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1. 英雄、凱旋する
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『ワ――――!!』
城前広場をいっぱいに埋め尽くした人々から、歓声が上がった。
辺りの空気をビリビリと震わせるほどの大音響。それが自分に向けられたものであることを思い、彼の足は震えた。
「ありがとう!」
「バンザーイ!」
様々な言葉が重なり合い、うねりを作りながら彼の耳に届く。
個々の言葉を聞き分けることなどとてもできないが、それら全てが自分に対する感謝と賞賛の声であることを、彼は知っていた。
ここは、城から張り出したテラス。王の戴冠式や年間の主な行事、それに新しい法律の発表を行うときなどに使われる。
これまで、彼はこの場所を下から見上げたことしかなかった。
そんなとき、テラスの中央に立ち――あるいはそこに据えられた玉座に悠然と座り――観衆の注目を浴びていた王を、彼は羨ましいとも思わなかった。
王は雲の上の人だ。生まれたときから、彼とは住む世界があまりにも違う。自分を王と引き比べるなど、それだけで非常に無礼なことと思われたし、そもそも、比べようという発想自体が普通は出てこない。
しかし今、その王は、彼より一歩下がったところに立っている。彼に敬意を表してのことだ。
その王のさらに後ろに、大臣達がずらりと控えていた。
今日の主役は、彼がいつも見上げていたような身分の高い人々ではなく、「救国の英雄」たる彼自身なのだ。
王ですら、今は彼を引き立てるための飾りにすぎない。
この国には、あちこちで暴れ回り、人々を苦しめてきた巨大な三頭の怪物がいた。
その怪物は、それぞれ少しずつ形が違っていたが、大まかに言うとトカゲに似た姿をしていた。
しかしそのサイズは桁外れに大きく、後脚で立ち上がると体高は人の五倍以上。歩き回るだけで地面が揺れた。
そして当然、その体重に見合う量のものを食べるわけだが、それは時によって、人々が大切に育てた農作物であったり、家畜であったりした。
人間を餌とすることはなく、それは不幸中の幸いと言えたが、もしも誰かが怪物たちの進路に立ち塞がったりしようものなら、その人間は容赦なく引き裂かれ、踏み潰されて命を落とした。怪物は、その巨体を支えるのに充分な脚力と、木の幹すら容易く切り裂いてしまえる鋭い爪を持っていたのだ。
さらに許し難いことに、怪物たちはそうして人々から奪った作物や家畜を、よく食べ残した。
食料として必要とする以上のものを、人々から奪っていた。
人々は、無残に潰され食いちぎられた「食べ残し」を見て涙を流したが、怪物討伐のために派遣された騎士団が三度にわたって惨敗するに及び、抵抗することをほとんど諦めかけていた。
そもそも、騎士団は人間相手の戦――例えば、反乱の鎮圧や隣国との戦いなど――を想定した訓練しか受けていなかったのだ。怪物を倒せるようになるまで、まだまだ時間はかかるだろうと思われた。
逆らいさえしなければ、少なくとも直接的に命を奪われることはない。その認識が人々を却って臆病にし、家の奥に閉じこもらせる原因の一つとなった。
しかし、怪物に対する憎しみや怨みが消えたわけではない。怪物が畑で作物を荒らし、家畜を襲っている間、人々は家の奥で歯ぎしりしていた。
――そんなとき。
彗星のように現われて、怪物を倒した勇者達がいた。
怪物が倒されたと聞いて人々はまず耳を疑い、次いでそれが事実だと知ると狂喜乱舞した。
その勇者一行の一員である彼を人々が熱烈に歓迎したのは、当然のことだった。
本来なら、彼の隣にはあと八人の仲間が並んでいるはずであった。
だが共に戦った者達は皆、戦いの中で次々と命を落としていった。
彼は、「勇者一行」の、唯一の生き残りなのだ。九人の人間に与えられるはずだった賞賛を、彼は今一身に受けているというわけだ。
最後まで共に戦った親友の姿が、ふと彼の脳裡に浮かんで消えた。
テラスから見下ろせる広場には、国中の人間が集まったのではないかと思わせるほど多くの人が犇めいている。
彼は、戦いのときに味わった悲しみや戦いの苦しさが、この歓声によって報われるような気がした。
彼はしっかりと顔を上げ、歓声に応えるために片手を上げた。
『ワァ――――!!』
歓声がさらに大きくなる。
彼はその快感に酔った。
* *
城前広場をいっぱいに埋め尽くした人々から、歓声が上がった。
辺りの空気をビリビリと震わせるほどの大音響。それが自分に向けられたものであることを思い、彼の足は震えた。
「ありがとう!」
「バンザーイ!」
様々な言葉が重なり合い、うねりを作りながら彼の耳に届く。
個々の言葉を聞き分けることなどとてもできないが、それら全てが自分に対する感謝と賞賛の声であることを、彼は知っていた。
ここは、城から張り出したテラス。王の戴冠式や年間の主な行事、それに新しい法律の発表を行うときなどに使われる。
これまで、彼はこの場所を下から見上げたことしかなかった。
そんなとき、テラスの中央に立ち――あるいはそこに据えられた玉座に悠然と座り――観衆の注目を浴びていた王を、彼は羨ましいとも思わなかった。
王は雲の上の人だ。生まれたときから、彼とは住む世界があまりにも違う。自分を王と引き比べるなど、それだけで非常に無礼なことと思われたし、そもそも、比べようという発想自体が普通は出てこない。
しかし今、その王は、彼より一歩下がったところに立っている。彼に敬意を表してのことだ。
その王のさらに後ろに、大臣達がずらりと控えていた。
今日の主役は、彼がいつも見上げていたような身分の高い人々ではなく、「救国の英雄」たる彼自身なのだ。
王ですら、今は彼を引き立てるための飾りにすぎない。
この国には、あちこちで暴れ回り、人々を苦しめてきた巨大な三頭の怪物がいた。
その怪物は、それぞれ少しずつ形が違っていたが、大まかに言うとトカゲに似た姿をしていた。
しかしそのサイズは桁外れに大きく、後脚で立ち上がると体高は人の五倍以上。歩き回るだけで地面が揺れた。
そして当然、その体重に見合う量のものを食べるわけだが、それは時によって、人々が大切に育てた農作物であったり、家畜であったりした。
人間を餌とすることはなく、それは不幸中の幸いと言えたが、もしも誰かが怪物たちの進路に立ち塞がったりしようものなら、その人間は容赦なく引き裂かれ、踏み潰されて命を落とした。怪物は、その巨体を支えるのに充分な脚力と、木の幹すら容易く切り裂いてしまえる鋭い爪を持っていたのだ。
さらに許し難いことに、怪物たちはそうして人々から奪った作物や家畜を、よく食べ残した。
食料として必要とする以上のものを、人々から奪っていた。
人々は、無残に潰され食いちぎられた「食べ残し」を見て涙を流したが、怪物討伐のために派遣された騎士団が三度にわたって惨敗するに及び、抵抗することをほとんど諦めかけていた。
そもそも、騎士団は人間相手の戦――例えば、反乱の鎮圧や隣国との戦いなど――を想定した訓練しか受けていなかったのだ。怪物を倒せるようになるまで、まだまだ時間はかかるだろうと思われた。
逆らいさえしなければ、少なくとも直接的に命を奪われることはない。その認識が人々を却って臆病にし、家の奥に閉じこもらせる原因の一つとなった。
しかし、怪物に対する憎しみや怨みが消えたわけではない。怪物が畑で作物を荒らし、家畜を襲っている間、人々は家の奥で歯ぎしりしていた。
――そんなとき。
彗星のように現われて、怪物を倒した勇者達がいた。
怪物が倒されたと聞いて人々はまず耳を疑い、次いでそれが事実だと知ると狂喜乱舞した。
その勇者一行の一員である彼を人々が熱烈に歓迎したのは、当然のことだった。
本来なら、彼の隣にはあと八人の仲間が並んでいるはずであった。
だが共に戦った者達は皆、戦いの中で次々と命を落としていった。
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最後まで共に戦った親友の姿が、ふと彼の脳裡に浮かんで消えた。
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彼は、戦いのときに味わった悲しみや戦いの苦しさが、この歓声によって報われるような気がした。
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彼はその快感に酔った。
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