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10.気乗りしないデート(2)

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「軽めのカクテルでも頼もうか?」

「あの……明日お仕事なので、アルコールはあまり……」

 綾芽の言うことも聞かず、神矢がすぐに注文を入れ、目の前にはオレンジ色のカクテルが差し出された。

「カンパーイ!」

 神矢は、お猪口を綾芽のグラスに軽く当て、一気に飲み干す。綾芽も礼儀上一口飲んでみるが、今日は酔うわけにもいかない。

「嬉しいなぁ。またこうして綾芽ちゃんと再会できて」

「ところで……どうしてこの店にしたんですか?」

「この周辺に出店する予定なんだよ。その手前、色々な店をリサーチしないとだろ? ここは少し高めの店だけど、味と雰囲気は一流だからね~」

 リサーチのためとはいえ、わざわざこの店を綾芽と会う場所に指定してくる必要もない。綾芽の表情を見て神矢が薄笑いを浮かべた。

「職場が近いから、やりづらかった~?」

「いえ……。私は裏方で働いているので、この店に知り合いはいませんから」

 強気で言ってみたものの、あまりここで長居はしたくない。

「ところで綾芽ちゃんってさぁ、いったい、どんな人が好みなの?」

 唐突にストレートな質問をされ、飲もうとして持ち上げたグラスを落としそうになった。

「どんなって……」

 綾芽がすぐに思い浮かぶ存在は透也しかいなかった。でも、それは綾芽が世間知らずなだけで、これから素敵な出会いが待っているのかもしれない。

「そうやって悩んでいる顔が可愛いよね」

 頬杖をつきながら、綾芽を眺めニヤニヤしている。

「からかわないで下さい」

 それから一時間ほど過ぎ、神矢の酔いがさっきより酷くなってきた。

「こうやってさぁ、二人で会えたのも何か縁があるっていうことだよ~。お見合いはただの出会いのきっかけでしょ。実際付き合ってみないと、本当の男女は理解できないからさぁ~」

「何が言いたいんですか?」

「少しだけこの辺散策して、ホテルに戻ろっかと思っているんだけどさぁ。綾芽ちゃん、案内してくれる~? もちろんいいよね~」

 だいぶ酔いが回ってきているのか、問いに対して答えがちぐはぐになってきている。大通り沿いなら人通りもあるし、少しだけ散歩すれば気が済んで、酔いも醒めたところで別れればいいのかもしれない。店員を呼んで、会計の準備をお願いした。

「あぁ、会計は大丈夫。ここは僕に任せておいて~」

「で、でも……」

「いいから、いいから~」

 会計を済ませ店を出ると、神矢は千鳥足で一緒にエレベーターへ向かって歩き出す。

「あれ~、少し酔ったかなぁ~」

 神矢は足元をふらつかせ、赤ら顔でトロンと虚ろな目つきをして綾芽に近付いてきた。

「ごめ~ん。少し、肩貸してくれる?」

 神矢の身長は綾芽よりも10センチ以上高く、がっしりとしている。いくら知り合いとはいえ、大柄な、それも男性に肩を貸すことに抵抗があった。
 嫌々ながら肩に手を回され、仕方なくそのまま歩き出す。

 店の周りには数人の客がいて、肩を貸す様子を観察されているような気がして、ますます気恥ずかしくなった。
 エレベーターの前まで連れて来てボタンを押すと、タイミング良く階に到着し扉が開く。肩を貸しながら二人で乗り込み扉が閉まった。とたんに周りのざわつきは消え、中は静寂に包まれる。
 階を指定しないエレベーターは、停止したまま動くはずもない。綾芽は空いている方の手を伸ばし、下へ向かうボタンを押そうとした。
 すると酔っていたはずの神矢が、力強く綾芽の手首を掴み、エレベーターが動くのを阻もうとする。このまま他の階で呼び出されなければ、しばらく神矢と密室で二人きりになる。

 もしかして、ここに閉じ込めるつもり……?

 神矢の体が綾芽にいっそう寄りかかり、バランスを崩しそうになった。不意にお互いの顔が近付き、神矢の視線が綾芽へ向かっているように感じる。恐怖が体中を覆い、そちらを見れない。反射的に顔を逸らし、どうやって逃げ出そうか懸命に頭の中で思い巡らせた。

「綾芽ちゃ~ん」

 酔ってはいても、神矢の強い力は綾芽の体を簡単に引き寄せる。ますますこちらへ屈み込み、顔を近付けてきた。

「いやぁっ、やめてください!」

 凍り付く体をなんとか動かし、空いている手を伸ばすと、エレベーターのボタンを滅茶苦茶に押し続けた。

「やだなぁ、逃げないでよぉ~」

 その時、突然扉が開き、二人の前にシーツのような布をふわっと被せられた。怯んでいるうちに誰かが綾芽の腕を掴み、エレベーターから引きずり降ろされる。それと同時に、神矢の乗るエレベーターの扉が閉まった。
 
「…………っ!」

 綾芽は腕を掴む相手を見て絶句する。助けの手を差し伸べてきたのは、顔を強張らせた透也だった。強い力で掴まれた腕はジンジンと痛み出す。
 引っ張られたまま、エレベーターからは死角になっている廊下の隅へと連れて来られた。透也はEXITと書かれた重いドアを、軋む音を立てながら開けると、一緒に中へと入った。すぐに扉を閉め、二人は非常階段の踊り場に立つ。
 
「とっ……透也さ……」

 事情を尋ねようと口を開く途中、腕を引っ張られ透也の胸元へ引き寄せられた。その場で抱きすくめられ、いつの間にか透也の大きな体にすっぽりと包まれている。突然のことで、心臓が飛び上がるほど驚いた。
 呼吸が苦しいのは強く抱きしめられているからなのか、それとも透也に抱きしめられているからなのか、今の綾芽には理解できない。

「どうして……なぜ、あんな男と一緒にいる?」

「え、えっと……でも……あの人は私の……」

「もう嘘はやめろ! 本当のことを言わないのなら、俺は綾芽を……」

「ギギィーッツ」

 下の階から扉が開く音が響いた。すぐに反応した透也が目の前にある扉を開けると、綾芽だけをホテルの廊下へと逃がした。自らはそこへ残ってすぐに扉を閉める。
 こんな場所に、二人きりでいるところを誰かに見られてしまっては、お互いまずいことになる。
 心臓がドクンドクンと波打ち、いつまでも落ち着こうとしない。



 自宅へ戻っても、透也のことばかり考えてしまう。男性から抱きしめられたこと自体初めてなのに、相手が透也ということもあり、余計落ち着くことができない。
 初めて感じる温かな感覚と、止まらないトキメキ。その瞬間を思い出しただけで、今でも胸の奥が焼け付くように熱くなる。
 
 いつも感じてしまうこの感情、どうしたらいいんだろう……。

 透也の力強い腕と、広い懐に抱かれた時の安心感、それが今は何を意味するのかは分からない。心の奥から湧き上がる感情をどう扱っていいのか自分でも困っていた。

「気のせいだよ……きっと」

 思わず自分に向かって呟いた。こんなことに惑わされてはいけない。綾芽は、まだ社会人の経験も浅いし、ましてや相手は自分の勤める会社の社長だ。決して恋してはいけない相手なのだから。
 
 
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