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8. 英雄、処刑される
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「そなたは競技会の選手を一人殺したそうだな」
王の御前に引き立てられ、彼は罪状を調べられていた。
王は玉座に座ったまま無言。彼に質問するのは、主に審問官の仕事だった。
妻を殺した時も、彼はこうして取り調べを受けた。
だがその時は、彼がほとんど何も言わないうちに、彼の無罪放免が勝手に決められてしまった。
彼の功績が大きすぎたためだ。
しかし審問官は、今ではそのことを後悔しているようだった。
今回は目撃者が多かったこともあり、彼にはそれなりに重い罰を与えるということで話はまとまりそうだった。
「余としては」
不意に、王が口を開いた。
「そなたの功績はまこと大きく、できるだけ罪を軽くしてやりたいと思う」
彼はその言葉を聞き、王に対して急激な怒りを覚えた。
何を、勝手なことを。
その時、彼はおそらく初めて、王という地位にいる男を「見た」。
下膨れの顔。締まりのない体つき。
頭には王冠を載せ、いかにも金のかかっていそうな服を着て玉座にふんぞり返っているが、こんな奴、「王」でさえなければ単なる太った中年男にすぎない。
――そもそも、こいつが。
突然、閃光のようにこんな考えが浮かんだ。
――そうだ。元はといえばあの屋敷が悪かったのだ。身に合わない暮らしをさせられたから、妻も自分もこんな風になってしまったのだ!
「ヘッ」
だから彼は鼻で笑い、床にペッと唾を吐いた。
「くそくらえだ」
「……!」
王の臣下達は、目にしたものが信じられないとでもいうように、瞬時、呆然としていたが、すぐにハッと我に返ると叫んだ。
「不敬罪だ! ひっ捕えろ!!」
ここへ引き出されるまでの間に武器を全て奪われていた彼は、抵抗する術もなく取り押さえられた。
「おとなしくしろ!」
別段、彼が暴れたわけではない。だがそんな彼を、大の男が周り中から押さえつけた。
後ろ手に縛られ、動きを拘束された彼は、深く深く、溜息をついた。
何もかもがもう、どうでもいいような気がした。
* *
彼は泣きながら剣を振るい、怪物になんとかとどめを刺した。
その後、地面に幾つも穴を掘り、親友と他の仲間達の死体を埋めた。
親友の穴の上には、親友自身の剣を鞘ごと突き立て、墓標の代わりにした。
ようやく大きな仕事を成し遂げたというのに――、
彼の心は、妙に空虚だった。
* *
城前広場を埋め尽くした人々の話し声や罵声で、辺りはざわめいていた。
隣の者と会話するのにも大声を出さなくてはならないほどのひどい騒音。その話題のほとんどが自分に関する色々な悪い噂や罵倒句であることを思い、彼の足は震えた。
改めて怖くなる。
しかしそれは、自分が犯した罪に対する怖さでは決してなかった。
彼は民衆が――皆同じ顔で彼を見上げている人々が――怖くなったのだ。
ここは、城とは広場を挟んでちょうど反対に位置する処刑台の上。城のテラスよりは低い位置にあるこの場所で、彼は再び衆目に晒されていた。
以前、同じように人々を見下ろした時の彼は、「救国の英雄」だった。
しかし今は、妻を殺し、無関係な人も殺し、国王にも無礼をはたらいた大罪人だ。
そう、彼はもはや勇者ではないのだ。
今となっては誰も、妻を裏切り、国民をも裏切った彼の味方をしてはくれない。
不敬罪を犯した者は、誰であろうと死刑と決まっていた。
今日ここに集まっているのは、彼がこれから公開処刑をされるというお触れを聞きつけ、その死に様を一目見てやろうと集まってきた者達だ。その数はあまりにも多く、国民全てがこの場にいるのではないかと思わせるほどだった。
彼は罪を犯した。
不敬罪に関してはそれほどひどい罪であると彼は思っていなかったが、人を二人も殺した以上、死刑もやむを得ないだろうと思う。
だが、彼を悪し様に罵ののしっている人々の顔はなぜ、揃いも揃ってその裏に喜びを隠しているのだろう?
刑が執行されたら彼は死んでしまうのに、誰一人それを惜しまないどころか、むしろ積極的に彼の死を望んでいるように見える。
自分の犯した罪は、そこまでひどいものだったのだろうか……?
民衆の声を聞きながら、彼はぼんやりとそんなことを考えた。
黒い服を着て、頭にも黒い布をすっぽりと被かぶった男が二人、彼を両側から拘束していた。
彼の後から、同じようではあるがもう少し立派な服を着た黒ずくめの男が処刑台に上がってきた。死刑執行人だ。
「最期に何か言い遺すことはあるか」
頭に被った黒い布の奥から、執行人は言った。
それが聞こえたのだろう。観衆は手前の方から潮が引くように静かになってゆき、辺りはシンと静まり返った。
「俺は……、この国を救った」
痛いほどの視線が自分に集中しているのを感じ、彼は挑むように、以前よりも近い位置に見える人々の顔を見返した。
「お前らなんでもっと俺に感謝しない!? お前らが今こうして安穏としていられるのは、俺のおかげだろうが!!」
一瞬の沈黙の後、先程までとは比べ物にならない非難の嵐が起こった。
言葉を尽くして彼を責める群衆の中には、彼の義父も交ざっていた。
彼は失望して、執行人にもういい、と合図した。
執行人は小さく頷いた。
彼の両脇で彼を押さえていた黒服の男達は、彼の体を断頭台に固定した。
断頭台は、三つ穴の開いた大きな鉄の板のように見える。彼はその三つの穴から頭と両手を出した形で身動きが取れないようにベルトで止められた。
鉄の板には、それと同じ横幅の重い刃物が取り付けられていて、今はそれが上に上がっている。
刃物を支えている留め具を外すと、刃物は重力に従って、穴から突き出している彼の首と手首を一気に切り落とすのだ。
「只今から、死刑を執行する!」
執行人は、黒い布の奥からでありながら不思議とよく通る声でそう宣言した。
ざわめきが徐々に広がってゆき、やがてそれは、
『ワ――――!!』
大きな歓声となった。
ここへ来て、ようやく彼は悟った。
自分は、大きな勘違いをしていたのだということを。
あの時――。
城のテラスに立った時、熱狂する民衆を見て、彼は自分が愛されていると感じた。
人々は彼に、無数の笑顔を向けていた。
その後も、彼は豊かになった街を見る度に、それは自分のおかげなのだと誇らしい気持ちになっていた。
人々は彼に返しきれないほどの恩義がある。
皆は段々とそのことを忘れていくように見えたが、それでも、感謝の気持ちが完全に消えてしまったわけではなく、思い出させさえすれば人々はまた自分を喜んで迎え入れるだろうと、彼は信じていたのだ。
――だが、違った。
国民が彼に感謝したのは、彼が自分達の邪魔になる怪物という障害を取り除いてくれたからであって、彼自身の性質が人々に愛されていたのではない。
彼の存在が人々にとって邪魔になるならば、今度は彼が「取り除きたい障害」になってしまうのだ。
彼自身は理解していなかったが、街での彼は粗暴な発言や振る舞いが多かった。
当初の歓迎ぶりを憶えている彼は、「もっと、もっと」と厚遇してもらうことを望み、それに反発した人がわざと冷遇する。すると彼はさらに不満を募らせる――。
そんな悪循環が起こっていた。
彼自身は良かれと思って店の者に忠告したような場合でも、受け取る側はそうは思わなかった。
過去の功績や王の後ろ楯を笠に着た横暴な男、という評判が広まっていき、初めは彼を歓迎していた人々も段々と彼を疎むようになっていた。そしてついに、ここで立て続けに起こした事件によって、彼に対する評価は一気に地の底まで落ちたのだった。
人々は彼の処刑を歓迎した。
民衆というのは勝手なものだ、と彼は考える。
彼のおかげで、人々は労せずして怪物の恐怖から解放された。
人々は怪物によって被害を受けてはいたが、彼と仲間達が怪物と戦っていた時は安全な場所にいて、何もせずただ待っていただけだ。
だから現在のこの平和が簡単に手に入ったような気がするのだろうし、平和をもたらした彼に対しても、こんなに簡単に罵声を浴びせることができるのだろう。
死刑執行人が黒い布を被るのは、返り血を防ぐためもあるが、同時に顔を隠す意味もある。
死刑囚の身内が執行人を恨んで危害を加えたりすることがあるので、執行人の素性は隠されているのだ。
だが今回は、そんな心配は必要ないようだった。
怪物という障害を取り除いた彼が、人々から熱狂的に歓迎されたように、この執行人もまた、人々から歓迎されるのだろう。
死刑執行人は断頭台の刃物の留め具に手をかけ、一息に外した。
刃物についた鎖が鳴る音と金属が擦れる甲高い音に続いて鈍い音が響き、鮮血が迸った。
ごろん、と、彼の手と首が転がる。
一拍おいて。
『ワァ――――!!』
一際大きな歓声が上がった。
王の御前に引き立てられ、彼は罪状を調べられていた。
王は玉座に座ったまま無言。彼に質問するのは、主に審問官の仕事だった。
妻を殺した時も、彼はこうして取り調べを受けた。
だがその時は、彼がほとんど何も言わないうちに、彼の無罪放免が勝手に決められてしまった。
彼の功績が大きすぎたためだ。
しかし審問官は、今ではそのことを後悔しているようだった。
今回は目撃者が多かったこともあり、彼にはそれなりに重い罰を与えるということで話はまとまりそうだった。
「余としては」
不意に、王が口を開いた。
「そなたの功績はまこと大きく、できるだけ罪を軽くしてやりたいと思う」
彼はその言葉を聞き、王に対して急激な怒りを覚えた。
何を、勝手なことを。
その時、彼はおそらく初めて、王という地位にいる男を「見た」。
下膨れの顔。締まりのない体つき。
頭には王冠を載せ、いかにも金のかかっていそうな服を着て玉座にふんぞり返っているが、こんな奴、「王」でさえなければ単なる太った中年男にすぎない。
――そもそも、こいつが。
突然、閃光のようにこんな考えが浮かんだ。
――そうだ。元はといえばあの屋敷が悪かったのだ。身に合わない暮らしをさせられたから、妻も自分もこんな風になってしまったのだ!
「ヘッ」
だから彼は鼻で笑い、床にペッと唾を吐いた。
「くそくらえだ」
「……!」
王の臣下達は、目にしたものが信じられないとでもいうように、瞬時、呆然としていたが、すぐにハッと我に返ると叫んだ。
「不敬罪だ! ひっ捕えろ!!」
ここへ引き出されるまでの間に武器を全て奪われていた彼は、抵抗する術もなく取り押さえられた。
「おとなしくしろ!」
別段、彼が暴れたわけではない。だがそんな彼を、大の男が周り中から押さえつけた。
後ろ手に縛られ、動きを拘束された彼は、深く深く、溜息をついた。
何もかもがもう、どうでもいいような気がした。
* *
彼は泣きながら剣を振るい、怪物になんとかとどめを刺した。
その後、地面に幾つも穴を掘り、親友と他の仲間達の死体を埋めた。
親友の穴の上には、親友自身の剣を鞘ごと突き立て、墓標の代わりにした。
ようやく大きな仕事を成し遂げたというのに――、
彼の心は、妙に空虚だった。
* *
城前広場を埋め尽くした人々の話し声や罵声で、辺りはざわめいていた。
隣の者と会話するのにも大声を出さなくてはならないほどのひどい騒音。その話題のほとんどが自分に関する色々な悪い噂や罵倒句であることを思い、彼の足は震えた。
改めて怖くなる。
しかしそれは、自分が犯した罪に対する怖さでは決してなかった。
彼は民衆が――皆同じ顔で彼を見上げている人々が――怖くなったのだ。
ここは、城とは広場を挟んでちょうど反対に位置する処刑台の上。城のテラスよりは低い位置にあるこの場所で、彼は再び衆目に晒されていた。
以前、同じように人々を見下ろした時の彼は、「救国の英雄」だった。
しかし今は、妻を殺し、無関係な人も殺し、国王にも無礼をはたらいた大罪人だ。
そう、彼はもはや勇者ではないのだ。
今となっては誰も、妻を裏切り、国民をも裏切った彼の味方をしてはくれない。
不敬罪を犯した者は、誰であろうと死刑と決まっていた。
今日ここに集まっているのは、彼がこれから公開処刑をされるというお触れを聞きつけ、その死に様を一目見てやろうと集まってきた者達だ。その数はあまりにも多く、国民全てがこの場にいるのではないかと思わせるほどだった。
彼は罪を犯した。
不敬罪に関してはそれほどひどい罪であると彼は思っていなかったが、人を二人も殺した以上、死刑もやむを得ないだろうと思う。
だが、彼を悪し様に罵ののしっている人々の顔はなぜ、揃いも揃ってその裏に喜びを隠しているのだろう?
刑が執行されたら彼は死んでしまうのに、誰一人それを惜しまないどころか、むしろ積極的に彼の死を望んでいるように見える。
自分の犯した罪は、そこまでひどいものだったのだろうか……?
民衆の声を聞きながら、彼はぼんやりとそんなことを考えた。
黒い服を着て、頭にも黒い布をすっぽりと被かぶった男が二人、彼を両側から拘束していた。
彼の後から、同じようではあるがもう少し立派な服を着た黒ずくめの男が処刑台に上がってきた。死刑執行人だ。
「最期に何か言い遺すことはあるか」
頭に被った黒い布の奥から、執行人は言った。
それが聞こえたのだろう。観衆は手前の方から潮が引くように静かになってゆき、辺りはシンと静まり返った。
「俺は……、この国を救った」
痛いほどの視線が自分に集中しているのを感じ、彼は挑むように、以前よりも近い位置に見える人々の顔を見返した。
「お前らなんでもっと俺に感謝しない!? お前らが今こうして安穏としていられるのは、俺のおかげだろうが!!」
一瞬の沈黙の後、先程までとは比べ物にならない非難の嵐が起こった。
言葉を尽くして彼を責める群衆の中には、彼の義父も交ざっていた。
彼は失望して、執行人にもういい、と合図した。
執行人は小さく頷いた。
彼の両脇で彼を押さえていた黒服の男達は、彼の体を断頭台に固定した。
断頭台は、三つ穴の開いた大きな鉄の板のように見える。彼はその三つの穴から頭と両手を出した形で身動きが取れないようにベルトで止められた。
鉄の板には、それと同じ横幅の重い刃物が取り付けられていて、今はそれが上に上がっている。
刃物を支えている留め具を外すと、刃物は重力に従って、穴から突き出している彼の首と手首を一気に切り落とすのだ。
「只今から、死刑を執行する!」
執行人は、黒い布の奥からでありながら不思議とよく通る声でそう宣言した。
ざわめきが徐々に広がってゆき、やがてそれは、
『ワ――――!!』
大きな歓声となった。
ここへ来て、ようやく彼は悟った。
自分は、大きな勘違いをしていたのだということを。
あの時――。
城のテラスに立った時、熱狂する民衆を見て、彼は自分が愛されていると感じた。
人々は彼に、無数の笑顔を向けていた。
その後も、彼は豊かになった街を見る度に、それは自分のおかげなのだと誇らしい気持ちになっていた。
人々は彼に返しきれないほどの恩義がある。
皆は段々とそのことを忘れていくように見えたが、それでも、感謝の気持ちが完全に消えてしまったわけではなく、思い出させさえすれば人々はまた自分を喜んで迎え入れるだろうと、彼は信じていたのだ。
――だが、違った。
国民が彼に感謝したのは、彼が自分達の邪魔になる怪物という障害を取り除いてくれたからであって、彼自身の性質が人々に愛されていたのではない。
彼の存在が人々にとって邪魔になるならば、今度は彼が「取り除きたい障害」になってしまうのだ。
彼自身は理解していなかったが、街での彼は粗暴な発言や振る舞いが多かった。
当初の歓迎ぶりを憶えている彼は、「もっと、もっと」と厚遇してもらうことを望み、それに反発した人がわざと冷遇する。すると彼はさらに不満を募らせる――。
そんな悪循環が起こっていた。
彼自身は良かれと思って店の者に忠告したような場合でも、受け取る側はそうは思わなかった。
過去の功績や王の後ろ楯を笠に着た横暴な男、という評判が広まっていき、初めは彼を歓迎していた人々も段々と彼を疎むようになっていた。そしてついに、ここで立て続けに起こした事件によって、彼に対する評価は一気に地の底まで落ちたのだった。
人々は彼の処刑を歓迎した。
民衆というのは勝手なものだ、と彼は考える。
彼のおかげで、人々は労せずして怪物の恐怖から解放された。
人々は怪物によって被害を受けてはいたが、彼と仲間達が怪物と戦っていた時は安全な場所にいて、何もせずただ待っていただけだ。
だから現在のこの平和が簡単に手に入ったような気がするのだろうし、平和をもたらした彼に対しても、こんなに簡単に罵声を浴びせることができるのだろう。
死刑執行人が黒い布を被るのは、返り血を防ぐためもあるが、同時に顔を隠す意味もある。
死刑囚の身内が執行人を恨んで危害を加えたりすることがあるので、執行人の素性は隠されているのだ。
だが今回は、そんな心配は必要ないようだった。
怪物という障害を取り除いた彼が、人々から熱狂的に歓迎されたように、この執行人もまた、人々から歓迎されるのだろう。
死刑執行人は断頭台の刃物の留め具に手をかけ、一息に外した。
刃物についた鎖が鳴る音と金属が擦れる甲高い音に続いて鈍い音が響き、鮮血が迸った。
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