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19.二度目のプロポーズ(1)
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宿の外へ出て、宿泊者専用に整備された河川敷付近の道路を歩く。
渡月橋周辺には観光客が大勢いるが、ここは利用客しか入れない専用スペースになっているから、散歩している人はほとんどいない。綺麗な景色を見ているはずが、いつの間にか透也の存在ばかりが気になり、何を話していいのか分からなくなった。気が付くと歩幅の違う透也が先を行き、綾芽がその後ろを歩いていた。
「綾芽……」
急に前を歩く透也が後ろを振り返り、名前を呼ばれた。透也はこちらを心配そうな表情で見つめている。
「どうした? 食事が終わってから元気がないが。味が合わなかったのか?」
「いえ……。とっても美味しかったです」
透也は急に立ち止り、俯く綾芽の手を握ると、強引に手を繋いできた。綾芽は思わず動揺してしまう。
「今日こそはっきり言わせて欲しい。中途半端な気持ちで、綾芽を迎えに来たわけじゃない。俺はずっとこの日を待っていたんだ」
繋がれた手は次第に強く握られ、じわじわと痛みさえ感じてくる。
「頼むからこの手を振りほどかないで欲しい」
「でも、透也様と私とでは、立場が……」
こんな風に追い詰められてしまうと、心を揺さぶられ、平常心を保てない。抑えていた感情が溢れ出しそうになり、どう拒否したらいいのか分からなくなった。きっとこのままでは綾芽の心は透也に傾き、ますます惹かれてしまう。
八歳の頃にかけた心の鍵は既に壊れかけ、心の奥底にある本当の気持ちが、次々と湧き上がり、それを今の自分が必死に抑えていた。
「あ、あの……私にはお付き合いしている人が……」
「まさか、またあの芝居じみた男の話をするわけじゃないだろうな。いい加減にしてくれ!」
手を強引に引っ張られると、体ごと透也に引き寄せられ、いつの間にか彼の腕の中にいた。覆いかぶさるように抱きしめられ、息ができないほど、がんじがらめにされる。
「やっ、やめてください。こんな人通りのある場所で」
「大丈夫。誰も見てはいない。綾芽が逃げるのなら、このままさらっていくしかないな」
「でも……」
「まだ分からないのか!? 俺の目の前で、あんな男から自由にされて、怒ってないとでも思っているのか?」
まるで怒りを鎮めるような、押し殺した低い声で言葉を放つ。綾芽を抱きしめている透也の腕が、小刻みに震えていた。今までの、穏やかで紳士的な態度の透也からは想像もできないほど、初めて感じる激しい感情だった。
「た、たとえ……透也様が良くても、世間には許されないことだって――」
「まだそんなことを言うつもりなのか!?」
透也は語気を強め綾芽の両腕を掴むと、訴えかけるような目をして睨んだ。突き刺さるほどの鋭い視線は綾芽を静かに責め立てる。そして、何かを決意したように真剣な表情になった。
「よく分かった。本気にさせたのは君の方だよ。綾芽」
透也は力を緩め、ようやく体は自由にしてもらえた。しかし手だけはしっかりと繋がれ、そのまま無言で駐車場まで連れて来られた。綾芽は動揺し、声を出すことができない。
「さぁ、車に乗るんだ」
綾芽を急き立てるように助手席に乗せ、透也は運転席へ座ると、すぐにエンジンを掛けた。さっきまで優しかった横顔は怖いぐらい張り詰めて、冷酷そうな表情を浮かべている。
「マンションへ着いたらすぐに荷物をまとめろ」
「とっ、透也さん……。どういうこと……ですか?」
恐る恐る声を掛けると、透也は自らを落ち着かせるため、長く息を吐いた。
「俺はもう充分待った。だから綾芽を連れて帰る」
「連れて帰るって、いったいどこへ?」
「東京だ」
「東京って……私の仕事はどうするんですか?」
「こんなことはしたくないが、これは社長命令だ。成沢綾芽、君を京都から東京の本社へ異動を命じる。そして婚約を発表し、俺の妻に迎える」
「えっ…………!?」
渡月橋周辺には観光客が大勢いるが、ここは利用客しか入れない専用スペースになっているから、散歩している人はほとんどいない。綺麗な景色を見ているはずが、いつの間にか透也の存在ばかりが気になり、何を話していいのか分からなくなった。気が付くと歩幅の違う透也が先を行き、綾芽がその後ろを歩いていた。
「綾芽……」
急に前を歩く透也が後ろを振り返り、名前を呼ばれた。透也はこちらを心配そうな表情で見つめている。
「どうした? 食事が終わってから元気がないが。味が合わなかったのか?」
「いえ……。とっても美味しかったです」
透也は急に立ち止り、俯く綾芽の手を握ると、強引に手を繋いできた。綾芽は思わず動揺してしまう。
「今日こそはっきり言わせて欲しい。中途半端な気持ちで、綾芽を迎えに来たわけじゃない。俺はずっとこの日を待っていたんだ」
繋がれた手は次第に強く握られ、じわじわと痛みさえ感じてくる。
「頼むからこの手を振りほどかないで欲しい」
「でも、透也様と私とでは、立場が……」
こんな風に追い詰められてしまうと、心を揺さぶられ、平常心を保てない。抑えていた感情が溢れ出しそうになり、どう拒否したらいいのか分からなくなった。きっとこのままでは綾芽の心は透也に傾き、ますます惹かれてしまう。
八歳の頃にかけた心の鍵は既に壊れかけ、心の奥底にある本当の気持ちが、次々と湧き上がり、それを今の自分が必死に抑えていた。
「あ、あの……私にはお付き合いしている人が……」
「まさか、またあの芝居じみた男の話をするわけじゃないだろうな。いい加減にしてくれ!」
手を強引に引っ張られると、体ごと透也に引き寄せられ、いつの間にか彼の腕の中にいた。覆いかぶさるように抱きしめられ、息ができないほど、がんじがらめにされる。
「やっ、やめてください。こんな人通りのある場所で」
「大丈夫。誰も見てはいない。綾芽が逃げるのなら、このままさらっていくしかないな」
「でも……」
「まだ分からないのか!? 俺の目の前で、あんな男から自由にされて、怒ってないとでも思っているのか?」
まるで怒りを鎮めるような、押し殺した低い声で言葉を放つ。綾芽を抱きしめている透也の腕が、小刻みに震えていた。今までの、穏やかで紳士的な態度の透也からは想像もできないほど、初めて感じる激しい感情だった。
「た、たとえ……透也様が良くても、世間には許されないことだって――」
「まだそんなことを言うつもりなのか!?」
透也は語気を強め綾芽の両腕を掴むと、訴えかけるような目をして睨んだ。突き刺さるほどの鋭い視線は綾芽を静かに責め立てる。そして、何かを決意したように真剣な表情になった。
「よく分かった。本気にさせたのは君の方だよ。綾芽」
透也は力を緩め、ようやく体は自由にしてもらえた。しかし手だけはしっかりと繋がれ、そのまま無言で駐車場まで連れて来られた。綾芽は動揺し、声を出すことができない。
「さぁ、車に乗るんだ」
綾芽を急き立てるように助手席に乗せ、透也は運転席へ座ると、すぐにエンジンを掛けた。さっきまで優しかった横顔は怖いぐらい張り詰めて、冷酷そうな表情を浮かべている。
「マンションへ着いたらすぐに荷物をまとめろ」
「とっ、透也さん……。どういうこと……ですか?」
恐る恐る声を掛けると、透也は自らを落ち着かせるため、長く息を吐いた。
「俺はもう充分待った。だから綾芽を連れて帰る」
「連れて帰るって、いったいどこへ?」
「東京だ」
「東京って……私の仕事はどうするんですか?」
「こんなことはしたくないが、これは社長命令だ。成沢綾芽、君を京都から東京の本社へ異動を命じる。そして婚約を発表し、俺の妻に迎える」
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