16 / 50
ラシードの事情
第7話
しおりを挟む
「皆様の苦労を無駄になさらないでくださいまし!」
その目に強い意志が宿っていた。宮城で奮闘する学友達だけでなく、モニール排除で結託した女官達の姿も見ていた彼女は、その頃のやる気のない私の姿に激怒したのだ。
彼女の話ではモニールが宮城を占拠する前に義母付きだった女官が力を合わせ、いつか宮城が平和になり、母が自由の身となった時の為に遺品を手渡そうと倉庫に隠していた。
その後は全員で口を噤み、その中心となったネシャートがその倉庫のカギを管理していたのだ。私の存命を知った彼女は、この鍵を真に受け継ぐのは私しかいないと確信し、宮城から持ち出したらしい。
「先帝陛下とナディア様の御遺品を宮城の倉庫に保管してございます。思い出のお品をあの者達の勝手にさせるわけにはまいりません。これは殿下がお持ちくださいませ」
ネシャートは居住まいを正すと、最後にこの倉庫のカギを私に手渡したのだった。
懐から出した古びたカギで固く閉ざされた扉を開けると、よどんだ空気が流れ出て来た。逸る気持ちを抑えて空気が入れ替わるのを待つ。頃合いを見計らい、控えて居たバースィルが手燭で内部を照らしてくれる。
「……」
埃除けの布をそっとめくると、父や義母が愛用していた調度品が記憶のままの姿でそこに並んでいた。皇帝の愛用品としては些か質素に見えるが、見る者が見れば職人が丹精込めて作り上げた逸品ばかりが揃っている。
モニールの部屋にあった派手なばかりの品々を見た後だから余計にこちらの品が際立って見えのかもしれない。
「殿下」
調度品を惚れ惚れと眺めていると、バースィルに促される。確かに多少の猶予はあったが悠長に芸術鑑賞をしている暇はない。私は我に返ると、義母が使っていた箪笥を探しだす。一見、何の変哲もない箪笥だが、からくりが仕込まれており、飾り金具を決められた法則に従って動かさないと開かない引き出しがある。
カタッ
ネシャートに教えられた通り金具を動かすと、かすかな手ごたえを感じる。取手を引くと、その引き出しはスッと動いた。
中には厳重に布で包まれた何かが入っている。それを慎重に取り出して箪笥の上に置き、包んでいた布を丁寧に開いていく。中から出てきたのは色鮮やかな玉で彩られた皇帝の象徴、冠だった。
「……どうしてこんなところに?」
バースィルの疑問はもっともだろう。普通であれば宮城の宝物庫に厳重に保管されているはずの品である。無くなったことをうまく隠したにしても、それぞれの部門の次官をしている仲間たちの耳に入らないはずはない。
「ネシャートの話だと、叔父の部屋に転がっていたらしい」
「嘘だろう?」
「本当だ。ここにこれがあるのが何よりの証拠だ」
私が冠を指さすとバースィルも絶句する。確かに、私もネシャートに初めて聞いた時には俄《にわ》かには信じられなかった。
「ネシャートが後宮を辞する前は叔父の世話をしていたらしい。その頃の叔父はたまに公務に出ることもあり、自分の威厳を誇示するためにこれをよく身に付けていたそうだ。ある宴の後部屋に行ってみると、これを部屋の隅に転がしたまま酔っぱらって寝ていたらしい。彼女はこれを回収し、いつか私にかぶせるためにここへ保管してくれたらしい」
「冠を転がすなどと罰当たりな……」
バースィルは呆れた様子で呟いた。それは、私も同意見だ。
「行こう」
「ああ」
冠を布で包んで慎重に抱えると、倉庫を出て再び厳重に鍵をかける。中の調度品はまた落ち着いてから取り出そう。
私はバースィルと共に宮城奪還の最終仕上げに向かった。
その目に強い意志が宿っていた。宮城で奮闘する学友達だけでなく、モニール排除で結託した女官達の姿も見ていた彼女は、その頃のやる気のない私の姿に激怒したのだ。
彼女の話ではモニールが宮城を占拠する前に義母付きだった女官が力を合わせ、いつか宮城が平和になり、母が自由の身となった時の為に遺品を手渡そうと倉庫に隠していた。
その後は全員で口を噤み、その中心となったネシャートがその倉庫のカギを管理していたのだ。私の存命を知った彼女は、この鍵を真に受け継ぐのは私しかいないと確信し、宮城から持ち出したらしい。
「先帝陛下とナディア様の御遺品を宮城の倉庫に保管してございます。思い出のお品をあの者達の勝手にさせるわけにはまいりません。これは殿下がお持ちくださいませ」
ネシャートは居住まいを正すと、最後にこの倉庫のカギを私に手渡したのだった。
懐から出した古びたカギで固く閉ざされた扉を開けると、よどんだ空気が流れ出て来た。逸る気持ちを抑えて空気が入れ替わるのを待つ。頃合いを見計らい、控えて居たバースィルが手燭で内部を照らしてくれる。
「……」
埃除けの布をそっとめくると、父や義母が愛用していた調度品が記憶のままの姿でそこに並んでいた。皇帝の愛用品としては些か質素に見えるが、見る者が見れば職人が丹精込めて作り上げた逸品ばかりが揃っている。
モニールの部屋にあった派手なばかりの品々を見た後だから余計にこちらの品が際立って見えのかもしれない。
「殿下」
調度品を惚れ惚れと眺めていると、バースィルに促される。確かに多少の猶予はあったが悠長に芸術鑑賞をしている暇はない。私は我に返ると、義母が使っていた箪笥を探しだす。一見、何の変哲もない箪笥だが、からくりが仕込まれており、飾り金具を決められた法則に従って動かさないと開かない引き出しがある。
カタッ
ネシャートに教えられた通り金具を動かすと、かすかな手ごたえを感じる。取手を引くと、その引き出しはスッと動いた。
中には厳重に布で包まれた何かが入っている。それを慎重に取り出して箪笥の上に置き、包んでいた布を丁寧に開いていく。中から出てきたのは色鮮やかな玉で彩られた皇帝の象徴、冠だった。
「……どうしてこんなところに?」
バースィルの疑問はもっともだろう。普通であれば宮城の宝物庫に厳重に保管されているはずの品である。無くなったことをうまく隠したにしても、それぞれの部門の次官をしている仲間たちの耳に入らないはずはない。
「ネシャートの話だと、叔父の部屋に転がっていたらしい」
「嘘だろう?」
「本当だ。ここにこれがあるのが何よりの証拠だ」
私が冠を指さすとバースィルも絶句する。確かに、私もネシャートに初めて聞いた時には俄《にわ》かには信じられなかった。
「ネシャートが後宮を辞する前は叔父の世話をしていたらしい。その頃の叔父はたまに公務に出ることもあり、自分の威厳を誇示するためにこれをよく身に付けていたそうだ。ある宴の後部屋に行ってみると、これを部屋の隅に転がしたまま酔っぱらって寝ていたらしい。彼女はこれを回収し、いつか私にかぶせるためにここへ保管してくれたらしい」
「冠を転がすなどと罰当たりな……」
バースィルは呆れた様子で呟いた。それは、私も同意見だ。
「行こう」
「ああ」
冠を布で包んで慎重に抱えると、倉庫を出て再び厳重に鍵をかける。中の調度品はまた落ち着いてから取り出そう。
私はバースィルと共に宮城奪還の最終仕上げに向かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
122
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる