、それがかえって良くなかったらしい。叔父は抱いていた劣等感を煽られ、更にはその頃自分の妻の懐妊が判明したことにより、帝位は生まれてくる自分の子供に継がせるため、ついに暴挙に出た」

ここで言葉を切ったラシードの手は小刻みに震えていた。ファラはそれに気づくと、そっと自分の手を重ねる。

「従兄様が辛いのなら、全部話さなくても……」
「否、聞いてほしい」

ラシードはファラの手を握り返す。彼女は迷いながらも小さく頷いた。

「私たちを取り巻く状況は日を追うごとに悪くなっていった。15の時に正妃様がお亡くなりになり、最大の後ろ盾を失った母はついに宮城から追い出された。しかも、父や正妃様を殺めたのではないかと故意に噂を流され、ついには旧都の屋敷に幽閉されてしまった」
「そんな……」
「私も皇太子の身分をはく奪されて辺境に送られることになった。ところがその道中、宿泊した館が火事になり、その混乱に乗じて私は叔父の監視下から逃れる事ができた。それを助けてくれたのが君の兄上を筆頭にした大学の友人達だった。
すぐにでも母を助けに行きたかったが、現状ではそれは無理だ。私が頼ったのは国内の貴族に嫁いでいた3番目の姉。だが、彼女をもってしても現状を打破する術は持ち合わせていなかった。たった数年の間でそれほどまでに叔父に味方する勢力は力をつけてしまっていた。
そんな奴らを弾劾するには十分な証拠が必要だ。そこで友人達は時間をくれと言ってきた。各部署の長と名の付く役職は奴らが占拠しているが、実務を取り仕切る次官ならばなれる可能性はある。頑張ってその地位に出世して内部から俺達が乗っ取り、十分な証拠も見つけてやる。時が来たら本物の皇帝として迎えてやるから、それまで私にはどこかに潜伏して生き延びてくれと言ってくれた」

ラシードは懐かしむように友人達の言葉を再現した。その中にはファラの兄も含まれているのだと思うと、ちょっと誇らしい気持ちになった。

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