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47.黒幕の正体(1)
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救出してもらった綾芽は透也に抱き上げられ、彼の車まで連れて来られると、その場で降ろされた。助手席のドアを開けてもらい、中へと乗り込む。透也の元に戻ったことと、車内の暖かさで、ようやと安堵することができた。それでも、まだ心臓は激しく鼓動を打ち、落ち着いてはくれない。
透也は運転席に座ると、バタンッと勢い良くドアを閉めた。綾芽を見つめる視線は鋭く、その目には怒りを滲ませている。
「綾芽に動いてもらったおかげで、事件の真相は見えた。しかし……いったいどういうことだ? 大荷物を担いで、俺から逃げようとしたとは――――」
「ちっ、違います。逃げようとなんて……それに、事件の真相って……何が何だか……」
「理由はどうあれ、なぜ俺に相談しようとしない?」
「だって……」
透也は片手を綾芽の頬に当て、運転席の方へ向かせた。顔を近付けられ、キスの予感に綾芽はギュッと目を瞑る。
ところが唇には何も触れず、瞼を開けて確認すると、透也の咎めるような視線だけが至近距離にあった。
「お預けだ……」
「……なっ!? 犬じゃないんですからっ!」
まるでキスを期待しているような綾芽の状況に、恥ずかしさで上半身が火照ってくる。この場をやり過ごそうと、笑顔を向けるが、透也の真剣な表情に何も言えなくなった。
「どうすれば理解できるんだ? 綾芽がいなくては、生きてる意味もなくなるだろうが……」
透也の表情は、また昔の頃に戻っているように感じた。決して怒りや嫉妬の感情から言っているのではなく、その様子は、まるで寂しさを訴えている少年のように見える。
「や、約束します。絶対に透也さんの前からいなくならないし、真っ先に相談しますから」
今だけは七歳上の透也に、宥めるような気持で言葉を掛けた。すると瞬間的に透也の表情が引き締まり、エンジンを掛け、車を発進させる。
「その話は、またあとでしよう。まだ、決着をつけるべきことがあるからな」
透也がこれまで一度も見せたこともないくらい、怖い顔をして運転していた。
「どこへ行くんですか?」
「綾芽も、よく知っている場所だ。これから会う段取りをつけてある」
「誰と……ですか?」
「事件のカギを握る人物だ」
透也はそれ以上は何も語らなかった。
車は都心へと向かい、首都高を降りると、高層ビルが立ち並ぶエリアに到着した。この一角に建てられているのが、久我咲グループの中心となる、アリシアンホテルTOKYOだ。
本社も、この中の一角に建てられたホテル敷地内にある。夜が深まり、鮮やかなホテルの明かりが、いっそう輝きを増していた。
ホテル裏側の通路から本社のエントランスをくぐり、透也を追って長い廊下を進む。conference room《会議室》と書かれている部屋の前で立ち止まった。
「俺が先に入る。綾芽はここで待っていてくれ」
「は、はい……」
言われた通り、入り口付近に立つ。
透也がドアをノックし、扉を少し開けたまま、一人部屋へと入った。
「待たせたな。明日、正式に永原との婚約を発表することにした」
はっきりとした透也の口調が聞こえ、耳を疑うようなことを言い放つ。その相手が誰なのか分からず、綾芽はさらに入り口へと近づいた。
「そうでしたか……透也様。ついに永原様とのご婚約を正式にお受けすることを決心されたのですね!」
その声に綾芽はハッとした。ドアノブに手を伸ばし、声の主を確認しようと、ドアを大きく開ける。
相手の顔を見て、綾芽は驚きのあまり、入り口で立ち竦んだ。
透也の向いに座っているのは、穏やかに話す柳井の姿だった。こちらの様子に気付き、柳井と目が合う。一瞬にして彼の表情が強張っていく。
「あ、綾芽様……」
「なぜ柳井が綾芽を見て驚く?」
「い、いえ……」
柳井の表情が曇り、口籠る。
透也は無言で懐からスマホを取り出し、向かいに座る柳井へ見せるように向けた。部屋中に響かせるため、透也は音量を高くする。
『……ですから、綾芽様の方から、透也様の元を離れていただくしか……』
そこには綾芽と、向かいに座る柳井の姿があった。隠し撮りされ、綾芽を説得している様子の映像が流れている。
「すべてを仕組んだのは君だな、柳井 政人。アリシアンKYOTOのボヤ騒ぎも、綾芽のネックレスの件も……。綾芽を犯人に仕立てようと企み、そして永原との婚約を雑誌にリークしたのも、すべて君だ」
柳井は座ったまま、俯いてため息をひとつつくと、ニヤついた表情を浮かべた。
透也は運転席に座ると、バタンッと勢い良くドアを閉めた。綾芽を見つめる視線は鋭く、その目には怒りを滲ませている。
「綾芽に動いてもらったおかげで、事件の真相は見えた。しかし……いったいどういうことだ? 大荷物を担いで、俺から逃げようとしたとは――――」
「ちっ、違います。逃げようとなんて……それに、事件の真相って……何が何だか……」
「理由はどうあれ、なぜ俺に相談しようとしない?」
「だって……」
透也は片手を綾芽の頬に当て、運転席の方へ向かせた。顔を近付けられ、キスの予感に綾芽はギュッと目を瞑る。
ところが唇には何も触れず、瞼を開けて確認すると、透也の咎めるような視線だけが至近距離にあった。
「お預けだ……」
「……なっ!? 犬じゃないんですからっ!」
まるでキスを期待しているような綾芽の状況に、恥ずかしさで上半身が火照ってくる。この場をやり過ごそうと、笑顔を向けるが、透也の真剣な表情に何も言えなくなった。
「どうすれば理解できるんだ? 綾芽がいなくては、生きてる意味もなくなるだろうが……」
透也の表情は、また昔の頃に戻っているように感じた。決して怒りや嫉妬の感情から言っているのではなく、その様子は、まるで寂しさを訴えている少年のように見える。
「や、約束します。絶対に透也さんの前からいなくならないし、真っ先に相談しますから」
今だけは七歳上の透也に、宥めるような気持で言葉を掛けた。すると瞬間的に透也の表情が引き締まり、エンジンを掛け、車を発進させる。
「その話は、またあとでしよう。まだ、決着をつけるべきことがあるからな」
透也がこれまで一度も見せたこともないくらい、怖い顔をして運転していた。
「どこへ行くんですか?」
「綾芽も、よく知っている場所だ。これから会う段取りをつけてある」
「誰と……ですか?」
「事件のカギを握る人物だ」
透也はそれ以上は何も語らなかった。
車は都心へと向かい、首都高を降りると、高層ビルが立ち並ぶエリアに到着した。この一角に建てられているのが、久我咲グループの中心となる、アリシアンホテルTOKYOだ。
本社も、この中の一角に建てられたホテル敷地内にある。夜が深まり、鮮やかなホテルの明かりが、いっそう輝きを増していた。
ホテル裏側の通路から本社のエントランスをくぐり、透也を追って長い廊下を進む。conference room《会議室》と書かれている部屋の前で立ち止まった。
「俺が先に入る。綾芽はここで待っていてくれ」
「は、はい……」
言われた通り、入り口付近に立つ。
透也がドアをノックし、扉を少し開けたまま、一人部屋へと入った。
「待たせたな。明日、正式に永原との婚約を発表することにした」
はっきりとした透也の口調が聞こえ、耳を疑うようなことを言い放つ。その相手が誰なのか分からず、綾芽はさらに入り口へと近づいた。
「そうでしたか……透也様。ついに永原様とのご婚約を正式にお受けすることを決心されたのですね!」
その声に綾芽はハッとした。ドアノブに手を伸ばし、声の主を確認しようと、ドアを大きく開ける。
相手の顔を見て、綾芽は驚きのあまり、入り口で立ち竦んだ。
透也の向いに座っているのは、穏やかに話す柳井の姿だった。こちらの様子に気付き、柳井と目が合う。一瞬にして彼の表情が強張っていく。
「あ、綾芽様……」
「なぜ柳井が綾芽を見て驚く?」
「い、いえ……」
柳井の表情が曇り、口籠る。
透也は無言で懐からスマホを取り出し、向かいに座る柳井へ見せるように向けた。部屋中に響かせるため、透也は音量を高くする。
『……ですから、綾芽様の方から、透也様の元を離れていただくしか……』
そこには綾芽と、向かいに座る柳井の姿があった。隠し撮りされ、綾芽を説得している様子の映像が流れている。
「すべてを仕組んだのは君だな、柳井 政人。アリシアンKYOTOのボヤ騒ぎも、綾芽のネックレスの件も……。綾芽を犯人に仕立てようと企み、そして永原との婚約を雑誌にリークしたのも、すべて君だ」
柳井は座ったまま、俯いてため息をひとつつくと、ニヤついた表情を浮かべた。
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