27 / 50
ラシードの事情
第18話
しおりを挟む
同性愛に関する記述があります。ご了承ください。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
文箱には書類が何点か入っていた。どれも急ぎの案件で、皇帝である私の署名が必要らしい。それらに一通り目を通してから署名し、宮城で取り返した御璽を押す。それらの作業を黙々とこなしていると、妙に視線を感じる。顔を上げるとバースィルと目が合った。
「なんか、色っぽくなったな」
バースィルは少々いかついながらも見た目は悪くなく、それなりの地位もあってか女性からの誘惑も多いと聞く。だが、軍人にしては身持ちが硬く、同性愛の噂もある。信じていなかったが、こうしてまじまじとした視線を向けられると信憑性が増してくる。私も多少鍛えているが、彼にはとうていかなわない。思わず貞操の危機を感じて身構えた。
「私はファラ一筋だからな?」
「おい……」
私が警戒して身構えると、バースィルは「こいつも信じているのか……」と呟き、がっくりと項垂れる。
「言っておくが、デマだからな?」
「そうなのか?」
必死に言い繕おうとするところが怪しい。今後は密室で2人きりになるのは避けた方がいいかもしれない。
「だから、違うって」
1人で納得していると、バースィルはなおも言い募ってくる。彼が言うには、同性愛疑惑は根も葉もない噂らしい。言い寄ってくる女性が減るので噂は放置していたが、ちゃんと好きな女性が居ると言い切った。
「まあ、そういうことにしておこうか」
「お前な……」
バースィルは苦虫をかみつぶしたような表情になっている。真相はともかく、今後もこうして気楽に言い合える相手がいるのはありがたいことだ。生前、義母が何よりも代えがたい存在になると、学友達に引き合わせてくれたことに改めて感謝した。
なおも何か言いたそうにしていたが、外に控えていたバースィルの副官が来客を告げる。ジャルディードの長はわざわざ足を運んでくれたらしい。
「お通ししてくれ」
ちょうど署名も終わっていたので、書類を文箱に収めた。元の様に厳重に封をしてから副官に渡し、すぐに都へ送るように手配を済ませてから長を招き入れる。
「こちらから伺おうと思っておりました。ご足労ありがとうございます」
「至高の地位に就かれたのじゃ。こちらが出向くのは当然の理じゃ」
長の背後にはファラの両親も控えており、ちらりと見えた扉の外にはファラの兄達の姿もあった。一家揃ってきたのはやはりファラのことが気にかかるからかもしれない。
護衛としてバースィルは私の背後に立ち、入室してきた3人に改めて席を勧める。私としては、今後も今まで通りの付き合いがしたいのだ。
「ところで、ファラは……」
「まだ、眠っております」
神妙に切り出してきたのはファラの父親だった。私の返答に男2人は肩を落とし、伯母は目を輝かせた。
「まあ、まあ、まあ、じゃあ、ファラちゃんは決意したのね?」
「はい。全てを話した上で、改めて結婚を申し込んだところ、彼女は受け入れてくれました」
「そう……。じゃあ、私はファラちゃんの様子を見てこようかしら」
「そうして下さい。お願いします」
私が頭を下げると、伯母はウキウキとした様子で席を立つ。そのまま部屋を出て行こうとしたが、一度足を止めて振り返った。
「お義父様、あなた、ちゃんと話を詰めておいてくださいね」
「あ、ああ……」
男2人は伯母の勢いに押されたようにぎこちなく頷いた。それを見届けた伯母は、軽やかな足取りで部屋から出て行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
文箱には書類が何点か入っていた。どれも急ぎの案件で、皇帝である私の署名が必要らしい。それらに一通り目を通してから署名し、宮城で取り返した御璽を押す。それらの作業を黙々とこなしていると、妙に視線を感じる。顔を上げるとバースィルと目が合った。
「なんか、色っぽくなったな」
バースィルは少々いかついながらも見た目は悪くなく、それなりの地位もあってか女性からの誘惑も多いと聞く。だが、軍人にしては身持ちが硬く、同性愛の噂もある。信じていなかったが、こうしてまじまじとした視線を向けられると信憑性が増してくる。私も多少鍛えているが、彼にはとうていかなわない。思わず貞操の危機を感じて身構えた。
「私はファラ一筋だからな?」
「おい……」
私が警戒して身構えると、バースィルは「こいつも信じているのか……」と呟き、がっくりと項垂れる。
「言っておくが、デマだからな?」
「そうなのか?」
必死に言い繕おうとするところが怪しい。今後は密室で2人きりになるのは避けた方がいいかもしれない。
「だから、違うって」
1人で納得していると、バースィルはなおも言い募ってくる。彼が言うには、同性愛疑惑は根も葉もない噂らしい。言い寄ってくる女性が減るので噂は放置していたが、ちゃんと好きな女性が居ると言い切った。
「まあ、そういうことにしておこうか」
「お前な……」
バースィルは苦虫をかみつぶしたような表情になっている。真相はともかく、今後もこうして気楽に言い合える相手がいるのはありがたいことだ。生前、義母が何よりも代えがたい存在になると、学友達に引き合わせてくれたことに改めて感謝した。
なおも何か言いたそうにしていたが、外に控えていたバースィルの副官が来客を告げる。ジャルディードの長はわざわざ足を運んでくれたらしい。
「お通ししてくれ」
ちょうど署名も終わっていたので、書類を文箱に収めた。元の様に厳重に封をしてから副官に渡し、すぐに都へ送るように手配を済ませてから長を招き入れる。
「こちらから伺おうと思っておりました。ご足労ありがとうございます」
「至高の地位に就かれたのじゃ。こちらが出向くのは当然の理じゃ」
長の背後にはファラの両親も控えており、ちらりと見えた扉の外にはファラの兄達の姿もあった。一家揃ってきたのはやはりファラのことが気にかかるからかもしれない。
護衛としてバースィルは私の背後に立ち、入室してきた3人に改めて席を勧める。私としては、今後も今まで通りの付き合いがしたいのだ。
「ところで、ファラは……」
「まだ、眠っております」
神妙に切り出してきたのはファラの父親だった。私の返答に男2人は肩を落とし、伯母は目を輝かせた。
「まあ、まあ、まあ、じゃあ、ファラちゃんは決意したのね?」
「はい。全てを話した上で、改めて結婚を申し込んだところ、彼女は受け入れてくれました」
「そう……。じゃあ、私はファラちゃんの様子を見てこようかしら」
「そうして下さい。お願いします」
私が頭を下げると、伯母はウキウキとした様子で席を立つ。そのまま部屋を出て行こうとしたが、一度足を止めて振り返った。
「お義父様、あなた、ちゃんと話を詰めておいてくださいね」
「あ、ああ……」
男2人は伯母の勢いに押されたようにぎこちなく頷いた。それを見届けた伯母は、軽やかな足取りで部屋から出て行った。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様、不倫を後悔させてあげますわ。
りり
恋愛
私、山本莉子は夫である圭介と幸せに暮らしていた。
しかし、結婚して5年。かれは、結婚する前から不倫をしていたことが判明。
しかも、6人。6人とも彼が既婚者であることは知らず、彼女たちを呼んだ結果彼女たちと一緒に圭介に復讐をすることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる