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ラシードの事情
おまけ(バースィル編6)
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「バースィル」
やれやれと一息ついたところで声をかけられる。俺がここへ来た目的を知っている年長の女の子が呼びに行ってくれたのだろう。パトラが杖をつきながらゆっくりと俺に近寄ってくる。
「お仕事終わったの?」
「ああ。迎えに来た」
10年間の監禁により、すっかり自分に自信を失っていた彼女は俺の求婚を拒み続けた。しかし、俺は毎日のようにこの救護院を訪れて彼女と話をして不安を払拭していった。そして彼女自身の健康をようやく取り戻せた頃、俺の求婚を受け入れてくれた。余計な横やりも入ったこともあったが、半年前、俺達はめでたく夫婦になることができたのだ。
以前は宮城の宿舎に住み着いていたが、妻をめとるならと城下に家を購入し、今はそこで一緒に生活している。家のことはライラ様の伝手で雇った使用人が引き受けてくれているので、俺が仕事の日は時折こうして救護院を訪れ、子供達の世話を手伝っているのだ。
「じゃあ、帰ろう」
「いいの?」
彼女が不安げに指さす先には子供達にもまれている部下の姿があった。まあ、あれくらいはいつものことだ。中には将来近衛兵団に所属できる騎士が誕生するかもしれない。しっかりと次世代を担う騎士を育成してもらおう。
俺は妻を馬に乗せ、子供達に手を振ってから救護院を後にした。このまま家へ帰ろうと思っていたのだが、パトラの希望で郊外の墓地へ足を延ばすことになった。そこには亡くなられた親父さんが眠っている。健康を取り戻してからはよく墓参りに行っているので、別段珍しいことではない。
途中で墓に供える花を贖い、墓地に着くまでの間彼女と他愛もない会話を楽しむ。今日は赤子の世話をしたらしく、その愛らしさだけでなくお世話の難しさも力説していた。うん、そんな子がいつかうちにもできるといいなぁ。元気な男の子……いや、奥さんに似た可愛い女の子も捨てがたい。
「今日はいい勉強になったわ」
「そうか」
墓地に到着し、親父さんの墓に花を供える。ちなみにここには俺が酒場で働き始める少し前に亡くなった彼女の母親も眠っている。俺達はしばし祈りを捧げる。パトラは特に報告することがあるのか、何やら熱心に祈っていた。
「あのね、バースィル」
「ん?」
祈りを終え、立ち上がろうとするパトラに手を差し出す。俺の手につかまって立ち上がった彼女は不意に顔を覗き込む。俺が首を傾げると、彼女は顔を寄せて耳元で囁く。
「赤ちゃん、出来たの」
「え?」
彼女の告白に俺は一瞬固まる。だが、じわじわと喜びが沸き起こってくる。
「やったー」
俺は喜びのあまりパトラを抱え上げてその場でぐるぐる回り、彼女は驚いて俺の首にしがみついた。だが、母体に負担をかけちゃいけないと我に返った俺は慌てながらもそっと彼女を降ろした。
「本当に?」
「うん。今朝、お医者様に確認してもらったら間違いないって」
「そうか……」
俺は彼女の腹にそっと手を当てる。まだ何の変化もないがここに子供が宿っていると思うと胸が熱くなる。涙ぐむ彼女を俺はしっかりと抱きしめ、そしてそっと唇を重ねた。
「ありがとう、パトラ」
「お礼を言うのは私よ、バースィル。全てを失くしていたと思っていたけど、あなたのおかげでまた家族の温もりを感じることができる。本当に……ありがとう」
「パトラ……」
気づけばだいぶ日が傾いている。俺達は再び墓に祈りを捧げ、子供ができた報告を済ませると、幸せをかみしめながら家路についたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これでバースィル編完結。あと2つほどエピソードありますのでもう少しお付き合いくださいませ。
やれやれと一息ついたところで声をかけられる。俺がここへ来た目的を知っている年長の女の子が呼びに行ってくれたのだろう。パトラが杖をつきながらゆっくりと俺に近寄ってくる。
「お仕事終わったの?」
「ああ。迎えに来た」
10年間の監禁により、すっかり自分に自信を失っていた彼女は俺の求婚を拒み続けた。しかし、俺は毎日のようにこの救護院を訪れて彼女と話をして不安を払拭していった。そして彼女自身の健康をようやく取り戻せた頃、俺の求婚を受け入れてくれた。余計な横やりも入ったこともあったが、半年前、俺達はめでたく夫婦になることができたのだ。
以前は宮城の宿舎に住み着いていたが、妻をめとるならと城下に家を購入し、今はそこで一緒に生活している。家のことはライラ様の伝手で雇った使用人が引き受けてくれているので、俺が仕事の日は時折こうして救護院を訪れ、子供達の世話を手伝っているのだ。
「じゃあ、帰ろう」
「いいの?」
彼女が不安げに指さす先には子供達にもまれている部下の姿があった。まあ、あれくらいはいつものことだ。中には将来近衛兵団に所属できる騎士が誕生するかもしれない。しっかりと次世代を担う騎士を育成してもらおう。
俺は妻を馬に乗せ、子供達に手を振ってから救護院を後にした。このまま家へ帰ろうと思っていたのだが、パトラの希望で郊外の墓地へ足を延ばすことになった。そこには亡くなられた親父さんが眠っている。健康を取り戻してからはよく墓参りに行っているので、別段珍しいことではない。
途中で墓に供える花を贖い、墓地に着くまでの間彼女と他愛もない会話を楽しむ。今日は赤子の世話をしたらしく、その愛らしさだけでなくお世話の難しさも力説していた。うん、そんな子がいつかうちにもできるといいなぁ。元気な男の子……いや、奥さんに似た可愛い女の子も捨てがたい。
「今日はいい勉強になったわ」
「そうか」
墓地に到着し、親父さんの墓に花を供える。ちなみにここには俺が酒場で働き始める少し前に亡くなった彼女の母親も眠っている。俺達はしばし祈りを捧げる。パトラは特に報告することがあるのか、何やら熱心に祈っていた。
「あのね、バースィル」
「ん?」
祈りを終え、立ち上がろうとするパトラに手を差し出す。俺の手につかまって立ち上がった彼女は不意に顔を覗き込む。俺が首を傾げると、彼女は顔を寄せて耳元で囁く。
「赤ちゃん、出来たの」
「え?」
彼女の告白に俺は一瞬固まる。だが、じわじわと喜びが沸き起こってくる。
「やったー」
俺は喜びのあまりパトラを抱え上げてその場でぐるぐる回り、彼女は驚いて俺の首にしがみついた。だが、母体に負担をかけちゃいけないと我に返った俺は慌てながらもそっと彼女を降ろした。
「本当に?」
「うん。今朝、お医者様に確認してもらったら間違いないって」
「そうか……」
俺は彼女の腹にそっと手を当てる。まだ何の変化もないがここに子供が宿っていると思うと胸が熱くなる。涙ぐむ彼女を俺はしっかりと抱きしめ、そしてそっと唇を重ねた。
「ありがとう、パトラ」
「お礼を言うのは私よ、バースィル。全てを失くしていたと思っていたけど、あなたのおかげでまた家族の温もりを感じることができる。本当に……ありがとう」
「パトラ……」
気づけばだいぶ日が傾いている。俺達は再び墓に祈りを捧げ、子供ができた報告を済ませると、幸せをかみしめながら家路についたのだった。
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これでバースィル編完結。あと2つほどエピソードありますのでもう少しお付き合いくださいませ。
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