約束のプロポーズ～幼馴染の年上御曹司は心に秘めた独占欲を募らせる～

１２．君だけをみつめていたい（透也SIDE)（２）

　ある時、京都を訪れた透也は、ガラス細工店の店先で心を捉えるものを見つける。それは、ガラス細工でできたアヤメを模したネックレスだった。一目見て、素朴な彼女にピッタリだと感じた。

　数カ月後、久しぶりにアリシアンKYOTOの屋上庭園で綾芽と再会することができた。

「綾芽、こっちへおいで」

　綾芽は、艶やかで綺麗な長い髪をした、まるで日本人形のような女の子に成長していた。

「透也様、どこへ行くの？」

「様って……、透也でいいよ」

「お父さんが、会話をするときは様をつけなさいって」

「綾芽は特別だから、付けなくてもいいんだ。ほら、周りの大人から見えないように、ここでしゃがんで」 

　綾芽は素直に、植木から身を隠すようにしてしゃがみ込む。透也は綾芽の正面に来て、芝に跪ひざまずいた。

「手を出して、広げてごらん」

　綾芽は言われた通りに手を広げる。

「大人になったら結婚しよう。これは約束の証だ」

　キョトンとした綾芽の顔がみるみる綻び、満面の笑みになった。手の平に乗せたガラス玉をギュッと握りしめ、嬉しそうな表情をこちらに向ける。

「うん！」

　綾芽の純粋な笑顔は心に残り、いつまでも消えることはなかった。
　その後、大人たちが何事もなかったかのように綾芽を遠ざけ、透也は海外へと旅立つことになる。

　いつしか彼女のことは心の奥に留め、時間だけが過ぎていく。
　
　アメリカにいた頃は女性とも付き合い、恋愛ごっこのようなことも経験した。日本に戻っても、何人かの女性を紹介されたこともある。しかし、綾芽以上の感情を抱かせる相手は現れることもなく、結局彼女との約束は頭の隅から消えることはなかった。


　確か六、七年前に、秘書の成沢に綾芽のことを尋ねた。

「そろそろ綾芽に会わせてはもらえないか？　しばらく顔も見ていないし、少し話をするくらいいいだろう？」

「透也様、綾芽はまだ高校生で学業に忙しいのです。とても会う暇などありません」

「なぜだ？　高校生にも休みはあるはずだ」

「お言葉ですが、綾芽は現在女子高に通っています。普段から教師以外の異性と接する機会もありませんので、本人も戸惑うのではないかと。せめて、成人してからでも……」

　成沢が困惑したように話すその表情から、綾芽と会うことさえも難しいと悟った。
　それからは、結婚のことを考える暇もなく仕事に打ち込む日々を過ごす。
　成沢の意に反して綾芽を探し出そうとも考えたが、成果を出していない現状で、再会したとしても付き合いを反対されるような気がしていた。
　まずはビジネススキルを磨いてから……と自分に課しているうちに、年月ばかりが過ぎていく。


　ある日、ついに痺れを切らして成沢へ強硬に主張することにした。

「綾芽はもう成人しているな。そろそろ答えてもらってもいいだろう。今、どこにいて、何をしているのか、詳しく教えてもらいたい」

　しかし成沢は頑なに口を開かない。

「透也様は今後の久我咲家を引き継ぐという大切な役割があります。今、綾芽と会うことは、お互いのためになりません。どうか娘のことを想うのであれば、お許しください」

　もう待ってはいられず、秘密裏に人を雇い、綾芽を探すことを決意した。結果は意外とすぐに判明する。手元に資料が届いた時は、正直驚いた。

　まさか、こんな近くに綾芽がいたとは……。

　彼女は久我咲グループのメインホテルの一つ、アリシアンKYOTOのカフェテリアで栄養士として働いていた。しかし、居場所が判明しても、すぐに動いては成沢に勘づかれてしまう。
　そんな時、会長に退いた父が、秘書を若い世代に交代してはどうかと、話を持ち掛けられた。そして成沢自身も年齢を自覚し、秘書の仕事を譲りたいと訴え始めた。これをきっかけに秘書となる人物を選定し、結局は父の進める人物に内定する。業務を引継ぎ、成沢はホテルの事務職に戻った。

　父親代わりに何かと行動を監視し、助言をする成沢も退き、とうとう透也は自由の身となった。

　もう誰にも遠慮する必要はない。綾芽との約束を果たせる時が来たのだ……。

　今まで叶わなかった十六年間の想いが、心の深い場所で、じわりじわりと疼き始める。