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ラシードの事情
第23話(終)
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ジャルディードの輿入れには騎馬の民ならではの独特の風習があった。飾り立てた馬に花嫁を乗せてそのまま花婿の元へ送り届ける。彼等にとって財産である馬は持参金となるのだ。
もちろん長の娘となるファラには破格の持参金が用意されている。いずれも軍馬として十分な調教を済ませた見事な駿馬が100頭、さらにはそれぞれの背中には美しく飾り立てられた箱が括り付けられている。その細工の見事さからその箱だけでも価値はありそうだが、中にはそれ以上に価値があるものが収められているに違いない
周囲には護衛を兼ねた千人を超えるジャルディードの男達が付き従い、ジャルディードの紋章の入った旗印をたなびかせる様はまさに壮観だった。目の肥えた都の住人達も感嘆の声を上げている。
ジャルディードの仕来りに合わせ、金糸で縫い取られた皇帝の紋章が眩い豪奢な礼装を纏った私は、愛馬に騎乗したまま城門まで出向いていた。つい先ほどまで各国の大使から祝いの口上を飽きるほど聞かされていたのだが、輿入れ行列が到着すると報告を受け、中座してきたのだ。置いてきぼりにした大使達もこの光景を広間から続く露台で見ているはずだ。
残っているのは、事前に婚約を発表していたにもかかわらず、後宮に女性を送り込もうとしてきた国だけだ。直接断ると角が立つので、これを見せつけることによって諦めてくれれば万事解決となるのだが……。
「来ましたな」
「ああ」
本来は花婿1人で待つのが習わしなのだが、立場上さすがにまずいので、バースィルと数名の部下が護衛として控えている。
楽し気な音楽とともに近づいてきた一団は私と対峙する位置で止まり、先頭に立つファラの父親が声を上げる。
「我らは騎馬の民ジャルディード一族。そこにおられるのは誰ぞ」
「我はアブドゥル・ラシード・アル・カウン。花嫁を迎えに参った」
茶番だが、お決まりの問答は必要らしい。ジャルディード領内で行われる婚礼では、ここで花嫁の親族から花婿は腕試しを申し込まれるのだが、街中で競い馬も真剣での腕比べもさすがにまずいので、今回は割愛《かつあい》させてくれることになっている。
衆目の集まる中、無事に問答を終えてようやく花嫁の元へ馬を寄せる許可が下りる。花嫁の周囲を固めていた男たちが見事な手綱さばきで左右に分かれ、中心にいるファラの姿をようやく見ることができた。
濃い紅色の晴れ着には一面に刺繍が施され、金の装身具で幾重にも飾り立てられている。ヴェールをしているので表情までは分からないが、その素顔を拝めるのは寝室までお預けだった。
「ラシード従兄様……」
「ファラ……」
しばし見つめ合って互いの名を呼ぶ。ようやくこの日を迎え、私達は胸がいっぱいだった。私は馬を寄せると彼女の手を取り、その甲に口づける。そしてそのまま彼女の馬に移って手綱をとった。
「我らはアブドゥル・ラシード・アル・カウンを娘の婿に認める」
ファラの父親が宣言し、私達の婚姻はこれで成立したのだ。同時に周囲からは大きな歓声が上がる。付き添ってきたジャルディードの男達だけでなく、見守っていた都の人々の喝さいを受けながら、私は城門の中へと馬を進めた。
「このまま部屋へ行こう」
「え?」
既に夕暮れ。もう広間に戻って大使達の退屈な話など聞いていられない。私は馬から降りると、ファラを抱えたまま逃げるように新居へと足を向けたのだった。
もちろん、後始末に追われたカリムに後からネチネチと嫌味を言われたのは言うまでもない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これにて本編終了です。
あと、人物紹介とおまけを更新して完結します。
もちろん長の娘となるファラには破格の持参金が用意されている。いずれも軍馬として十分な調教を済ませた見事な駿馬が100頭、さらにはそれぞれの背中には美しく飾り立てられた箱が括り付けられている。その細工の見事さからその箱だけでも価値はありそうだが、中にはそれ以上に価値があるものが収められているに違いない
周囲には護衛を兼ねた千人を超えるジャルディードの男達が付き従い、ジャルディードの紋章の入った旗印をたなびかせる様はまさに壮観だった。目の肥えた都の住人達も感嘆の声を上げている。
ジャルディードの仕来りに合わせ、金糸で縫い取られた皇帝の紋章が眩い豪奢な礼装を纏った私は、愛馬に騎乗したまま城門まで出向いていた。つい先ほどまで各国の大使から祝いの口上を飽きるほど聞かされていたのだが、輿入れ行列が到着すると報告を受け、中座してきたのだ。置いてきぼりにした大使達もこの光景を広間から続く露台で見ているはずだ。
残っているのは、事前に婚約を発表していたにもかかわらず、後宮に女性を送り込もうとしてきた国だけだ。直接断ると角が立つので、これを見せつけることによって諦めてくれれば万事解決となるのだが……。
「来ましたな」
「ああ」
本来は花婿1人で待つのが習わしなのだが、立場上さすがにまずいので、バースィルと数名の部下が護衛として控えている。
楽し気な音楽とともに近づいてきた一団は私と対峙する位置で止まり、先頭に立つファラの父親が声を上げる。
「我らは騎馬の民ジャルディード一族。そこにおられるのは誰ぞ」
「我はアブドゥル・ラシード・アル・カウン。花嫁を迎えに参った」
茶番だが、お決まりの問答は必要らしい。ジャルディード領内で行われる婚礼では、ここで花嫁の親族から花婿は腕試しを申し込まれるのだが、街中で競い馬も真剣での腕比べもさすがにまずいので、今回は割愛《かつあい》させてくれることになっている。
衆目の集まる中、無事に問答を終えてようやく花嫁の元へ馬を寄せる許可が下りる。花嫁の周囲を固めていた男たちが見事な手綱さばきで左右に分かれ、中心にいるファラの姿をようやく見ることができた。
濃い紅色の晴れ着には一面に刺繍が施され、金の装身具で幾重にも飾り立てられている。ヴェールをしているので表情までは分からないが、その素顔を拝めるのは寝室までお預けだった。
「ラシード従兄様……」
「ファラ……」
しばし見つめ合って互いの名を呼ぶ。ようやくこの日を迎え、私達は胸がいっぱいだった。私は馬を寄せると彼女の手を取り、その甲に口づける。そしてそのまま彼女の馬に移って手綱をとった。
「我らはアブドゥル・ラシード・アル・カウンを娘の婿に認める」
ファラの父親が宣言し、私達の婚姻はこれで成立したのだ。同時に周囲からは大きな歓声が上がる。付き添ってきたジャルディードの男達だけでなく、見守っていた都の人々の喝さいを受けながら、私は城門の中へと馬を進めた。
「このまま部屋へ行こう」
「え?」
既に夕暮れ。もう広間に戻って大使達の退屈な話など聞いていられない。私は馬から降りると、ファラを抱えたまま逃げるように新居へと足を向けたのだった。
もちろん、後始末に追われたカリムに後からネチネチと嫌味を言われたのは言うまでもない。
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これにて本編終了です。
あと、人物紹介とおまけを更新して完結します。
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