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39.京都への出張
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「来週から京都へ出張する。綾芽にも同行して欲しいのだが」
帰宅して開口一番に透也から提案があった。嬉しい誘いに、綾芽の声がいつもより高くなる。
「私も一緒で構わないのですか?」
「今回は少し長くなるかもしれないから、一緒に連れて行きたい」
「嬉しい……。慌ててこちらへ来てしまったので、時々京都のことを思い浮かべていたんです」
久しぶりに京都へ行くと聞いて、心が沸き立つ。
正式な婚約をしていない状況で、支配人や職場の人に挨拶することは叶わないけれど、望まれてこちらに来たとはいえ、苦労しながら生活していた場所を急に離れたことの心残りはある。
ほんの数カ月前のことなのに、京都にいた頃のことが、とても懐かしい。
* * *
ハイヤーで東京駅へ向かい、綾芽と透也、柳井の三人で新幹線に乗り込んだ。今回は仕事の都合で、柳井も一緒に同行することになっている。
それから数時間後、到着すると外は真冬の気候で、冷え切っていた。十二月の京都は肌寒く、底冷えがする。少し厚手のコートを用意して正解だった。
「到着後、すぐに仕事で向かう場所があるから、柳井とホテルへ向かってれ。
何かあったら彼に用事を頼め」
「あの、透也さん……。アリシアンでしたら、私一人でも構いませんが」
「綾芽は俺の婚約者だ。何があるかわからないから、できるだけ一人では行動しないで欲しい」
「……はい、わかりました」
今回も宿泊するホテルはアリシアンKYOTOのスイートルーム。慣れている場所とはいえ、改めて客として職場に宿泊するのは、複雑な心境だった。
京都駅で、透也は関係者が用意した迎えの車に乗り込み、仕事の打ち合わせに向かった。それを見送った綾芽は、柳井とタクシーでアリシアンKYOTOへと向かう。
久しぶりの京都の街並みは、穏やかでゆったりとした時間を感じさせ、何も変わっていない。
アリシアンKYOTOの前でタクシーを降りると、ホテルの支配人がエントランスへ迎えに出てきてくれた。
「支配人……ご無沙汰しています。何の挨拶もせず、申し訳ありません」
支配人は頭を深く下げ、柔らかな表情でこちらを見つめる。
「ようこそいらっしゃいました、綾芽様。事情は透也様から伺っております」
「あの……私、お世話になったままで……」
「そんなことはいいのですよ。綾芽様がお幸せになるのなら、こちらは何も言うことはありません」
目頭が熱くなり、思わず何かがあふれそうになった。
「せっかく、こうしていらっしゃったのですから、また屋上庭園に行きたくなった時は、いつでも私に声を掛けて下さいね。さあ、お部屋までどうぞ。ごゆっくりおくつろぎを」
柳井に荷物を運んでもらい、最上階にあるスイートに入る。さっそく窓際へ向かうと、一面に広がる京都の景色を眺めた。
すぐに懐かしさで胸がいっぱいになる。無意識に身に付けているネックレスを指で触れていた。ガラス細工でできたアヤメは指先で心地よく揺れる。ガラスに窓からの光をかざすと、綺麗な青い光が室内に映し出された。
せっかくここへ来たのだから、一度は屋上庭園へ寄って行きたい。透也が戻ってきたら、それだけはリクエストしようと考えていた。
荷物を片付け終わった柳井が、光を反射させている綾芽に気付き、声を掛けてくる。
「いつも大事そうに扱われていますが、よほど大切なネックレスなのですね」
「え、えぇ……。これは、昔透也さんからもらった思い出の品で、私にとってはお守りみたいなものです」
「そうですか……。それで、普段から身に付けているのですね。綾芽様にとっては、縁を繋ぐ大切な宝物ということですね。――あぁ、荷物の運搬は終了いたしましたので、必要なことがあれば気軽に、お申し付けください」
「ありがとう。柳井さんもお部屋に戻って休んでください」
「はい、ありがとうございます」
一礼して、立ち去ろうとした柳井が振り返って、綾芽に再び尋ねた。
「あの……先ほど、支配人からお話が出ていた屋上庭園というのは、このホテルにある庭園のことでしょうか?」
「そうです。昔、私を気遣って、時々支配人の計らいで屋上庭園をこっそり覗かせてもらっていたので。今度、柳井さんも案内しますね。とても見晴らしがよくて、素晴らしい場所なんですよ」
柳井は頬を緩ませ、普段しないような笑顔を綾芽に向けた。
「そうですか……。それは楽しみですね。では、失礼いたします」
軽く頭を下げると、部屋を後にした。
父と交代し秘書の仕事を務める彼は、少し冷たい雰囲気を纏ってはいるけれど、仕事はとても丁寧だし、きちんと責任を持ってこなしてくれる。
きっと透也も彼となら、安心して仕事ができるに違いない。綾芽の目にも、柳井のきちんとした仕事ぶりに好感が持てた。
帰宅して開口一番に透也から提案があった。嬉しい誘いに、綾芽の声がいつもより高くなる。
「私も一緒で構わないのですか?」
「今回は少し長くなるかもしれないから、一緒に連れて行きたい」
「嬉しい……。慌ててこちらへ来てしまったので、時々京都のことを思い浮かべていたんです」
久しぶりに京都へ行くと聞いて、心が沸き立つ。
正式な婚約をしていない状況で、支配人や職場の人に挨拶することは叶わないけれど、望まれてこちらに来たとはいえ、苦労しながら生活していた場所を急に離れたことの心残りはある。
ほんの数カ月前のことなのに、京都にいた頃のことが、とても懐かしい。
* * *
ハイヤーで東京駅へ向かい、綾芽と透也、柳井の三人で新幹線に乗り込んだ。今回は仕事の都合で、柳井も一緒に同行することになっている。
それから数時間後、到着すると外は真冬の気候で、冷え切っていた。十二月の京都は肌寒く、底冷えがする。少し厚手のコートを用意して正解だった。
「到着後、すぐに仕事で向かう場所があるから、柳井とホテルへ向かってれ。
何かあったら彼に用事を頼め」
「あの、透也さん……。アリシアンでしたら、私一人でも構いませんが」
「綾芽は俺の婚約者だ。何があるかわからないから、できるだけ一人では行動しないで欲しい」
「……はい、わかりました」
今回も宿泊するホテルはアリシアンKYOTOのスイートルーム。慣れている場所とはいえ、改めて客として職場に宿泊するのは、複雑な心境だった。
京都駅で、透也は関係者が用意した迎えの車に乗り込み、仕事の打ち合わせに向かった。それを見送った綾芽は、柳井とタクシーでアリシアンKYOTOへと向かう。
久しぶりの京都の街並みは、穏やかでゆったりとした時間を感じさせ、何も変わっていない。
アリシアンKYOTOの前でタクシーを降りると、ホテルの支配人がエントランスへ迎えに出てきてくれた。
「支配人……ご無沙汰しています。何の挨拶もせず、申し訳ありません」
支配人は頭を深く下げ、柔らかな表情でこちらを見つめる。
「ようこそいらっしゃいました、綾芽様。事情は透也様から伺っております」
「あの……私、お世話になったままで……」
「そんなことはいいのですよ。綾芽様がお幸せになるのなら、こちらは何も言うことはありません」
目頭が熱くなり、思わず何かがあふれそうになった。
「せっかく、こうしていらっしゃったのですから、また屋上庭園に行きたくなった時は、いつでも私に声を掛けて下さいね。さあ、お部屋までどうぞ。ごゆっくりおくつろぎを」
柳井に荷物を運んでもらい、最上階にあるスイートに入る。さっそく窓際へ向かうと、一面に広がる京都の景色を眺めた。
すぐに懐かしさで胸がいっぱいになる。無意識に身に付けているネックレスを指で触れていた。ガラス細工でできたアヤメは指先で心地よく揺れる。ガラスに窓からの光をかざすと、綺麗な青い光が室内に映し出された。
せっかくここへ来たのだから、一度は屋上庭園へ寄って行きたい。透也が戻ってきたら、それだけはリクエストしようと考えていた。
荷物を片付け終わった柳井が、光を反射させている綾芽に気付き、声を掛けてくる。
「いつも大事そうに扱われていますが、よほど大切なネックレスなのですね」
「え、えぇ……。これは、昔透也さんからもらった思い出の品で、私にとってはお守りみたいなものです」
「そうですか……。それで、普段から身に付けているのですね。綾芽様にとっては、縁を繋ぐ大切な宝物ということですね。――あぁ、荷物の運搬は終了いたしましたので、必要なことがあれば気軽に、お申し付けください」
「ありがとう。柳井さんもお部屋に戻って休んでください」
「はい、ありがとうございます」
一礼して、立ち去ろうとした柳井が振り返って、綾芽に再び尋ねた。
「あの……先ほど、支配人からお話が出ていた屋上庭園というのは、このホテルにある庭園のことでしょうか?」
「そうです。昔、私を気遣って、時々支配人の計らいで屋上庭園をこっそり覗かせてもらっていたので。今度、柳井さんも案内しますね。とても見晴らしがよくて、素晴らしい場所なんですよ」
柳井は頬を緩ませ、普段しないような笑顔を綾芽に向けた。
「そうですか……。それは楽しみですね。では、失礼いたします」
軽く頭を下げると、部屋を後にした。
父と交代し秘書の仕事を務める彼は、少し冷たい雰囲気を纏ってはいるけれど、仕事はとても丁寧だし、きちんと責任を持ってこなしてくれる。
きっと透也も彼となら、安心して仕事ができるに違いない。綾芽の目にも、柳井のきちんとした仕事ぶりに好感が持てた。
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