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38.束の間の自由
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翌朝、透也の腕の中で目が覚めた。まどろみを楽しむように、しばらくお互いの視線を交わす。透也の指先が、綾芽のほつれた髪をそっとどかし、優しく撫でる。
「綾芽……今日こそ、約束していた場所へ出掛けよう」
昨夜の交わりで少し気だるさは残ってはいたものの、透也との時間を一緒に過ごせる嬉しさで体を起こした。
「お仕事は大丈夫なのですか?」
「今は綾芽のことだけしか考えたくない」
透也はベッドサイドにあるスマホに手を伸ばし、電源をオフにした。横になったまま腕の中で抱きしめられ、頬や額の辺りにたくさんのキスを落とす。
「簡単な朝食を作りますから、透也さんはここでゆっくりしていて下さい」
ベッドから出ようとして体を起こすと、腕を引っ張られ、また枕元へと戻された。
「とっ、透也さんっ!? さっき出掛けるって言ったじゃないですか?」
「やっぱり、今日は一日中綾芽を見ていたい気分だ」
「それだと出掛けられません」
「わかった……。一緒にキッチンへ行って手伝おう」
なぜか二人でキッチンへ立つことになった。
サラダを作ろうと、きゅうりを切っている隣で、大きな体の透也がじっと綾芽の手元を見つめている。思わず緊張して包丁を持つ手に力が入り、分厚い輪切りが出来上がってしまった。
「と、透也さん、落ち着かないですっ!」
「仕方ないだろう。綾芽を観察するのが今日の俺の仕事だ」
楽しそうに答える透也に、何を言っても無駄のようだ。
フランスパンを軽くトーストし、卵とハムのサラダ、コーヒーで簡単な朝食を済ませると支度を済ませ、外へ出た。
浜離宮恩賜庭園は、鮮やかな赤色や黄色に染まっていた。景色のバックにそびえる、灰色をしたビルとのコントラストがとても美しい。
「ものすごく、ものすごく、素敵な景色です。今日、来て良かった!」
公園には二つの鴨場と一つの池があり、広大な園内を一周するには一時間以上掛かる。
手を繋いで池の周囲を進むと、中央にあるお茶屋に渡る橋が見えてきた。橋を渡ろうと透也の手を引き、先を急ぐ綾芽は声を掛けようと振り返る。
にこやかに見つめる透也の視線と重なった。さっきから、その視線が綾芽にばかり向けられているような気がして不思議に感じる。
「せっかく美しい景色が見れるんですよ。どうして私ばかり見つめるんです?」
「景色はいつでも見れるだろう。外へ出て楽しそうにしている綾芽の姿は、今しか見れない」
透也の一言で、思わず頬が熱くなる。真剣な表情でそう言い切る透也は、本当に綾芽だけを見つめていた。
透也が凛花のバースデイに出掛けたことを黙っていたことも、パーティーでの辛辣な経験も靄が晴れるように、いつのまにか消えてしまう。
こうして見つめ合えば、自然と透也からの想いで、癒されてしまうから。
「私が楽しく過ごすには、透也さんも幸せそうでないと困ります。ですから今日は私ばかりでなく、一緒に綺麗な景色を見つめて、リラックスしてください。お仕事で忙しい透也さんを癒すのが、私のお仕事ですから」
「ありがとう。綾芽」
握っていた手を急に引っ張られ、体のバランスを崩すと透也の方に傾いた。その瞬間、唇が重なり合い、不意打ちのキスをされてしまう。
周囲に数人の通行人がいるというのに、恥ずかしくてその場にいづらくなった。幸い、景色を見ながら歩いているのか、誰もこちらに気づかなかったようだ。
「とっ、透也さん、場所を弁えてくださいっ! あっ、あの、あちらにも庭園があるので、もっと早く歩きましょうよ」
恥ずかしさのあまり、急ぎ足でその場を立ち去った。
明るい時間から堂々と人前でキスしてくるなんて……まったく、隙もあったものじゃない……。
手を繋ぎながら広い公園内をゆっくりと散策する。忙しい透也とは、こんな風に時間も過ごすことすらできないのだから、今日のデートは格別に嬉しかった。
昼が近付き、急にお腹が空いてくる。
「そうだ、綾芽の元気がなくならないうちに食事をしよう。何が食べたい?」
「それなら、公園入口の途中にあった、野菜のカフェレストランが美味しそうでした」
クスクスと透也さんが笑い出す。
「ど、どうして笑うんですか?」
「公園に入る前にそっちを眺めていたから、そうだろうと思って」
「み、見てたんですか!?」
綾芽は公園に入る前、オープンしたばかりの新しそうな店舗が目につき、看板やのぼりをじっと眺めていた。そんなところまで見られていたとは、恥ずかしさに顔が熱く火照る。
「綾芽の食のアンテナは正確そうだから、美味いかもしれない。――よし! そこにしよう」
戸惑う綾芽の手を取り、透也と店へ向かう。
オープンしたばかりの店内はまだ新しく、客もまばらだった。窓際の席に座り、好きな野菜をトッピングできるカスタムサラダと玄米ご飯に野菜のおかずがついたプレートメニューを注文する。
「透也さんがカジュアルなお店に入るなんて意外です。もっと、コース料理を出す店や、料亭のようなお店しか入らないのかと……」
「そうだな。あまりこういう店に入る機会はない。綾芽と一緒だと、違う景色が見れるから楽しいよ。それに新しい店での体験は、ビジネスのヒントにもなるからね」
「やっぱり……。透也さんは、お仕事から離れることが難しいんですね」
せっかく透也に非日常を味わってもらいたかったのに、やはり仕事のことが頭から離れないらしい。
「残念そうな顔をするな。普段から経営のことを考えるのも、すべては綾芽を幸せにするためだ。順調に進めば世間にも認められて、綾芽の父上にも納得してもらえる」
「透也さん……」
今は、全力で透也さんを支えなくては……。
いつも冷静に判断して、きちんと綾芽との結婚を考え、常に努力している。きっと私たちの未来は、明るく照らされているはずなのだから。
「綾芽……今日こそ、約束していた場所へ出掛けよう」
昨夜の交わりで少し気だるさは残ってはいたものの、透也との時間を一緒に過ごせる嬉しさで体を起こした。
「お仕事は大丈夫なのですか?」
「今は綾芽のことだけしか考えたくない」
透也はベッドサイドにあるスマホに手を伸ばし、電源をオフにした。横になったまま腕の中で抱きしめられ、頬や額の辺りにたくさんのキスを落とす。
「簡単な朝食を作りますから、透也さんはここでゆっくりしていて下さい」
ベッドから出ようとして体を起こすと、腕を引っ張られ、また枕元へと戻された。
「とっ、透也さんっ!? さっき出掛けるって言ったじゃないですか?」
「やっぱり、今日は一日中綾芽を見ていたい気分だ」
「それだと出掛けられません」
「わかった……。一緒にキッチンへ行って手伝おう」
なぜか二人でキッチンへ立つことになった。
サラダを作ろうと、きゅうりを切っている隣で、大きな体の透也がじっと綾芽の手元を見つめている。思わず緊張して包丁を持つ手に力が入り、分厚い輪切りが出来上がってしまった。
「と、透也さん、落ち着かないですっ!」
「仕方ないだろう。綾芽を観察するのが今日の俺の仕事だ」
楽しそうに答える透也に、何を言っても無駄のようだ。
フランスパンを軽くトーストし、卵とハムのサラダ、コーヒーで簡単な朝食を済ませると支度を済ませ、外へ出た。
浜離宮恩賜庭園は、鮮やかな赤色や黄色に染まっていた。景色のバックにそびえる、灰色をしたビルとのコントラストがとても美しい。
「ものすごく、ものすごく、素敵な景色です。今日、来て良かった!」
公園には二つの鴨場と一つの池があり、広大な園内を一周するには一時間以上掛かる。
手を繋いで池の周囲を進むと、中央にあるお茶屋に渡る橋が見えてきた。橋を渡ろうと透也の手を引き、先を急ぐ綾芽は声を掛けようと振り返る。
にこやかに見つめる透也の視線と重なった。さっきから、その視線が綾芽にばかり向けられているような気がして不思議に感じる。
「せっかく美しい景色が見れるんですよ。どうして私ばかり見つめるんです?」
「景色はいつでも見れるだろう。外へ出て楽しそうにしている綾芽の姿は、今しか見れない」
透也の一言で、思わず頬が熱くなる。真剣な表情でそう言い切る透也は、本当に綾芽だけを見つめていた。
透也が凛花のバースデイに出掛けたことを黙っていたことも、パーティーでの辛辣な経験も靄が晴れるように、いつのまにか消えてしまう。
こうして見つめ合えば、自然と透也からの想いで、癒されてしまうから。
「私が楽しく過ごすには、透也さんも幸せそうでないと困ります。ですから今日は私ばかりでなく、一緒に綺麗な景色を見つめて、リラックスしてください。お仕事で忙しい透也さんを癒すのが、私のお仕事ですから」
「ありがとう。綾芽」
握っていた手を急に引っ張られ、体のバランスを崩すと透也の方に傾いた。その瞬間、唇が重なり合い、不意打ちのキスをされてしまう。
周囲に数人の通行人がいるというのに、恥ずかしくてその場にいづらくなった。幸い、景色を見ながら歩いているのか、誰もこちらに気づかなかったようだ。
「とっ、透也さん、場所を弁えてくださいっ! あっ、あの、あちらにも庭園があるので、もっと早く歩きましょうよ」
恥ずかしさのあまり、急ぎ足でその場を立ち去った。
明るい時間から堂々と人前でキスしてくるなんて……まったく、隙もあったものじゃない……。
手を繋ぎながら広い公園内をゆっくりと散策する。忙しい透也とは、こんな風に時間も過ごすことすらできないのだから、今日のデートは格別に嬉しかった。
昼が近付き、急にお腹が空いてくる。
「そうだ、綾芽の元気がなくならないうちに食事をしよう。何が食べたい?」
「それなら、公園入口の途中にあった、野菜のカフェレストランが美味しそうでした」
クスクスと透也さんが笑い出す。
「ど、どうして笑うんですか?」
「公園に入る前にそっちを眺めていたから、そうだろうと思って」
「み、見てたんですか!?」
綾芽は公園に入る前、オープンしたばかりの新しそうな店舗が目につき、看板やのぼりをじっと眺めていた。そんなところまで見られていたとは、恥ずかしさに顔が熱く火照る。
「綾芽の食のアンテナは正確そうだから、美味いかもしれない。――よし! そこにしよう」
戸惑う綾芽の手を取り、透也と店へ向かう。
オープンしたばかりの店内はまだ新しく、客もまばらだった。窓際の席に座り、好きな野菜をトッピングできるカスタムサラダと玄米ご飯に野菜のおかずがついたプレートメニューを注文する。
「透也さんがカジュアルなお店に入るなんて意外です。もっと、コース料理を出す店や、料亭のようなお店しか入らないのかと……」
「そうだな。あまりこういう店に入る機会はない。綾芽と一緒だと、違う景色が見れるから楽しいよ。それに新しい店での体験は、ビジネスのヒントにもなるからね」
「やっぱり……。透也さんは、お仕事から離れることが難しいんですね」
せっかく透也に非日常を味わってもらいたかったのに、やはり仕事のことが頭から離れないらしい。
「残念そうな顔をするな。普段から経営のことを考えるのも、すべては綾芽を幸せにするためだ。順調に進めば世間にも認められて、綾芽の父上にも納得してもらえる」
「透也さん……」
今は、全力で透也さんを支えなくては……。
いつも冷静に判断して、きちんと綾芽との結婚を考え、常に努力している。きっと私たちの未来は、明るく照らされているはずなのだから。
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