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ラシードの事情
第22話
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「はぁ……」
執務机に重ねられた書類の山を目にして私は深いため息をついた。
政権を奪取し、ジャルディードからファラを伴って帰還してから間もなく2か月が経とうとしている。しかし、今のこの宮城にファラはいない。
意気揚々と帰還しようとしたのだが、準備が間に合わないとカリムにファラの宮城入りを止められたのだ。だからと言ってこのまま引き返させるわけにはいかない。そこで彼女は都の郊外に住んでいるファラの叔父一家の屋敷に逗留することになり、数日に一度会いに行くと約束して泣く泣く彼女をそこに残していったのだ。
「はい、これもお願いいたします」
ドサリと追加の書類が机に乗せられる。顔を上げると澄ました表情のカリムが立っていた。
「なんか、多くないか?」
「誰かが恋人の元へ行ったきり3日も帰ってこないから仕事が滞っているんです」
「ぐ……」
カリムの返答に私は反論できなかった。数日前、頑張って仕事をこなして作った時間を利用してファラの元へ赴き、そのまま離れがたくなって気づけば3日経っていたのは確かだ。
でも、最初にファラが宮城入りしていた方が色々手間も省けるに違いないと私は思うのだが……。
「何かご不満でも?」
「いや……」
言い返したいのはやまやまだが、昔から彼に口で勝てたためしはない。不満はくすぶったままだが、私は再び書類に向き直った。
「よろしい。真面目に執務に励まれる陛下に朗報でございます」
ちょっと上から目線なのが気にかかるが、これ以上怒らせると後が怖い。ここはあえて下手に出てみる。
「教えていただけますかな?」
「ジャルディードの輿入れ行列、各国の大使方にもご覧に頂けそうです」
「本当か?」
「すでにあちらを出立されたと連絡がありました」
5日後、近隣諸国から祝いの使節団が訪れることになっている。
叔父の葬儀やジャリルら首謀者達の刑の執行など後始末に思いのほか時間がかかり、延び延びになっていた即位式がようやく行われるのだ。宮城を制圧した折に即位宣言は済ませているが、何事にも形は大事である。
他国からしてみれば、新しく皇帝に即位した私の品定めが主な目的だろう。中には自国の姫君を後宮に送り込もうと画策する国も出てくるはずだ。
しかし、私はジャルディードの長に宣言した通り、後宮は廃止するつもりだ。亡き義母の部屋があった一角を除いた建物の解体を指示し、既に工事は始まっていた。
無用な争いを避けるため、その事実と既にファラという妃が居ることを知らしめておくことにしたのだ。
「よく承諾してもらえたな」
「あちらにしてもファラ様に幸せになって頂きたい気持ちは一緒です。その辺を強調し、どうにか間に合わせられないか訴えてみました」
「そうか……」
いつだか届いた手紙には、ファラの輿入れの準備は既に3年前……つまり最初に私が結婚を申し込んだ時から始めていたらしい。まだその頃は私達の計画も道半ばだったのだが、随分と信頼してくれていたのだろう。
あちらの離れの片づけを済ませたネシャートが宮城に来てくれたおかげで、ファラを迎え入れる準備も整っている。輿入れの儀式とお披露目が済めば、彼女をようやく妃と呼ぶことができるのだ。
本当はファラを他の男どもに見せたくはないのだが……。
「そういう訳ですから、それまでにしっかりとお仕事に励んでください」
「……わかった」
何だか言いくるめられた気もするが仕方ない。ファラに会いたい気持ちをこらえ、カリムの監視の元、せっせと書類に目を通していった。
執務机に重ねられた書類の山を目にして私は深いため息をついた。
政権を奪取し、ジャルディードからファラを伴って帰還してから間もなく2か月が経とうとしている。しかし、今のこの宮城にファラはいない。
意気揚々と帰還しようとしたのだが、準備が間に合わないとカリムにファラの宮城入りを止められたのだ。だからと言ってこのまま引き返させるわけにはいかない。そこで彼女は都の郊外に住んでいるファラの叔父一家の屋敷に逗留することになり、数日に一度会いに行くと約束して泣く泣く彼女をそこに残していったのだ。
「はい、これもお願いいたします」
ドサリと追加の書類が机に乗せられる。顔を上げると澄ました表情のカリムが立っていた。
「なんか、多くないか?」
「誰かが恋人の元へ行ったきり3日も帰ってこないから仕事が滞っているんです」
「ぐ……」
カリムの返答に私は反論できなかった。数日前、頑張って仕事をこなして作った時間を利用してファラの元へ赴き、そのまま離れがたくなって気づけば3日経っていたのは確かだ。
でも、最初にファラが宮城入りしていた方が色々手間も省けるに違いないと私は思うのだが……。
「何かご不満でも?」
「いや……」
言い返したいのはやまやまだが、昔から彼に口で勝てたためしはない。不満はくすぶったままだが、私は再び書類に向き直った。
「よろしい。真面目に執務に励まれる陛下に朗報でございます」
ちょっと上から目線なのが気にかかるが、これ以上怒らせると後が怖い。ここはあえて下手に出てみる。
「教えていただけますかな?」
「ジャルディードの輿入れ行列、各国の大使方にもご覧に頂けそうです」
「本当か?」
「すでにあちらを出立されたと連絡がありました」
5日後、近隣諸国から祝いの使節団が訪れることになっている。
叔父の葬儀やジャリルら首謀者達の刑の執行など後始末に思いのほか時間がかかり、延び延びになっていた即位式がようやく行われるのだ。宮城を制圧した折に即位宣言は済ませているが、何事にも形は大事である。
他国からしてみれば、新しく皇帝に即位した私の品定めが主な目的だろう。中には自国の姫君を後宮に送り込もうと画策する国も出てくるはずだ。
しかし、私はジャルディードの長に宣言した通り、後宮は廃止するつもりだ。亡き義母の部屋があった一角を除いた建物の解体を指示し、既に工事は始まっていた。
無用な争いを避けるため、その事実と既にファラという妃が居ることを知らしめておくことにしたのだ。
「よく承諾してもらえたな」
「あちらにしてもファラ様に幸せになって頂きたい気持ちは一緒です。その辺を強調し、どうにか間に合わせられないか訴えてみました」
「そうか……」
いつだか届いた手紙には、ファラの輿入れの準備は既に3年前……つまり最初に私が結婚を申し込んだ時から始めていたらしい。まだその頃は私達の計画も道半ばだったのだが、随分と信頼してくれていたのだろう。
あちらの離れの片づけを済ませたネシャートが宮城に来てくれたおかげで、ファラを迎え入れる準備も整っている。輿入れの儀式とお披露目が済めば、彼女をようやく妃と呼ぶことができるのだ。
本当はファラを他の男どもに見せたくはないのだが……。
「そういう訳ですから、それまでにしっかりとお仕事に励んでください」
「……わかった」
何だか言いくるめられた気もするが仕方ない。ファラに会いたい気持ちをこらえ、カリムの監視の元、せっせと書類に目を通していった。
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